無我表現研究会のブログ

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無我表現研究会の活動報告、勉強会、イベント情報他、メルマガMUGA連載執筆陣のお勧め作品、アーティスト等をご紹介します。

クリシュナムルティ解読 第2部 テキスト『自我の終焉』(篠崎書林)

 

    那智タケシ

 

7.苦悩について

 

質問 苦痛と苦悩の意味は何でしょうか。

 

『私が苦悩の意味を訊ねるとき、私はそれを避けたり、それから身をかわして逃げようとしているのではないでしょうか。事実は私が苦しんでいるとうことです。しかし私が精神を登場させてその苦しみを分析したり、「それはなぜだろうか」と言った瞬間、私はその苦しみの強度を薄めてしまったのです。言いかえるならば、私たちは苦しみが薄められ緩和され取り除かれ、そして言葉ですっかり説明されることを望んでいるのです。しかし、明らかにそれは苦しみを理解することにはなりません。もし私が苦しみから逃れたいという欲望から解放されるなら、そのとき私はその苦しみの真意を理解し始めているのです。』(P.243~244)

 

 私たちは生きる上で様々な苦痛、苦悩が降りかかってきます。人間関係における様々な葛藤や、学業、仕事の挫折、愛する存在との別れ等々・・・その苦しみを単なる障害物であり、不運な存在として扱うなら、逃げたくなるのは当然です。誰だって、いつまでも苦しんでいたくありません。何とか、その苦しみを解消しようとします。しかし、苦しみの中に積極的な意味を見いだすこともまた、人間の精神を高め、深め、大きくしていくうえで必要なことだと思います。クリシュナムルティは、苦しみに対して逃避したり、知的に理解して整理しようとしたり、分析したりすることなく、苦しみにとどまってそれを理解する道を説きます。

 

『私はただその苦悩を見つめるのです。私はそれを非難もしませんし、正当化もしません。つまり私は苦しんでいます。そのき、私はその苦悩に動きについていけるのではないでしようか。私はその苦悩の全体についていくことができます。つまり何かを理解しようとしているという意味で、「私はついていく」のです。』(P.244)

 

 普通、何らかの精神的苦悩や葛藤が生じたら、そこから目を反らしたくなるものです。例えば、誰か愛する人から裏切られたら、相手を非難したり、非難する自分をまた非難したり、嫉妬する自分に自己嫌悪したり……一つの苦しみという感情に対して、私たちの精神は応急処置をしようとして、あわただしく右往左往します。しかし、当の苦しみをじっと直視したり、その本当の姿を理解しようとしたりはしないものです。

 

 なぜかと言うと、そこには、自分の醜い、見たくない姿が横たわっているかもしれないからです。私たちは、本能的にそれを知っています。だから、醜いものを自分から分離して、排除しようとするのですが、Kはその苦しみは「あなたそのもの」なのだから、直視し、受け入れ、理解する必要があると言うのです。

 

『そのようなとき、私はただ苦しみをじっと見つめているのです。それも私から離れたり、苦しみを見ている観察者として見つめるのではありません。苦悩は私の一部なのです。すなわち私の全体が苦しんでいるのです。そのとき私は苦悩の動きについていくことができますし、その方向を見ることもできるのです。もし私がそうしていれば、確実にその苦悩の姿が現れてくるのではないでしょうか。そこで私は自分が愛していた人間ではなく、「私」に重点を置いていたことに気づくのです。』(P.245)

 

 その苦しみの本質が、「愛していた相手」ではなく、「私」にあった――つまり、ネガティブな感情の中にこそ、あなたのこれまで見ようとしなかった本質があらわになるのです。嫉妬や執着、過剰な自己愛や、他者への愛の欠如・・・私たちの心の中には、あまりにも自己中心的な要素に満ち満ちています。だから、その自己中心的な愛が満たされなかったり、自分が依存している相手が離れて行ってしまった時に、激しい苦悩が生じるのです。しかし、その苦痛・苦悩の中にこそ、あなたの本質があるということです。

 

『私がこの苦悩を少しずつ開かせ、その姿を明らかにしてゆくなら、私が途方に暮れているために苦しんでいることが分かるのです。私はどうしても見たくないものに注意を向けることを求められているのです。見たくもなく、理解したくもないものが私の目の前に突き出されているのです。しかし私の逃避に手を貸そうとする人が無数にいます。信念、教義、希望、幻想などを持っている、いわゆる宗教的な人たちが何千人と存在し、口を揃えてこう言うのです。「それは業です。それは神の意志です」と。そしてこういうものが私に逃げ口を与えてしまうのです。』(P.245~246)

 

 見たくもなく、理解したくもないもの――おそらく、それがあなたの自我の中核にあるものです。様々な断片からなる「私」という存在。それは様々な考え方であったり、知識であったり、ファッションであったり、肩書きであったり、人への関わり方だったりするかもしれません。「私」は「自分というのはこういうものだ」というセルフイメージを持っています。しかし、どうしても「見たくない部分」は見えていないものです。

 

 それは自己中心的な断片、愛に飢えている断片、特別意識を持っている断片などなど・・・「私」を世界から分離し、強固なものにしたらしめている、目を反らしている部分です。それらを「業」や「神の意志」といった安易なものにすり替える宗教的な幻想についても、Kは真実からの逃避としてばっさり切り捨てます。

 

『苦しんでいる観察者が存在しないとき、その苦しみはあなたと別のものでしょうか。あなたはその苦痛と離れているのではなく、あなたが苦痛そのものであるのです。』(P.247)

 

 あなたが苦痛そのものである――つまり、執着や嫉妬、怒りといった苦痛の感情は、決してあなたの中から排除して、消し去って終わり、というような自分と別々のものではない、ということです。その苦しみもまた、あなたそのものなのです。ただ、これまで目を反らし続け、認めてこなかったものが、いざ不運や、ある種の運命に見舞われた時に、表面に姿を現しただけのものだということです。

それは決して突発的に生じた病原菌のようなものではなく、あなたの中心にあった本質の一部です。ですから、手や足を切り捨てられないように、それもまた安易に切り捨てられるものではない、ということです。

 

『しかしもしあなたの中心がその苦悩であるなら、そのときあなたはどうするでしょうか。なすべきことは何もないのではないでしょうか。もしあなたがそれであるなら、そしてそれを受け入れたり、レッテルをはったり、押しのけたりせずに、あなたがそのものであれば、どうなるでしょうか。そのときあなたは「苦しんでいる」とは言わないでしょう。明らかにそこで根本的な変革が起こったのです。そしてもはや「私は苦しい」ということはないのです。なぜなら、苦しむ中心が存在しないからです。』(P.247)

 

 苦しい時に、なすべきことは何もない。ただ、それを受け入れ、認める。すると苦しみは苦しみでなくなっていく――苦しみとは頭で思い描いていた理想の自分、理想の人生が上手くいかなくなったことから生じるものであり、私とは別の余分なものだと私たちは考えています。ですから、それを一刻も早く消失させたり、自分から切り離したい、と我々は思うのですが、それができないから苦しい。

 

 まさに「あるべき私」と「あるがままの私」の「ずれ」が私たちの苦しみの原因です。しかし、その苦しみの正体が「私」であれば、もはや「私」と「苦しみ」の間の葛藤は消え失せざるをえません。あなたは「苦しみ」そのものなのですから、それをただ受け入れるしかなくなってしまいます。

 

 すると、苦しみを排除しようとする余分なエネルギーがいらなくなり、ある調和の力が働きます。それは自らから分離しようとしていた断片が、「私」という断片の総体に統合されようとする働きです。

 

『あなたは強制や訓練によってそれを見ることはできません。あなたは興味と自発的な理解力を持ってそれを見なければなりません。そのときあなたは、苦悩とか苦痛と言われているものや、あなたが避けているものや、訓練というものがことごとく消滅してしまったことに気づくでしょう。私が対象に対して、私の外部のものとして関係しないかぎり、問題は存在しないのです。しかし外部のものとして対象と関係するや否や、問題が生まれてくるのです。』(P.248)

 

