魂レベルの治癒をめざして【人間力を高めるムドラ瞑想】

魂レベルの治癒をめざして【人間力を高めるムドラ瞑想】

古代インダスを起源に発展してきたムドラと瞑想のテクニックと、聖なる力を本質から伝え、今のあなた自身の状態に必要なムドラを使い、人生をよりよく生きるための瞑想テクニックを普及していくことが目的のブログです。

 

中学生の娘から依頼された冬休みの宿題課題「お仕事インタビュー」に答えました。

理美容の仕事に絞った答えです。

お仕事インタビュー

⑴どんな仕事をしていますか? 
・理容美容のお店を個人事業として経営しています。

・お仕事の具体的な内容は、お客様の髪の毛をカット、ヘアカラー、 パーマや縮毛矯正などを行っています。

・仕事の流れは、お客様が来店されたらまず最初にカウンセリングを行います。 髪型の好みや自分をどんな風に見せたいのか どんな風に変わっていきたいのか自分自身がよりよく見える髪型を、会話をしながら写真や動画など、時には手書きのイラストを見せながら、髪の毛の生え癖やくせ毛の特徴を考慮して一緒に決めて行きます。 

仕上がりを見てもらって納得してもらったら料金の精算をしていただきます。

⑵仕事のやりがいは何ですか?
・お客様が仕上がりを見てもらった時に、とても嬉しそうな表情になって、感謝の言葉を頂いた時。

・リピートされたお客様が、周囲の人たちから髪型を褒められたことを嬉しそうに話してくれた時。

・長い間ずっと悩んでいた髪の癖や髪型について解消できた言葉をいただいた時。

⑶仕事の大変なところは何ですか?
・どんな髪型にしたいとか、どんな風になりたいとか、主体性がない人は難しいです。

・長時間立ち仕事で、体力が必要なところ。一日中立ったり座ったり仕事をすることが多く、腰や足、手や指、特に特殊なカット技法を使っているので首や肩に負担がかかります。体調管理をしないと続けるのが難しい仕事です。

・お客様一人ひとりの気持ちをくみ取る難しさ。言葉ではうまく説明できない「こんな感じ」という気持ちを理解する必要があり、そのズレが起きないように気を使います。

・失敗が許されにくい仕事であること。髪の毛はすぐに元に戻せないため、常に集中力と責任感が求められます。

・流行や技術を学び続けなければならないところ。髪型や薬剤、技術は常に変わるので、仕事が終わってからも勉強や練習が必要です。

・お客様の人生や悩みに触れることがあるところ。髪を切りながら、仕事や家庭、人間関係の悩みを聞くこともあり、心の面でも支える力が求められます。

・個人事業としての責任の重さ。お店の経営、売上、材料費、家賃などすべて自分で考えて決めなければならず、安定しない不安もあります。

⑷この仕事を選んだ理由 やきっかけは何ですか?
・人と向き合い、その人がより自分らしく生きるきっかけをつくれる仕事だと思ったからです。

もともと、「人と一対一で向き合うこと」「その人が本来持っているものを引き出すこと」に強い関心がありました。

子どもの頃から、正しさとは何か、人はなぜ生きるのか、どうすれば人は幸せになれるのか、そんな問いが心の中にありました。

理容美容の仕事は、髪を切る仕事でありながら、その人の人生の節目や心の状態に触れる仕事でもあります。

鏡の前で人は、自分自身と向き合います。

その瞬間に立ち会える仕事だと感じました。

また、言葉が多くなくても、触れ方や間合い、空気感で人を安心させることができる。

その在り方が、自分の性質に合っていると感じました。

この仕事なら、誰かを否定することなく、上に立つこともなく、ただ「そばに在る」ことができる。

そして、自分が生きてきた経験――

苦しみも、迷いも、失敗も、それらすべてを無駄にせず、誰かの役に変えていける仕事だと思いました。

だから、理容美容師という仕事を選びました。

⑸この仕事を続けていくためにどんな力が必要ですか? もっとこんな力があったらなと思うことは何ですか?
・この仕事を続けていくために一番必要だった力は、あきらめずに続ける力だと思います。

