せめて、真崎らしく。 -40ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です















社会人になりました 照






就職浪人で
昨年5年目の学生生活を
過ごしていた時は



「おい、こっち5年生やぞ」



という低次元な文句で
年下に圧力をかけてきた結果
特に効果があるわけでもなく
徳を失い続けてきたのですが







社会人になり



(株)SHINRIでも

内定者→社員



になって

調子のりまくってるなうなので







「おい、こっち社員やぞ」



という最低次元の文句で
FACEに参加してくれてる大学生を
全力で抑圧してみました
ものすごく尊敬されないです











SHINIRIのオフィスは横浜です


真崎はもうすぐ横浜民になります







「真崎が..横浜...?(含み笑)」


と少しでも感じた人は
後でその理由を伝えてほしいです
 






 
 


ただ、真崎は関西なうです



社長のはからいで
6月に横浜上陸になって

今はまだ関西で
完全にのんびりしながら
気持ちだけ焦ってます









6月から

真崎の念願だった
子ども教育に関わっていくわけで





4.5月は

その為のお勉強期間

みたいなところがあります

















社長のSHINさんから

「関西にいる間にやってほしいこと」

ということで指令を受けたのが






〇毎日ブログを書く

〇逢いたい人に逢う
 (かなりの積極さで)





ということでした

















「せめて、真崎らしく」




気付けば


書き始めてから1年が経過しました








最初こそ

「毎日書く!」

なんて意気込みでしたが






案の定

「気が向いた時にぼちぼち書く」

になり







ふと昔のブログを読んだら


通天閣で口げんかしたこと
尊敬してやまないバカリズムのこと
SM専門店の広告のことなど


なんだかもうなんというかアレで
今もすごい赤面してるわけなんですけど





それでもぼちぼちと更新を続け

いろいろな方に読んでいただき

いろいろな方にメッセージをいただき






書いた記事は54件


1記事更新すると1日500PVほど
見ていただけるようになりました




多いか少ないかではなく
それだけの方に読んでいただけるのが

純粋に、すごく光栄です
 
 
 
 






再三言ってきましたが



真崎は「書く」が大好きです



「書く」で呼吸してると思ってます







且つ






「書く」は



人の心を救う可能性を



すごく秘めてるなあと思います











SNSを通して文章を発信するのは

大学1年生の時からでした



mixiの日記は
頼まれずとも毎日更新し




それこそ



蚊との死闘
スズメバチとの死闘
茹で方の分からないもやし
Gへの感情移入
キン肉マンから学ぶ人生
あだ名が「アスベスト」になる
飲み会幹事のプライド
飲み会幹事で失った女子力
祖父がくれる巨大な砂糖のかたまり
クリスマスにチャリを盗難される
バイト先に来た中国人のお客様と一緒に放送禁止用語を連呼