 苦悩や苦痛を自分と別々のものではなく、自分が見ようとしてこなかった「私」の一部のあらわれであると認めた時、それは自分という存在、自分という世界の一断片として受け入れられることでしょう。その時、苦しみは拒否し、排除しなくてはならないような忌むべき対象物ではなく、あなた自身となるのです。楽しみや喜びと同様に、苦しみもまたあなたという世界を構成する愛すべき一断片だったのです。

 

『私と対象との間に立てられた関係は虚構なのです。しかし、私がその対象であるなら、また私がその事実を見るならば、その対象全体が一変し、全く違った意味を持ってくるので。そのとき完全で全体的な注意力が生まれるのです。そして完全に見られたものは、理解されて、解消されてしまうのです。そこには恐怖というものがなく、従って「悲哀」という言葉も存在しないのです。』(P.248)

 

(MUGA第115号掲載記事)

 


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MUGA 第115号

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◆目次

 

◇哲学

 

クリシュナムルティ解読 第2部 テキスト『自我の終焉』(篠崎書林)

 

    那智タケシ

 

7.苦悩について

 

◇エッセイ

 

ムガ放談2021年2月 緊急事態とかフィンランド旅行の謎とか

 

高橋ヒロヤス

 

◇編集会議 2021  2/7 15時~ zoomによるweb会議

 

見たくない「断片」を見る

 

◇スピリチュアル

 

シークレット・ドクトリンを読む(3)

 

高橋ヒロヤス

 

◇エッセイ

 

最近、お香を買いました

 

佐々木 弘明

 

 


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クリシュナムルティ解読 第2部 テキスト『自我の終焉』(篠崎書林)

 

    那智タケシ

 

6.孤独について

 

質問 私は非常に孤独であることに気づき始めています。どうすればよいのでしょうか。

 

クリシュナムルティの答え

 

『それでは孤独とはどういう意味でしょうか。それは空虚である、何も持っていない、非常に不安定である、どこにも安住の地がない、というような感じなのです。それは絶望とか失望ではなく、無力感、空虚感、挫折感なのです。幸福な人も不幸な人も、猛烈な活動家も学問に没頭している人も、私たちは皆、そういう感じを持っているのです。』(P.239)

 

 ここでのポイントは、幸福な人も、一見、人生に充実している人も、皆、孤独を感じているというクリシュナムルティ(=以下K)の指摘です。幸福な家庭を持っていても、仕事に趣味に忙しく、充実した時間を過ごしていても、その根底に「孤独」がある。言わば、私たちはこの「孤独」を直視したくないがために、この社会において幸福になろうとしているのかもしれません。しかし、どんなに眼を反らし続けても、そこにはいつも「孤独」がある――ふと気を抜いたときや、一人、公園のベンチに座っているとき、雑踏の中で立ち止まるとき、人は誰でもそんな感じを抱くのではないでしょうか。

 

『孤独や、それに伴う苦痛や、その孤独に対する途方もない底知れぬ恐怖を意識したとき、あなたは逃避しようとするのです。そしてその逃避の方が一段と重要なものになり、その結果、あなたの活動や知識や神やラジオなどが、ますます重要になってくるのではないでしょうか。あなたがこういう二次的な価値を重要視するとき、それがあなたを悲惨や混乱に導くのです。二次的な価値は必ず感覚的な価値なのです。このような価値に基づいている近代文明は、あなたに逃避の手段をふんだんに提供しているのです。たとえばあなたの職業、家族、名声、学問、絵画などを通して、あなたに逃避の手段を与えるのです。私たちのすべての文化はこの逃避の上に成り立っています。私たちの文明が逃避に基づいていることは事実なのです。』(P.240)

 

 Kの指摘は辛辣かつ過激です。この文明、この社会それ自体が「孤独」からの逃避の産物と言うのです。しかし、今、ひたすら現実からの逃避の手段としてスマホの中を覗き込み続ける現代人を見るにつれ、この指摘はあながち的外れでないことは感じられると思います。テレビ、雑誌、漫画、映画などのコンテンツは、孤独と不安の影におびえる私たち現代人に束の間の逃避を与えるための手段となっていることは事実なのです。

 

『あなたはそれを満たすことに成功したのでしょうか。それともただそれを覆い隠しただけなのでしょうか。もし覆い隠しただけであれば、その空虚は依然としてそこにあるのです。』(P.241)

 

 しかし、いくら本を読んでも、映画を観ても、ネットサーフィンをひたすらしたところで、孤独が埋まることはありません。それはただ目を反らしているだけのことであり、底なしの虚無感や空虚感、そこはかとない感じは、正気に返ると存在しているのです。

 

『あなたがその空虚を何によって満たすかは問題ではありません。いわゆる瞑想というものも、やはり逃避なのです。あなたが逃避の方法をいろいろと変えても、たいして意味はないのです。』(P.242)

 

 Kは、宗教的方法もひとつの逃避に堕しかねないことを看破しています。特殊な座り方や呼吸法によって、束の間、特殊な精神状態になったり、神秘的な体験を待ったりする瞑想という技法もまた、ある意味では、この困難な現実世界からの逃避であり、もしも真剣に自我に向き合うことがないのなら、スマホに夢中になることと同様、空虚さや孤独といった真実から目を反らすことと変わりがないのです。

 

『ではこの孤独に対処する方法を、どのようにして発見したらよいのでしょうか。あなたが逃避をやめたときに初めて、あなたは何をすべきかということが分かるのです。そうではないでしょうか。あなたが自ら進んで現実にあるがままのものに直面したとき――それはラジオをつけてはならないということであり、文明に背を向けなければならないことを意味します――そのとき、孤独は終わってしまいます。なぜかと言いますと、その孤独は完全に変容してしまっているからなのです。それはもはや孤独ではありません。』(P.242)

 

 孤独に対処するKの方法はごくシンプルです。それは彼独自の技法であるとか、特殊な方法論でさえありません。宗教的な色合いも何もありません。普通に考えれば、小学生でさえわかることなのです。つまり、あなたが孤独であるとしたら、孤独であることを認め、孤独から目を反らさないこと――ただそれだけなのです。しかし、自分が孤独である、という真実を直視することが、どんな難解な宗教哲学よりも、長時間座ることよりも、時に、困難で、勇気がいることもまた事実なのです。人はその真実を見たくないためならば、数十年でも俗世を捨てて徘徊し、宗教修行のようなことさえするのですから。

 

『もしもあなたがあるがままのものを理解するなら、そのあるがままのものが実体なのです。精神は絶え間なくあるがままのものを回避し、逃避し、拒否し続けているので、精神自体がその障碍を生み出すのです。直視することを避けている障碍があまりにたくさんあるために、私たちはあるがままのものを理解しないのです。そこで私たちは常に現実の実体から逃げ出そうとするのです。これらの障碍は皆、あるがままのものを見ないようにするために、精神によって作られたものなのです。』(P.242)

 

 自らが常に逃避し、巧妙に安全な自我の中に逃げ込んでいるという事実を見つめること。受け入れること――そこにある真実を認め、理解しようとすること――するとそこにあるのは単なる空虚さや虚無感、不全感ではなく、ある種の「豊かさ」であることが理解されてくるのです。そこにある未知なるものは、自我の外にある不気味な深淵ではなく、無限につながりあった「世界」であるかもしれないのですから。

 

『あなたがあるがままのものを見たとき、あなたは孤独を変容させる方法を発見することでしょう。』(P.242)

 

 


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ムガ放談2021年1月 コロナ禍と沢木耕太郎と

 

高橋ヒロヤス

 

1月7日、昨年4月以来2度目の緊急事態宣言が1都3県に発令された。

 

前回の緊急事態宣言の時はそれなりに緊張感があったが、今回は、感染者数自体は大幅に増えているにもかかわらず、全体的なムードはそれほどでもないように思える。政府が、飲食店を中心とした限定的な措置だとか、感染者が減れば期限を待たず解除するなどと述べていることから、強い危機感が伝わっていないこともあるだろう(これを書いているのは緊急事態宣言が出た翌日1月8日)。

 

この年末年始は、初詣にも行かず、家に引き籠って沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいた。

 

バックパッカーのバイブルと言われるこのシリーズは、海外一人旅への危険な誘惑に晒されることを恐れて今まで読まずに来たのだが、特に旅に出たくなることもなく、読み物として普通に楽しめた。

