ブログをご覧の皆さま
懲りずにありがとうございます
真崎です
「真崎が大きな影響を受けた活動」
として
Teach For Japan
という組織でのお話を
改めてしようかと思います
タイミング良く
つい先ほどまで
TFJでの真崎について
インタビューをしてもらっていたので
頭がすっきりまとまってるうちに
この記事を更新しようと思います
@梅田
内定辞退して
この1年間なにをしていたかと言えば
ほぼTFJの活動でした
この1年の真崎を語る上では
1番欠かせない部分になります
改めてTeach For Japanの説明をするなら
公式HP
読んでみて下さい
書くと長いです
昨年4月にスタッフとなって
この1年間やってきたことと言えば
プロジェクトの責任者(PM)だったり
学生教師のサポートだったり
たまに代理で指導に入ったり
広報として公式ブログを更新したり
研修つくって講師したり
泣いたり
泣いたり
泣いたり
書いてしまうと
これくらいになりますが
真崎の人生を変えた場所であり
子どもの愛しさを教えてくれた場所であり
最高の仲間と繋がった場所であり
本当に
真崎にとってかけがえのないものを
たくさん与えてくれた場所です
真崎の話になります
TFJでは
「子どもの変容」というところを
掲げているんですけど
先程していただいたインタビューで
真崎自身も
すごく変容したんだなあと感じました
というか
自分の価値観が拡がった感じです
真崎はとても感情的な人間です
喜怒哀楽を常に体現してます
「すべては子どもの為に」
TFJでも掲げられているこの言葉
真崎も心からそう思って
プログラム回してました
スタッフも学生教師も関係なく
全員がそこにコミットしている
という前提を自分の中に持っていました
なので
「ほんまに子どもの為にやってるんか」
「自分の事しか考えてへんのちゃうんか」
そう思うことがあれば
平気でその人にぶつかっていってました
平気でその人を非難していました
それで関係性が崩壊した人もいました
真崎自身メンタルくそ弱いので
反動でボロボロなったりもしてました
ずっとスタッフをやってきて
つい先日
一般公募のいち大学生として
福岡で学生教師をしてきました
(「学生教師」は、TFJスタッフではなく、プログラム毎に募集・採用する一般の大学生で、スタッフは学生教師の採用・研修・指導サポートに関わる存在です)
この時の学生教師の経験を通して
すごく感じたことが
2つありました
「子どもと向き合うのは怖い」
「いろいろ抱えてるのは子どもだけじゃない」
ということです
子どもと向き合うのは
すごく怖いと感じました
とても素直で
素直だからこそ
時に素直じゃなくなる
そんな子どもたちの
言葉・行動・表情・内心
擁護的な言い方になりますが
普通に傷つくこといっぱりありました
傷ついた学生教師の仲間がたくさんいました
そこをグッとこらえて
その行動の裏にある
子どもたちのメッセージを考えて
今自分になにができるのか
そんな切り替えを
指導後
いつも誰かが
頑張ってしていた気がします
想いがあるとかないとか
そういうのに関わらず
子どもと関わるのは
というかそもそも人と関わるのは
自分が傷つくリスクは付き物で
そんな怖さと闘いながら
それでも
一生懸命頑張ってくれてるんだなあ
自分が久々に学生教師をして初めて
学生教師の人が抱え得る葛藤に気付くことができた気がします
あと
「いろいろ抱えてるのは子どもだけじゃない」
ということ
はっきり言えば、大学生の話です
(株)SHINRIの大学生向けプログラム
『FACE』を受講する中でもすごく感じたのですが
自己肯定感とか
自己有用感とか
未来への希望とか
自分への期待とか
家庭環境やその他様々な要因で
それらを持てていないのは
子どもだけじゃなくて
大学生だって同じだと感じました
(もっと言えば、当たり前といえば当たり前ですが、子どもと大学生だけでもないです)
真崎の仲間の大学生でも
学生教師をした人たちでも
そういう人は、たくさんいました
そんな人と出会ったとき
