せめて、真崎らしく。 -35ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です









題名に「愛」という言葉を見つけて


「真崎が、愛?」


みたいな感じで
半笑いになった人は
そのうち話を聞きに行きます







先日2週間ほど横浜へ言って


マサさんが講師を務める
経営者向けのプログラム

「クラウドマネジメント」



(株)SHINRIの大学生向けプログラム

「FACE」




を受講して

(FACEは再受講)






やはり真崎の関心分野は




「人間関係」

「健全なコミュニケーション」




だと改めて思いました






この部分は
今回の記事で長く説明するつもりは
ないんですけど




上記のことを考えた時に




すごく当たり前だけど
すごく大切で
すごく見落とされがちなことが






『人は違う』





という大前提です






それぞれが


それぞれにしかない人生を生き
それぞれにしかない経験を重ね
それぞれにしかない価値観を形成していきます






その価値観が



「それぞれ違う」



ということを知ること







これが本当に大切だと

真崎は思っています







それぞれの価値観の中の「正しさ」


違う価値観を持った人間同士が
これをぶつけ始めた時に


人間関係は悪化すると思います










なので

「強み」や「資質」の記事など



『人は違う』



という事を強調するための記事を
今までも書いてきたり
これからも書いていこうと思っていて











今回書きたいのが





≪愛の感じ方の違い≫





についてです







(半笑いになった人はまた話を聞きに行きます)









横浜にいった時に

真崎の友人が開催した
「恋愛セミナー」的なやつに参加して




その時に聞いたのが


『愛の第一言語』


という話でした








ちゃんとした文章は忘れてしまったのですが

確か



「あなたは、恋人(もしくはそれ以外の人でも可)になにをしてもらった時に、一番愛を感じますか??」



みたいな質問がありました







せっかくなので

スクロールする手を止めて




少し考えてみてほしいです

















$せめて、真崎らしく。





(地獄のミサワより引用)

















その場には7人の人がいたんですけど




びっくりするくらい
バラバラでした





思い出す限り挙げると






・重い荷物を持ってもらった時

・言葉で励まされた時

・宿の予約とか「あ、やっといたよー」みたいな時

・ふれあってる時

・何も言わんでもしてほしい事を察してしてくれた時






(思ったより思い出せなかった)








ちなみに真崎は




・こっちが悩んでる時とか誰かおってほしい気持ちに気付いてとりあえずおって話聴いてくれる

・真崎の良いところを褒めてくれる

・忙しい中で自分との時間をつくってくれる

(最後は女子から多くの共感を得た)




でした










真崎がブログを愛読していて
クラウドマネジメントでご一緒していた


yoshi@選択理論さん





これに関して
昨日ブログを書いておられました



「愛の言語(後編)【人間関係】」






そちらを読んでいただけると
すごく分かりやすい説明が
掲載されているので


是非先に
読んでいただけると幸いなのですが







要は



「人によって「愛を感じるポイント」が違う」



ってことです








yoshiさんも書かれているように




「愛の第一言語」




愛を感じるポイントを
分類してみると



〇フィジカルタッチ
〇クオリティタイム
〇肯定的な言葉
〇贈り物
〇サービス行為



の5つになります

(詳細はyoshiさんブログで)






正式なチェックをした事はないのですが



真崎の「愛の第一言語」は
おそらく




〇肯定的な言葉
 (自分の事をちゃんと見てくれていて、上辺じゃない言葉で褒めてもらえるのが嬉しい真崎)

〇贈り物 or クオリティタイム
 (一緒にいる時間をつくってくれて、とりあえず一緒におれるたり、必要な時にいてくれて話聞いてくれるのが嬉しい真崎)