特別に才能があったわけでも、順風満帆だったわけでもありません。

うまくいかない時、傷ついた時、自信を失った時でも、それでもハサミを置かなかった。

人に向き合うことから逃げなかった。その積み重ねが、44年だったと思います。

もうひとつ必要だったのは、人をそのまま受け取る力です。

思い通りに伝えられない人、自分でも何がしたいかわからない人、心に余裕がない人。

そういう人たちを「難しい人」と切り捨てず、待つこと、聴くこと、急がせないこと。

そのためには、自分の心を整え続ける力が必要でした。

そして、もっとこんな力があったらと思うのは――自分自身をもっと大切にする力です。

若い頃は、人のためにと無理をして、体の声や心の疲れを後回しにしてきました。

今思えば、頑張る力よりも、休む力、委ねる力、「今日はここまででいい」と言える力が、もう少しあってもよかったのかもしれません。

それでも、この仕事を通して学んだことははっきりしています。

働くということは、成果を出すことだけではなく、人として在り続けること。

この仕事は、私を鍛え、壊し、そして何度も立て直してくれました。

だから今も、静かに続けていきたいと思っています。 

人を大切にする力と、自分を大切にする力、その両方が必要だと思います。

どんな感想を書いてくれるかな?

 

 

皆さん、こんにちは。

 

マサです。

 

 

 

✦ 三つの書が紡ぐ、魂の成長譚 ― 読みたくなる“物語としての三部作” 

 

 

◆ 第一の書:『螺旋の記憶』
それは“生命とは何か?”という問いへの静かな挑戦です。
呼吸の奥に潜む祖先の声。 

 

心の揺れがエピジェネティクスに届き、未来の命にまで作用していくという感覚。
まるで、私たちの内側に螺旋の階段があり、
そのひとつひとつを踏みしめるたびに、忘れられていた光景がふわりと立ち上がる。

 

 ――「あなたの存在は、無数の祈りの継承でできている」
そんなメッセージを受け取る場所が、この第一の書です。

 

 

 

 

 ◆ 第二の書:『VOIDの祈り』
『螺旋の記憶』が“生命の記憶”を探る書だとすれば、こちらは“存在の深淵”そのものに触れる書。
心の奥底に潜む虚無、
人が誰にも見せない影、
そして沈黙の中でだけ現れる“本当の自己”。
仏教でいう空性、
神道の「まほろば」という気配、
そして宇宙物理学が指し示すブラックホールの“中心なき中心”。


これらがひとつのリズムで脈打つように語られるのが、この第二の書です。
――「あなたは空(VOID)と光の両方でできている」
その感覚が、読者の胸を静かに揺らします。

 

 


◆ 第三の書:『霊性と教育』
ここで初めて、二つの探究が“未来の人間”へと向けて実用化されます。
螺旋として受け継がれた記憶。
虚無の奥で目覚める本質の光。
それらが「人を育てる」という営みにどのように作用するのか?


どうすれば、魂を萎縮させずに、のびやかに育つ“ほんとうの人間”へ導けるのか?
仏教の慈しみ、
神道の清らかさ、
そして心の教育をめぐる科学的な視点。
それらが三位一体となって書かれた章は、
読者の胸にこんな予感を灯します。
――「人を育てるとは、魂の光を思い出させることなのかもしれない」

 

 

 

 


✦ 三冊を貫く一本の軸
三冊を読み終えるころ、
読者の内側には気づきが芽生えています。
生命の記憶(螺旋)
 ↓
存在の核(VOID)
 ↓
未来を育てる力(教育)
これはまるで、
胎動 → 誕生 → 成長
という“宇宙的な人生図”のようです。
そして三冊はこうささやきます。
「あなた自身の物語も、この三段階を進んでいる」
と。


✦ 読者の心をそっと押す“ひと言”
三冊のつながりを感じた読者は、
最後にこんな感情を抱くでしょう。
「これは哲学書でも、科学書でも、宗教書でもない。
これは私たちが歩くための、魂の地図なのだ」と。

 

 

 

 

 

 

