『クリシュナムルティがいたとき』(15)

メアリー・ジンバリストによる回想

 

高橋ヒロヤス

 

『クリシュナムルティがいたとき』(原書『In The Presence of Krishnamurti』、メアリー・ジンバリスト著)という本の中で、特筆すべき部分を紹介する。

 

この本は、クリシュナムルティ(以下単に「K」ともいう)が70歳のときから91歳で亡くなるまで彼の同伴者として付き添ったメアリー・ジンバリストという女性が、彼女自身の日記を元にインタビューに答える形で詳細に回顧した記録であり、原文(英語)はインターネット(http://inthepresenceofk.org/)でも読める。

 

日本語も出版されているが、上巻・下巻ともに百科事典のようなボリュームがあり、全部読み通すのはかなりの時間と労力が必要である。

 

この膨大な記録の中から、Kの人となりやKの教えを知る上で興味深い部分を年代順に紹介してみたいというのがこの企画の趣旨である。

 

 

1978年11月、Kはメアリーらと一緒にインドを訪問する。メアリーにとっては1965年以来のインドであった。Kはインドの気候や風土がメアリーの身体に負担であることを懸念して、毎年のインド訪問には彼女を同行せず一人で行っていた。

 

インドではいつもKは国賓のようなVIP待遇を受けた。首相はじめ政府関係者ともしばしば会った。しかしKはインド人に対して、その偽善を容赦せず、Kの教えに対する彼らの姿勢にも厳しかった。

 

このときもKはププル・ジャヤカールらの側近に対して、「あなたがたは真剣ではなかった。

あなたは赤ちゃんを授かったが、その責任を受け入れてこなかった。あなたはそれに自らの存在、自らの全エネルギーをかけてこなかった。それはあなたの生全体ではない」と厳しいことを言っている。

 

Kはインドの哲学者、仏陀とナーガールジュナとシャンカラについて議論し、彼らは偉大な智識を持っていたが、決して知識人ではなかったと言った。彼らが持っていたのは慈悲から生まれる洞察であり、そのときそこから智恵が来た、と言った。

 

メアリーは日記に次のKの言葉を記録している。

 

「あなたが自分のしていることの限界を見るなら、そこに洞察が入ってくる。思考の限界を見出すことにより、洞察が光のように入り、それが変化を引き起こす。」

 

気候の変化もあって、Kは発熱が続き、しばしば部屋で寝込んでいた。埃アレルギーにも苦しんでいた。

 

11月8日、学生たちとの討論会で、子どもたちがヴェーダを詠唱するのを台座の上に座って聞いているKを見たときのことを、メアリーは日記にこう書いた。

 

「詠唱の立ち上る美しさと、クリシュナジのとてつもない優美さと荘厳さには、涙が出た――彼の存在が神のそれのように感じられる時がある。」

 

11月13日、Kはチベットのリンポチェと他の3人の仏教学者との公開討論を行った。Kは日々の生の中で実際の関係に何が起こるのかを問題にしているのに対し、メアリーには、学者たちが理論と観念の中に逃避しているように見えた。

 

Kが友人と散歩していると、河から崖を登ってきた村人が突然Kを見て、じっとKを見つめながら近づいてくると、彼の足元の地面に身を投げ出し、平伏して額で彼の足に触れた。Kは彼を立ち上がらせ、厳粛に挨拶し、歩き続けた。メアリーは日記にこう書いた。

 

「その村人の眼には荒々しい奇妙さと情動が宿っていた。それは追従でも有名人を見た眼差しでもなく、驚きと崇敬とでもいうべきものだった」

 

Kたちが空港で食事をしていると、険しい目をした心理療法士の女性が近づいてきて、Kにいくつかの痛烈な質問をした。最後の質問は「あなたは神を信じていますか。」だった。

 

Kは「神を作り出したのは誰ですか」と言った。衝撃を受けた静寂があった。Kは「明らかに、人が神を考案したのです」と言った。その場は映画の静止画のようになった。

 

Kは、彼の財団が持つインド北部のラージガートと南部のマドラス、リシ・バレーの拠点をそっくり再編したいと考えていた。ラージガートでは地元住民のための病院と農村学校の運営に当てる計画が話し合われた。

 

リシ・バレー(「賢者の谷」の意)は、神智学協会会長のベサント夫人がKに提供した大学の代わりに、Kが別の土地を望んで見つけてきたものだった。

 

リードビーターによってKが発見されたときにリードビーターの助手をしていたイギリス人ディック・クラークがKを訪ねてきた。彼は90歳を超えていたが自転車で走り回っていたという。

 

11月25日、リシ・バレー学校で、Kは激烈な言葉でインドのK財団の理事たちを批判した。

 