子どもなら寄り添う
学生教師だったら寄り添わず
「子どもの為にやれよコラ」
それって
我ながら「違うなあ」と思いました
といか今書いて最悪だと感じました
気付くのは遅かったですが
「寄り添いたいと思える幅が拡がった」
ひとつの変容だと思います
あと大きな変容が
1つあります
「仲間って、いいなあ」
と思えるようになったことです
知ってる人は知っていて
時に「なんでそんなに?」と言われることもあったのですが
「仲間」という言葉が嫌いで
「仲間」という存在を疑う
のが、TFJ入る前の真崎でした
「仲間」という輪があれば
相対的に輪の外には
「仲間外れ」という存在がいる
そう思っていたからです
小さなことから大きなことまで
「仲間外れ」を
たくさん経験してきました
「仲間は、疎外感をつくる」
そう思っていました
そう感じる人をつくるくらいなら
最初から「仲間」なんかつくりたくないと思っていました
ある集団に「仲間」という名をつけ
ある種の特別感を演出して
独特の内輪感と相対的孤独感を生み出す
その為の言葉だと思っていました
ちょっと難しい言い方になりますが
真崎が嫌悪していたのは
「「目的」としての「仲間」」
だった気がします
「仲間が欲しい」
が先行した仲間づくりは
なんとなく違和感がありました
TFJでの出会いや経験を通して
今思うのは
「仲間は「結果」である」
ということです
かっこつけな人
飄々とした謎の多い人
ロジカル全開の人
パッションのみの人
コミュ障系女子
宴会用女子
色黒
腹黒
アフロ
TFJの組織に関わってる人
本当にいろいろな人がいるし
「普通に出会ってたら絶対仲良くなってない」となんとなく確信できる人もいます
でも
それぞれ背景は違えど
「教育」
「子ども」
というところに
本気でコミットした人たちが集まってます
手前味噌じゃなく事実としてそうです
そこに本気だと知っているから
お互いに分かっているから
本気でぶつかれて
言いたい事を言い合えて
生徒を思って一緒に泣けて
生徒の成功体験を一緒に喜べて
教育や生徒のことを夜通し語れて
支えたいと思わせてくれて
それ以上にたくさん支えられて
同じ場所に向かって走り続けた「結果」
本当に一生ものの「仲間」になっていた
そんな感覚です
「依存し合うため」でも
「自分の足場を確保するため」でも
「仲間外れをつくるため」でもなく
ものすごく自然な感情として
「支えたい」と思わせてくれて
それ以上に支えてくれている人たち
が、「仲間」なんだと
今は思っています
寄り添いたい人の幅が拡がったこと
抱えてる人はたくさんいると知ったこと
仲間は素敵だと思えるようになったこと
Teach For Japanを通して得た
本当に大きな変容だと思います
(あと、ちょっと頭良くなったって言われました。大きな変容です。)
「教育」
「子ども」
「未来」
的なことって
みんなで一緒に考えなアカンことやって
今すごく強く思っています
「みんな」って曖昧やけど
「みんな」です
TFJに関わって
自分自身が
「子どものそばで生きていく」
と決断したのもあるけど
ひとりじゃ
一部じゃ
「子どもは守れへん」
すごく思うようになりました
で
結局こういう時
オチは宣伝になるんですけど
そんな真崎を変容させた
TFJの学習支援事業「寺子屋くらぶ」
現在、関東にて
モロに「学生教師」募集中です
すごく
参加してみてほしいです
いろんな困難を抱えた子どもたちと
全身全霊で向き合う経験をしてみてほしいです
真崎が書いた以外にも
変容した大学生がたくさんいました
いろんな意味でかっこよくなりました
是非、応募してみて下さい
正直書こうと思えばまだまだ書けますが
このセクションはここで切ろうと思います
組織からは卒業しましたが
これから日本の教育現場で
たくさんインパクトをつくっていく組織だと確信しています
Teach For Japanを
どうぞよろしくお願いします
次は「真崎の尊敬している人たち」です
わりといます
もう少し、お付き合いください 願
真崎

