せめて、真崎らしく。 -36ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です












横浜なうです



(株)SHINRIという会社に入社し
間もなく横浜へと移住します








「教育関係の仕事するよー」



とは公表してたんですけど






間もなく



本格的に

家庭教師として動き始める感じです







社長のSHINさんが
わざわざブログを書いて下さったので



【家庭教師の生徒さん募集♪】









便乗しました



生徒さん募集です









SHINさんが

ほんとバリバリ理系の方です





10年以上

「教える」という事をしてきていて




今横浜にいて
「横浜のおかん」的な方の家に
泊めていただいているんですけど



その方の中2の息子さんが
最近SHINさんから数学を教わってるそうで







今まで数学が一番苦手だったのに





「数学すごく分かるようになった!」

「生まれて初めて勉強面白いと思った!」






目を輝かせて言っていて


その姿が可愛すぎて
真崎はただ悶えてただけなんですけど








指導力
観察力
進路指導など




豊富な経験と才能を以て

独立した今も家庭教師を続けている






そのSHINさんに


なんかもう
様々な知識技術を叩き込んでもらいながら






家庭教師をさせていただく



そんな真崎は文系担当です



(今は国語をメインに勉強しています)

















子どもが幸せになってほしいなあ









すごく思っています











真崎自身


大学4年生までは
指導経験どころか
子どもとの関わりもほとんどなく



Teach For Japanという団体に入ったのも

たまたま塾に内定をもらったから
就職前に指導経験を積むため



みたいな感じでした









そこでの活動を通して







この1年間





本当に


いろんな生徒に出会いました








「「学生教師」のお誘いです」





わりと書きました








このブログでお誘いした

「寺子屋くらぶ@福岡」に





真崎は

「学生教師」として参加し





5日間

1対2の少人数指導で
英語と数学を教えていました









担当したのは

男の子1人と女の子1人で






今回は


女の子とのことを
少し書こうと思います






まるっとした子で

にこにこっとした子で






授業が終わると


「明日もう来ませーん」


と言い捨てて







真崎が


「あかんそんなん寂しいから絶対無理」


と言って追いかけまわし







毎回そんなやり取りをしながら




次の日の授業には

一番最初に教室に来て






「先生見て下さい^^」






すごく誇らしげに


宿題と自主学習した成果を
見せてくれるような子でした












言うまでもなく


真崎は彼女が大好きで






且つ






叶えたい夢があるけど




「でも私勉強できないしバカなんです」


と笑って言う








でも一生懸命勉強頑張ろうとしている











そんな彼女の力になりたいと


ほんまに心から思いました








5日間毎日休まず来てくれて
授業も集中して取り組んでくれて



最終日に行ったテストでは


人生で初めて90点以上を取ったらしく


自分でもすごく驚いていました








「先生の授業はすごく楽しかったです!」


「数学が好きになりました!」








そんなメッセージをくれて

ほんまに最高の笑顔でお別れして








その直後に





彼女のご家庭が


父子家庭であることを知りました










それ自体に

自分がなにか偏見などがあるわけでは
まったくなく










ただ単純に






お母さんがいない分





長女である彼女が



お父さんや兄弟のために

多くの家事をこなして








「先生見て下さい^^」








そう言って見せてくれていた

宿題や自主学習は






家事をやって余った短い時間で


一生懸命やっていたんだなと










そう思っただけで






ほんまに今でも


胸がいっぱいになります











Teach For Japanの中で


実際に「教師」として
生徒に指導していたのは


2か月のプログラム1回
5日間のプログラム1回



スタッフとしての仕事は
主に教師の方のサポート


指導や子どもの関わり方の部分などで
少し助言やお手伝いをさせてもらう役割で









実際に学校現場にいって


いろんな児童や生徒と出会い









学習しようとする姿や


いろんな悩みと葛藤している生徒の姿









「どうせ自分なんか」







という生徒の姿も



本当にたくさん見てきました












そういう子も含め



その生徒や児童の現在の状態が

考え方や価値観が








形成される場所は









