カープの石井琢朗が24年間の現役生活に別れを告げ、今シーズン限りでの引退を表明しました。


で、先日引退試合があったわけですが、その時の記事に


「石井琢朗、ファンの大歓声に号泣」


なる見出しがありまして。


ん!?その試合、テレビで見てたけど、号泣したか!?


と思い、動画や画像を確認してみると、



マドハンドAのもうひとつの土曜日


号泣・・・「大声をあげて泣くこと。泣き叫ぶこと。」


号泣はしてないだろ。


せいぜい、「目頭を熱くさせた」か「目を潤ませた」って感じですよ。


号泣はしてません。




で昨日、ネットでニュースを見ていましたらば、


「ホークス小久保、王会長の胸で号泣」


なる見出しの記事がありまして。


小久保と言えば、ミスターホークス。


途中、ジャイアンツに移籍などいろいろありましたが、弱小ダイエー時代の苦労を知る名選手です。


いつも気丈にチームを引っ張るキャプテン小久保も、さすがに引退とあっては感情を抑えられなかったのでしょう。


と思い、記事を見ると、



マドハンドAのもうひとつの土曜日


号泣、、、はしてないよな。


スポーツニュースで小久保の挨拶を見ましたけど、


「大声をあげて泣くこと」


はしてないし、ましてや


「泣き叫ぶこと」


は全然してないです。


こらえてきたものが、王会長を前にこらえ切れなくなった、こみあげてきたと言った感じです。


正確に見出しをつけるなら、


「ホークス小久保、王会長の肩で男泣き」


と言ったところでしょうか。


王会長の胸でもないですね、肩ですよ、あれは肩。




というわけで、マスコミはやたら「号泣」という言葉を使いたがるんです。


そりゃね、「号泣」と聞けば感情を爆発させたかのような衝撃を想像しますから、興味は惹かれますよ。


でもね、ちょっと泣いたくらいですぐ「号泣」って、もはや捏造じゃないかと。


ちょっと前にこんなのもありましたね。


「塩谷瞬、号泣謝罪会見!」



マドハンドAのもうひとつの土曜日


号泣どころかウソ泣きじゃねーか?


マスコミは軽々しく号泣を言う言葉を使いすぎる。


でも、どれもこれも明らかに号泣はしてません。


「東スポ」や机がしゃべるという「ゲンダイ」ならね、


「またいいかげんな記事書いてるな~」


と思うんですけどね。


それなりに名のあるマスコミでも簡単に「号泣」って見出しをつけますからね。


こういう嘘や捏造がまかり通っちゃイカンですよ。


言葉で商売するなら、言葉は正しく使うべきじゃないですかね?


だいたい、石井琢朗にしても小久保にしても、球界を代表するスポーツ選手ですよ、アスリートです。


一般人には想像もつかないような厳しい鍛錬を積んできたアスリートがね、そんな軽々しく人の前で号泣なんてするわけないんです。


















マドハンドAのもうひとつの土曜日


こいつ以外は。