みたいな

誰も得しない
心の底からくだらない内容のことを
とにかく毎日書き続けていました












「いろいろあって、本当に落ち込んで起きれなかった時に、真崎の昔の日記読んでたら、いつの間にかゲラゲラ笑って元気になれたよ。ありがとう。」








みたいなことを

ある日急に言われました








「まじかい」



と思ったのですが


かなり嬉しかったのを覚えています









mixiの日記を
ずっと読んでくれていた人からの誘いで


「Carippo!」


という就活サイトでも
コラムニストをやらせていただき





自分の文章を発信できる規模が
一気に拡大して


知らない学生の方や人事の方から
たくさん寄せられたメッセージを見て





完全に



「書く」ことの歓びを

むくむく覚醒させていった真崎がいました









このブログは徐々に

内容の雰囲気が変わっていったのですが






「このブログに救われた」
「この記事に出会えて良かった」
「書いてくれて本当にありがとう」
「絶対本出してください」






知っている方々
知らない方々からも




そんな嬉しすぎる感想をいただき


真崎は度々感涙してきました









少し

自惚れがすぎた記述になってきましたが





とにかく








「書く」ことが好きで


「書く」ことで人の役に立ちたい









ブログを書き始めてから


その想いがすごく強くなりました
















思いました













『超応援したい』















人を応援する記事を書くことにしました









簡単に言えば

「インタビュー記事」

になるかもしれないですが




一般的なインタビュー記事とは
結構違う感じにするつもりです





上手く説明できないのですが

完全に真崎テイストで書くつもりです




その人の語る言葉
その人の姿そのもの
普段の関わりから感じるその人



その人に関する情報を総動員して


ほぼ真崎の言葉で


その人を表現しようと思っています











ブログで何度書いてきたか分かりませんが


「why」ってやつがあります

「なぜ」ってやつです





周りには素敵な方がたくさんいます


真崎の想像を絶するような
いろんなすごい事してる人たちがいます




ただ




「すごい事」そのものには

人ってあんまり惹かれないらしいです





「すごい事」をしている背景


『「なぜ」それをするのか』


というところ






そこに



誰かを支える

その人にしかない「why」があると




その「why」は


人の心をものっそい動かします









けど



「why」を語る人は少ないです






気付いていない人
別に必要ないと思ってる人
言語化できていない人
目をそむけている人



いろんな人がいるんですけど






真崎的には





周りにいる

特に真崎の大切な人たちの





「why」とまではいかなくても

「情熱」的なところ





これを





真崎のブログを通して

たくさんの人に発信していきたい






って、勝手に思っています








それを通して




鼓舞される人がいたり

共感してそこに繋がりが生まれたり

応援してくれる人ができたり







したら




素敵やなあて思ってます



人ってひとりで生きていけないからです












ということで




今までのように

ぐるぐるしてる
真崎の思考のアウトプットも続けつつ








「この人と話したい」

「この人の生き方を伝えたい」

「この人の情熱をつなげたい」








そう思う方々に



こちらから鬼アポとって

這ってでも逢いに行こうと思っています








どうやっていいか分からないけど



重松清さん

水野敬也さん



真崎を鼓舞し続けてくれている
尊敬する「書く」人たち


このおふたりにもアポとりたいです
どうにか連絡とろうと思います

どなたか知り合いの方いたら
是非教えていただきたいです











とりあえず




早ければ明日
インタビュー第1弾を掲載する予定です

愛媛産のヒゲです







完全に勢いで言ってる企画なので
また客観的な感想いただけると嬉しいです






また



非常におこがましいですが



「是非ブログの載せてほしい」
「インタビューしてほしい」
「話を聴いてほしい」



という方が



もし、いましたら







いつでもご連絡いただければ


何度でも這います











これから更新頻度上がると思いますが


飽きずに読んでいただけると嬉しいです












いろいろと新しい事も始めていきますが









これからも




「せめて、真崎らしく」




よろしくお願い致します





真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です








「ただの真崎のお話です」シリーズ


最終記事を前に一旦萎えました






というか
執筆している途中に
「これ前も書いた気がする」
と気付いた瞬間書く意味が飛びました




人間とは
やる意味が分からない事は
できない生き物なんですよね

(自己擁護)








で、もっと言えば


それ以上に「今すぐ書きたい」と思える内容がおちてきた感じです















「依存」です




「依存」については
本当にずっと書きたいと思っていました







世の中のカップル各位が
クリスマスだ
バレンタインだ
ホワイトデーだ
毎日がエブリデイだ
的な幸せにうつつを抜かしている




その一方で

真崎は




薄暗い部屋にこもって
本読んだりブログ書いたりしながら


「孤独とは?」
「善とは?」
「悪とは?」
「人間とは?」



至極女子力低めな事を

気付いたらずっと考えてます
 
 




そしてひたすら浮かぶままに
Twitterで140字めいっぱい使って
気が済むまで連続ツイートして

毎回2~3個くらいふぁぼられて
2~3人くらいにフォロー外されてます
@muttYaaaaaaaan3です











だいぶ前から
自分の中でずっとホットワードだったのが




『依存』




です







薄暗い部屋の中で
それこそこたつに依存しながら



「依存とは?」
「依存の危険性とは?」



みたいなことを

随分昔や最近経験したことを絡めながら
わりとよく考えていました







今年に入ってからは特に
「依存」に関するツイートが
増えていた気がします





以下、実例です






『自分がなによりも恐れ、嫌悪するものが「依存」なんだと思う。人にも。組織にも。環境にも。「依存」することがすごく怖いし、「依存」してる人を見ても怖くなる。』





『「仲間意識」とか「組織愛」みたいな言葉に過剰反応してしまうのも、きっとそれが原因。目的が「そこにいること」「その人(達)といること」にすり替わる気がしてすごく怖いんだと思う。上手く言えないけど、弱くなる気がする。』