こんにちは。


まごころ教育研究家のマサです。



拙著『「霊性と教育」: 科学と心が出会う場所で』が出版されました。

 

 

 

静けさの中に、ほんとうの教育が始まる。
科学が世界を解き明かし、霊性がその世界を照らす。
『霊性と教育』は、その二つの光を結ぶ“祈りの書”です。

 

📘 内容紹介(Kindle用)
『霊性と教育 ― 科学と心が出会う場所で』

便利さと効率があふれる現代。
子どもたちは成果で評価され、大人たちは時間に追われながら、
「なぜ生きるのか」という問いを持つ余裕すら失いつつあります。

本書『霊性と教育』は、
そんな時代に「人間に育てる」という教育の原点を取り戻すための一冊です。

霊性とは、信仰や宗教ではなく――
いのちの響きを感じ取る感性のこと。
自然に心を開き、他者と共鳴し、内なる静けさに耳を澄ませる力です。
それは、科学が見つめる“意識の働き”と深くつながっています。

著者は、生命科学・神経科学・エピジェネティクスなどの最新知見をもとに、
霊性を「人間の成長を支える自然な力」として再定義します。
寺子屋や禅の修行に見られる日本的霊性の知恵、
現代教育が失った“心の居場所”、
そして科学が明らかにしつつある「共感」「祈り」「意識」の可能性。

それらを統合しながら、
教育・家庭・地域社会・芸術・自然を貫く新しい教育のビジョンを描き出します。

🌿 本書の主なテーマ

教育の本質は「人間に育てる」こと

科学と霊性の交差点 ― 意識・共感・遺伝子・瞑想

日本的霊性と「間(ま)」の美学

呼吸・沈黙・祈りを取り戻す教室

霊性教育の実践モデルと未来の学校文化

🕊️ 読後に残る静かな希望

教育とは、未来へ光を手渡す行為です。
霊性とは、その光を感じ取る心のはたらきです。

知識ではなく、生きる智慧を。
競争ではなく、共鳴する学びを。

科学と文化と心が再び結ばれるとき、
そこに「人間に育てる教育」が始まります。

📖 こんな方におすすめです

教育・心理・福祉・看護・介護など「人を支える仕事」に関わる方

現代教育の限界を感じている教師や親

科学とスピリチュアルの調和を求めている方

自分の生き方をもう一度見つめ直したいすべての人へ

 

 

 

 

こんにちは。


まごころ教育研究家のマサです。



拙著

螺旋の記憶

 

螺旋の記憶: 瞑想と後成遺伝学が結ぶ、魂と生命の進化

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VOIDの祈り

 

VOIDの祈り: ブラックホールの沈黙から生まれる宇宙の詩

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執筆中の「霊性と教育」から

第3章 科学と霊性の交差 ― 教育の新たな可能性

第3節 エピジェネティクスと教育 ― 感情が遺伝子を動かす



 私たちはよく「性格は遺伝だから仕方がない」と言います。
 けれども、最新の生命科学はその考えを静かに覆しつつあります。
 人の生き方や心の持ち方が、遺伝子の働きそのものを変えていく――。
 それを明らかにしたのが、エピジェネティクス(後成遺伝学)という新しい学問です。

 エピジェネティクスの研究によれば、遺伝子は「固定された設計図」ではなく、環境や経験によってオン・オフが切り替わる“動的なシステム”です。
 つまり、私たちは生まれ持った遺伝情報に支配されているのではなく、日々の思考、感情、行動が、生命の設計そのものに影響を与えているのです。

 この発見は、「教育」と「霊性」を結ぶ上で極めて重要な意味を持ちます。
 たとえば、慢性的なストレスや不安の状態では、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増え、その影響で脳内の神経伝達物質の働きや免疫系の遺伝子発現が変化します。
 一方、安心感や感謝、喜びの感情を感じているときには、脳内でセロトニンやオキシトシンが活発に働き、炎症を抑える遺伝子群がオンになり、健康や長寿に関わるスイッチが入ることが知られています。

