せめて、真崎らしく。 -9ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。

  
  
ハチの巣みたいな東京~♪
  
はたらきバチの行列だ♪
  
わたしはまだ柔らかな幼虫~♪

あまいあまい夢を見てる~♪
  
   
   
東京ハチミツオーケストラ
/チャットモンチー
   
   
  

池袋なう
  
はたらきバチの行列感ハンパない
  
  
  
ゆめがゆめじゃなくなる東京~♪に住むことになり、横浜の職場まで50分の通勤電車生活となりました
   
   
早寝早起きってすてき
   
すごく眠い
   

   
ハチの巣みたいにぎゅうぎゅうな通勤電車
   
ただ今までの人生の経験則から満員電車をそこまで苦に感じるタイプでもないみたいで
  
   
ただただこの50分の使い方を考えてテンションあがってる
   
「チャリ20分」というメリットを失う代わりにこの「満員電車50分」からなにを享受してやろうかと
  
でもそんなに意識高い感じじゃなくて、楽しみたいなーと  
  
   
  
   
やっぱり「読む」「書く」だなーと
   
  
真崎のひとり時間を彩ってくれるぶっちぎり行為
   
  
  
「読む」はお風呂に浸かりながら楽しんでるけど

「書く」に関しては全然してなくて、たまにフラッとブログ書いても思ったように言葉が出てこない
  
ただでさえ話し言葉がおぼつかないのに書き言葉まで不自由になったら、えーもう
  
  
   
朝のフレッシュな頭で
   
書こ
  
   
  
「毎朝ブログを更新します!」
   
って宣言にしちゃったら
またその意識高い約束に楽しむこころが置き去りにされそうだからしない 
   
   
でも、書こ
  
   
   
  
ここどこ

北参道ってどこ
  
遠いな横浜
  
  
  
腹筋とおしりの筋肉きゅってしながら、作文に勤しむ

 
  
  
満員電車って、途中でトイレ行きたくなったらどうしたらいいんだろ
   
危機なう
  
  
  
真崎





音楽 の話




西さんにもらったMacBookにiPhoneを接続すると、ウイルスかって勢いで西さんのiTunesに入っている音楽がなだれ込んできた


知らない歌も多く、せっかくだから堪能しようとシャカシャカシャカと毎日いろいろ聴いてみる





「えええええええええええ」



叫んだのは、数日後

横浜駅東口付近、人多め



人って衝撃的に良いものに出会うと叫ぶらしい

確かに藤原竜也とバカリズムがテレビに出る度に叫んでるから個人的に間違いない






ASIAN KUNG-FU GENERATION
「迷子犬と雨のビート」







これを聴くよりずっと前に
森見登美彦「四畳半神話大系」の小説を読んでいたけどまったくはまらなかった


なのにその作品がアニメ化されていて
この歌が主題歌だと知った瞬間
ちょっとその作品が好きになった


音楽の力は偉大(単純)






アジカンと言えば



起死回生ええええええええええ

リライトしてええええええええ



の印象しかなかったのに

TSUTAYAでアルバム大人借り






歌を聴いただけでこころからのハッピーを感じるってことがあるんだってゆう原体験

仕事帰りの横浜駅でひとりセロトニン大放出してた



それからは毎日その歌を聴く
本当に今でも毎日


朝仕事に行くときも
仕事から帰るときも
嬉しいことがあったときも
消えてしまいたいくらい落ち込んだ帰路でも



生きーてゆこー

ゆこー

ラーンラーンラーンラー



って

今年1番
私のことを支えてくれた歌





歌のチカラは、ほんとにすごい

ひとひとりの命救えるくらい、すごい




それを感じた出来事が先日あったわけだけど


いいや、とりあえず次








夢 の話




ずいぶん前のブログにも書いた気がする



夢、なんだかなあ

ってゆう感覚




「夢」ってのが、なんとなく好きになれなかった



そもそも私のフィルターが予め濁っていた可能性はあって、いろんな人との出会いを通して「夢」に対する私の捉え方は今大きく変わっているんだけど



当時の話

大学生らへん




「夢を持つことは素晴らしいことだよ!みんな夢を持とう!」


的な風潮を
様々な教育現場で感じることが多くて


でも、なんかもう「夢」ってゆう希望オーラたっぷりのものを直視できるほど、現場にいる子どもたちは自分に自信や希望を抱けていなかったり、そもそもそれを語る大人に対して「いやあなたどうですのん」なんて懐疑的な目を向ける子も少なくなかったり


大人は大人で、「夢を持ってキラキラ生きている人」の演者として、どこかの誰か、時には自分自身に向けて一生懸命パフォーマンスをしているかのような、そんな不思議な感覚を得ることが多かったり




「夢」という言葉のもとに

なんかこう、「気まずさ」みたいなのが渦巻いている感じ

人を無理させたり、その言葉そのものに「自己を否定される」ような存在



って、思ってた

まあ一番は自分が無理してたからなのかも



別に「夢」に罪があるわけじゃない

「無理させたり」なんて書いたけど結局それはその人の課題なのであり







夢は、やっぱり素敵だわ(寝返り)




