~前回の続きです。20年前のシンポジウムで感じた違和感から、私が考える「自立」についてお話しします~

 

■ 私が考える「自立」とは

 

一般的に「自立」というと、一人で身の回りのことができること(ADL自立)や、自分の収入で生活できること(経済的自立)を思い浮かべる人が多いでしょう。もちろん、それらは大切です。

しかし本当にそれだけでしょうか。

 

私は、自立とは「自分の人生を、自分で選び、自分で決めながら生きていくこと」だと考えています。

 

たとえ食事や入浴に介助が必要であっても、どこで暮らし、誰と暮らし、どのような働き方を選び、どのような人生を歩むのかを、自分自身で決めることができる。

その人は十分に自立しているのではないでしょうか。

 

反対に、一般企業で働いていても、自分の意思ではなく周囲の期待や制度に流され、自分らしい生き方を選べていないとしたら、それを本当に自立していると言えるでしょうか。

 

私にとって一般就労は、自立そのものではありません。

自立を実現するための、一つの選択肢であり、一つの手段です。

 

■ 幸せは経済的自立だけで決まらない

 

「一般就労こそが真の自立である」という考え方の背景には、経済的に自立することがその人の幸せにつながる、という価値観があるのでしょう。

 

確かに、自分で収入を得て生活できることは、多くの人にとって大きな喜びであり、生きがいや自己実現につながる大切なことです。

 

しかし、それだけが人の幸せを決めるのでしょうか。もしそうなら、障害の程度によって一般就労が難しい人や、多くの介助を受けながら暮らす人は、幸せになれないということになってしまいます。

 

私は、決してそうは思いません。

 

これまで私は、一般企業で働いていない方が、地域で役割を持ち、多くの仲間に囲まれ、生き生きと暮らしている姿を数え切れないほど見てきました。

 

・毎日作業所へ通い、自分の仕事に誇りを持っている人

・地域活動に参加し、多くの人とのつながりを大切にしている人

・趣味や創作活動を通して、自分らしい生き方を見つけている人

 

自分で選んだ場所で、自分らしく暮らし、役割を持ちながら毎日を送る姿は、とても豊かで充実した人生に見えました。

 

幸せは、働く場所だけで決まるものではありません。

どこで働くかではなく、どのように生きるか。

誰かが決めた価値観ではなく、自分で選んだ人生を歩んでいるか。

私は、そのことのほうがはるかに大切だと思っています。

 

――次回は、シンポジウムで受けたある質問と、私が「福祉に期待すること」についてお話しします。

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~シンポジウムでの違和感~

 

 

今から約20年前、私はある地方の障害者就労支援シンポジウムに招かれました。

 

2006年、障害者自立支援法が施行された直後のことです。

 

この法律は、障害者福祉の大きな転換点でした。

 

それまでの福祉は「地域で安心して暮らすこと」「日中活動の場を確保すること」に重点を置いていました。 

 

授産施設や小規模作業所は、一般企業への就職が難しい人たちにとって、仲間とともに働き、社会とつながりながら暮らす大切な居場所でした。

 

もちろん一般就労を目指す支援もありましたが、それは福祉の目的の一つであり、すべてではありませんでした。

 

しかし法律の施行後、状況は大きく変わります。 新たに就労移行支援事業が創設され、多くの授産施設がその事業へ移行しました。

 

 「障害のある人を一般企業へ送り出すこと」が、福祉現場の重要な役割として位置づけられるようになったのです。

 

この政策転換には大きな意義がありました。 

 

企業で働きたいと願う人の可能性が広がり、「福祉から雇用へ」という流れが全国で進み始めました。

 

一方で、私は少し気になることがありました。 いつの間にか「一般就労こそが真の自立であり、真の幸福である」という空気が、福祉の世界全体に広がり始めていたのです。

 