四十年以上話をした後で、これに取り組むであろう、炎をインド中に運ぶであろう人物が一人もいない。自分にはたぶんもう10年か15年あるだろうが、ただ回っていきたくはない。

 

これはK自身の過失であったのかもしれない、とKが語るのを聞いて、メアリーは胸が裂けるような思いがした。インドに対するKの批判の鋭さには、アメリカや英国でのそれとは違った刃(エッジ)があった、とメアリーは語っている。

 

11月30日、集会ホールで学校の生徒全員と集会をもった。ほとんど自意識のない少年少女たちから「先生、意志の力とはなんですか」「先生、欲望とは何ですか」といった質問をまっすぐに浴びたKは、子どもたちを壇上の自分の脇に座らせた。厚い眼鏡をかけたひとりの少年は真剣に正直にKと対話した。その少年は何かを訊ねられても、じっくり考慮して本当に納得したときにしか答えようとしなかった。

 

Kは子どもたちとのやり取りを心から楽しんでいるようだった。最後にKは「君たちの先生に言いなさい―私たちを比較するな!と」と言った。

 

講話が終わった後、子どもたちがKに群がって、先生たち(比較する者たち)のことを言いつけているのがマイクに録音されていた。

 

Kはインドの理事たちに、子どもたちが社会に吞み込まれるのをどのように予防すればいいのだろうかと訊ねた。

 

「あなたは、深い宗教的な感情を持っていますか。それが基盤です。そこからあなたは生きます。・・・慈悲は、愛、智恵を、悲しみの終わりを意味しています。あなたは智恵を持っていますか。あなたは、自らが持っていないものを与えることはできません。あなたは創造性、新しさを持っていなければなりません。それは考案や発明ではなく、終わりなき本源であり、始まりも終わりもない河のようなものです。」

 

そしてKは次のことがなければならないと言った:比較がないこと、問題は即座に解決すべきこと、悲しみがないこと。「宗教的な精神は幻想を持たない。悲しみは幻想である。」

 

Kとメアリーたちは1979年2月2日までインドに滞在した。

 

ここで、Kのインドにおける側近の一人で、ププル・ジャヤカールの妹であるナンディニ・メーターについて触れておく。

 

彼女は実業家の裕福な夫との間に三人の子どもを持ち、外見上は幸せな生活を送っていたが、家庭内では夫からの暴力を受け続けていた。1947年にKの教えと出会い、2年後に覚悟を決めて家出した。話し合いが難航し、夫の暴力を理由とする離婚と三人の子どもの親権を求めて訴訟をした。この裁判は大実業家のスキャンダルとして海外のタイム誌などにも取り上げられた。当時の保守的な裁判でナンディニの主張は無視され、敗訴し親権は失われた。

 

35歳のときに子宮頸がんの診断を受け、ロンドンで手術を受けた。二回目はボンベイで手術を行い、動脈の縫合ミスのために機能を失った腎臓を摘出した。

 

1954年、母親とひっそり生活していたナンディニのところに、2歳と4歳の二人の少女がやってきた。少女たちの母親は急死し、父親は泥酔し、二人が溢れる排水路の傍で立ち尽くしているところをナンディニの家で働いていた女中が発見し連れてきたのだ。

 

ナンディニは二人の髪と体を拭いて、服を着せ、ビスケットを与えた。少女たちは翌日も来た。ナンディニは軽食を与え、クレヨンと紙を与え、3人でマンゴーの木の下に座り、話をし、絵を描いた。子供の数は次第に2人から4人、20人と増えて、ついには125人になった。ほとんどがドライバーやコックとして働く貧しい家庭から地元小学校に通う貧しい子供たちで、そこは次第に子どもたちが集い、気遣われ、感受性を養われる場所になっていた。

 

Kの助言も受け、ナンディニは毎朝、マンゴーの木の下に座って、子どもたちと話をした。特別なカリキュラムはなく、友人たちや家族たちがボランティアで集まり、読み書きや手工芸を教え、やがて簡単な給食も提供するようになった。

 

Kはナンディニとの手紙の中でそれを「小さな学校」と呼び、その様子を気にかけていた。やがてインドのK財団のもとで「バル・アナンダ」という無償の学校として運営されるようになった。ナンディニは、2002年に85歳で亡くなるまで、この小さな学校に通って、多くの人々の人生を変えた。

 

Kが苦境にあるナンディニに送り続けた手紙の一部は、ププル・ジャヤカールの伝記「クリシュナムティ」に収録され、日本語訳も出ている(『しなやかに生きるために 若い女性への手紙』、コスモス・ライブラリー)。

 

(メルマガMUGA第155号掲載)

 

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