且つ、なんかもう、スーパーシンプルなものだったわ


なにを小難しく考えていたんだろうってくらい








みゆちゃん の話





「音楽」と「夢」のチカラを私に見せてくれたひと



高校1年生



JKと呼ばれる子たちと

もう10歳も歳が離れる年代になった




純粋な夢は、こんなにも強くひとのこころを揺さぶるんだなあって


それは彼女と私との関係性にも起因しているのだけれど




でも、それだけじゃない

それだけじゃ、みゆちゃんの歌があそこにいた多くの人の感動を誘ったことへの説明がつかない





自分に対する自信とか希望とか
そういうものが持てる人の、ある種「特権」のように思っていた







じゃあ彼女がそうなのか

というと




違う



今もたくさんの不安と闘っている




不登校の経験

人間関係のトラウマ



そういったものが

その人たちの中に残す影は、思っているよりもずっと濃くて





その影と未だに共存しながら



それでも彼女は夢を追う





歌が好き

歌手になりたい



そして歌う





※出だし2分くらいは見苦しいので飛ばして下さい







音楽って、すてき


夢って、すてき






「将来の夢を持て」
なんて無責任な物言いも
1986に膨らんだ泡と一緒に弾けたの

「何もないです」
それで「ロスト・ジェネレイション」か

忘れないで
僕らずっと此処でそれでも生きているの




最近のおススメはもっぱら

アジカンの「さよならロストジェネレイション」です




真崎




「好きな男性のタイプは?」


という質問に対して
かつての私は「好きになった人がタイプです^^」という模範解答で対応してきたわけで


この解答ほど場が盛り下がるものはない

肌感覚で学んできたため、このセリフの使用はまったくおススメしない






去年の今頃

社長に紹介してもらった不動産屋さんとと共に、私は横浜で一人暮らし用の部屋を探していた



社長もその方も随分親身に私の家探しに付き合って下さり、その時に何度もヒアリングしてもらった




「希望条件はある?」

聞かれた



・安い

・会社から半径5km圏内(チャリ通したかった)



確かこんだけしか提示しなくて
あとは別になんとかなるだろって感覚で


あとは不動産屋さんが「女性のひとり暮らしでも安全な物件」という条件を加えてくれて、探した






3日かかった



希望条件2つだけのつもりだったのに

3日かかった





安くて
近くて

だけど洗濯機が共同だった



安くて
近くて

だけど4畳なかった



安くて
近くて

だけど畳の匂いに酔った



安くて
近くて

だけど「やあ」みたいな顔してヤモリが住みついてた



安くて
近くて

だけど家を出てすぐに50度傾斜の坂があって雪の日に生きて出勤できる気がしなかった



安くて
近くて

だけどなぜか洗濯機置き場がリビングの真ん中にあってこの部屋の中心は僕ですみたいなオーラ出してた



安くて
近くて

だけどなぜか浴槽の形が三角で建築家の意図が読めなかった



安くて
近くて

だけどカーテンを開けた瞬間隣家のおじさんと目が合った






いろいろ見せてもらって初めて
自分の中にもそれなりにこだわりがあるんだなと想い


そろそろ見つけないと申し訳ないなと
不動産屋さんにも遠慮の念が生じたけど

その方はかなり良心的だったので

「自分がのフィーリングで「ここだ」っていうのがあったところに住んだ方がいいです。」

と言って
飽きずに家探しに付き合って下さった
感謝




去年の春に初めて横浜で家探しをした時は
奇跡的に一発目で「ここだ」の物件にあたった



フィーリング


で片付けたらそれまでだけど

いろいろと家を見せてもらって
あーでもないこーでもないと言ってるうちに


そのときのこと
また今回の家探しで

自分の中で
自分でも気付かなかった


「ここは譲れない」


という、無意識且つ絶対的な基準があることに気付く












「日光」


だった




ここいいかもなと思ったけど
でもなにかが決定的に違う

そう感じた物件は
後から考えれば日当たりが悪かった



去年の春に一発目で決めた物件は
下見でドアを開けた瞬間
部屋が日の光で満たされていて高ぶった



会社をクビになって
1ヶ月ずっとおうちに引きこもっていた時も

絶えず日光は私を包み込み
おかげ様で地の底まで落ち込むことはなかった



基本、家でぼーっとごろごろするのが好き


そんな私が日当たり悪い部屋に住んだら
多分今ごろ脇腹あたりにきのこ生えてる




今の家は、日がとてもよく当たる

日光で目覚めるのは気持ち良い






物件探しにおける私のフィーリング


その奥底には「日光」という必要十分条件があったわけで






話を戻す


「好きな男性のタイプは?」





「好きになった人好き」

いわばフィーリング



だけど物件探しの経験を考えると

フィーリングの奥底にはなにかしらの「これだ」的somethingがあるはず




過去を掘り返して考える

自分の中にある一抹のこだわり



自分のことは棚に上げて、の前提で

自分が「素敵だな」と惹かれる人



恋愛経験豊富な人妻の力を借りて

言語化に挑戦する







した



こうなった






















御三家


願望の明確化



言語化した内容はひみつ

でもこんな感じ





いい出会い、いい恋愛は

今いる現場でしっかりやり切ってたらなんかあるよー



ってよく言われる


洋ちゃんみたいなスタッフ入らないかな

違うか






この記事の誰も得しない感がすごい


現実逃避終了して仕事しよ



真崎