「家庭」









だと感じました














もちろん

一概にそうは言えないですが







彼ら彼女ら


そして自分も含め誰にとっても






お父さん

お母さん






「親」




の存在は


すごく大きいと感じます









家族の存在


家庭の存在





ほんとにほんとにおっきいです












家庭教師=家庭教育



というわけでは
全然なく









勉強を教える



子どもの話を聞く



一緒にいる









ということをする存在で




それ以上でも以下でもないかもしれないと

実際に始める前のいまは
とりあえずそう感じていますが















ただ












子どもは



幸せであってほしいです










彼らのほんまもんの笑顔が



自分の人生の原動力です














やっぱり









彼らが幸せで




且つ




自分の足で立って
自分の人生を生きていってほしいから









自分にできること


と言ってしまうと
すごくおこがましいのですが








まずは




誠心誠意



家庭教師として

学習指導に取り組ませていただこうと思っております










指導経験は

SHINさんほど豊富ではないですが





これから

仕事=家庭教師なので





これからすごくたくさんの時間を


指導と勉強に捧げていく所存です












こういう


「なんかちょっとこういうアツい感じのこと書いちゃう系の人なんだ……」


みたいなのって




関西と比べて
反応は違うのかとかって

ちょっと不安だったりするんですけど






もはや福岡に行った時は




「学生教師の記事読んだ時は、「絶対この人短髪ですっぴんでちょっと体大きめの熱血柔道部員みたいな人だと思った」




みたいな事言われたんですけど








中肉中背の


特筆すべき特徴もない普通の女子です




(福沢諭吉と同じ位置にホクロあります)







生徒に向かって
涙を流しながら
人生について半狂乱で語ったり



国語の指導と見せかけて
「筋肉は正義」
みたいな指導をすることもないです








微力ながらも




子どもやご家庭に対して

少しでもお力になれたらと思いますので






もし



東京都内や横浜周辺で

家庭教師をお考えの方は





ぜひ





ご連絡いただけると


非常に嬉しいです







初回には


SHINさんも同行で

10年間やってきた「教えるプロ」の
学習カウンセリングを
無料でさせていただきます





どうぞ、よろしくお願い致します





真崎






ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です
















「文脈」



って







萌えるなあと思いました















【文脈】


1. 文章の流れの中にある意味内容のつながりぐあい。多くは、文と文の論理的関係、語と語の意味的関連の中にある。文章の筋道。文の脈絡


2.物事の筋道。また、物事の背景。


(コトバンク)











ものすごい



そそられます















国語の話になります










今現代文のお勉強をしていて


いろんな小説や論文の一節を読んで
カリカリ問題を解いてるんですけど










どうも真崎は








「空欄補充」








という問題に

胸高鳴る系女子みたいです









出口汪さん


という
有名な現代文講師の方がいて


今は
その方の参考書で勉強しているので
そちらからの引用になります


(出口のシステム現代文 ベーシック編)









本書の中についていた


論文問題です












山田洋次『寅さんの教育論』より

本文一部抜粋






『父親はそのように乱暴な男だったし、生みの母親は寅を捨ててしまったような女だったけれど、育ててくれた母親という人は、とても優しい人だったのではないか、と考えました。夫が芸者に生ませた子どもなのに、文句も言わずに引き取り、自分の息子と同じように妹のさくらと(    ①    )なく寅を愛してくれたんだろうと。』




『だから、寅という人間が(    ②    )になり、思いやりのある人間になれたというのは、不幸な星のもとに生まれながらも、育ての母親がそのように愛情をもって接してくれたからなんだろうと思います。』

















この①②の空欄に入るものを

次の中からそれぞれ選びなさい






的なのが



いわゆる空欄補充問題なわけです










例えば①に入るものの選択肢が






1.わけへだてをすること

2.同等の愛情を注ぐこと






だとすれば


















(2秒で考えて下さい)





(終了です)




















まあ






1じゃないですか(恍惚)
















