自己決定権を尊重すれば、それでよいのか

前回は、本人を思う善意から生まれる「パターナリズム」について考えました。

では、自己決定権さえ尊重すればよいのか。
「本人の意思をとにかく尊重すればよいのだ」と考えたくなるかもしれません。
実際、パターナリズムを乗り越える鍵として、福祉の現場では「自己決定権の尊重」が繰り返し語られます。

それ自体は間違っていません。
誰もが当たり前に自分の人生を選び取れる社会を実現するために、絶対に守られるべき理念です。
しかし、この理念を無条件に当てはめると、また別の問題が生まれます。

パターナリズムと自己決定

こんな場面を考えてみましょう。
グループホームに入所している方の中には、「早く寝なさい」と言う親がそばにいなくなったことで、深夜遅くまでテレビを見続けてしまう方も少なくありません。
その結果、睡眠不足になり、会社に遅刻したり仕事中に居眠りをしたりと、職場での服務規律が守れなくなるケースが出てきます。

こういうとき、本人やご家族の同意のもと、グループホームの職員に協力してもらいながら、生活リズムを整える支援が必要になります。

しかし、「私たちだって夜遅くまで起きている。何時に寝ようが本人の自由で、それを咎める権利は誰にもない」と、“自己決定権の尊重”を盾に主張される方もいるかもしれません。

これはまさに、先ほど述べた「パターナリズムに陥らない」という考え方そのものです。

確かにその通りかもしれません。
しかし忘れてはならないことがあります。
彼はまた、「企業で働く」ということを自ら選び、就職したのではなかったでしょうか。

雇用とは、企業と労働者が個別に労働契約を交わすことです。
労働者の側には労務提供義務があり、月曜日から金曜日まで決められた時間、自らの能力を発揮して会社に貢献する契約をしている以上、はつらつと働けるよう自分の体調を管理する義務も同時に負っています。

深夜番組を見続け、遅刻や居眠りを繰り返す業務態度は、この労務提供義務を果たせていないということです。
「将来的に懲戒処分を受けるかもしれない。」
「改善が見られなければこの会社で働き続けられなくなるかもしれない。」
そうしたリスクをすべて承知の上で、それでも夜遅くまで起きていたいのだというなら、それは自己決定権として尊重されるべきでしょう。

しかし、そこまでの覚悟があるわけではなく、単に生活リズムが乱れているだけなら話は別です。
その場合はやはり、身近な支援者が適切なサポートに入る必要があると思います。

「本人の意思を尊重すること」と「本人にすべてを任せること」は、同じではありません。

では、その境界線を支援者はどのように考えればよいのでしょうか。

次回は、パターナリズムと自己決定という二つの理念のあいだで、支援者に何ができるのかを考えます。

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