だと言われました







女の子って
頭ぽんぽんとかされるん
弱いって言われてて



真崎も生物学上♀なので
その辺は共感する部分もあって



「真崎の「愛の第一言語」ってフィジカルタッチ(髪や肌などにふれること)なんですかね??」








そういうのに詳しそうな人に
聞いてみたところ





「真崎、女の子同士で手つないだり手組んだりして歩くん絶対好きじゃなかったやろ??」





と言われ





確かに



小中学生時代
やたら手組もうとしてくる
べたべた系な女友達がいたのですが





「なぜこの人は執拗に密着してくるのだろうか」





至極可愛げのない思考と共に


その子が手を組んでこれないよう
両脇をぴっちり閉めていたのが
10年程前の真崎でした







真崎の身近に
筋金入りの


「フィジカルタッチ系女子」


がいるのですが





とりあえず
人肌にふれているのが幸せで



全然不純な意味ではなく


恋人と身体を絡ませて眠っている時が
いちばん満たされて安心感があるそうで






真崎の第一言語は




絶対

フィジカルタッチじゃないと思いました







※一応誰でも5つすべての要素は持っていて、傾向として強く現れるものはどれかって話です













Twitterでフォローし合っていて

一度もお逢いした事はないけど
たまに返信のやり取りをする方がいます




真崎の抽象的でとりとめもない思考に
共感を示して下さるので
すごく嬉しいなあと思っています







真崎がある日

何気なくつぶやいた






『「分からない」と言ってあきらめちゃいけないこと。「分かる」と言って理解した気になっちゃいけないこと。人間の感情が対象になったときはわりと後者。』




『「分かる」なんて傲慢。』




『違う。「分かる(ドヤァ」が傲慢。』






という


改めて読み返したら
自分でも顔から白煙出そうなつぶやきに
その方が反応して下さって





「分かる」




という事について

いろいろとお話をしました






そこでその方が言っていた事に

ものすごく共感したものがありました







『僕としては、「わかりあってる関係」よりも「わかりあいたいと思い続ける関係」の方がすてきだなっておもてます。「わかっている」という状態より、「わかりたい」という意思の方が、って意味ですが。』











これ



ものすごくいいなあと思いました











これは完全に真崎の持論ですが



「分かり合ってる」



なんて

完璧にはありえなくて








今まで見てきた経験則のみで言うなら



勘違い甚だしい状態です










人間って変わりうる生物で


例えば
長い時間を共に過ごしているからって




「そこで見た相手が全て」

「自分は相手の事をちゃんと分かってる」




ではないと思います





その時の


環境
体調
人間関係
その他諸々







「自分は分かってるから」






思い込んでる
思い上がってる



そんな間に






もしかしたら





置き去りにされている


相手の心があるかもしれないです









違う人間だから

完璧に分かり合うのって
すごく難しいと思います






その中で




「でも、大切な存在だから、相手のことをちゃんと理解していたい。」




という気持ちは


すごく尊いなと思います












愛を感じるポイントは

人によって違います









人は
しばしば




「自分が愛を感じるポイント」



「相手が愛を感じるポイント」






無意識の間に思ってしまう気がします






自分が人に愛情を示す時


自分の「愛の第一言語」の特性が
現れるかららしいです





真崎にとっては



「いる」こと

言葉で伝えること




をしてほしいと思っているから

相手にもそうしている気がします










けど






相手がどのような言語を持っているのか


そこを見ずして
ひとりよがりな愛情表現をしていると





相手も満たされないし


自分もフラストレーションが溜まる気がします









相手との関係性



付き合い長いから~
ずっと一緒にいるから~
たくさん話してるから~



みたいな状態に

驕らず溺れず







「愛の第一言語」を例に


相手との違いや
今の相手の状態や声を


改めて確かめることで







お互いが


気持ち良く満たし合えるような









そんな関係性が築けたら




すごくいいなあと思いました









(恋人でも友人でも親子でも会社でも有効な考え方だと思います)













知ろうとする




と言っても

こすいやり方は思い浮かばないので





「あなたって、どういう時に、愛を感じるの?照」






直で聞くのが

真崎の勧めです(真顔)





真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です

 