私が招かれたシンポジウムも、まさにそうした時代でした。 会場には就労移行支援に携わる職員が大勢集まり、企業から成功事例を学び、どうすればもっと一般就労につなげられるか、熱気に満ちていました。

 

しかし、主催者のあいさつや司会者のコメント、他のパネラーの発言を聞くうちに、私は違和感を覚えました。 

 

その多くが「一般就労こそが、真の自立である」という前提で語られていたからです。

 

私はその頃も、20年経った今も、この考え方には共感できません。 

 

私が考える「自立」は、一般就労や経済的な自立とは、少し意味が違うからです。

 

――次回は、私が考える「自立」とは何かについてお話しします。

 

 

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個人モデルでは、障害を治療の対象、リハビリの対象として、障害を克服する努力を求めました。

 

社会モデルでは、障壁は社会の側の課題であるのだとし、社会の変革を求めました。

 

個人モデルと社会モデルは、一見対象的な視点に立っているように見えますが、実はその主体こそ違えど、障害を「乗り越えるべき課題」であると認識している点では共通しています。

 

しかし文化モデルは、全く違った視点に立っています。

 

“障害”そのものをまったく問題にせず、その障害特性ゆえの独特な行動を“文化”と捉えているのです。

 

例えば、ろう者(ここでは、日本手話を第一言語とし、ろう教育を受けて育った、強い同胞意識で繋がっている聴覚障害者のことを「ろう者」と呼ぶことにします。)のコミュニティーでは、

 

「耳が聞こえない」という事実を病理的視点からの“障害”と捉えるのではなく、「日本手話を日常言語として用いる者」、つまり障害者ではなく「言語的マイノリティー」だと主張しています。

 

そしてこれを“ろう文化”と言い、自らの存在を肯定的に語っています。

 

視覚障害者にとっての点字の使用や白杖での独得な歩行の仕方、

 

肢体不自由者にとっての車椅子での移動やよつばい姿勢での身体移動、

 

知的障害者の摩訶不思議な拘りや飛び跳ねるような動作で進む行動など、

 

文化モデルでは、ともすれば奇異・傍迷惑として扱われてきた障害特性を、独自の文化として捉えなおし、肯定する価値観を持っているのです。

 

私は、障害者雇用の現場における就労支援や職場適応援助のシーンにおいて、支援計画を検討する際、思考の漏れをなくすため、これら3つの障害モデルにそって支援策を検討することをお勧めしています。

 

そこで、個人モデル支援・社会モデル支援・文化モデル支援という3つの支援モデルを作りました。

 

少しおさらいをします。

 

個人モデル支援は、「障害者を企業が求める人材に近づける為に直接本人に働きかける支援」と定義付けました。

 

また、社会モデル支援を、「障害特性が不利とならないように企業側を環境調整する支援」としました。

 

人を変えるのか、職場を変えるのかという違いはありますが、やはり共に課題を克服するための支援方法であるという点では共通しています。

 

そして、3つ目の文化モデル支援ですが、これまでの2つのモデルとは全く違い、障害をとことん肯定する視点を持たせることとし、「障害特性を強みに変える支援」と定義しました。

 

文化モデル支援では、何も変えません。むしろそのまま活かすのです。

 

強いて言うなら、我々の思考を変えるのです。

 

例えば、常に腕時計を意識し、いつもキリの良いジャストタイムにしか行動をしない時間への強い拘りがある自閉症の方がいるとします。

 

個人モデル支援では、彼から腕時計を取り上げ、仕事に集中させるように指導するということになるのでしょうが、実際にはなかなか思うようにはいかないものです。むしろ腕時計がない不安がストレスを生み、パニックを起こしてしまうなど、逆効果になる場合もあります。

 

そこで文化モデル支援では、「毎日11時になるとこの仕事をしてください」、「毎週水曜日の15時半にはこの仕事をしてください」というように、毎日の仕事をジャストタイムで行動できるようにスケジュールを固定化するのです。