 つまり、感情の質が遺伝子のスイッチを変えるのです。
 教育現場でも、このことは深く関係しています。
 子どもが安心して話を聞いてもらえる環境では、学習に関わる神経細胞が活性化し、記憶をつかさどる海馬の神経新生が促されるといわれています。
 逆に、叱責や比較によって不安が続く環境では、その神経の働きが抑えられ、学ぶ意欲も低下してしまう。

 つまり、教育のあり方が子どもの遺伝子表現を左右するのです。
 ここで注目すべきは、霊性との共通点です。
 霊性とは「心のあり方が世界を変える」という直感的な理解でした。
 エピジェネティクスは、それを科学の言葉で言い換えたにすぎません。
 私たちの“内なる状態”が、身体という宇宙の中で現実的な変化を起こす。
 この法則を理解することは、教育を「外からの指導」ではなく、内側から生命を開かせるプロセスへと変えていく道を示しています。

 また、心の安定が世代を超えて影響するという研究もあります。
 母親のストレス状態が胎児期の遺伝子発現に影響し、子どもの情動や免疫反応にまで影響することが報告されています。
 逆に、愛情に満ちた養育環境では、子どものストレス耐性を高める遺伝子が活性化するという結果もあります。
 教育とは、単に知識を継承するだけでなく、心のエネルギーを次世代に伝える営みなのです。

 この視点から見れば、霊性教育はもはや形而上学ではありません。
 それは、生命科学の実証と響き合う“人間形成の技術”です。
 思いやり、感謝、祈り――それらは目に見えない精神活動ですが、実際には細胞のレベルで身体を変化させ、学びや生きる力を高める生理的反応を引き起こしているのです。

 教育がこの真実を理解したとき、「心を育てること」は単なる理念ではなく、科学的に裏づけられた現実的な教育目標となります。
 教室の中で交わされる一言のやさしさ、ひとつの笑顔が、子どもの中の遺伝子スイッチを変える。

 そこに、霊性と科学が出会う“教育の奇跡”があるのです。

 


 

 



 

 

こんにちは。


まごころ教育研究家のマサです。



拙著

螺旋の記憶

 

 

VOIDの祈り

 

 


次に書いているのは

 

「霊性と教育」

美しい自然を目の当たりにして、ただ感動して涙する。


人と分かり合えた時に感じる温かさ。
初めて会った人なのに、なぜか親しみを感じる、、、


これらも霊性の顕れです。

 


既存宗教が大切にしてきた霊性ですが、霊性そのものは宗教ではありません。
では霊性の正体とはなんでしょうか?

 

以下執筆中の序章です。

1 心を見失った時代に
 私たちが生きる現代は、あらゆるものが便利で、速く、正確です。
 インターネットを開けば、世界中の出来事が一瞬で届き、AIが人の思考を支え、機械が感情のような応答まで示す時代になりました。
 技術の進歩は確かに私たちの生活を豊かにしました。しかし同時に、静かに進行しているもう一つの変化があります。それは「心の疲弊」です。

 子どもたちは点数や成果で価値を測られ、大人たちは効率や生産性を求め続けられています。朝から晩まで予定に追われながら、「なぜ生きているのか」という根本的な問いを持つ余裕すらなくなっている人が多いのではないでしょうか。

 現代教育の最大の課題は、知識を増やすことではなく、心の居場所を失っていることかもしれません。
 情報や技術がどれほど進んでも、そこに「心の深さ」がなければ、人間としての成長は完成しません。
 この空白を満たす鍵として、いま改めて注目すべきものが「霊性」です。

2 霊性とは何か
 霊性という言葉を聞くと、超常的な力や神秘的な現象を思い浮かべる人もいるでしょう。
 けれど、ここで扱う霊性とは、宗教的な信仰とは異なる、人間が本来持っている「心の深さ」や「生命の響き」のことを指します。

 たとえば、朝焼けの光を浴びたときの胸の温かさ、誰かの優しさに触れたときの涙、静かな森の中で時間の流れがゆるやかになる感覚――それらは誰の中にも起こりうる、生命の共鳴体験です。
 それは特別な訓練をしなくても、ふとした瞬間に訪れます。