前後の文章を見て

論理的な繋がりを考えて

そこに合う文章や言葉を入れた時に






全体の文章の中に




ピーンと一本筋が通る











みたいなあの感覚





「あぅ♡」てなります


















単語もしかりです










日本語でも英語でもそうですが




1つの単語に
複数の全然違う意味があったり


誰かが勝手に
その単語の違う意味をつけたり




するわけで










これも





その単語が使われている
前後の「文脈」を読まないと


そこで使われる単語が
どのような意味合いを持って発されたものか


掴めないわけです










真崎が

去年から皮肉的に使ってきた





「自慰」





という言葉があります












真崎的な使い方としては





「教室で自慰する教師」





みたいな感じです
















これ









文脈汲んでくれないと





わりと危ないです













教育委員会じゃなくて



警察が動くレベルのお話です















ここで真崎の言う「自慰」とは





『他人との関わり合いを通して、自分だけが気持ち良くなろうとする行為』





ということで












「教室で自慰する教師」



とは







『生徒の前で熱くだったり格好よく語る自分の姿に酔いしれる様』







みたいな感じです










文章中の

単語の意味を捉える上でも






「文脈」





というやつが



非常に重要になります


























「人生」







について考えました












「人生」は




「文脈萌え」な真崎にとって









一番素敵な「文脈」を見せてくれる




最高のエンターテインメント









だと思っています




(不謹慎な言い方だったらすいません)












このブログで
インタビュー記事を始めて
まだ3人目ですが







すごく感じるのは






人の「人生」って


ものすごく一貫性があるって事です










Haydenが

「最高の英語教員になる」

というのも






ひよこが

「温かい繋がりと居場所をつくる」

というのも






あっきーが

「愛こそすべて」

というのも(脚色有)









すべて




その人の人生ストーリー

すべての経験ありきの




「今の状態」である







というのが









インタビューを通じて



すごく実感を持てるようになりました
















ただの悪口なんですけど焦








真崎は






「自分、起業するんです!ドヤァ」






みたいな人とは





わりと早々に

コミュニケーションとるのを妥協します





イラッとするからです











大学の時


仲の良かった先輩に






「真崎は固定概念が強すぎる」






と注意されたことがありました













「自分、起業するんです!ドヤァ」


と聞くと(ドヤァは空耳)







自分の経験則もあるとはいえ





「この人は別になにかの目的を成し遂げるための手段としての起業じゃなくて、「起業する」ということによって周りから「きゃーすごーい」「かっこいー」みたいな事を言われて自分を満たしたいだけの人じゃないの?」












思ってしまう自分がいます(悪口)
















ただ





最近すごく


そういうのを反省してます











結局自分は




そこで発信された

その言葉・文章のみに捉われて





「あーはいはいあなたこういう人ね」





と思ってしまっているわけです













それこそ











「自慰」と聞いて





「あーはいはい〇〇を××して自分を慰める行為ね」
















文脈を無視して

その単語そのものだけを見て

意味を決めつけてしまう








それと




なんら変わりはないなあと思いました


















真崎の話です









「安定した大企業に行きなさい」




という母の言葉に


真崎はとても
フラストレーションを感じていました





すごく反発心を抱いていたし


今のご時世でその考え方自体
そもそもナンセンスじゃないの


みたいな感じで





ネガティブな気持ちや言葉を


自分の心の中に留めていました














今だから分かるのは







「安定した大企業に行きなさい」



という母の発言には






それまでの

母の苦労してきた人生





からの









「自分の子どもには、そんな苦労をしてほしくない」









という

メッセージが隠れていたということです















そのストーリーの「文脈」には








『子どもへの愛』








に一貫した論理展開がありました


















その文章の中に存在する



単語の前後にある「文脈」









その言葉を発信する当人の



背景にあるストーリーの「文脈」











「文脈を読む」



ということ









「文脈を感じる」



とも言い換えられるかもしれませんが















他者とのコミュニケーションにおいても





非常に重要だと思いました












気の合わない人との関わりも

理解できない発言も

イラッとくる態度も








大体の場合







その背景に



その人特有の「文脈」があり










当人の態度や言動が



その「文脈」からの
アウトプットだと分かると

















ちょっとだけ










その人に対して



優しくなれる気がします














出口さん曰く


国語読解には






「文脈力」



なるスキルが不可欠だそうです









真崎的には






生きていく上で


わりと必要なスキルだと思います



















「出口のシステム現代文 ベーシック編」





です(ステマ)