 

沢木がユーラシア大陸をバスで横断するデリーからロンドンへの一人旅を試みたのは1974年、彼が26歳の時だった。何もかも未経験というほど若すぎもせず、未知の旅を体験するのに遅すぎもせず、この年齢くらいが丁度よかったのだと沢木は主張している。

 

この本の影響を受けて日本でもバックパッカーが大量に出現するようになったというが、類を見ないロングセラーになったのは、沢木のようなタイプの人が書いた旅行記が珍しかったという事情があったのだろう。

 

東洋を放浪するヒッピーたちは60年代からたくさんおり、『深夜特急』には彼らについての記述も数多く登場する。しかし沢木は彼らに対して常に一定の距離を置いて、自分の旅はヒッピー旅行とは違うことを強調している。

 

ヒッピーと沢木のような旅行者を区別するのは、社会からドロップアウトしてしまったかどうか、またはドロップアウトの意思があるかどうかだ、と沢木は考えているようだ。

 

沢木の意識の中では、たとえ一時的に社会の流れから離れたとしても、完全に放浪生活の中に身を委ねてしまうつもりはなかった。旅の途中で何度か、底なし沼の旅行者となる思いに駆られるが、その度に誘惑を振り払って新たに出発している。

 

決して楽しいことばかりでなく、旅の辛さもたくさん描かれているにもかかわらず、『深夜特急』が多くの読者に、自分も旅に出たい、という憧れを抱かせたのは、沢木の文章から滲み出る肯定感が、それまでの文学者などによる私小説的な旅行記とは違う清冽な印象を与えたからだろう。

 

「自分探しの旅」という言葉は今では揶揄的に用いられることが多いが、ヒッピー旅行ではない、社会から一時的に距離を取るための「夢の旅」の可能性を提示したことが、『深夜特急』のユニークさと言えるのかもしれない。

 

沢木は昨年(2020年)6月、72歳となる自分がコロナ禍とどう向き合っているかをインタビューで尋ねられ、こう答えている。

 

(以下引用はじめ)

 

「語弊があるかもしれませんが、ごくごくシンプルに、大したことではないんじゃないかなと思う。僕たちのように高齢だったり、もともとハンディを抱えている人が肺炎になったら重症化するのは、実は当たり前のことですよね。仮に僕が、この新型ウイルスにかかってしまい、重症化して死ぬことがあったとしても、それは病気に『縁』があっただけだと思うわけです。もちろん、罹患を避ける努力や、人に何か迷惑をかけないように心がけるのは大切なことだと思うけれども、生活のすべてを変えようという気には全然ならない。それでも、もしかかってしまったとしたら、ちょっと予定よりは早いかもしれないけど、70代までは生きることができたし、人生を十分楽しませてもらったんだから、何の文句もありません。だから、何か世界はすべて変わって生き方を変えなければ、というような話になると……そういう人がいたって構わないけど……、僕はタイプが違う、それだけのことかなと思います」

 

(引用おわり)

 

『深夜特急』の中にも、こんなシーンがある。

 

当時、天然痘が流行していたインドから、パキスタン国境の街へとバスで移動する途中で、前に座った幼い子どもがしきりにむずかるので、沢木は自分の膝に子どもを載せて、遊び相手になってやった。

 

そのとき、子どもの身体に天然痘の痕があることを発見する。沢木は子どもを離そうかと一瞬ためらったが、そのまま遊び続けた。彼の中には、インドを歩いているうちに、ある種の諦観のようなものが生まれていたのだという。

 

(以下引用はじめ)

 

「天然痘にしたところで、いくらインド全土で何十万、何百万の人が罹っているといっても、残りの五億人は罹っていないのだ。そうであるなら、インドをただ歩いているにすぎない私が感染したとすれば、それはその病気によほど「縁」があったと思うより仕方がない。ブッダガヤで何日か過ごすうちに、私はそんなふうに考えるようになった。

(略)

そのうちに、私にも単なる諦めとは違う妙な度胸がついてきた。天然痘ばかりでなく、コレラやペストといった流行り病がいくら猖獗(しょうけつ)を窮め、たとえ何十万人が死んだとしても、それ以上の数の人間が生まれてくる。そうやって、何千年もの間インドの人々は暮らしてきたのだ。この土地に足を踏み入れた以上、私にしたところで、その何十万人のうちのひとりにならないとも限らない。だがしかし、その時はその病気に「縁」があったと思うべきなのだ。」

 

(『深夜特急4 シルクロード』より)

 

この沢木の態度を、潔い諦観と見るか、ある種の無責任主義であり、最近の「コロナ禍我関せず」といった行動様式にもつながる危うい見解と見るか。インタビューを掲載した当時には批判的な意見もあったようだが、個人的には沢木に共感する。

 

沢木は、このインタビューの中で、若いうちに「旅」と「スポーツ」はやっておいたほうがいいと語っている。それはどちらも「思いがけないことが起きる」からだ。旅やスポーツの中では必ず思いがけないようなことが起こるのだが、「思いがけないことが起きる」ことを予想することは可能で、大事なことは、それにどう対応するか、だという。今回のコロナ禍についても、「こういう想像し得ないことが起こるのは当たり前で、自分がそこにどう対応するかを決めていくだけだと思う」と沢木は語る。

 

コロナ禍に関するさまざまなトピックを巡って、メディアやSNS上では連日さまざまな情報や意見が飛び交っている。こういう「思いがけない事態」に対しては、「こうすべき」という硬直した考え方を持って対応するのではなく、事態の変化に応じて柔軟に対応することが求められている気がする。

 

もちろん、これは個人の姿勢や生活態度についての話であって、コロナ禍によって現実的な生活を脅かされている飲食店をはじめとする事業者やコロナによる失業者などには政府による十分な補償がなされるべきだと思う。

 

沢木耕太郎は1947年生まれで今年73歳、いわゆる「団塊の世代」にあたる。

 

個人的に、この世代の人々からは、悪い意味で自分勝手で、下の世代に対して偉そうな態度を取りたがるといったネガティブな印象を受けることが多いのだが、沢木からはあまりそのような臭いを感じない。

 

沢木は、国内旅エッセイをまとめた『旅のつばくろ』という昨年の著書にこう書いている。

 

(以下引用はじめ)

 

日本の若者たちが外国旅行をしなくなったと言われて久しい。

それもあって、私のような者にまで、もっと外国を旅せよという「檄」を飛ばしてもらえないかといった依頼が届くようになった。

だが、申し訳ないけれどと、そうした依頼はすべて断ることにしている。

ひとつには、私も若いとき、年長者の偉そうな「叱咤」や「激励」が鬱陶しいものと思えていた。だから、自分が齢を取っても、絶対に若者たちに対するメッセージなどを発しないようにしようと心に決めたということがある。

 

(『旅のつばくろ』より引用おわり)

 

自分より経験や知識が足りない若者たちに偉そうに講釈をたれたり、一人前に「育ててやろう」として叱咤激励する年寄りほどウザい存在はない。

 

そのことをよく自覚している沢木耕太郎は、団塊の世代には稀なモラリストであるといえる…

 

と、ここで締め括れば、この記事は綺麗にまとまる気がするのだが、新年早々沢木耕太郎の礼賛一辺倒になってしまっても芸がない。

 

実は、こんな沢木耕太郎にも、いかにも旧世代的な側面があったのだということを、新年の新聞に掲載された沢木のエッセイから知る事となった。その話をしなければならない。

 

1月5日の新聞各紙に掲載された「クロスロード 人生のとき」というエッセイの中で、沢木は、「私の人生における最大の岐路となる旅だったかもしれない」として、1983年のフィンランドへの旅について書いている。

 

このときの旅の目的は、ヘルシンキで開かれた第1回世界陸上大会を取材して記事にすることだったが、取材旅行に出発する1週間前に、沢木には初めての子が生まれていた。沢木は世界陸上が終わってもヨーロッパをうろうろし、さらには大西洋を越えてアメリカに渡り、日本に帰ってきた時には3か月近くが経っていた。

 