 

 

そうすることで、上司がいちいち指示しなくても、出張から帰ってくるときっちり仕事が終わっているというように、時間通りに作業を進めてくれているでしょう。

 

特に時間の正確さが求められる仕事を担当していただくと遅延がなく助かります。

 

時間への拘りをうまく強みに変えることができた事例です。

 

これが文化モデル支援です。

 

しかし、正直に言うと、この事例のようにうまく強みに変えられるケースは稀です。

 

「視覚障害者は、見えない分音に敏感で音楽センスに優れている。」

 

「知的障害者は、純粋で邪念がないため、あっと驚く美術作品を生み出す。」

 

などは良く聞く美談ですが、実際には全ての障害者がそのようにいく訳ではありません。

 

どちらかというと、極々稀なレアケースです。

 

このように、文化モデル支援は障害者の尊厳を守ることができる支援方法である反面、最も難しい支援方法と言わざるをえないのも事実です。 

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個人モデルが、障害(impairment=損傷)を医学的な治療の対象、つまり“異常”であり、治すべき対象、もしくはリハビリを受けて克服すべき対象とし、健常者に近づく努力を求めているのに対し、

 

社会モデルでは“障害(disability=障壁・差別)”を障害者自身の問題ではなく社会の側の問題として捉え、一貫して社会の変革を主張しています。

 

勿論治療やリハビリそのものを否定はしませんが、それを必修と位置づけていません。

 

社会モデルにとって、治療やリハビリはオプションといったところなのです。

 

それを受けるかどうかは本人が自己決定すればよいことであって、仮に「受けない選択」をしても不利な立場に立たされてはいけない。

 

あくまでもdisabilityは社会の側にあるのだという認識なのです。

 

そして、障害者雇用の現場において、私が新たに定義する社会モデル支援とは、障害者に教育・訓練を強いて、その人そのものを企業が求める人材に変えようとする個人モデル支援とは対象的に、

 

障害者の個性・特性を十分に把握した上で、それが不利とならないよう会社側を変えようとする支援のことを言います。

 

もしある障害者が、その障害特性(impairment)ゆえに働きにくい状態があったとしたら、それはあくまで本人ではなく企業側に課題(disability)があるのだと考え、その障害者が働きやすいよう環境調整を行うという支援方法です。

 

例えば視覚障害者がパソコンを使って業務が出来るように、点字ディスプレイや音声読み上げソフトを導入するなどの設備改善。

 

車椅子利用者が不自由なく行動できるように施設を完全バリアフリー化にするための設備改修。

 

聴覚障害者が社員教育を受ける際に手話通訳をつけるなどの物理的環境改善、

 

などがそれに当てはまります。

 

決して特別なことではありません。

 

身体障害者の雇用においては、実に古くから行われてきた解決方法です。

 

もちろん身体障害者ばかりでなく、知的・精神・発達障害者にも有効です。

 

知的障害者や発達障害者には、本人が間違いなく作業できるようなやり方に作業手順を見直す「職務再設計」や、「ジグの開発」なども社会モデル支援となります。

 

さらには、管理職者や同僚に対し、障害特性に関する理解とサポート方法の教育を行うなどの人的環境改善。

 

また、個々の障害者に応じて、服務や処遇を柔軟に対応させたり、障害特性ゆえの理由から通勤が困難な事業所への異動を免除するなどの配慮や、またそのことが昇給を妨げる影響につながらないようにするなどの合理的配慮も社会モデル支援となります。

 

つまりは企業が障害者の属性に合わせていくのが社会モデル支援なのです。

 

先にも言いました通り、身体障害者の雇用促進の場面においては、これまでこの社会モデル支援で解決してきました。

 

誰も車椅子利用者に階段を這い上がる訓練を強いたりはしなかったはずです。

 

玄関にスロープを敷いたり、エレベーターや階段昇降機の設置、車椅子利用者用のトイレや駐車スペースを設置するなどして解決してきたはずです。

 