『この1年間自分がいた環境。したい事と求められる事が一致してて全力で走ってこれたし、そこにいる仲間が大好きで、尊敬していた。なにも言わずとも自分のことを感じて理解してくれる存在は、いつも自分に安心と居心地の良さをくれていた。
そこに依存すまいと、意識はしてた。』





『自分がほんまに辛いとき、もたれかかれる人や、戻りたい空間があることは、必要やと思う。それは「依存」じゃないと思う。
ただ、それらも「相対」やから、ずっと変わらず自分を待っててくれる・受け入れてくれるっていう、そんな保証はない。的な。』










改めて

客観的に自分のつぶやきを見ると
本当に可愛げのかけらもなくて
多少悲しくはなるんですけど






これから「人」「孤独」と向き合っていきたいと思っている身として





「依存」について考察することは


不可避であると考えています









ということで書いていきます


「依存」に関するお話です










なんとなく長く気がするので
どんな感じになりそうかだけ
最初に書いておきます








1.真崎が「依存」を恐れる理由

2.『「空気」と「世間」』という本

3.「依存」から脱却するには







あ、3つですね











本題に入る前に
最初に書いておきたいのは






真崎が思う「依存」の定義は




『その対象となる人・物がなければ生きていけない状態』




ということです
















1.真崎が「依存」を恐れる理由








前提として



真崎が恐れる「依存」は

対ひと、である事がほとんです

(集団となる場合もある)






アルコール依存や麻薬依存
その他いろんな形はあると思うですけど



今から出てくる「依存」は

ほぼ「対ひと(集団)」である

という認識を持っていただきたいです








その前提をもって

真崎が「依存」を恐れる理由を書くなれば



『ひとは怖いから』



に、他なりません








真崎は

人が大好きで

同じくらい人が怖いです




なので




大好きやけど

「信じる」ということに

ひどく抵抗があります








小中学生の時に
「ハブ」になった話は
ブログでもわりとしています



5~6年生の時に
初めて「女子集団」に属して



昨日までは普通に話していたのに
次の日学校に行って声をかけると
友達間で醸される空気が変わっている

明らかに避けられ
陰で悪口・嘲笑され
孤独な「ハブ」の姿を見て相対的に安全な自分たちの足場を手に入れる



こんなクソくだらない遊戯に
当時の真崎は毎日涙を流していたわけです





こんなに極端なのは
この時だけだったんですけど


小学校~大学まで
いろんな人間関係にふれる中で




すごく被害者っぽい言い方ですけど

「やっぱり人って怖いなあ」

と感じてしまう自分がいました






大人数で
「みんな大好き♡」とか言って
きゃいきゃいとつるみながら


裏では平気で
一緒にいる友達をけなして
その悪口をもはや楽しんでいる人たちがいたり
(女子グループあるある)