沢木がこういう行動を取ったのは、子どもを持ったからといって、これまでの生き方を変えたりしないぞという「いきがり」があったからだという。

 

この沢木の行動は、家庭より仕事を優先させ、子育ては妻の仕事で、赤ん坊は仕事の邪魔になるだけ、という団塊世代の典型といえるだろう。もっとも、団塊世代に限らず、そのような考え方は比較的最近までずっと日本社会において許容されてきたものではあるのだが、今の世の中では離婚事由にもなりうる許されざる行為だろう。

 

沢木は、生まれたばかりの子供を残して外国に取材に行き、3か月後に戻ってきたら大きくなっていて驚いた、という話を笑い話のつもりで年長のジャーナリストたちの集まりで披露したところ、ある人に真顔で「あなたは不幸な人ですね。子どもの一番いい時を見なかったのですね」と言われ、衝撃を受けたという。

 

それ以来、沢木は子どもとできるだけ多くの時間を過ごすようにし、家事を手伝うようにもなって家事能力を身につけた、として、「私の愚かさが、逆に私を救ってくれることになった」と美談めいたトーンで記事を終わらせている。

 

この記事を素直に読めば、フィンランドへの旅をきっかけにして、仕事を子育てより優先させるという団塊世代的発想を脱する気づきが生まれ、よき家庭人たることを得た、という沢木耕太郎の「ちょっといい話」ということになるだろう。

 

だが、この年末年始に沢木の著書を集中的に読み込んでいた僕の脳裏には、「この話には何か隠された裏があるのではないか」との疑念が生まれてしまったのである。

 

というのは、1983年は、沢木の娘が生まれた年であると同時に、あの宇多田ヒカルが生まれた年でもあるからなのだ…

 

つづく

 

参考文献:

Yahoo!ニュース 特集編集部 沢木耕太郎インタビュー

(2020/8/2(日) 9:45 配信 取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士)

 

 


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◇年末企画 (MUGA第113号掲載記事)

 

●2020年観たもの聴いたもの

 

那智タケシ

 

1.『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(映画、劇場版・2020年)&(アニメシリーズ全13話・2018年)★★★★☆

 

 今年、劇場版を観た後に、アニメシリーズを視聴。基本、美しい人間、美しい世界を描いている世界だが、劇場版を観た時は睡眠不足の状態で行ってしまったため、何となくきれいで、ピュアな純愛ものだな、という印象だった。その後、前日譚であるアニメシリーズを観て、この作品の評価ががらりと変わった。

 

確かに、美しい人間、美しい世界を描こう、という意図は同じだが、特筆すべきは自然描写、光、水などの繊細で、リリカルな表現。時に、主人公たちでだけではなく、自然が主役のコマ割りがあるのは(そうしたシーンがある種の視聴者を戸惑わせたらしい)、人と自然の美を等価に描こうという作り手の意図だと気づく。それを可能にしたのはCGを使うことなく手描きにこだわってきた、京都アニメーションが蓄積してきた「技術」である。

 

人と自然を含めたこの世界の「美」をどう描くか――アニメのポテンシャルを垣間見せてくれた作品。

 

2.『青いパパイヤの香り』(映画、1993年、トラン・アン・ユン監督・アマゾンプライムにて視聴)★★★★☆

 

 だいぶ前に注目していたものの、見逃していた作品。同じくベトナム映画の『草原に黄色い花を見つける』(こちらも素晴らしい作品だった)を観たつながりで、プライムに入っていたのを見つけて視聴。監督の確信的で、明晰な表現力に驚嘆した。

 

 1951年のサイゴンが舞台。ストーリーは、金持ちの音楽家の男が、西欧的な恋愛の価値観を持つ婚約者のお嬢様と付き合っているが、いつの間にか子供の頃からお手伝いとして何も言わずに側にいる無我的?な少女・ムイに惹かれていく、というもの。撮影はすべてフランスで行われたということだが、だからこそ、自覚的に集められ、抽出された「ベトナム的なるもの」が引き立つ。

 

東南アジア風の草花や、パパイヤの白い汁、蛙など……少女はその中で満足げにベトナム料理を作ったり、家事をしたりしているだけであり、恋愛的なるものにはほとんど興味を示さず、心の揺れもほとんどない(このヒロインは何を考えているかわからないというレビューもちらほら)。しかし、だからこそ強烈な自我と無我の対比が明晰になるのである。

 

ベトナム人の監督がフランスにいたからこそ、仏教的なる価値と西欧の価値の相克というテーマが純化され、浮き彫りになったのだろう。

 

3.『禅問答入門』(石井清純著 2014年)★★★☆

 

 公案集が読みたくなって電子書籍で購入。内容的には有名な公案の問答とオーソドックスな解説が付いている入門書だが、個人的に自己認識を深めてくれる内容であったので、ベスト5に入れた。

 

「問い」に対する「答え」の表現とは、今、この瞬間の肉化した「正しさ」なのである。

 

4.『希望の灯り』(映画、2018年、トーマス・ステューバー監督・アマゾンプライムにて視聴)★★★★

 

 最近、アマゾンプライムでたまたま観た映画。旧東ドイツを舞台に、社会の片隅で支え合ってひそやかに生きる人々の物語。ライプツィヒの均衡にある巨大なスーパーマーケットで在庫管理係として働く無口な青年が、同じような社会の底辺の同僚と支え合ったり、ひそかな恋心を抱いたりしながら、黙々と生きていく……

 

ドイツ統一後の経済格差や差別、貧困といった大国の影の部分に優しく光を当てた誠実な作品。期待しないで観たが、その分、作品の完成度に目を見張らされた。

 

5.『鬼滅の刃』(映画、2020年、外崎春雄監督)★★★★

 

 言わずと知れた今年、最大のヒット映画であり、歴代興業収入1位も確実であろう、コロナ渦の日本における唯一の希望となったようなお化け的な作品。漫画は未読だがアニメシリーズは観た上での視聴。そのエンタメとしての完成度と熱量は圧巻。斜に構える必要もなく、素直に感動することができた。

 

強いて言えば、この作品自体には革新的な新しい表現があるわけではなく、今までの少年ジャンプの歴史の蓄積の上に成り立った、総合的な作品であるということ、か。革新ではなく保守だからこそ、不安定なこの時代の人々の心に響いたのだろう。

 

本メルマガのコンセプトとのかみ合いも考えて、この評価としたが、単純な面白さだけなら★5つ。今年の表現を語る上で、欠かすことはできない。

 

 

●2020年観たもの聴いたもの

 

高橋ヒロヤス

 

必ずしも今年生み出された表現ではありませんが、自分が今年触れた表現の中から選びました。

 

1.『NO SMOKING』(映画、2019年)★★★★☆

 

細野晴臣の音楽活動50周年記念ドキュメンタリー。今年の3月、コロナ禍の前にユジク阿佐ヶ谷の最終日に滑り込みで見に行った。

 

今世紀に入って日本の70年代以降のシティ・ポップが世界的に評価されるようになってきたが、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏、大瀧詠一、山下達郎、小坂忠、鈴木茂、松本隆、矢野顕子、吉田美奈子、竹内まりや、大貫妙子、ここらへんまでの作品はワールドクラスといってよいだろう。中でも細野晴臣の功績は大きい。

 

映画の中で細野は「いい音楽」と繰り返し言っているが、いい音楽(演奏)とよくない音楽の違いとは何なんだろう、と考えさせられた。細野の演奏は、70歳になってからも若い時と同じように「いい」。バンドの演奏も細野の声もいい。決してうまい歌ではないが、味わいがある。彼は「1拍子」ということを言う。要はポリリズムとかリズムの揺らぎということで、菊地成孔もよく語っていることだ。もっと言えばモーツアルトの音楽にもそれがあるとか言われているとか聞いたことがある。

 

最近の細野作品はいい意味で円熟したポップス(音楽)を聴かせてくれる。エレファントカシマシの初期の作品は、高校生の頃はマストアイテムだったけれど、今は聴けない。しかし、今年ソロアルバムを2枚も出したボーカル宮本浩次は、いい年の取り方をしていると思う(あの変人を、今の小学生や中学生が見てどんな大人だと思うのだろう?)。

 