しばらく更新が滞っておりましたが




このタイミングで

4人目のインタビュー記事です












【植野力のお話です】







$せめて、真崎らしく。






『ただの真崎のお話④です』




の中で




「真崎の尊敬する人達」


に出てきた植野です






植野との出会いは
Teach For Japanです




彼は3回学生教師をやってくれて


そのうちの1回
福岡での学習支援では
一緒に教師をやりました







前回の記事にも書きましたが




出会った当初


植野はアフロでした





$せめて、真崎らしく。





「あ、これ絶対仲良くなれへん」


直感的に思いました









身長187cmの迫力


アフロのインパクト


自転車置き場のにある自転車のサドルを全部抜いて代わりにすべての自転車のサドル部分にブロッコリーを挿してしまうような事件が起こる天才肌と変態思考の集まる有名国立大学出身
(植野は犯人ではない)





すごく頭のきれる人で


且つ感性も鋭い人で


ふざけながらも
他人をよく観察していて






彼の声はわりと通りにくくて


真崎は耳の聞こえがあまり良くなくて


つまり会話は成立しづらくて






「この人なに考えてるんやろ…」


ってずっと思ってて
最初はある程度の距離をとって関わってきてたけど








結果的に




植野はただのいい人で

今はふつうにわりと仲良しで




わりとすごく


尊敬できる存在になってます











「あのアフロ、戦略的にやっててん。」






「コミュ障が俺のサブイシューやったから、それ克服するためにあえてアフロにした。初対面でアフロやったら「なんやこいつちょっとおもろそうやん」とか思われて興味持たれて、で、実際関わったらおもんない奴やったって思わせたくないから、ちょっと頑張るやん?」





「アフロにすることで、人とのコミュニケーションにおける自分のハードルを上げてた。」














彼をインタビューしようと思ったのは




上記のような
ある種ぶっ飛んだ思考回路と行動力


よく分からないけど
なぜか人を惹きつける
植野の凄まじい謎の求心力





それらの理由が

彼の生い立ちの中に隠れていると思い





単純にすごく知りたかったので


いろいろ聞きました











ただ先に結果から言えば






インタビューを通しても


植野のことは


分かるようで
あんまり分からなかったです








今も変わらず
なんか不思議な人って認識ですが






どちらかと言えば

結構いい人なので







真崎が地味に尊敬する


「植野力」について









知ってもらえると



ちょっぴり嬉しいです














■植野小学生時代







植野は大阪の柏原市出身です


18歳まで柏原市で育ちました






この後の話でも出てきますが


植野が「教育格差」に
問題意識を持ったきっかけは
この地元での原体験が大きいそうです




その地域の中で

植野が中学受験をして
わりと「ええとこ」と言われる学校で
教育を受け続けられたのは


ご両親のおかげだと言います





「親は、自分たちが子どもの時にあんまり教育投資されてきてなくて、子どもの教育に対する知識も元々全然なかった。」





ある時
植野ママは

たまたま仲良くなったママさんに


受験
進学


などの概念があることを教えてもらい




教育投資に意識が向いた
植野ママのおかげで

植野は小学生時代から塾に行ったり
中学受験をすることができたそうです








小5で塾に行き出した植野は


小6で英検2級を取得する強者でした





一方で


学校でも
存在感は大きかったらしく
クラスの中心にいたそうです





当時の記憶は
それほど強くないらしいですが



正義感の強い子だったそうです






「そういや、いじめられてる人らと仲良かったわ。」



「親おらんくて施設入ってたような人が転校してきたりしたんやけど、大体仲間外れにされてた。そういうのが嫌で、そいつらと一緒におった。おもろかったしな。」





「あと、順番抜かしとか、ドッヂボールでめっちゃ線超えてボール投げてくるやつとかにめっちゃ切れてた。「それはあかんやろ!」みたいな。基本手出てた。」








親からの教育投資を受けていた植野は



塾の他にも

公文やそろばん
スイミングもやっていました


小3地元のサッカーチームにも入り
サッカーはその後もずっと続けてました







「小学生ん時は、サッカーチームの人らとつるんでて、毎日外で遊んでたわ。ブラジル的な感じでサッカーしてた。」












■植野中学生時代








「中学受験は、第1.2志望落ちて、結局私立のまーまーええとこ行った。」





心なしか

この辺りの話から
植野の過去像が尖り出した感じがしました




進学した中学校の雰囲気は


「閉鎖的で田舎もん的」


だと感じていたそうです





小学校の時みたく
クラスの中心人物ではなく
特に気にせずぼっちでいれたそうですが





クラスの中心グループからは


「なんかチカラいいよな」


みたいな存在だったそうです




(この感じ今に通ずるものがあります)