親友と言ってたふたりが
恋愛に関する問題を経て
いつの間にか犬猿の仲になっていたり




「あなたしかいない」的なこと言いながら
盛んに浮気してる女性を見たり







「友達」
「親友」
「恋人」
「仲間」
「家族」



いろんな関係性がある中で


それらを構成するのが
「ひと」である以上




「永続的に同じ状態が続いていく」



ということは

ほぼ、ありえないと思っています






だから




ひとに「依存」するのは

すごく怖いと思います





「相方と一緒じゃないと生きていけない」


という状態で付き合ってたカップルが別れ
彼氏の方が自殺未遂をした

という話も聞きました






ひとを「依存」させることで
悦に浸ったり
金儲けに利用するひともいる気がします




一緒にいてくれると思った友人たちが
次の日には自分を仲間外れにする


「この会社に入れば安心」と思って
入社を決めた会社が
しばらくして倒産する


神の前で
永遠の愛を誓った夫婦が離婚する






変わらない
なくならない
いなくならない


そんな保証のない

ひとに
場所に

「依存」してしまった時





そのひとは
いつか


「自分」で生きていけなくなる

「自分」の足で立てなくなる



そう思います













あとは


さっきのツイートにも
ちらっと出したやつで


これは「依存」とはまた別の話になるかもしれないですけど





自分が
Teach For Japanという教育系NPOで活動しながらずっと意識してたのは


「その環境にいること」
「その人(達)といること」


これを「目的化」しないことです





環境も人も変わる中で
もしその目的がすり替わり
それらに「依存」した状態が出来上がると



真崎にとってTFJは



「すべては子どもの為に」



という組織ではなくなってしまうからです








それが自分の中ですごく怖くて



だからこそ
「仲間意識」「組織愛」
といった言葉が嫌いで



今でこそ
自分の中にある
「目的」ではないけど確かな気持ちとしてアウトプットできる


「仲間が好き」
「TFJが好き」


ということを

一時期までは絶対に口外しないようにと
すごく意識していました













ということで

1だけですごく長くなったんですけど汗



要は


・「相対」の中で生きていけなくなる
・本当の目的を見失う



真崎が「依存」を恐れる理由です
















2.『「空気」と「世間」』という本






鴻上尚史さんという
劇作家の方が書いた新書です



ご存じの方もいらっしゃると思いますが



真崎は普段
新書なんかほとんど読まず

読む本は9割方小説で
そのうちの8割が重松清です




たまたま友人のシェアハウスに行った時
題名からがっつり惹かれて思わずレンタルしてきたのが



この『「空気」と「世間」』でした







ということで

久しぶりに
新書というやつにふれたわけですが












もうこれが


ほんと、どストライクだったんですよ






もともと



「空気を読む」などの「空気」に
個人的にすごく興味があって


「なかなか言語化できないけど絶対あるよなコレ!なんや!空気てなんや!」


って思ってた節はありました








『「空気」について考え続けているうちに、僕は「世間」との関係に出会いました。「空気」の正体と密接に関係があると考えるようになったのです。この本は、「空気」と「世間」の正体をなんとか突き止め、「空気」と「世間」に振り回されない方法を探るための本です。』



という本です

(本書「はじめに」より)






ものすごいざっくりした説明で
且つ真崎の解釈で本書に書かれていた事実がねじ曲がる可能性もありますが焦


簡単に内容をさらいます







「空気」と「世間」
の説明に入る前に



まずは



「世間」と「社会」



を比べることで




「世間とは?」


を認識する事から始まります







一番シンプルな説明は


世間:自分に関係にある世界
社会:自分に関係のない世界



です






本書の例を参考にします




『電車の中でのマナーが非常に悪く、友人数人で乗り込んできた際に、他の乗客の迷惑を顧みず、かばんを空いた席に置いて友人の座る場所を確保する、ケバくて香水臭いおばさん集団』


を想い浮かべてほしいです



(関西の方は分かると思います)

(映画「阪急電車」を見れらた方も分かると思います)

(最後の記述は真崎が付け足した悪口です)