ちょっと脱線するが、宮本浩次は、かつてヒット曲で稼いだ全財産を仕事上のパートナーに持ち逃げされ、愛車のポルシェを売り払い、安い部屋に引越しせざるをえなくなったが、持ち逃げした人物を訴えることもなく、後に渋谷の路上を散歩中に財産を持ち逃げした人間に出くわしたとき、「元気そうで何よりだった」と語っている。こういう大人がいてもいいんじゃないかと思う。

 

2.「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール サントリー・ホール公演」(2020年11月19日)★★★★☆

 

「世界でも類例のない超混血系オルケスタ」結成15周年となる記念公演が溜池のサントリー・ホールで行われ、当日券があるとのツイートを見て、急に思い立って観に行った。

 

当日券を買いに並びに行ったら誰もいなかった。当日券だから2階席でも十分満足だったが、1階の2ブロック目の(通路を挟んだ)最前列というよい席で見れたので大満足。ホールに入ってから、いちどここにベートーヴェンの第九を聴きに来たことを思いだした。同じステージで菊地成孔の演奏を見るというのも面白い。本人も「場違いだし柄じゃないし話が来たときは驚いた」と言っていた。

 

肝心の演奏は、出だしはメンバーの気負いのようなものが伝わってきて、音響もいまいちな気がした。菊地成孔のサックスはよく鳴っていて演奏も素晴らしかった。全体の演奏も次第によくなってきて、特に管弦楽がよかった。ピアノ、アコーディオン、ハープ、パーカッション、ドラムス、ベース、そしてカルテットが一体となって時を忘れるほど熱い演奏だった。

 

終わってから感想ツイートを見ると、皆一様に音響を絶賛していたので、自分の耳がおかしいのかなと思った。以前新宿文化センターにピットイン30周年(?)のジャズコンサートを聴きに行ったときにも思ったのだが(司会が菊地成孔だった)、会場で音が籠っているような感じがしてクリアな響きが感じられなかった。普段聴き慣れているイヤホンの音源に慣らされているせいか。

 

後日、菊地自身がブログで「パーカッションが響きすぎてやり辛かった」と書いているのを読んでちょっと安心した。

 

菊地成孔の歌唱は、ファンとしては大満足だが、知らない人に聞かせるには若干抵抗がある。MCは少し聞き取りづらい部分もあったが、ハイになって早口で喋っているのが微笑ましく、内容はもちろん面白く、後ろの列に座っていた人が大声で笑っていた(もちろん全員マスク。開演前のアナウンスで、歓声は禁じられていた)。

 

久しぶりに訪れた溜池山王の赤坂アークヒルズは「ザ・都心」という佇まいで、バブルの黄昏のような雰囲気を感じ、その夜の演奏にぴったりの風景だった。

 

3.『奇子』(漫画、手塚治虫)★★★★

 

手塚マンガをまともに読むこともなく人生50年まで来てしまったが、アマゾンで無料で読めるkindle本の中から今年読んだ中では、『奇子』と『ばるぼら』が面白かった。

 

『奇子』は『ビッグコミック』に1972年1月25日号から1973年6月25日号まで連載された作品で、「大人向け」の要素もふんだんに取り込まれているので、「手塚治虫全集」の中で子どもの目に届かない場所に置かれるという扱いを受けることが多かったのではないかと思われる。手塚治虫が、松本清張と横溝正史とドストエフスキーを材料に漫画を書いたらどうなるのか、という問いへの答えがこれだ。

 

舞台設定は『カラマーゾフの兄弟』にヒントを得たということだが、ここには「キリスト」(=神)がいない、という点が違う。

ドストエフスキーは「カラマーゾフ」の中で二男のイワンや三男のアリョーシャの対話を通して神やキリストを中心的主題にしているのだが、それを戦後日本という文化の中で表現すると、「奇子」(=観音或いは巫女)になるのかもしれないと思った。

 

『カラマーゾフ』の続編がドストエフスキーの中では予定されていたのに遂に書かれないままだったのと同じように、『奇子』の続編も手塚の中では予定されていたと思うのだが、遂に書かれずに終わったという運命にも類似を感じる。

 

4.『神秘主義への扉 現代オカルティズムはどこから来たのか』(ピーター・ワシントン著 白幡節子 門田俊夫訳、中央公論新社 1999年)★★

 

前から本の存在は知っていたが、どうせ現代オカルティズムに唾を吐きかけるだけが目的の本だから読む価値はないだろうと無視していた。しかしオカルトや神智学に幻滅している今なら読めるのではないかと思った。扱っている対象がブラヴァツキー、グルジェフ、ウスペンスキー、シュタイナー、クリシュナムルティ等々のため、内容に興味がないわけではない。というより一般的な読者よりもよほど熟知しているという自負がある。ちなみに図書館には上記の人物の著作は一冊も入っていないのにこの本だけがあるというのが日本の平均的な状況だ。

 

序章はトンデモ陰謀論で有名なデヴィッド・アイクの1991年の記者会見の模様から始まる。ブラヴァツキーが1875年に「チベットの賢人たちを華々しく西洋にデビューさせた」ときに始まった現代オカルティズムの20世紀末における帰結がスピリチュアル陰謀論であると著者は主張したいようだ。ちなみに1995年には日本でオウム真理教事件が起こり、彼のスタンスからは、これも19世紀(天理教や大本教)から始まった新宗教ブームの帰結と結論付けるのだろう。

 

第1章から第5章まではブラヴァツキーの神智学協会創設の顛末が述べられている。翻訳者が神智学用語をまともに訳そうとする気がないこと(神智学文献の邦訳書を読めば簡単にチェックできる誤りすら放置)、著者ピーターの終始一貫して嘲笑的な記述ぶり(オルコット大佐を「馬鹿のように見える」と言い放っているが、そういうことは鏡で自分の顔を見てから言ってもらいたい)を除けば全く空虚な内容である。こんなものを読んでブラヴァツキーが分かった気になってはいけない。ついでに言えば、私は今後この“ピーター”の本を典拠(ソース)としたいかなる議論も受け付ける気はない。

 

第6章からは、神智学の「第二世代」として、ウィリアム・ジャッジとオルコットの対立、ジャッジとアニー・ベサントの対立、ベサントとリードビーターのアディヤール体制確立と「救世主候補」クリシュナムルティの擁立、ルドルフ・シュタイナー(人智学)の分離などについて記述されている。

 

個人的には、ピーターがシュタイナーとウスペンスキーを並列に論じ、「シュタイナーは内部から、ウスペンスキーは外部から、神智学に反旗を翻した」と評価している点が興味深かった。まあそれは事実そうであろう(それにしても翻訳者がウスペンスキーの主著『奇蹟を求めて』を『奇跡的なるものを求めて』と訳したり、作曲家スクリャービンをスキアービンと訳しているのを読むと、やれやれ、と呟かずにはおれないのだが)。

 

第9章からは、この本のもう一人の主役、グルジェフが登場する。グルジェフもブラヴァツキーと同じように、公の活動に「デビュー」する前の前半生は謎に包まれている。二人とも自分の辿ってきた波乱万丈の人生について面白おかしく語っているが、真偽のほどは確かめる術がない。両者の「自己演出」の類似点と相違について語るピーターの筆致は生き生きしているし、読んでいて面白い箇所の一つである。

 

これは私の個人的な見解だが、ブラヴァツキーは破天荒な人物にもかかわらず、基本的には生真面目なところがあり、人を担いだり騙したりという悪意は基本的になかった(と思う)のに対し、グルジェフは意図的に人を混乱させ煙に巻く山師的な人物であった。だからピーターがブラヴァツキーを小馬鹿にするのを見ていると彼女の肩を持ちたくなるが、ピーターがグルジェフを嘲笑しようとしても、逆にピーターが足を掬われているので、安心して見ていられるのである。

 

例えば、ピーターが1915年春のウスペンスキーとグルジェフの出会いについて述べた次の箇所などは秀逸である。

 

(引用はじめ)

 