つまり、個人モデル支援ではなく、社会モデル支援を選択してきたのです。

 

しかし今、知的・精神・発達障害者の就労支援の現場を見ると、どうも会社側を変えようとする動きより、障害者本人を企業で通用する人材に変えようと、「がんばれ、がんばれ」と言いすぎている気がします。

 

もちろん個人モデル支援も必要です。

 

しかし、前回でも言いましたように、変えることの出来ない障害特性ゆえの限界があり、本質的な支援にはなりにくいと感じています。

 

極端な例ですが、わかりやすく説明しましょう。

 

あなたの会社の玄関が、大きく陥没してしまったとしましょう。

 

 

その穴を乗り越えられる体力をつけさせるのが個人モデル支援です。

 

その穴を埋めようとするのが社会モデル支援です。

 

あなたなら、どちらの支援を優先しますか。

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前回は、個人モデル・社会モデル・文化モデルについて解説しました。

 

私は、これを障害者雇用の現場における職場適応援助の場面に置き換え、

 

・個人モデル支援
・社会モデル支援
・文化モデル支援

 

という3つの言葉を作りました。

 

職場不適応な状態にある障害者の職場適応援助を行う際、この3つの視点で支援の方法を検討することをお勧めしています。

 

それぞれの視点は互いに補い合うものであり、どれか一つが絶対に正しいというわけではありません。

 

状況や対象者に応じて、どの視点から支援を組み立てるかを柔軟に考えることが、より効果的な援助につながると考えています。

 

 

個人モデル支援とは

 

個人モデルとは、障害を個人の問題と捉え、治療やリハビリテーションの対象とし、障害を克服して健常者に近づく努力を求める考え方です。

 

これを職場適応援助の場面に当てはめると、障害者に対して教育・訓練を行い、企業が求める人材像に近づける支援、つまり「障害者を変える」支援が、個人モデル支援ということになります。

 

個人モデルそのものは、社会から批判の標的となってきました。

 

障害を「個人の欠如」として捉え、社会や環境の側の問題を見えにくくするという批判は、一定の正当性を持ちます。

 

しかし、個人モデル支援を一概に否定することは適切ではないと考えています。

 

なぜなら、人材育成は障害の有無を問わず、あらゆる組織において普遍的に行われるものだからです。

 

人材は重要な経営資源の一つです。

 

どのような企業・団体であっても、組織の目標達成に力を発揮できるよう、メンバーの能力を伸ばし、育てていくことは当然の営みです。

 

私自身も、これまでのサラリーマン人生の中で、リーダーシップや問題解決、戦略立案、労務管理など、さまざまな教育を受けてきました。

 

これらもまた、私が定義する個人モデル支援に当てはまります。

 

知的・精神・発達障害者に対してよく行われている支援も、この枠組みに含まれます。SST(社会生活技能訓練)やカウンセリング、そしてシステマティック・インストラクション(言語指示→ジェスチャー→見本提示→手添えの順に、最小限の介入で指導する方法)などがその代表例です。

 

これらはいずれも、本人の力を引き出し、社会や職場への適応を促すことを目的とした、れっきとした専門的支援です。

 

 

個人モデル支援の限界

 

しかし、個人モデル支援には大きな限界があることも事実です。

 

まず、即効性に欠けるという点です。

 

人の行動や思考のパターンは、長い時間をかけて形成されたものです。

 

それを変えていくには、相応の時間と継続的な関わりが必要であり、短期間での成果を求めるのは現実的ではありません。

 

手間暇がかかる割に、目に見える変化が現れにくいというのが正直なところです。

 

また、SSTやカウンセリングのような専性の高い支援は、本来、訓練を受けた専門家が行うものです。

 

企業内で職場の指導者がそれを担おうとすると、どうしても質・量ともに限界が生じます。

 