かばんを置いたおばさんは
別に他の乗客に対して
悪意があるわけではありません


でも


他の乗客からの非難の目も気にせず
その行動ができるのは




そのおばさんにとって



乗客は「社会」で

友人は「世間」だからです





乗客は「自分に関係のない世界」だから
非難されようが関係ないわけで


もし乗客の中に
例えば通学中の息子がいたら


おばさんにとって


そこにある「社会」が
一気に「世間」になります


おそらく鞄は置かないと思います











『この「世間」が流動化して、どこにでも現れるようになったのが「空気」なんだよ』




らしいです






この辺も
しっかり読んでもらうと
電車で「おおぅ!」と叫ぶくらいには面白いのですが




「依存」に関する記事を書くにあたって


真崎が注目するのが「世間」です










多くが無宗教で


且つ歴史的側面から

「集団意識」
「仲間意識」

が強いとされる日本人は



特に

この「世間」に「依存」しやすい



というような内容がありました









「村八分」


という言葉を
社会で勉強したかと思います



要は「仲間外れ」ってことです




村という狭いコミュニティの中で
村民はそのコミュニティのルールに従い
互いに支え合って生活し


その一方で


ルールに背くなど
村の秩序を乱したりした場合
その村民は「村八分」の制裁を受けます


他の村民から「葬式の世話」「火事の消化」以外の支援をしてもらえなくなります
共同絶交とも言うらしいです







「世間」の特徴として



明示されているわけではないけど
共通のルール意識を持っていて

また

「差別的・排他的」な性質があります



差別的・排他的であることで
自分たちが同じ「世間」にいる

ということを認識できる感じだと思います






学校
職場

近所
バイト
所属団体
連携先
などなどなどなど




自分を取り巻く「世間」は
たくさんあります
自分に関係のある世界です






村と同じ考え方でいくなら



「世間」

というコミュニティを共有していると



明示的・暗黙的ルールを
意識的・無意識的に順守しながら


そこの「世間」にいる人たちと
サポートし合える関係が結べます






「世間」は

それぞれの人にとって

大きな支えとなり得るものです












且つ

日本人は無宗教が多いです













「幸せとはなにか?」


1年前、すごく考えていた事です








そんな折にマサさんという方と出会い
その方のプログラムを受講する中で


「幸せとは、存在そのものを認められることであり、無条件で愛されることである」



自分の中で
ひとつの結論が出ました





マサさんは牧師さんなので
初めて聖書の世界観を知ったのですが



永続的に変わらず
無条件で人を愛せるのは

「神」

という絶対の存在だけである



という事を教わりました





どんなに「神」のような人間がいても

人間である以上「絶対」ではなく

変わりうる「相対」の存在ということです






なので





「神」を信じる人は

「神」は自分を愛してくれていると知り

「神」に委ねることができる





らしいです









一方で




未だ真崎もそうなんですが

「信仰」の対象を持たない
無宗教の人間は






「存在を認めてくれる」

「無条件で愛してくれる」







これを、「世間」に求めます






自分に関係のある世界のひとに、です











真崎は



これが「依存」の根源だと思っています












「認められている」

「愛されている」






その実感がなくて

自分がいていいのか

存在していいのか分からないから






そう感じさせてくれる

ひと・集団・もの・環境・空間など







そこに「依存」していく


そこに「依存」させられていく








という現象が起きるのだと思います







「世間」に「依存」してしまうと

その「世間」なしで
生きていけなくなります







でもその「世間」は「相対」であり

確実なものを約束してはくれないです





(書くと長くなりますが、特に日本の中ではより強い存在感のあった「世間」という概念も、グローバル化・IT技術の進化などに伴う「個」の在り方の変化で、崩壊しつつあるということです)













「依存」はしんどいです






する方もされる方も

多分すごくしんどいです







「依存」は


結果的に
たくさんのものを失わせると思います




今まで見てきたのは



友達を失ったひと
恋人を失ったひと
健康を失ったひと
「生きる目的」を失ったひと



でした







自分の身近であればあるほど


その状態に陥っていく人を見るのは






こちらも、すごくつらかったです











「支え合う」は


互いを強めると思います








「依存し合う」

「依存を受け入れる」は



互いを弱めると思います











ちなみに



真崎は今、すごくいい状態です





「絶対」の存在を
未だ絶えず疑ってしまってるわりには


わりとずっと、すごくいい状態です






「愛されている」
「認められている」
「必要とされている」



開き直って言うなら

これらの実感をもっているからです
様々な場所で感じさせてもらっているからです







そう感じさせてくるものは


いつでも変わりうる可能性をはらんだ


「世間」の存在です











本来非常に不安定である
その感覚がなくなれば



今の「すごくいい状態」が
一瞬で崩れ去ってしまうことも
容易に想像できます



自分の中にある「恐怖」として
常に保管してあります








だから








「依存」は怖いし




この感覚に身を委ねる事が

非常に危険な行為であることも




すごく自覚しています
















3.「依存」から脱却するには









この流れのまま行って



「信仰」



と言ってしまえばそれまでなんですけど





信じきれない真崎からは
きちんとお勧めできないので




参考のひとつ

それでも「相対」に抗っていくという方法にはなっていくんですけど





『「空気」と「世間」』

第6章「あなたを支えるもの」




より




【ほんの少し強い「個人」になる】





という言葉をお借りしようと思います


(もちろん「個人」では自分を支えきれないことは大前提ですが)