ウスペンスキーはグルジェフ個人が持つ権威には感銘を受けたが、常に胡散臭さも感じていた。その感じはその後何年も変わらなかった。なぜこの矛盾した感情がわくのか、その答えを捜し続けたが、この新しい友人は自分の本性を決して見せることのない俳優だと感じることしかできず、ウスペンスキーは当惑せざるを得なかった。役を演じることには、どこか嘘の匂いがするものだが、グルジェフには本物だと感じさせるところがあった。神秘的であろうとする芝居がかった所作、霊能力があることをほのめかそうとすること、さらに自惚れなど、インチキとしか言いようのないものに対してウスペンスキーは潔癖なまでの嫌悪感を持っていたが、それに勝る能力と尊厳のオーラをグルジェフは生まれつき持っていたのだ。・・・彼はグルジェフを自分の師としようと決めた。理性で考えれば当然ためらうことだったが、異常な感情が起こってそのためらいが一掃されたからだ。グルジェフがいると、通常は真面目な知識人のウスペンスキーも笑ったり、叫んだり、歌ったりしたくなって、「まるで学校から逃げ出したような、あるいは訳の分からない抑制から逃れられたような気分になるからだ」。

 

(引用おわり)

 

第10章はもっぱらグルジェフとその弟子たちの革命ロシアからの逃避行物語に充てられている。このあたりについては私自身深く研究したつもりだが、かなり正確な記述だと思う(書物に述べられている事実を羅列しているだけなのだから当然だろう)。もっとも、この時期のグルジェフについて知るには、ハルトマン夫妻の『グルジェフと共に』(前田樹子訳、めるくまーる社)を読むのが最上の方法だろう。

 

第11章は、クリシュナムルティの青年時代と神智学協会での出来事が記述される。このあたりは、ピーターの下世話で暴露趣味のシニカルな文章を読むよりも、メアリー・ルティエンスの書いたクリシュナムルティの伝記三部作の第1巻『目覚めの時代』(高橋重敏訳、めるくまーる社)を読んだ方がずっとよいだろう。

 

第12章は、第1次世界大戦後に霊的教師たちが開設した「学校」についての記述である。シュタイナーがドイツに創った「ゲーテアヌム」とグルジェフがフランスのフォンテーヌブローに開設した「人間の調和的発展のための研究所」(この本は間違って「小修道院」と呼んでいる)について書かれている。ゲーテアヌムについてはよく知らないが、フォンテーヌブローのグルジェフの学院とその活動については、少年時代にそこに滞在したフリッツ・ピータースの『魁偉の残像 グルジェフと暮らした少年時代』(前田樹子訳、めるくまーる社)という本に活写されているから、それを読むのが一番だろう。

 

第13章は、晩年のシュタイナーについて、そしてグルジェフのフランスとアメリカでの活動について。このあたりのこと(有名なグルジェフの自動車事故や弟子追放劇などのエピソード)は誰が書いても面白いので、ピーターの筆も快調に滑っている(しかし「ワーク」と訳すべきところを「作業」としか訳さなかったり、ウスペンスキーの著書『ターシャム・オルガヌム』を『第三の器官』と超訳したりする翻訳者の不勉強ぶりには毎度ため息が出る)。

 

第14章は、クリシュナムルティの神智学協会との決別について書かれている。ここに書かれている当時の神智学協会の常軌を逸したカルトぶりは、ピーターの誇張ではなく事実である。妄想と狂気の嵐のような雰囲気の中で、終始ひとり正気であり続けたクリシュナムルティの態度は驚異的ですらあるといえるだろう。

 

第15章。ヒトラーやスターリンが権力を握り暴政の限りを尽くしていた時代に、「政治的難題に返答しなければならなかったにもかかわらず、西洋の導師の大半は、政治の問題が重大だった1930年代には私生活に逃げ込んだ」とピーターは指摘する。シュタイナー派の団体はナチスから迫害を受け、メシアを失った神智学協会は政治的・社会的影響力を失って存在感を消滅させる。グルジェフはフランスの学院を手放して執筆活動に没頭する。ピーターはこの時期のグルジェフがフランス人の少人数の女性グループを指導したことなどについて詳しく描いていて、中々興味深い章となっている。

 

第16章は、グルジェフと別離した後のウスペンスキーについての記述から始まる。彼はロンドンで弟子たちに囲まれ悠々自適の生活を送っていたが、グルジェフと一緒にいた頃の危険や刺激のなさに苛立ち、とはいえ今更グルジェフの元に戻るわけにもいかず、酒で憂鬱を紛らわす日々を送っていたというのはピーターが指摘する通りである。

クリシュナムルティとロザリンド(ラージャゴパルの妻)との不倫関係についてもピーターは留保付きながら言及している(この章のタイトルは「罪深き人々」)。

 

第17章は、第二次世界大戦中のグルジェフ、ウスペンスキー、クリシュナムルティについての記述である。Kと交流のあったオルダス・ハクスレーについて多くの頁が割かれている。ハクスレーと親交のあったクリストファー・イシャーウッドとインドのヴェーダンタ教師(ブラーマナンダ)との関わりも長々と書かれているが興味がないので読み飛ばした。ハクスレーはスピリチュアルなことに関心を持つ知識人の典型で、1960年代のヒッピー運動の先駆けと言えるだろう。

 

第18章は、晩年のウスペンスキーとグルジェフについてのエピソードである。

ウスペンスキーはグルジェフから学んだ知識を「システム」と呼んで教えていたにもかかわらず、他の弟子たちが「彼のシステム」を教えたり書いたりすることを厳しく禁じ、弟子のジョン・ベネットがそうしようとしたら即座に破門した。共産主義(ボルシェビズム)を忌み嫌っていた彼は、第二次大戦でソ連が勝利したことでますます未来に悲観的になり、ますます酒に溺れていった。戦争中にイギリスからアメリカに渡っていた彼は、戦争が終わると再びイギリスに戻った。いまや彼の楽しみは、夜に猫を連れてドライブし、過去と関係のある場所に車を停めて、後部座席で猫を抱きながらじっと窓の外を眺めることだけだった。

ロンドンでの最後のウスペンスキーの集会は、ピーターが書いているとおり、荒涼とした雰囲気で始まった。質問の大半を「理解できない」と言って無視し、しまいには「システムなどというものはない」と断言し、「唯一の方法は各人が自分自身を見つめ、自分が本当に何を望んでいるのかをはっきりさせることだ」と言った。ピーターはこれを、クリシュナムルティの神智学協会からの決別と比較した上で、「この比較はただウスペンスキーの惨めさを浮き上がらせることになる。この変更は、クリシュナムルティにとっては自由を、ウスペンスキーにとっては辛い敗北を認めることを意味した」と書いている。

ウスペンスキーが1947年に死んで弟子たちが途方に暮れていたとき、ウスペンスキー夫人はパリのグルジェフに連絡を取った。返事はこうだった。「あなたたちは羊飼いのいなくなった羊だ。私のところに来なさい」。

モーリス・ニコールという弟子はイギリスの田舎に自身の共同体を持ち、そこで「システム」を教えることにした(彼の『コメンタリー』という大著を私は海外から購入して、今も読まれないまま本棚に収まっている)。

ジョン・ベネットはロンドン郊外にグルジェフ風の学院を創設し、ウスペンスキーから破門されていたが、ウスペンスキー夫人の勧めでパリのグルジェフの元を訪ねた。翌日グルジェフの車がトラックと衝突し、トラックの運転手は即死、グルジェフも肋骨骨折と内臓破裂の重傷を負ったが、その夜の弟子たちとの晩餐では包帯だらけの姿で乾杯の音頭を取った。

グルジェフはアメリカでウスペンスキーの弟子たちに向かって「奴は私に従わなかったために野良犬のように野垂れ死んだ」と侮辱し、その足でウスペンスキー夫人を訪ね、夫(ウスペンスキー)の書いた原稿を読み、「素晴らしい。実に正確に書いてある」と出版を認め、それは『奇蹟を求めて』というタイトルで出版された。

こうした破天荒な話を嬉々として語るピーターは、まるで彼自身がグルジェフに魅了されているようにも思われるほどである。

 

