前回は、個人モデル・社会モデル・文化モデルについて解説しました。
私は、これを障害者雇用の現場における職場適応援助の場面に置き換え、
・個人モデル支援
・社会モデル支援
・文化モデル支援
という3つの言葉を作りました。
職場不適応な状態にある障害者の職場適応援助を行う際、この3つの視点で支援の方法を検討することをお勧めしています。
それぞれの視点は互いに補い合うものであり、どれか一つが絶対に正しいというわけではありません。
状況や対象者に応じて、どの視点から支援を組み立てるかを柔軟に考えることが、より効果的な援助につながると考えています。
個人モデル支援とは
個人モデルとは、障害を個人の問題と捉え、治療やリハビリテーションの対象とし、障害を克服して健常者に近づく努力を求める考え方です。
これを職場適応援助の場面に当てはめると、障害者に対して教育・訓練を行い、企業が求める人材像に近づける支援、つまり「障害者を変える」支援が、個人モデル支援ということになります。
個人モデルそのものは、社会から批判の標的となってきました。
障害を「個人の欠如」として捉え、社会や環境の側の問題を見えにくくするという批判は、一定の正当性を持ちます。
しかし、個人モデル支援を一概に否定することは適切ではないと考えています。
なぜなら、人材育成は障害の有無を問わず、あらゆる組織において普遍的に行われるものだからです。
人材は重要な経営資源の一つです。
どのような企業・団体であっても、組織の目標達成に力を発揮できるよう、メンバーの能力を伸ばし、育てていくことは当然の営みです。
私自身も、これまでのサラリーマン人生の中で、リーダーシップや問題解決、戦略立案、労務管理など、さまざまな教育を受けてきました。
これらもまた、私が定義する個人モデル支援に当てはまります。
知的・精神・発達障害者に対してよく行われている支援も、この枠組みに含まれます。SST(社会生活技能訓練)やカウンセリング、そしてシステマティック・インストラクション(言語指示→ジェスチャー→見本提示→手添えの順に、最小限の介入で指導する方法)などがその代表例です。
これらはいずれも、本人の力を引き出し、社会や職場への適応を促すことを目的とした、れっきとした専門的支援です。

個人モデル支援の限界
しかし、個人モデル支援には大きな限界があることも事実です。
まず、即効性に欠けるという点です。
人の行動や思考のパターンは、長い時間をかけて形成されたものです。
それを変えていくには、相応の時間と継続的な関わりが必要であり、短期間での成果を求めるのは現実的ではありません。
手間暇がかかる割に、目に見える変化が現れにくいというのが正直なところです。
また、SSTやカウンセリングのような専性の高い支援は、本来、訓練を受けた専門家が行うものです。
企業内で職場の指導者がそれを担おうとすると、どうしても質・量ともに限界が生じます。
専門家でなければ対応しきれない局面も少なくありません。
さらに問題なのは、個人モデル支援が「最初に思いつく支援策」になりがちだという点です。
障害者のできない部分ばかりに着目し、「課題は本人にあるのだから、本人を変えればいい」と思い込んでしまった場合、真っ先にこの支援策が選ばれます。
しかし皮肉なことに、個人モデル支援は3つの視点の中で最も難しく、最も成果が出にくい支援策であると私は考えています。
「労多くして功少なし」という言葉がありますが、まさにそれを地でいくケースが少なくありません。
障害の有無に関わらず、人はそう簡単には変わらないものです。これは障害者に限った話ではなく、人間という存在そのものの性質と言ってよいでしょう。
にもかかわらず、指導者が「なぜ変わらないのか」「なぜできないのか」という視点で関わり続けると、どうなるか。
指導者はいくら働きかけても手応えが得られず、次第にイライラや疲弊を募らせます。
一方、障害者はできないことを繰り返し求められ、失敗体験を積み重ねることで自己肯定感を失っていきます。互いにストレスを生み、関係が悪化していく悪循環に陥るケースは、現場でよく耳にする話です。
カウンセラーなどの専門家が、適切な環境と時間の中で行う個人モデル支援は、もちろん意義のあるものです。しかし企業内で、職場の指導者が担う支援としては、あまり有効とは言えないかもしれません。
だからこそ、個人モデル支援だけに頼るのではなく、次回以降で取り上げる社会モデル支援・文化モデル支援の視点を組み合わせることが重要になってきます。
(次回は、社会モデル支援について考えたいと思います。)
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