真崎






ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です

















昨日ブログを更新してから


真崎の「戦友」的な友人の家にお邪魔して






100円の餃子とチューハイで


酒盛りしてました




(結局テルマエ・ロマエ見ませんでした)












彼女は1つ年下で





留学へ行っていた関係で

1年卒業が遅くなり





14年卒の方々と一緒に


「就活」をしてはりました




















まぁわりと早々に


IT関連の会社に内定をもらってました











「そこに行くことにしたけん」






(方言で男を落とせると思ってる女です)











ってことで



内定祝いっぽい感じにしてきました















で、就活の話になりました












「もしな、自分の周りに就活で悩んでる人がおったとしたら、なんて声かける?なんかアドバイスとかできる??」











これは


真崎がずっと考えていたことです












就活アドバイスなるものが



真崎はとても苦手でした












そもそも自分自身

2年間就活をやって





面接や筆記やGDなどの

いわゆる「選考」を通して





内定をいただけたのは

1社でした








(今の会社は社長に直接声をかけていただいた感じです)












選考を通過するための

アドバイスもできないし





「そもそも就活とは?」

みたいな本質的な話もできないし








正直




人の就活の話を聞いていたら

イライラしてくる事が多いし(←課題)









自分自身の経験から




「内定者ドヤァ」

「社会人ドヤァ」





みたいな人に嫌悪感あって(←課題2)