第19章は、戦後のクリシュナムルティの亡くなるまでの活動に関するスキャンダラスな側面からのざっくりした記述である。クリシュナムルティが「本物の導師」として西洋で持て囃され、裕福な支援者たちの元を渡り歩いて、巨額の寄付金を受け取り続けたことをピーターは揶揄的に語る。クリシュナムルティに対するピーターの見解は、ほぼラージャゴパルの娘が書いた告発本と一致している。ピーターはたぶん、ゴシップネタを仕入れる以外の目的でKの本を読んだことが一度もないのだろう、というのが率直な感想だ。

 

第20章は、グルジェフとウスペンスキーの死後の動きについて述べている。主にウスペンスキーの弟子フランシス・ロールズが創った「経済科学学校」のことが詳しく書かれている。秘教学校の創設を夢見てメキシコで事故死(?)したロドニー・コリンについても頁が割かれている。私はグルジェフ・ウスペンスキー運動に関心があるので知っているが、正直ここまでマニアックな内容が記されている本だとは思わなかったので驚きを持って読んだ。

 

第21章は、1950年以降の「ニュー・エイジ」の様々な妄想カルトの記述であり、ほとんど興味を持てない。オレゴンのラジニーシ・コミューンの暴走についても(まるで読者にとっては周知の事実であるかのように)軽く触れられている。神智学の教義を取り入れたカルトが増殖していく中で本家の神智学協会が存在感を失っているのは「スキャンダルを欠いてまともになりすぎたため」で、シュタイナーの人智学が再び注目されているのは、エコロジー運動と相性がよく、「実用性があるから」というピーターの指摘は当たっていなくもない。章の後半はジョン・ベネットのイスラム系神秘主義行法「スブド」との出会いや宗教遍歴について頁が割かれている。

 

終章は、ベネットとイドリース・シャー(イスラム神秘作家)との出会いから始まる。「グルジェフの教師たち」とつながりを持っているというシャーに説得されて、ベネットは彼の共同体であるクーム・スプリングスの資産一切をシャーに贈与する。シャーはその財産を即座に開発業者に10万ポンドで売却し、イギリス郊外に豪華な邸宅を取得した。その後もベネットの迷走は続く。

 

全体を一通り読んで、思ったより詳細な中身で、特にグルジェフ関連についての記述がマニアックなのに驚く。ピーターはひょっとして、どこかのグルジェフ・グループに入っていて、落ちこぼれたのではないか? ベネットのグループあたりにいたのでは? 正直に言えばいいのに。

 

最後に、この本に書いていない事実とエピソードをいくつか付け加えておくと;(1)ブラヴァツキーの「大師」たちからの手紙をまとめた『マハトマ・レターズ』という本を編集したA.T.Barkerという人物は、ロンドンのウスペンスキーのグループのメンバーであり、フォンテーヌブローのグルジェフの学院に滞在している間にその編集作業を行った。(2)ロンドンのウスペンスキーのグループのメンバーだったディグビー夫妻は、クリシュナムルティの講話録の編集スタッフであり、『知性の目覚めAwakening of Intelligence』その他のクリシュナムルティ・ファウンデーションの出版物の編者としてKの活動をサポートしてきた。(3)グルジェフの姪Luba Gurdjieffは、スターリンと同じ家で生まれ、子供の頃一緒に遊んでいた。母親によれば、若きスターリンは1894年から1899年までグルジェフの家に下宿していて、部屋代を踏み倒したまま出ていったらしい。(4)グルジェフが若い頃に組織していた「真理の探究者たち」のメンバーであった「ニジェラーゼ王子」はスターリンであったと言われている(スターリンは若い頃「ニゼラーゼ」という偽名を用いていた)。グルジェフの『注目すべき人々との出会い』という著書には元々「ニジェラーゼ王子」という題の章があったが、この章は刊行されることがなかった。なぜこの章が除かれたのかについて様々な憶測があるが、グルジェフとスターリンの関係はロシアでは有名な話らしい。(5)なんとスターリンはグルジェフが書いた百科事典のような大著『ベルゼバブの孫への話』を出版直後に読んでいる。その中に「レニトロハスナムス」という登場人物がいて、レーニンとトロツキーと自分(スターリン)を揶揄する記述を見つけたスターリンは、即座に秘密警察に電話して、グルジェフを探し出すよう命じたという。数分後には折り返しの電話があり、「スターリン同士、心配無用です。グルジェフは数か月前にパリで病死しました」との報告があった、とか。

 

5.『現代オカルトの根源:霊性進化論の光と闇』 (大田俊寛、ちくま新書、2013年)★

 

毒を食らわば皿までと、図書館で借りて読んだ。この著者は神智学についての記述を上記のピーターの本(『神秘主義への扉』)を一次資料にして書いており、ブラヴァツキーについて、第三者の書いたものを本人の著作と勘違いしているようで、内容以前に前提知識がお粗末すぎた。まがりなりにも大学教授の肩書があればこんなレベルで本が出せるのかと呆れる。オウム真理教や幸福の科学を神智学やクリシュナムルティと同列に論じるのはいくらなんでも酷いのでは? オカルトや神秘主義を馬鹿にするならそれなりの覚悟を持ってやってくれ(やるのは勝手だけど)、という以外にこれといった感想なし。

 

 

●2020年観たもの聴いたもの

 

土橋数子

 

生活にかまけて、あまりカルチャーに触れることができませんでしたが、数点ご紹介します。

 

1.『サーミの血』(映画、2016年)★★★★☆

舞台は1930年代、北欧のラップランド地方(サンタクロースの故郷とのこと)に住むサーミ人は他の人種より劣った民族として差別されていた。少女エレ・マリャはサーミ語を禁じられた寄宿学校に通う。成績も優秀だったが、憧れていた女性教師からは「あなたたちの脳は文明に適応できない」と進学を否定される。

 

村を抜け出し、スウェーデン人のふりをして生きたエレ・マリャの回顧から始まるこの作品。子どもや孫にも恵まれ、教師の職も全うしたらしい彼女だが、頑なな表情のおばあさんになっており、人生の苦労が忍ばれる。差別や拘束の強い伝統に抗い、いきいきと自由な人生を送ったという設定でも良かったと思うが、そこはシビアな現実があったのだと思う。

 

一つのシステム(伝統的、民族的)を抜け出しても、また形の違うシステム(都会的、資本主義)に組み込まれるだけだから。そこで自分(成育歴や家族も含めて)というものを受け入れたり、許したりできないまま、矛盾や悔恨を抱えたまま生きてきた部分があったのだろう。

 

可愛い孫は、エレ・マリャが忌み嫌った民族衣装をうれしそうに纏う。抗う世代の苦労があったからこそ、次世代がニュートラルな感覚で希望を見出して欲しい。

 

2.『巡礼の約束』(映画、2016年)★★★★★

余命を知った妻は、五体投地でラサへと向かう巡礼の旅に出た。そんな妻に付き添う二人目の夫と、最初の夫との間に産まれた息子。妻が志半ばで世を去った後、血のつながらない父子二人だけの旅が続く。

 

ヒマラヤの大自然を背景に、チベット仏教の巡礼の旅をテーマにしているが、ヒューマンな心の機敏を描いた作品だった。母であり妻であるウォマは、いわゆる普通のお母さんのような愛情表現は薄い。しかし、亡夫との約束に対する秘めたる強い思いは、子どもや現在の夫(やきもちは焼くが)を動かす。五体投地で進む巡礼の旅の中で、約束を果たすこと以外に何にもとらわれず、心も体も透明になっていく妻。その魂は、彼女亡き後に子どもと継父を結びつける。

 

今の日本に生きる私たちの家族関係に対して、具体的な教訓が得られる映画ではない。あまりにも環境が違い過ぎて、高尚にも思えてくるが、自然の中で淡々と生きる人の姿を目の当たりにすると、現代社会の悩み苦しみが複雑化していることに気づかされる。生きる、愛に生きる、祈る、死ぬ。それでいいのではないかとも思う。

 

3.『道徳教育を超えて-教育と人生の意味』クリシュナムルティ著(本、1977年)★★★★★

今年に無我研でご縁をいただいた佐々木さんが紹介してくれた本。中身はかなり硬派だが、クリシュナムルティの本の中では、一般の人にはなじみやすいのではないかと思う。最初に読むとよいのではないだろうか。