専門家でなければ対応しきれない局面も少なくありません。

 

さらに問題なのは、個人モデル支援が「最初に思いつく支援策」になりがちだという点です。

 

障害者のできない部分ばかりに着目し、「課題は本人にあるのだから、本人を変えればいい」と思い込んでしまった場合、真っ先にこの支援策が選ばれます。

 

しかし皮肉なことに、個人モデル支援は3つの視点の中で最も難しく、最も成果が出にくい支援策であると私は考えています。

 

「労多くして功少なし」という言葉がありますが、まさにそれを地でいくケースが少なくありません。

 

障害の有無に関わらず、人はそう簡単には変わらないものです。これは障害者に限った話ではなく、人間という存在そのものの性質と言ってよいでしょう。

 

にもかかわらず、指導者が「なぜ変わらないのか」「なぜできないのか」という視点で関わり続けると、どうなるか。

 

指導者はいくら働きかけても手応えが得られず、次第にイライラや疲弊を募らせます。

 

一方、障害者はできないことを繰り返し求められ、失敗体験を積み重ねることで自己肯定感を失っていきます。互いにストレスを生み、関係が悪化していく悪循環に陥るケースは、現場でよく耳にする話です。

 

カウンセラーなどの専門家が、適切な環境と時間の中で行う個人モデル支援は、もちろん意義のあるものです。しかし企業内で、職場の指導者が担う支援としては、あまり有効とは言えないかもしれません。

 

だからこそ、個人モデル支援だけに頼るのではなく、次回以降で取り上げる社会モデル支援・文化モデル支援の視点を組み合わせることが重要になってきます。

 

(次回は、社会モデル支援について考えたいと思います。)

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とあるビルの階段の前で、車椅子利用者の男性が立往生していました。

 

彼はビル内にある事務所を訪ねたいのですが、このビルの玄関には数段の階段があります。緩やかなスロープやエレベーターはありません。

 

しかも彼には言語障害があるため、周囲の人に声をかけて助けを求めることもできません。

 

困っていると、「お手伝いしましょうか」と数人の方が声をかけてくれ、彼を担ぎ上げてくれました。おかげで彼は、事務所を訪ねることができました。

 

さて、ここで一つ問いを立ててみましょう。

 

「彼はなぜ自分の力で事務所にいけなかったのでしょうか?」

 

この問いに対する答え方によって、障害に対する考え方、つまり「障害モデル」が三つに分かれます。

 

 

【個人モデル(医療モデル)】

 

「そりゃ、彼は下肢に障害があって歩けないからでしょ」

 

という回答を個人モデル、もしくは医療(医学)モデル、個人の悲劇モデルといいます。

 

個人モデルでは、障害をその人個人の問題として捉えています。

 

つまり、障害はあってはならないこととし、全ての障がい者は、障害を克服する為に、リハビリテーションを受け、健常者に近づく努力をしなければならないと考えています。

 

障害者個人への働きかけを重視することで、障害者問題の解決を図ろうとするものです。

 

お気づきでしょうが、現代からすれば古い考え方で、常に障害者運動の中で批判の的とされてきた障害観です。

 

 

【社会モデル】

 

「そのビルにはスロープやエレベーターがないから、彼は自分で事務所にいけなかったんだよ」

 

との回答を社会モデルと言います。

 

社会モデルでは、障害をその人個人の問題と捉えるのではなく、車椅子を利用して、アクセスできないビル側、つまり社会の側に問題があるのだとしています。

 

障害があることで、困難や不利益を被るのだとすれば、それは社会の課題であるとし、行政・企業・市民など、社会の構成員全ての課題であるとしているのです。

 

社会モデルは一貫して社会の変革を主張しています。

 

社会モデルも治療やリハビリそのものを否定するものではありませんが、医療モデルのようにそれを必須とはしていません。

 

