自身初の世界歴代最高得点を出したのは2012年10月、スケートアメリカのショートプログラム(SP)だった。95・07点。会見で「So happy!」とかみ締めた後、「4回転は、トップを目指す人なら誰でも決めなきゃいけない時代」と口にした。
それから時代を作ってきたのは、他の誰でもない羽生だった。
14年ソチ五輪、SPで史上初の100点超え。15年NHK杯、フリーで200点、合計で300点を世界で初めて上回った。4~6季で30点ずつ上がってきた男子の合計の最高得点を2季で35点以上伸ばし、ソチ五輪で2種類だった4回転ジャンプを今季までに4種類に増やした。国際オリンピック委員会は17年11月、特集記事で羽生をこう紹介した。「天井知らずのレコード・ブレーカー」
「頑張る子供へのメッセージ」として羽生が色紙に書いたのは「負けず嫌いであれ」。中学、高校時代の羽生にジャンプを教えた田中総司コーチは「けがをしていても安全運転を見たことがない。『やめなさい』って私たちが止めるしかないんです」と明かす。
今季NHK杯の練習中に体調が悪い中で4回転ルッツを跳び、右足首を捻挫した。無類の負けず嫌いは時に自分を傷つける。だが、挑戦し続けたから、今の羽生が存在するのも確かだ。
世界歴代最高得点の更新回数は「皇帝」プルシェンコによる13回が最多だ。23歳の羽生は、その記録を平昌(ピョンチャン)五輪で破る可能性がある。その時、フィギュア男子で66年ぶりの五輪連覇という、歴史的な偉業も成し遂げられる。
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