ここでの記述を
真崎なりに解釈して書くと



要は



「世間」にいると

その中での暗黙のルールを察知し
差別・排他されることを恐れるゆえに

「世間」の中の他人を気にした行動になる



ということがあると思います



順番に自己紹介している時に
最初の人が「名前・出身・ひと言」と言ったら



「これってずっとこの流れなの?」



という疑問をどこかで感じつつ
その後もずっと同じ流れが続く



的なあるあるです

就活でも見ました





これ、日本人特有らしいです





例えば欧米では

誰がなんと言おうが自分は自分
自分が言いたいことを話す



というのが普通らしいです





「ほんの少し強い」


というニュアンスは
こういうことだと思います





周りの「空気」を気にしすぎず


「個人」を発信していこう





という強さ、だと思っています









すごく些細なことかもしれないですが

苦手な人にとっては

大切な勇気なのかもしれないです

(真崎もすごく苦手な時があります)






真崎の中で




この

『ほんの少し強い「個人」になる』

というのは





ほんと抽象的だけどよく言われる



『「自分らしく」生きる』



に繋がる



小さいけどすごく大きな事だと思います








自己の確立

その先にある自己への確信




総じて「自立」とするならば





これが





他への「依存」を

抑止しうるのかと思います

















まだ本の中にはいろいろ

「世間」「空気」との付き合い方
脱却の仕方

的なものも書いてるので




読んで下さい(ステマ)













すごく抽象的だけど
すごく大切な



『ほんの少し強い「個人」』
『「個人」を発信する』
『自己確立』
『からの自己確信』



という真崎なりのオチに



少なからず共感して下さった方


「I wanna 自己確立」
的な感じになって下さった方






(株)SHINRI内定者の真崎なんで

やっぱり書いときます



『FACE』



ってプログラム

是非来て下さい

(ステマ)(違うか)








もろにそこと関わってくる内容なので





この記事を読んで

「依存gkbr」なって

「自分らしい自分wktk」なった方は






待ってます

来週関西であります















余談なんですけど








最近「Facebook」というSNSが


「世間」依存を


わりと顕著に現してくれている気がします










Facebookで



特に恋人に依存しているようにしか思えないような書き込みをしている方々













待ってます(悪口)(軽くやきもち)