治そうが治すまいが、訓練で歩けるようになろうがなるまいが、いずれの場合でも不利益を被らないような社会の創造を目指すというスタンスなのです。

 

 

【文化モデル】

 

また、こんな回答もあるかも知れません。

 

「いや、彼は自分の力で事務所に行ったよ。通りがかった方が彼を担ぎ上げてくれたでしょ。あれが彼のスタイルなんですよ。」

 

この回答を、文化モデルと言います。

 

文化モデルでは、足が動かないなどの機能障がい(インペアメント impairment)や、その為に歩けないと言った能力低下(ディスアビリティー disability)、さらには、車椅子でアクセスできる設備がないと言った社会的不利(ハンディキャップ handicap)などを問題としていません。

 

この事例で言えば、「困っていることに気づき、手を貸してくれる人が現れるのを待つ」と言う彼特有のやり方、つまり、障害者特有の行動様式を、文化と捉えているのです。

 

これまで貶められていた自らの価値を取り戻し、肯定的なアイデンティティを獲得して、現実の生活をより楽なものにしていく。

 

そのような役割を文化モデルは果たしているとされています。

 

 

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これまで2回にわたって、35年前にコロニーで出会った女子高校生の一言と、それが私の仕事観にどう影響してきたかについてお話ししてきました。

 

最後に、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)について少しだけ触れておきたいと思います。

 

ダイバーシティーとは「多様性」、インクルージョンとは「包摂」や「仲間として受け入れること」と訳されます。この言葉を聞くと、「多数派が少数派を受け入れること」というイメージを持つ人も少なくありません。

 

近年は、これにエクイティー(Equity:公平性)を加えた「DEI(Diversity, Equity & Inclusion)」という表現も広く使われています。

 

エクイティーとは、全員を同じように扱うことではなく、一人ひとりが力を発揮できるよう必要な支援や環境を整えるという考え方です。

 

障害者雇用における合理的配慮も、このエクイティーの考え方に通じるものがあります。

 

しかし、私があの日のコロニーで感じたのは、「多数派が少数派を受け入れる」ということだけではありませんでした。

 

障害のある人たちは、誰かに仲間入りを許されて生きているわけではありません。

 

特別な存在として受け入れてもらうのでもなく、一人の人間として当たり前に暮らしているのです。

 

そして、その当たり前の暮らしが社会の中に存在し続けることで、人々の意識や価値観は少しずつ変わっていく。

 

最初から「受け入れよう」「理解しよう」と頑張ることによって変わるのではなく、多様な人が当たり前に存在することで、結果として社会の側が変わっていくのだと思います。

 

違いを認めるだけではなく、その違いが自然に社会の一部として存在している。

 

そのことによって組織や社会そのものが豊かになっていく。

 

それこそが、ダイバーシティ&インクルージョンなのだろうと考えます。

 

だから私は今も、「障害者を支援する」という発想だけではなく、「障害者雇用を通じて組織をより良くする」という視点を大切にしています。

 

あの日、コロニーで出会った女子高校生の一言は、30年以上経った今も、私にそのことを教え続けてくれています。

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前回、35年前のワークキャンプで出会った、ある女子高校生の一言についてお話ししました。

 

「私はここが好き。だから、このコロニーがなくなるんじゃなくて、このコロニーが私たちの街に広がってきてほしいと思う。」

 

この言葉は、当時の私にとって大きな衝撃でした。

 

そして、この出会いは、その後の私の仕事観に静かに、しかし確実に影響を与え続けています。

 

私はその後、30年以上にわたって障害者雇用の仕事に携わってきました。

 

その中で感じるのは、障害のある人たちを社会や職場に適応させることだけが目的ではないということです。

 

障害のある人が職場にいることで、私たちは仕事の仕方を変えたり、環境調整を行います。

 

曖昧な指示を減らし、誰もが同じ判断ができるよう属人化を減らします。

 

無駄な慣習を見直し、本当に必要な仕事は何かを考えます。

 

