この記事は孫娘が2歳4ヶ月当時の過去のお話です。
詳しくは、「はじめましてのごあいさつ」をお読み下さい。


朝9時前に病院からMRIを撮るので、同意書にサインしに来てほしいと電話があった。
午後から行くつもりにしていたので、予定を変更し、すぐに病院へ向かって居候中の息子の家を出る。

台風は昨夜のうちにこの地域を通りすぎたようだ。
風は強いが雨は降っていない。
しかし、日本の端っこ育ちの田舎者の私は初めて大都市の洗礼を受ける。

電車が遅れている。
やっと来ても、乗れるのは一人か二人。
電車がなかなか来ない。
ようやく来たが、全く乗れない。
孫娘の父親の方の息子に状況を説明し、電話してMRIを撮ってもらうように言った。

強風の吹き付けるホームで1時間40分待った。
台風でダイヤが大幅に乱れ、とうとう電車が途中で止まってしまったらしい。
「車で行くか?初めての車で都会を一人で運転する自信がない…」
「一度、病院まで自分で運転して行ってみたらよかった…」と後悔しきり。
居候中の息子にラインすると、
「違う私鉄の方が動いているかも」と言うので、走ってそちらの駅へ向かう。

ようやく病院付近の駅にたどり着いたらとっくに昼を回っていた。
孫娘の父親の方の息子から鬼電の履歴がある。
私は初めて来た駅の反対側の改札から出てしまったようで、
建物は見えてはいるが、どこから行けばいいのか全くわからない病院を目指して、
「いつもこうなんだ!」と、肝心な所でしくじる自分に腹をたてながら、足早に歩いていた。

息子に電話すると、
「病院から何度もいつ着くのかと聞かれている。折り返し電話をするよう」
に言われるが、
「どこに?、何番に電話すればいいのかっ?」
調べている暇はない!

交番で道を聞き、突っ切ればいいと言われた広い公園の、病院に近い出口の場所を通行人に聞きながら、
「もうすぐ着くと言っといて!」
と、走りながら電話で息子に怒鳴る。

やっと着いたクローズドICUで主治医が待ち構えていた。
状況を軽く説明し、遅くなったことを謝る。
主治医も大変だったでしょうと労ってくれる。
私が同意するはずだったMRIは済み、既に結果が出ていた。
そして、いつものにこやかな顔から一変し、事務的に淡々と孫娘の状況を説明し始めた。

昨夜は痙攣発作が群発し、MRIで検査した結果、急性脳症と診断された。
左の脳が腫れてMRIに真っ白に写る。
右の脳にも断片的に白い部分がある。
左脳は右半身に影響を及ぼす。
孫娘は体の右半分の麻痺と、他にも知的障害等の重い後遺症が残る可能性が大きいらしい。

それで、すぐに孫娘にまだあまり実施されていない研究段階の治療(低体温療法)を行うという。
これは、72時間34℃で体を冷やし、冬眠状態にして脳の腫れを鎮め、
これ以上の後遺症を出さないようにする治療法とのことだ。
そしてまた3日間かけて、体温を少しずつ上げて元の体温に戻す。
副作用はもちろんあるが、主治医が強く勧める治療だ。迷う暇はない。
私は躊躇なく同意した。

息子達もクローズドICUに着いた。違う医師からの同じ説明を一緒にもう一度聞く。
息子達も迷いなく同意した。

その日の17時から治療が始まった。
益々孫娘の周囲は慌ただしくなるが、孫娘は静かに眠り続ける。


身重のお嫁を宿泊施設(マクドナルドハウス)に置いて、息子は着替えを取りに自宅に帰るとのことで、私も取りに行きたい物があったので片道50キロの自宅に一緒に帰る。
それからまた私は居候の息子の家に帰り、息子は病院の宿泊施設に戻る。