「塾は行ってなかったけど、親に言われて家では毎日1時間は勉強してた。別に嫌じゃなかったし、今考えたら、家庭に学習環境があったのはありがたかった。それで成績も30番以内には入ってて悪くはなかった。」



「部活も中2でキャプテンやってたし、そん時中3チームでレギュラーやってた。」



「目立つ成果出してたし、心に余裕あったから、別にぼっちでも嫌じゃなかったんやと思う。」







「プライド高かったし、他者に対して無関心やった。「俺はできるし」って感じ。」








高飛車な人に
かちんと来る系女子の真崎なので
ついでに晒しておくと




「あ、でも、みんなの前ではクールやのに、恋愛ではパッショナブルやったらしくて、「なんか違う」って言われて彼女にふられたわ。」




みたいな事もあったそうです(悪意)









高校へは

そのままエスカレーター式に
進学しました













■植野高校生時代










この時の大きな変化としては


サッカー部のキャプテンを降ろされ

違う学校から来たすごい実力者が
新キャプテンになったことでした






「そいつがわりと断トツで上手かってんけど、クソ自己中なやつで、サッカーの実力だけで人の評価するようなやつやったから、部内で派閥できて、二項対立みたいな状態になった。」






学年が上がると
キャプテンの裁量も上がり


それに伴い
植野や植野派たちの
彼に対する嫌悪感も上がるわけで



チームワークは最悪だったそうです





「試合中もふつうに「あいつにはパス出さん」みたいな感じやったからな。笑」





実力だけで
人に優劣つけるキャプテンを見て


植野自身
他者に無関心なところはありながらも



中学時代は


なんだかんだで
信頼されてるキャプテンだった


という事を思い出したそうです






「俺から関心は持たんくても、あっちから相談とかきたら受容してたし、実力だけじゃなくて、メンバーの個性とかメンバー同士の相性とか見ようとしてたって思う。見てたってか知ってたって感じやな。関係も長いから、なんだかんだで「分かり合ってる信頼感」あった。」






結局部活は
その雰囲気が最後まで変わることなく
引退になりました






高3で部活を引退した後は

受験勉強でした



それまでも部活をやりながらも
成績は文系理系入れて30番以内にはいたらしいのですが



部活を引退して
勉強時間が増えて



7月のテストで


学年1位をとったそうです





「めっちゃ嬉しかったわ。笑」





植野が通っていたのは進学校でしたが
毎年京大の文系に進学するのは極少数で




学年1位をとった植野は


"京大いけるわ"


と思い
そこから猛勉強を開始したそうです






「とりあえず1番のとこ行こうと思ったから、とりあえず京大って決めて、とりあえず1番賢い学部行こうと思ったから、とりあえず法学部希望にした。」






学校から言われていた学習記録を
ひとりだけ律儀に提出し続け
(可視化できるのが好きだったらしい)


1日14時間は平気で勉強し


友達としゃべる時間も勿体ないと思って
予備校に行くときは携帯も持っていかず
ひとり自習室の隅に籠り




"神大卒の教師に教えてもらっても京大受かるわけない(勉強の仕方の面で)"

"予備校の教え方も合ってない"