真崎





ブログをご覧の皆さま
昨日から引き続きありがとうございます
真崎です








あと、2回くらいで終わります


自己満に付き合っていただいている方
本当にありがとうございます








「真崎の尊敬している人達」


という内容で
4つめの記事を書いていこうと思います






尊敬している人達



わりといます

素敵な人多いです







その中でも


4人


挙げてみました







この1年を総括する記事で
なぜこの内容を入れたかというと


ここに出てくる方々

全員この1年に出会った方々だからです





最初のふたりは
②のブログでも出てきた


マサさん
SHINさん


です







〇マサさん



昨日のブログにも書いたので
多くは語りません


ただ


基本的に

みんなマサさんと出会ってほしいと
真崎は思っています




自分に悩んでる方
将来に悩んでる方
人間関係に悩んでる方

「本当のリーダーシップ」を学びたい方
チームや組織のパフォーマンス上げたい方



挙げだすとキリがないんですけど



悩んでる人がいたら

すごく他力本願なんですけど

マサさんの元に連れていきたくなります





顔は多少怖いです

でも笑うと笑い皺がたくさんできます




めちゃくちゃ愛情深い方です

本当に人のことを大切にして

愛を注いで下さる方です

関わっているうちに分かりました





いろんな教育研修がある中で

「本当に大切なこと」を

研修やいろんな場で教えて下さる方です








真崎的には




「自分らしく輝いて、人を支える」




という生き方を教えてもらえたのは

本当に大きかったです




本当に大きかったし

もっと多くの人に知ってほしいです





生きやすくなったり

自然な力が湧いてくる生き方だと思っています







マサさんの学びが拡がったら


世界って変わるやろなあ





ということを

結構本気で思っています









〇SHINさん



昨日のブログにも書いたので
多くは語りません



とりあえず



内定先(株)SHINRIの社長さんで
真崎が心から尊敬している教育者さんで
奥さまが大好きな旦那さんで
息子さま(4か月)にデレっとしてるパパです





就活で彷徨っていて

社会不適合者疑惑だった真崎を




スキルもナレッジも
なにも持っていないのに

「マインド」を見込んで手を差し伸べて下さった(雇って下さった)方です






SHINさんは

「本質に生きる」という人です




勉強を教える時も

「なぜ」ありきです




「なぜ数学を学ぶのか」
「なぜ物理を学ぶのか」
「なぜ化学を学ぶのか」
「なぜ大学へ行くのか」




「なぜ」ありきの教育をしはります





10年ほど教育に携わってきてはりますが

そこから一切ブレていない気がします

その辺本当に尊敬しています







あとすごいと思うのが


「感じる力」です






『FACE』の中で

受講生の大学生がプレゼンをした時に見られる光景の1つで




相手の言葉・行動・表情などから
相手の奥底にあるもの
その相手自身のことを感じて

その人よりも的確に言語化された言葉で
その人に成り代わってその人自身に関するプレゼンをする



みたいなのがあります

(マサさんもされていました)






あれは寒気します


真崎ができるようになりたいやつです








すごいとこ挙げだすと
キリがないんですけど




結局のところ


「本当に人を大切にする方」


に集約される気もします






この方も

たくさんの人が出会ってほしいと思う方です














2人紹介しました

残り2人は初登場です








〇植野



「誰やねん」

思た方が多いと思うので
きちんと説明します


(本人にも「拒否権なし」で許可得てます)



昨日のブログにも書いた
Teach For Japanという組織で

学生教師として
3回プログラムに参加してくれていた人です
(あ、男です)



いずれも5日間の短期プログラムで
彼にとって3度目の学生教師の時は
真崎と共に福岡のプログラムに参加した時でした





最初に出会ったのは

夏の短期プログラムがあった8月





事前研修に来た植野は


アフロでした





187cmでひょろっと身長高くて
なに考えてるか掴み所ない雰囲気で
頭きれるから勝手にビビってて
「真崎のことどう思ってんねやろ」と勝手に警戒してて
というか真夏にアフロで


絶対に仲良くなれない人だと思い
普通に話せるまで4か月くらいかかりましたが




今では

仲間として一生つるんでたい人です





そういう仲間は多いんですけど


植野はなんかすごく尊敬してます







夏に学生教師をして
冬もまた同じ拠点でプログラムをするとなった時

良い意味での「責任」を持って
最後まで生徒に関わろうと
ソッコーで応募してくれたこと



一見ガラじゃないのに
生徒にどストレートに愛を伝えるところ
(生徒もまんざらじゃなさそうなところ)