安易な助言に抵抗感あるし













「就活生に対し、自分はなにができるか」








ほんとに



すごい考えたんですけど










自分にできる「就活支援」って




つまるところ











「もう無理」






ってなった時に




一緒に酒飲んで話聞く











しかないんじゃないか





と思ってたわけです












彼女はこれから
就活支援の会社のインターンに関わるので






「自分でもできる就活支援」







に関して







なにか突破口が見つかるかなと思って



彼女にその話をふりました
















ふたりで話して












結論







「分からんね」









になりました





















『就活自殺』





みたいな言葉が

テレビやニュースを見ていると出てきます













「就活失敗で」自殺する大学生』







というと




どことなく
語弊もあるのでは



と思うのですが








そういう報道があります
















「就活支援なんてさらさらやりたくない」



と思いながら








「就活支援でできることはなにか」



みたいな事を考えたくなるのは











就活を通して






「死」






を考えた人たちの姿を











少なからず




身近でも見てきたからです










真崎も

あんまり心が強い方ではないので








1年目の就活の時は


いわゆる




「お祈りメール」




が届く度に泣いていました











別に





「内定がたくさん取れるから偉い」


「選考通るから優秀」


「選考落ちるから駄目な奴」






みたいな等式が


成り立つ根拠などないと
頭では分かっていたし






今でこそ

結果論として






「あの時、器用に選考通ったり、内定たくさんとれるような"優秀な学生"じゃなくて良かった」













負け惜しみの如くでも

思える自分はいるのですが










それでも








1日3通の




「お祈りメール」




を受け取った時は










「自分は、必要とされてない」










ものすごく怖いんですけど




そう思ってしまった自分がいました












だから








1年目は





内定をもらった瞬間


就活をすっぱり辞めて









変にプライドが高かった真崎は




あたかも






「早い時期に第一志望の企業に内定をいただけましたテヘペロ」






みたいな顔してました



















「どこにも必要とされていない」





「社会に居場所なんてない」





「社会に価値なんて生み出せない」















「自分に存在する価値なんてない」
















大袈裟じゃなくて





そういう思考になる人がいるのを見たり


自分自身そうなりかけたり












「就活によって、人が追い詰められる」










ということがあるのを



実感として味わってきました
















「就活自殺」




に関する

賢そうな考察は




賢そうなおじ様たちが

たくさんされているので










真崎の



クソ浅はかな考察です













「「ひとり」に関するお話です」












人が




自分で死を選ぶ












その理由の1つが








「ひとりだから」








だと思うんです














要は







『誰からも必要とされない』







ということです
















就活をしていた時


自分が追い詰められていた








ひとつの原因が



「親との関わり」



でした











真崎の母は



すごく安定志向が強い人です








おそらく過去の自身の経験で

決して楽な生活とは言えない環境の中で

たくさん勉強して今の仕事について






子ども3人全員私立大学卒業させるだけの



経済力を持つようになりました











たくさん苦労したからこそ



大切な子どもに同じ想いをさせたくない












という気持ちが

多分あるんだと思います










兄弟の中でも
一番勉強のできた自分は





「受験勉強で苦労してほしくない」







高校の時点で
学費がバカみたいに高い
中高一貫の私立に入れてもらいました









そして




「就活で苦労してほしくない」









内部進学で学部を選ぶ際に
一番偏差値の高い学部にしろと言われ
大きく抵抗することなくそうしました
















次に、母が期待することは


就活前に分かりました












「安定した大企業に就職してほしい」













その考え自体がナンセンスだと

真崎自身も思っていたのですが





そのために母が
高いお金を払って
自分を"良い"教育機関に入れてくれたこと






違う道を選ぶことを良しとせん



そんな空気が
母からすごく出ていたこと






そこに抗うには


自分にとっての母が
ある種「絶対的」で脅威であったこと











自分の想いなど話すことができず








「母が納得のいく企業への就職」







という圧力が拭いきれないまま


就活が始まりました












「就活どうなん?」



「あぁ、進んでたとこ落ちた」










「そうやな、あんたなんにもできひんもんな」











これは真崎の感覚で





母が少しずつ

無能な真崎に失望していく気がしてました









そうではないと

頭では分かっていても








「高いお金を払って良い大学まで行かせたのに、良い企業の内定1つとれない駄目な娘だ」









そう思われてると


思わずにはいられない状態でした












だから





しばらくしてから

母に嘘をつくようになりました







「選考いい感じで進んでる」


「今日は社長と面接してくる」


「最近は全然落とされてない」


「連絡遅いけどちゃんと選考進んでる」













「あんた最近ずっと良い感じって言ってるけど、まだ内定1つも出てないの?」










1か月間くらい

嘘をついて逃げ続けて







実際


普通にめっちゃ落ちてて







言葉と現実に矛盾が生じ始め

母が疑いの目を向けるようになり










嘘をつくのも苦しくて



疑われることも苦しくなって












気付けば


自分にとって










「家=いたくない場所」











になりました













あの時の心境的には








就活で落ち続ける自分



=企業に必要とされない自分



=家でも必要とされない自分









でした
















逃げ場は、友達でした









あまりにも辛くてしんどい時は


泣きながら友達に電話して





落ち着くまで話を聞いてもらったり


延々毒づく自分を受け止めてもらったり








逆に







友達が就活で辛い想いをしている時は


