◇エッセイ

 

出口なおの神がかりと文明批判、そしてジェンダー

                           土橋数子

 

年明け早々につらく悲しい出来事に遭われた方々にお見舞い申し上げます。下町スーパーの店内有線放送で『雨の慕情』が流れてきて、お惣菜を買い求めているおじいさんの姿を目にとめたとき、胸が締め付けられました。そんな年明けです。みなさま、今年もよろしくお願いします。短めながら、今年最初に読んだ『出口なお 女性教祖と救済思想』安丸良夫著(岩波文庫)をご紹介いたします。

 

出口なお。明治の新宗教・大本教の開祖。生家が没落し18歳で出口家の養女となったが,出口家も没落。婚家においても貧困や夫のDV子どもの発狂など不幸が続くなかで、神がかりとなり「お筆先」と呼ばれる神の言葉を書きつけるようになる。その後、上田喜三郎(出口王仁三郎)の出現により、(五女の婿に迎える)教団は再組織されて大正に入り爆発的に発展。しかし、「大本事件」と呼ばれる政府からのむちゃくちゃな弾圧を受けた。宗教団体に治安維持法が適用された最初の事件であった。

 

江戸から明治時代にかけて生まれた黒住教、天理教、丸山教などの民衆宗教。大本教はこれらを歴史的に継承し、主に金光教の流れを汲んで開教し、その後の大正から昭和に開教した生長の家や世界救世教などの諸教団への橋渡しとなった。日本の民衆宗教において、新宗教と新新宗教が交差する重要な位置を占める新宗教である。

 

著者の安丸良夫氏(故人)は、日本の近代化を民衆側から研究した学者である。江戸後期から民衆に根付いた「通俗道徳」についての考察でも有名な先生。通俗道徳とは勤勉、倹約、謙虚、孝行、さらには忍従や献身といった徳目からなる生活規範である。令和の現代においても「忍耐強く仕事に励めば幸せになれる」「人生で失敗したり貧困に陥ったりするのは、その人の努力が足りないからだ」とする考え方として、多くの日本人に内面化されている。

 

この通俗道徳をひたすらに守り実践していたにもかかわらず降りかかる不幸なわが人生について、なおは「地獄の釜の焦げ起こし」とつぶやいた。屑拾いをしながら救いようのない生活を送るなおに、神がかりが起こる。最初の神がかりは筆先ではなく、叫び声だったという。学もなくおとなしく、言葉を持たない彼女とは別人のような叫びを上げだしたことから、周囲はあちこちのお祓いや占いなどに連れて行った。それでも、なおの叫びを否定する輩に対して、ものすごい剣幕で反撃した。無敵。通常のなおからは想像できない状態で、素に戻ったなおは、叫び声を上げる自分を恥ずかしく思い苦悩したという。

 

神がかりというと、天啓よろしく頭の方に光が降ってきそうなイメージがあるが、なおの神がかりは、「腹になにか別の活物(いきもの)がはいりこみ、非常な力でいきむという感覚であった。この活物がはいりこむと、なおの身体は非常におもくなったように感じられ、下腹にすばらしく力がはいって、いままでのけだるかった疲労感覚が失われ、背筋がのびて身体全体の姿勢がそりかえりぎみに正されるのであった」(本文より)とある。

 

ライクアエイリアン!胸でもなく、「腹」というところがプリミティブだ。腸脳相関といわれるように腸は原始の脳なのだ。「腹に入り込んだ活物」ものをコントロールできないままに叫び声を上げ続ける。地獄とはいいつつも自ら積み重ねてきた生活をバラバラにして、その他のあらゆる神や権威に従わず、世直しを説く狂気。

「三千世界一度に開く梅の花、艮(うしとら)の金神の世に成りたぞよ、梅で開いて松で治める神国の世になりたぞよ」出口なおのユートピア実現を宣言した著名なお筆先である。これも叫び声から発せられたせいか、うたのようなリズムがある。この宣言を始めとして、なおのお筆先は権力に容赦なく、世直しを説く終末思想に満ちている。日本が近代化していく中だからこその不安、文明開化への抵抗勢力とも見えるが、この時代からすでに近代化や資本主義の腐敗を感じ取った先見の明、ともいえる。

 

今時のジェンダー論から見ても大本教は興味深い。なおは「純粋できびしい正しさ」を特徴とする「変性男子(へんじょうなんし)」であり、王仁三郎は「この世界の汚れた具体性との媒介」を行なう「変性女子(へんじょうにょし)」とされ、実際の性との交錯があるところなどは興味深い。また、家父長制の中でたいへんな抑圧を受けていた女性が、自分の言葉を持ち、叫び出す。後に出口王仁三郎によって再編されていくものの、原点となるのは、声にならなかった声を叫び出した女性なのである。著者の安丸先生の筆致もなおの苦労に共感的で慈愛に満ちている。

 

約100年前の宗教で、本書の発刊は約50年前だが、近代を振り返って今を知るうえで素通りできない「出口なお」を存分に感じることができる一冊だぞよ。

 

(MUGA第150号)

 

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