そして結果として、誰にとっても働きやすい職場に近づいていきます。

 

変わるのは障害のある人だけではありません。組織そのものが変わるのです。

 

私は、多様性とは「違う人を受け入れること」だけではないと思っています。

 

多様な人がいることで、これまで当たり前だと思っていた価値観や仕組みが見直される。

 

その結果、組織や社会そのものが進化していく。そんな力が多様性にはあると考えています。

 

だから私は、DoReMi Work Designの「DO」に、Diversity Optimization(多様性最適化)という意味を込めました。

 

多様な人がいるから大変なのではありません。多様な人がいるからこそ、組織はより良くなっていく。

 

あの日、コロニーで出会った女子高校生の言葉は、30年以上経った今も私の中に残り続けています。

 

「コロニーがなくなるんじゃなくて、コロニーが街に広がってほしい。」その言葉は、私が目指したい社会を今でも表しているように思います。

 

次回は、こうした経験を踏まえて、私が考える「ダイバーシティ&インクルージョン」とは何かについて、もう少し掘り下げてお話ししたいと思います

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大学生の頃(35年前)、私はあるボランティアセンターの運営委員として、高校生向けのワークキャンプの企画・運営に携わっていました。

 

ワークキャンプは、高校生約30人が、当時「コロニー」と呼ばれていた大規模障害者収容施設に5日間泊り込み、昼間は草刈りなどの環境整備を行ったり、施設に入所する知的障害のある方々と交流をしたりするものでした。夜になると参加者同士でさまざまなテーマについて語り合う、ボランティア学習プログラムです。

 

 

 

 コロニーとは、知的障害のある人たちが地域から離れた広大な敷地の中で集団生活を送る施設です。そこには住まいだけでなく、学校や病院、作業場や余暇活動の場も整備され、多くの人が施設の中だけで生活のほとんどを完結させていました。

 

当時はすでに、施設から地域へという福祉の流れが少しずつ議論され始めていた時期でしたが、地域で暮らすための支援体制はまだ十分とは言えず、社会の受け入れる側の意識も決して柔らかいものではありませんでした。その結果として、多くの障害のある人たちがこうしたコロニーで生活していたのです。

 

その中で、よく話題になったのが「このコロニーは必要なのか」という問いでした。

 

 

親元を離れて暮らし、お盆や正月になっても帰る家がない人もいました。

 

そんな現実を目の当たりにした私たちは、

 

「障害のある人も地域で当たり前に暮らせる社会をつくらなければならない」 

 

「いつかコロニーが必要なくなる社会を目指すべきだ」

 

と語り合っていました。

 

ところが、ある女子高校生がまったく違うことを言いました。

 

「私はここが好き。」

 

 

みんなが驚きました。彼女は続けます。

 

「ここではみんな、泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑っている。」 

 

「みんな人の目を気にせず、自分らしく生きている。」 

 

「私たちの社会はそうじゃない。周りの空気を読んで、みんなに合わせて、窮屈に生きている。」

 

そして最後に、こう言いました。

 

「だから私は、このコロニーがなくなるんじゃなくて、このコロニーが私たちの街に広がってきてほしいと思う。」

 

私は大きな衝撃を受けました。

 

それまで私は、「コロニーがなくても地域で暮らせるよう、社会を成熟させること」こそが市民運動の目指すべき姿だと思っていました。

 

しかし彼女は、まったく違う角度から社会を見ていました。

 

障害のある人たちを私たちが暮らす地域社会で受け入れられるようにするのではなく、むしろ私たちの社会の方が、ここで暮らす人たちに変えてもらうべきではないか。

 

ここで暮らす人たちから学ぶべきなのではないか。そんな問いを投げかけていたのです。

 

確かに、障害のある人だけが生きづらさを抱えているわけではありません。

 

周囲の期待に応えようとする。

 

空気を読む。本音を飲み込む。

 