「自分で考えた方が、自分に合った勉強ができると思ったから、学校とか予備校のやり方無視して、自分で勉強の仕方開発して、独学で勉強しまくった。」













現役合格しはりました








「俺えらっ!って思った。」








家族や友達
周りから持ち上げられ


自分は秀才型だと
自分自身思い込み






「完全につけ上がってたわ。」






らしいです











■植野京大入学








「周りのやつらが、あまりにも賢かった。」



植野は言います






自分は秀才だと思って京大に入ると
クラスには自分よりできる人達ばかりで


自分が合格点ぎりぎりで受かった中で
合格点+50とか+100で受かった人達が
ごろごろいる環境にいって






「俺がここに来れたんは、自分の実力やって思ってたけど、周りのおかげやってそん時気付いた。」



「特に、親な。そんなにめっちゃ金あるわけじゃないのに、俺に教育投資してくれて、塾とか行かせてくれてた、そのおかげやってめっちゃ思ったわ。」






そんな植野は


周りが授業をサボる中でも
授業はとにかく
真面目に出続けたそうです






「親への感謝をあらわす意味もあったし、他の奴ら見てて「金払ってもらって来てんのに、なんでサボれんねん」って思ってた。」














「でも、1年の前期終わってから、俺の「暗黒の1年半」が始まった。」






らしいです








この「暗黒の1年半」は

とりあえず暗黒なので
基本オフレコにしろと念を押されてます







簡単に言えば




毎日遊んでダラダラする
その感じが大学生やろ!
というノリに結局引っ張られ


結構真面目に練習する
ガチ系フットサルサークルに入るも
他のサークルみたく緩くない感じが嫌になり


痔になり(晒した)


いろんなところでバイトして
バイトでの飲み会を楽しみ


恋愛頑張り







というのを


多分50倍濃縮くらいで
暗黒にした感じに受け取りました








「いろいろあったし、フタして振り返るの避けてたくらいやったけど、ちゃんとせなアカンなって思えたし、「人間って弱いなあ」「みんなそれぞれいろいろあるんやなあ」って、他人に興味持つようになったわ。」












■植野と「マッキンゼー野郎」






3年生の時
植野は「京大カップ」というビジコンに出ました



「京大カップ」は

『世界にイノベーションを与え、日本をリードするようなビジネス』を考えて発表して競う的な感じだと思います







「そこで、「マッキンゼー野郎」と出会った。」





この「マッキンゼー野郎」なる人物が

それまでの植野の価値観に
大きな衝撃を与えた方だそうです





とりあえず


・頭めっちゃいい
・真面目
・かっこいい
・マネジメントスキルが高い
・社会のことを考えている


という方だったらしく







「あかん、俺ただ生存してるだけや。」




もの凄い比較と挫折感があったそうです









ちょうどその時が就活シーズンで



「とりあえずちゃんとやってみよう」
「情報ちゃんと入れよう」



と思った植野は






京大の中で


『強い日本をつくる会』


という会を創ろうとしている人に出会い
そこに加入しました






そこでは


日本の政策や国家間について考えたり
政治事務所での勉強会を行ったりしていたそうです






企業のインターンなども
たくさん参加して


適当にやろうとしていた就活とも
ちゃんと向き合うようになり





「今なにがしたいのか」





を考えた時に








『教育格差』






はっきりとした課題意識として
浮上してきたらしいです










「大学に入ってしばらくしてから知ったんやけど、小学校の時とか仲良くしてた地元の奴らの現状聞いたら、オヤジ狩りしてるとか、少年院入ってるとか、高校入ったけど中退して働いてるとか、若くして子ども生んだけど離婚してメチャクチャとかやって。」





「自分は親に教育投資してもらって今ここにおる一方で、この差ってなんやねんって、その時初めて『教育格差』に違和感感じた。」







「あと、彼女の誕生日プレゼントとか買う時に日雇いのバイト入って、夜~朝で働いたりする時あってんけど、そこにいたんが、家庭持ち子持ちの40歳くらいの人やった。重労働で低賃金で、体も痛めるような仕事やし、夜~朝までの仕事やったら、子どもは親に会えへん。」






「自分みたいな小遣い稼ぎで来てる奴もいれば、そこで必死に生計立ててる人もいる。」




『これなんなんや?いやいやおかしいやろ!!』って、ここで強い疑問が湧いた。」









なんでこうなっていくのか
原因を考え

自分の原体験と合わせた時に
植野の中で出たひとつの答えが




『教育』




でした








薄々と抱いていた疑問ではあったものの


マッキンゼー野郎と出会うまでは
社会問題など関心もなく


『教育格差』が
自分の中の問題意識なのかも分からない状態でしたが







改めて


「自分のしたいことは?」


と考えた時に





『教育格差をいずれなんとかできるような人になりたい』





ということを思ったそうです







『ノーブレスオブリージュ』っていう言葉が、勉強会の中でよく言われていた。」





「すごい嫌な感じに思う人もいると思うけど、『エリートはエリートにしかできないことをしなさい』っていう意味やねん。別に自分をエリートと思ってるわけじゃないけど、京大法学部っていう学歴は、客観的事実として「エリート」という認識を持たれると思う。」