 

附録として、インドの詩人・ジャーナリストであるムーライシという人との対談が収められている。当時の世相、例えばヒッピー文化なども「ただの反動、ある浅薄な生活から、別の形態の浅薄と向かっているだけ」と手厳しい。今やヒッピーの気概すらなくなってしまったわけではあるが。

 

今年はコロナ禍もあり、いろいろな課題や問題がより顕在化した。虐待問題、貧困問題、人種差別、ジェンダー問題、環境問題……。これらは一つひとつが重要であることに変わりないのだが、「誰々の支援に躍起になっているが、本当は彼々の方がたいへんなんだ、かわいそうなんだ」という、問題の重要度格差というか、「そんなことより、こっちが大事」という新たな差別も生んでしまっているように見える。

 

その割に、戦争をしてはいけないということへの言及が少なくなってきている。核兵器も必要悪の免罪符を与えられ続けている。巨悪や問題の源泉には切り込みづらいので、身近なワンイシューでやっていくしかないという、限界なのかもしれない。今の世では精一杯なのだろう。しかし、このままでは問題の多くは解決しない、その限界に気づいていくときなのだと思う。クリシュナムルティは、暴力の源泉が人間の心の中にあるという。人類が人間個人として、また集団として、自己改革を遂げないならば、社会は変わらないという。

 

ユネスコ憲章前文の2行目「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」を読み返したくなる、そんな一冊であった。まだ古本で手に入るようなので、ご一読をお勧めしたい。

 

 

●2020年観たもの聴いたもの

 

佐々木弘明

 

【1】「未知日記」全十二巻(書籍、1953年※、伊東慈音著) 評価★★★★★

(※各巻の出版年はまちまちなので、最も古くに世に出された巻の年代を記しました。)

 

拙稿でほぼ毎回登場するこの本、「やっぱりか」と思われた方、大正解であります。今年読んだもので、最も衝撃的な本となりましたので、外すわけにはいきません(笑)

 

 さて、この書は分量が多いので、〇〇な本と一言に付すことが難しく、いつも説明に困ってしまいます。強いて言うならば、「人間の精神を深掘りした本」でしょうか。よく誤解されるのですが、決して霊界(死後の世界)を主眼とした本ではありません。

 

 人間の精神について、私たちが普段経験するような心理的反応の例や昔から伝わる例話などをふんだんに取り上げ、それらを行者の視点から説明しています。ですから、ある意味で心理学的な要素が強いとも言えそうです。

 

 この本は私が読む限り、「各人がその生を全うする」ことに重点が置かれています。その意味において、出口王仁三郎の思想と雰囲気が似ています。編集会議でも那智編集長が似ているとおっしゃっていましたが、私もそれに同調するものであります。

 

 また、この本には科学的記述が随所に見られ、非常に革新的な内容を含んでいる気がします。科学分野に通じた方が読むと得るものが多くあるのではないか、と思います。またこの本から何かの気づきがあれば、皆さまに共有したいと思っています。今後も登場するでしょう(笑)

 

【2】『Lara Fabian』(アルバム、1999年、ララ・ファビアン) 評価★★★★☆

 

 ララ・ファビアンという歌手をご存じでしょうか。ベルギー生まれのカナディアン・ベルジャン。幼少期から音楽の才能(特に歌)を発揮し、ブリュッセル王立音楽院に8歳で入学、その後10年間、歌唱・ピアノ・作曲を勉強。それに並行して80年代には地元のコンテストで入賞し、86年には初シングルをリリース。90年代にはフランスでアルバム ’Pure’ が200万枚超えの大ヒット。以後世界的に有名な歌手として活動を継続。現在50歳。

 

 以上のような経歴をもつ彼女が、1999年に出した初の英語版アルバムがこの ’Lara Fabian‘ です。このアルバムを機に、北米の音楽市場に参入しいたのですが、現在に至るまで北米での大きなヒットはありません(小ヒットはちらほら)。

 

 彼女の存在はyoutubeで初めて知りました。特筆すべきは王立音楽院で鍛えられた声と、楽曲に全集中する歌い方でしょう。ジャンルは違いますが、往年のちあきなおみのような入り込み具合で、見ている者を魅了します。

 

 日本のメディアで取り上げられることはめったにないですが、たまにTVで彼女の曲が使われていることがあります。それらは大抵このアルバムに収録されているので、ある意味聴きやすい曲が多いともいえるでしょう。

 

 アルバム自体の完成度は高いですが、個人的には、このアルバムのプロモーションとして1999年末に行われたライブ ’From Lara With Love’ が、彼女の魅力を最も表していると思います。

 

 おすすめは ’Broken Vow’ という曲ですね。彼女の作曲です。赤いドレスを着て熱唱する映像がyoutubeに上がっていますので、興味のある方は見られては。私はこの歌唱映像から、ある種の「無我的表現」を感じます。

 

【3】『王仁三郎歌集』(書籍、2013年、笹公人編)評価★★★★☆

 

 編集会議で私がカバンに忍ばせていたこの本が3番目です。出口王仁三郎は怪物であるとの評価はよく耳にしますが、それはこの歌集を読んでも感じられます。せっかくなので彼の作った歌を2つ、ご紹介しましょう。

 

「赤山の紅葉にはゆる夕津陽の影黒々と庭をゑがけり」(笹 2013: 226)

 

「ころころと背すぢつたひて首の辺に爆発したり風呂の湯の屁は」(笹 2013: 94)

 

 …いかがでしょうか。同一人物が作った歌とは思えないほどの内容の幅があります。歌集というと堅苦しいイメージがありますが、この歌集は2つ目のような軽快(?)な歌も相当数収録されているので、読みやすく楽しい印象を受けました。

 

 またこの本には、王仁三郎に直に会った歌人らの話が載っていて、彼の人となりをうかがい知ることのできる資料としても貴重なのではないでしょうか。尾上柴舟や若山喜志子(牧水の妻)のコメントが掲載されています。興味のある方、おすすめします。

 

【4】『山崎弁栄 光明主義講話 大悲のことば』(書籍、2020年、中井常次郎記) 評価★★★★

 

4番目は、浄土宗において高徳で知られる聖者、山崎弁栄上人の晩年の講話録です。内容としては、浄土宗の教義を上人が解説するというもので、少々難しい部分もあります。しかし、この本で面白いのは、京都帝国大学工学部機械科の講師であった中井氏が、上人との初対面を経て、弟子入りするエピソードが本人の追想によって書かれているところでしょうか。

 

 中井氏のこまめな記録によって、「生きた」聖者の雰囲気を感じ取ることができ、その意味で、他の仏教本とは一線を画していると思います。また本編の教義解説も、現代の科学的・西洋哲学的な用語を用いられていて、現代の私たちにも分かり良いように上人が配慮されていたことがうかがえます。

 

 仏教関係の本は学術的に過ぎるものや、あまりに長大であるものも見受けられます。この本は250ページほどで、程よく読みやすいです。浄土宗系の本をお読みになるのなら、私はこの本をお薦めしたいと思います。

 

【5】『紫式部 源氏物語 オリジナルサウンドトラック』(アルバム、1987年、細野晴臣) 評価★★★★

 

 さて、最後にご紹介するのは、1987年に放映されたアニメ映画『紫式部 源氏物語』のサントラです(このアニメは見たことがありませんが)。ご存じ細野晴臣による作品で、雅楽的な旋律を琴とシンセサイザーで表現したものです。

 

 個人的に琴の音は好きで、名曲をしばしば聴くのですが、シンセサイザーの音と融合させてしまうという細野氏の力量にすっかりたまげてしまいました。アニメ自体は源氏物語の華やかな部分というよりは、闇の部分を演出したものであったようですが、このサントラでも、平安時代の雅に隠れた闇の部分を感じ取れます。

 

 といっても、暗い曲調のものが続く陰鬱さはなく、全体としてみると「崇高」という言葉がぴったりなアルバムです。ただ個人的な願望として、せっかくなら、シンセサイザーをもう少し前面に出してもよかったのではと思ってしまいました。それはさておき、細野氏の才能に改めて惚れさせられるアルバムということは確実に言えそうです。

 

 


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