◇創作

 

ミニおとぎ話――人の道を全うせよ――

 

佐々木 弘明

 

 これは昔々のお話です。あるところに、法力自慢の男がおりました。この男は自分の力を誇って、周囲の者に「おれより優れた能力をもつ男はいないだろう」とつねづね語っていました。そこへある人が来て言うには、「あなたより優れた力をもつ者はあまたおります。現にこの山上にお住いの仙人さまは、もう何百歳にもなられるのに、かくしゃくそのものです。彼の法力はあなたとは比べものにならないでしょう」と。

 

 それを聞いた男は穏やかでなく、その仙人と法力対決をすべく山の麓に分け入り、山上を目指しました。すると種々の怪物が彼に迫ってきましたが、彼は持ち前の法力で追い払い、ついに仙人の住まいの門まで行き着きました。男は勇み立って、その門から入ろうとしましたが、開いていたはずの扉は自然としまり、男がいくら力をこめても開きません。それでも男はあきらめず、法力で雲を呼び、その門を越えようとしましたが、不思議なことに門は男と一緒に上昇をはじめ、中へ入れてくれません。

 

 それではといって男は地中にもぐって突破を試みましたが、またしても門は男と一緒に下降して入れてくれません。ここにきて男はハタと当惑してしまい、何か手はないものかと、門の前で手をこまねいていました。その時、例の門がすっと開き、一人の童が中から出てきました。どこかに用事がある様子です。

 

 男はその童を呼び止め、「おまえはこの門を自由に出入りできるのか」と聞きました。それを聞いた童は怪訝な顔をして、「あなたはなぜそんなことを聞くのですか」と返しました。そこで男は童に、どうやっても門が開かないことを説明すると、童の言うには、「あなたは高慢の心を秘めていますね。そんな心でこの門に向かっても、無駄なことです。改心すれば開きますよ」と。

 

 しかし男はなおも食い下がり、童に開門の法力を伝授してもらいました。男は嬉々として門をくぐり、つかつかと歩みを進めました。すると男の行く手から大岩石がいくつも転がり落ちてきて、男に襲いかかります。彼は喘ぎあえぎその岩々を法力で乗り越えながら進みました。そしてついに平坦な場所に辿りついてホッとひと息、男は周囲を見渡しました。するとどういうわけか、はじめにいた山麓に戻っているではありませんか。

 

 男は大いに落胆しましたが、気力を振り絞って再三再四、同じ行程を繰り返していたところ、あるひとつの霊気が現れ、彼をひっさげて麓に投げ落としてしまいました。男は小時気を失い、やがて目覚めた後も茫然としていました。そのうちに先の童の言葉を思い出し、自分の高慢な心が悪かったのだと、ここではじめて反省しました。そしてもう一度門に向かえば、門はすんなり開き、その後も彼は何の障碍にも出くわさずに山上へたどり着きました。

 

 山上には、先刻出会った童が、なにやら気高い人から教えを受けています。これを見た男は童に、「山上に住むという仙人はどこだ。ここにはおまえと、壮年の男しかいないではないか」とたずねました。童は答えて、「このお方こそ、わが師です。すでに何百の齢を重ねながら、このようにかくしゃくとしておられるのです」と。

 

 想像していた老人と違い、若々しい仙人を目の当たりにした男は再び高慢の心を起こし、「仙人さん、おれと法力勝負をしてくれ」と対決を申し込みました。それまで静かに童と男のやり取りを見ていた仙人は、おもむろに口を開き、「穢れたるイワ(※「最低の者」の意)よ、今すぐここを去るのだ」と言いました。

 

男は憤然として「おれに向かってイワとはなにごとだ、無礼者!」とどなりましたが、仙人は相手にせず、「修行者よ。おまえの肉体の姿は立派だが、心はイワじゃ。そのような汚い心でこの山を犯すことは許されぬ。さあ早く去るが良い」と言って手を振れば、男はたちまちはね飛ばされて、ふりだしの麓まで落とされてしまいました。

 

 落とされた男のそばに、どこからともなく例の童が現れ、「あなたがわが師と法力を争って何になるのでしょう。たとえあなたが空を駈けられるといっても、鳥にはおよびませんし、火を呼んで物を焼くことができても、太陽には到底及ばないでしょう。今日は早く帰って、心の底から改心し、人としてのあるべきようわに立ち返りなさいな。その上でまたここにいらしたら、わが師は快く入門を許されるでしょう」と言葉を残し、そのまま雲も呼ばずに仙人のもとまで駈けていってしまいました。

 

 それを見た男は、自分の法力は小児にすらかなわないことを覚り、法力をすっかり捨てて人道を全うしたということです。

 

……これは、男が経験したお話ですが、実は、この男の行動を偶然眺めていた人がいるらしいのです。その人は後日、自分の周囲にこう語っていたとか・・・

 

「いやあ、こないだは奇妙な男がいたんだよ。あの山の麓に意気揚々とやってきたから、登るのかと思ったんだ。そうしたら、何もないところを少し進んでは転げ落ち、また進んでは転んで、全くひとりでじたばたしているんだよ。それでしばらくしたら、なにかに納得した様子で、帰っちゃったよ。私もこのあたりに住んで長いけど、あんなに滑稽なものはみたことがないね。」

 

(MUGA第136号掲載)

 


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