人に合わせる。

 

そうやって私たち自身も、知らず知らずのうちに窮屈な生き方をしているのかもしれません。

 

次回は、この出会いがその後の私の仕事にどうつながっていったのかについてお話しします。

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障がい者雇用が「個人の努力」で終わらないために――構造的な課題と向き合う

 

「採用はしたけれど、その後どうすればいいのか分からない」

 

「現場が疲弊している」

 

「同じ失敗を繰り返している」

 

そんな悩みを抱えておられる企業の人事担当者や現場の管理者の方は、非常に多くいらっしゃいます。

 

「採用した障がいのある社員が早期に離職してしまう。」

 

「職場に適応できず、出勤が不安定になっていく。」

 

「メンタル面の不調が長期化し、休職に至ってしまう。」

 

「そして、休職や復職への対応で現場も人事も右往左往する。」

 

こうした出来事は、決して特別なことではありません。支援体制が整っていない職場では、ごく自然に起きてしまうことなのです。

 

なぜこうなるのか? それは「構造的な課題」だから

 

では、なぜこのような事態が繰り返されるのでしょうか。

 

よくある誤解は、

 

「本人の能力や意欲の問題」

 

「現場管理者の対応力の問題」

 

として捉えてしまうことです。

 

しかし、それは違います。

 

根本にあるのは、支援体制の不在と、社会資源との連携不足から生まれる構造的な課題です。

 

障がい者雇用を取り巻く社会には、企業と連携できる専門機関が数多く存在しています。

 

例えば、

  • 就業・生活支援センター
  • 地域障害者職業センター
  • ハローワーク
  • 就労移行支援事業所
  • 医療機関
  • リワーク支援機関

などです。

 

これらの機関は、障がいのある方の就労や定着支援を専門としており、企業からの相談にも応じています。

 

ところが、こうした社会資源の存在を把握し、実際に活用できている企業は決して多くありません。

 

「そんな機関があるとは知らなかった」 

 

「どこに相談すればいいのかわからない」

 

という声は、現場で非常によく聞かれます。

 

その結果、本来であれば社会全体で支えるべき課題が、企業や現場管理者だけの孤立した負担になってしまっているのです。

 

「採用→離職→採用→離職」の負のループから抜け出すために

 

支援体制が整っていない職場では、こんな負のループが生まれがちです。

 

採用する → うまくいかない → 離職する → また採用する → またうまくいかない → また離職する

 

このループの中で、採用担当者は障がい者雇用への対応に追われ、本来注力したい新卒採用やキャリア採用に手が回らなくなっていきます。

 

 

現場の管理者は疲弊し、「もう障がい者を受け入れたくない」という空気が職場に漂い始めることもあります。

 

これは、担当者や管理者の努力が足りないからではありません。

 

仕組みがないまま、個人の善意と根性だけで支えようとしているから、限界が来るのです。

 

解決の鍵は、属人的な対応から、再現性のある連携体制への転換です。

 

就労支援、生活支援、医療、リワーク支援などの専門機関と企業が連携し、誰か一人に頼らなくても機能する仕組みをつくること。それが、負のループを断ち切る第一歩になります。

 

障がいのある社員が活躍できる職場は、全員にとって働きやすい職場

 

ここで少し視点を変えてみましょう。

 

「障がい者のための特別な環境をつくらなければならない」と感じている方も多いかもしれません。

 

しかし、障がいのある社員が安心して力を発揮できる職場とは、特定の人だけのための特別な環境ではありません。

 

それは、多様な背景を持つすべての社員にとって働きやすい職場です。

 

わかりやすいコミュニケーション、明確な役割分担、無理のない配慮と支援の仕組み。

 

これらは、障がいのある社員だけでなく、すべての社員が力を発揮するための土台になります。

 

障がい者雇用をきっかけに職場の仕組みを見直すことが、組織全体の底上げにつながるのです。

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