自分が話を聞いたり励ましたり










「支え合える」


「必要とし合える」











そういう存在がいたから







真崎は就活で

完全に折れずに済んだんだと思います












自分が




「いてもいい」




と思える












そんな「逃げ場」があったから












大袈裟じゃなく




生きてた気もします

















多少


胸糞悪い話をします







「死」



ということに特に敏感な方は





読んだら


嫌な気分になるかもしれないです










それでも良かったら




この先を読んでいただいて大丈夫です
















昨日




「アンチポジティブ」




みたいな記事を書いておきながら
すごい矛盾なんですけど









多分、真崎はポジティブです








基本的に
前向きな思考ができるタイプです



母には無能と思われていても
自分に対する期待値はわりと高いです



そういう経験を
積んできたからだと思います










だから







「生」への希望も執着も

きっと人一倍大きくて








今絶対死にたくなくて









過去にいろいろあったと言えど








本気で



「死にたい」



と思ったことは







多分、1度もない






楽観的な人生を生きてきたタイプです














でも


そんな自分でも








今はまったく思っていないけど









でもわりとずっと













「いざとなれば、死ねばいい」












と思っていた人間です
















小学校の時




女子グループからハブにされ

学校に居場所を失ったと感じていました








だからって



「死にたい」



とは多分思っていなかったのですが










「いざとなれば、死ねばいい」







と、本気で思っていたので







その「いざ」という時のために



「方法」を知っておこう

















思ったのかは覚えていませんが




部屋で首を吊った記憶はあります














ギリギリつま先がついたので

普通に外してピンピンしてたんですけど







あの時


つま先がつく前に








一瞬だけ


首が







クッ







と締まった時の









ちょっとだけ痛かったのと


ちょっとだけ苦しかったのと







震えるくらい怖かったのは









なんとなく



今でも覚えています












真崎にとって





「いざ」


という時は










「自分の居場所がなくなった時」




「自分が必要とされなくなった時」








だったんだと



今になって思います















就活って


言えば「おしごと探し」みたいなもので






「社会の中で「消費側」だった学生という立場から、「生産側」の社会人になる」



「社会の中で「価値」を生み出していく人になる」






みたいな事も言われたりする中で













いわゆる一般的「就活」の中で






自分が「価値」を
生み出すため場となる企業探し





言い方悪いですけど



その「場所」探しで









断られ続けたら









「社会に居場所がない」


「社会に価値生み出せない」


「そんな自分は価値がない」









って気持ちになっても







個人的には


あんまりおかしくないと思います










弱いだのゆとりだの言われても




個人的には「知るか」って感じです










強い人だけだと思ったら大間違いで





すべての人にそれを求めようとする人には





ちょっとだけ黙っててほしいです




















すごく抽象的な話になりますが











正直




いまの世の中には








「生きやすいタイプの人」


「生きづらいタイプの人」









いるって思います













「生きやすいタイプの人」は



なんかもう

そのまま頑張って下さいって感じです












「生きづらいタイプの人」が



「生きやすいタイプの人」に







なっていくこと

なろうとしていくこと













大切だと思うし

そうなった方がいいんだろうなと思います














でも




個人的に

一番関心があることは












「生きやすいタイプの人」


だろうが










「生きにくいタイプの人」


だろうが
















総じて













「生きてていい」



「生きていたい」














と、思えることです



















そのためになにができるのかって


まだすごく分からないんですけど






結局は






「繋がり」


「居場所」






に起因していくと思ってます














周りに悩んでる人がいるなら


就活とかで凹んでる人がいるなら









その人の周りにいる人は




「それでも、その人といる」









という事を


する必要があるんじゃないかって思います













就活でのダメージを


修復できるかは分からないけど








でも






「必要としてくれる人がいる」


「必要としてくれる場所がある」

















見失いがちになる状況だからこそ








改めてその人に



教えてくれる存在が必要だと思います














周りにいる人が


それをする人である








と、真崎は思います













すべての人が





それぞれの繋がりの中で


それをし合っていく必要があると思うので










若者の自殺の問題を








やれ会社のせいだ


やれ教育のせいだ


やれ家庭のせいだ


やれ社会のせいだ


やれ本人のせいだ










そんな誰かの傍観者意識と他責意識が








もうこの社会では




すでに「殺意」になり得るんだと思います















就活以外でも職を得ていく人


会社で働かなくても生きていける方法を知っている人




とか








世の中いろんな人がいて


いろんな場所があって








いろんな生き方があるみたいです














最近できた友達は


就活を辞めました





小さなコミュニティの中で

支え合って生きる生き方を知り




「稼いで食えなきゃ作ればいい」

と畑をつくり始め









『自分が無理せず生きる』



『人が無理せず生きる為の支えになる』










という生き方をしようとしています













真崎には


悲しいかな
そんな知識の蓄積は少なくて






やっぱり



「就活」



っていう点において
支えになれることは少ないんですけど













もし










周りに悩んでる人がいるなら




「死」が頭をよぎったりする人がいるなら














やっぱり







とりあえず














一緒に酒を飲みたいです










真崎