~前回の続きです。20年前のシンポジウムで感じた違和感から、私が考える「自立」についてお話しします~
■ 私が考える「自立」とは
一般的に「自立」というと、一人で身の回りのことができること(ADL自立)や、自分の収入で生活できること(経済的自立)を思い浮かべる人が多いでしょう。もちろん、それらは大切です。
しかし本当にそれだけでしょうか。
私は、自立とは「自分の人生を、自分で選び、自分で決めながら生きていくこと」だと考えています。
たとえ食事や入浴に介助が必要であっても、どこで暮らし、誰と暮らし、どのような働き方を選び、どのような人生を歩むのかを、自分自身で決めることができる。
その人は十分に自立しているのではないでしょうか。
反対に、一般企業で働いていても、自分の意思ではなく周囲の期待や制度に流され、自分らしい生き方を選べていないとしたら、それを本当に自立していると言えるでしょうか。
私にとって一般就労は、自立そのものではありません。
自立を実現するための、一つの選択肢であり、一つの手段です。
■ 幸せは経済的自立だけで決まらない
「一般就労こそが真の自立である」という考え方の背景には、経済的に自立することがその人の幸せにつながる、という価値観があるのでしょう。
確かに、自分で収入を得て生活できることは、多くの人にとって大きな喜びであり、生きがいや自己実現につながる大切なことです。
しかし、それだけが人の幸せを決めるのでしょうか。もしそうなら、障害の程度によって一般就労が難しい人や、多くの介助を受けながら暮らす人は、幸せになれないということになってしまいます。
私は、決してそうは思いません。
これまで私は、一般企業で働いていない方が、地域で役割を持ち、多くの仲間に囲まれ、生き生きと暮らしている姿を数え切れないほど見てきました。
・毎日作業所へ通い、自分の仕事に誇りを持っている人
・地域活動に参加し、多くの人とのつながりを大切にしている人
・趣味や創作活動を通して、自分らしい生き方を見つけている人
自分で選んだ場所で、自分らしく暮らし、役割を持ちながら毎日を送る姿は、とても豊かで充実した人生に見えました。
幸せは、働く場所だけで決まるものではありません。
どこで働くかではなく、どのように生きるか。
誰かが決めた価値観ではなく、自分で選んだ人生を歩んでいるか。
私は、そのことのほうがはるかに大切だと思っています。
――次回は、シンポジウムで受けたある質問と、私が「福祉に期待すること」についてお話しします。