 霊性とは、人が「自分を超えたもの」とのつながりを感じる力であり、人間が人間らしく生きるための根源的な感受性なのです。

3 宗教と霊性のちがい
 宗教は、教義や儀式を通して人々を導く体系的な枠組みです。社会をまとめ、人生の意味を与える力を持ちます。
 しかし霊性は、それよりもずっと個人的で、経験的です。
 それは誰かが教えてくれるものではなく、自分の中で確かに「感じ取る」ことから始まります。

 宗教が「信じること」に重きを置くのに対し、霊性は「感じること」に根ざしています。
 信仰を持たない人でも、自然や芸術、他者との関わりの中で心を揺さぶられる瞬間がある。
 その「揺れ」の中にこそ、霊性の種が息づいています。

 日本人にとっての霊性は、もともと「自然との共生」や「調和の感覚」と結びついていました。
 山川草木に神を見出し、祖先の魂を敬い、季節の移ろいに心を寄せる。
 このように「見えないものへの敬意」を育てる文化が、教育の基礎として機能していたのです。

4 教育の本質は「人間にする」こと
 教育という言葉は、もともと「内にあるものを引き出す」という意味を持っています。
 つまり教育とは、何かを押し込むことではなく、人がもともと持っている可能性を開花させる営みです。

 人間は、生まれながらに「考える力」「感じる力」「つながる力」を備えています。
 しかし、それらは放っておけば育ちません。愛情、対話、自然、文化――そうした環境に触れることで、心の回路が少しずつ広がっていくのです。

 現代社会では、知識や技術が重視される一方で、こうした「見えない力」を育てる教育が軽んじられています。
 けれども、本当の学びとは、心が動き、感性が磨かれることから始まります。
 霊性とは、まさにその「心の成長を支える根幹の力」なのです。

5 科学が照らす霊性の働き
 近年の科学は、心と身体、そして社会との関係を細やかに解き明かしつつあります。
 かつて「非科学的」と見なされていた祈りや感動の体験も、いまや生理学的なメカニズムとして理解されつつあります。

 たとえば、誰かに共感したり感謝の気持ちを抱いたりするとき、脳内ではオキシトシンやセロトニンと呼ばれる物質が分泌されます。これらは「安心」「信頼」「つながり」を感じさせる作用を持つホルモンです。
 また、深い感動を体験しているときには前頭前野や帯状皮質が活発になり、人のストレス耐性を高めることもわかっています。

 つまり霊的体験とは、決して神秘的な出来事ではなく、人間の神経系が調和したときに生じる自然な反応なのです。
 霊性を科学的に理解することは、心の教育を現代社会に根づかせるための確かな基盤になります。

6 日本の霊性と「和(わ)」の思想
 日本の霊性には、「和」という言葉が深く刻まれています。
 和とは、単に争わないことではありません。
 異なるもの同士が響き合い、全体の中で調和を生み出す状態を指します。

 たとえば、自然と人間、個人と社会、感情と理性――それぞれは対立するものではなく、本来は補い合う関係にあります。
 この「補い合う」という感覚を育てることが、霊性教育の核です。

 学校教育の中でも、知識を競うだけでなく、「ともに学ぶ」「互いを尊重する」姿勢を育てることが求められます。
 和の精神は、人間関係を円滑にするための礼儀ではなく、生命のリズムを合わせる方法なのです。

7 文化としての霊性教育
 日本の伝統文化――茶道、華道、書道、俳句、武道――これらはすべて心の教育の場でした。
 形式を学ぶことの裏に、必ず「心を整える」「自然と調和する」「一瞬を大切にする」という精神がありました。
 それは知識を増やすための訓練ではなく、感性を育てる「行(ぎょう)」だったのです。

 たとえば茶道の一椀には、自然の恵み、器を作る職人の手、茶室を整える人の心、すべてが結び合っています。
 その一瞬に心を込めることが、霊性を体験することにほかなりません。

 このように、霊性は日本人の教育文化の根底に流れてきました。
 しかし、現代の教育制度では、効率や成果が重視されるあまり、その流れが断ち切られつつあります。
 いまこそ、霊性の教育的価値を再評価し、未来に伝える仕組みを取り戻す必要があるのです。