生徒との関わりの中で
自分が傷つくことがあっても
その感情を2の次にして
生徒にとっての最善しか考えないところ

それが生徒の為に繋がったとき
普通に喜べるところ



一見ガラじゃないのに
他人を感じる力が鋭いところ
必要を感じた人のそばにいけるところ







書いてしまえば
普通なこともあるかもしれないんですけど


その姿は見てると不思議なもので



周囲の人を惹きつけたり


「話したい」
「いてほしい」
「植野の言葉が聞きたい」
と思わせたり


素直に応援したくなるような



すごく不思議ですが

そして基本的には
初対面で理解されにくいですが

あまり誰も持っていない
確かな「人を惹きつける魅力」を
持っている人だと感じます



すごいなーといつも思っています









進む道は全然違うのですが



お互い「why」は

教育に行きつきます





真崎は子どもの隣で

植野はもっと大きなところからのアプローチで




「子どもを幸せにするため」に

お互いこれから頑張ってこって感じです




これからもたぶん
ずっと繋がっているであろう人で


自分後回しで人の為に動くひとなので

なんかあったら支えたいと普通に思わせてくれる人です





初対面では怖いですが

ただのええ人なので推しメンです





あと多少コミュ障です














〇村内先生



「誰やねん」

思た方が多いと思うので
きちんと説明します



教師です

中学校で国語を教えています



平凡な中年男性で
のんびりのっぺりした方です



「吃音」

という
話す際に出る特性があります






「どもる」ってことらしいです




「そそっそれは、ち、ち、ちち、違う」



みたいな感じになるらしいです








フィクションの人物です



真崎が愛読してやまない
「重松清」という作家さん



その中でも
真崎がバイブルにしている

『青い鳥』

という本があります



村内先生は
この本に出てくる主人公です




「主人公」と言うと

「かっこいいヒーロー」
みたいなイメージが多いですが




村内先生は、冴えないオッサンです
多少お腹も出てる感じです

うまく話せないから
生徒たちにも馬鹿にされます





あんまりかっこいいとは言えない人で



だけど真崎のロールモデルです






総括ブログの最後に書くつもりですが




真崎の大切にしたい

『「ひとり」のそばにいる』

というスタンス




小説から感じる
村内先生の姿にインスパイアされ

彼の生き様にひたすら共感し
彼の生き方を一言で表した時に


『「ひとり」のそばにいる』


になると思ったので





勝手にもらいました







「先生は、うまくしゃべれません。だ、だから、みんなにも迷惑を、かっかか、かけてしまうかもしれません。でででっ、でも、一生懸命しゃべります。ほんとうに、たたたっ、たっ、たいせつなことだけ、」



「先生がほんとうに、こっ答えなければいけない生徒からの質問は、わたしはひとりぼっちですか、という質問だけなんです。こっ、こここっ、答えは一つしかないんです。そのために、先生は……みんなのいちばんそばにいるんです、そばにいることが、答えです。」



「いじめは…ひとを、嫌うから、いじめになるんじゃない。人数がたくさんいるから、いじめになるんじゃない。ひとを、踏みにじって、苦しめようとしたり、苦しめてることに気づかずに、苦しくて叫んでる声を聞こうとしないのが、いじめなんだ。」





本から抜粋した
村内先生の言葉です


村内先生から
真崎が教わっていることは
本当にたくさんあります




真崎が一番好きなのは

ちょっと長いけど、この言葉です





「私たちが、だっ、だまされなきゃ、生徒は安心して嘘もつけないじゃないですか」

「嘘をつくのは、その子がひとりぼっちになりたくないからですよ。嘘をつかないとひとりぼっちになっちゃう子が、嘘をつくんです」




「嘘は、悪いことじゃなくて、寂しいことなんですよ」






媚びとか
甘やかすとかじゃなくて




「味方」でいてくれる大人の存在




この存在が

子どもには必要だというのが

真崎の持論です




子どもじゃなくて
多分誰でもそうです





その中で


真崎は、子どもの味方でいたいです






この辺は最後の記事にまとめます





ともかく




真崎は村内先生に影響受けまくってます

フィクションとか関係ないです

「それすごいのってもはや重松じゃね?」と言われても真崎のロールモデルは村内先生です

大切な人には『青い鳥』買って配ってます

村内先生をひたすら広めます













マサさん
SHINさん
植野
村内先生






尊敬してる人たち
信頼してる人たち
大好きな人たち


が、たくさんいる中で





特に自分にとって

影響の大きかった4人を

つらつらと紹介させていただきました







みんなええ人です


ただのええ人です






是非関わってみてほしいと思ってます





マサさんやSHINさんは
大学生や社会人向けに
研修やプログラムやってはります


SHINさんがファシリテーションを務める
大学生向けプログラム『FACE』



4月2~4日には大阪で開催されます

真崎の大切な人たちがすごく来ます



すごく思い入れの大きな
第4期になりそうです

是非多くの大学生の方々に
知ってほしいです







植野に興味ある人は

アフロにしたらいいと思います







あとは



『青い鳥』買って下さい







次で最後の総括記事です





真崎