「俺は、親に教育投資してもらってここまでこれた分、社会に還元していかなあかんと思ってる。」





「周りにいた大学の友達は、すげー頭も良くて、いわゆる有名企業に就職していったけど、話聞いてたら自分のことしか考えてへんやんけって、めっちゃ意識のギャップ感じた。いろんな社会問題を知ろうともしてないし、知っても「俺いーや」みたいな。」






「誰もが京大の教育を受けられるわけじゃない中で、『もっと考えて、もっと背負っていくべきじゃないの??』って、すごい違和感あった。」
















■植野と就活








就活が本格的に開始される頃には


植野は大企業見るのを止めてました





「でかいところはおもんなさそうやった。やりたい事もやりづらそうやし、若いときになんもできなさそうやし、「殺される」と思った。」






自分のしたい事を実現する最短距離は


ベンチャー or コンサル


だと思ったそうで
ベンチャー企業ばかり受けてたそうです




(ベンチャーorコンサルと思った理由は、植野の素晴らしいロジックありきだったのですが、真崎の感覚アウトプットで説明できる気があんまりしないので、悟って下さい)






結果的に植野は

バラバラの業界4社から
内定をもらいました




野菜売るとこ
駐車場
人材
医療系




なぜこんなにバラバラのとこ受けたのか
真崎にはわけが分からなかったのですが




すごく分かりやすく説明してくれました









「俺は、『価値はあるけど、その価値が見出されず、あまり知られることのないものが、ちゃんと世の中に出ていくような仕組みをつくりたい』と思ってて、それができそうな会社を選んだ。」




(もっと頭良さそうな説明してました)








「俺居酒屋で働いてたんやけど、店流行ってなくて、「なんで?」って思っててん。俺キッチンやったけど、店長に頼んでキャッチやらせてもらったら、すげー成果出て。」







こういうの大事

あと俺こういうの向いてる




そう思ったらしいです









「ニーズはあるはずやのに、その店を知らんと通り過ぎてしまう人達がたくさんおるのは、めっちゃもったいないやん。『出せる仕組み』さえあれば、それを求める人は絶対たくさんおる。」






「その感じって、自分の経験の中にもあてはまる事で。小学校ん時のダチって、決してめっちゃ能力低いとかじゃなかったし、俺と違うのは「環境」ぐらいやった。もしまた違う「環境」があったら、あいつらも全然違う人生になってたと思うし、能力のあるやつがちゃんと社会に出て価値出していけるようにしたいと思った。だから人材とか見てた。」







「自分の経験上では教育ってとこしかないけど、「ほんまに教育でいいんか」とも思ってたから、1段階抽象度上げていろんな業界見た。」










最終的に植野は




野菜売るとこ

「オイシックス株式会社」

に決めました






いろんな判断軸で選別していって
最後2社で迷っていた時に



決定打となったのは


『社長』


でした









「社長が、まじでかっこいい。」





「すげー頭よくてなにやってもできる人でいろんな能力ズバ抜けてる。でも全然高ぶらずに、一番しんどいところを自分がやって社員に背中見せてくれるし、意外とちょっと抜けててかわいいところもある笑。社長としゃべってると、めっちゃ感化されるし、まじですごい。」





(ここ、すごい興奮してはりました)











今はその会社で

かなりハードながら
最高に楽しい毎日を送っているそうです







「会社は、シビアでビジネスライクな人が多い部分もあるけど、仕事を「楽しむ」よりは「あがく」感じで、自分のためじゃなくて、自分がどうにかしたいと思ってる人や環境のための修行として時間を使いたい。」





「そういう意味で、この環境は、実際しんどいこともあるけど、まじで最高。求めてた環境やわ。」














■植野をモチベートするもの









就活を終えてから

大学最後の1年間
植野はいろんなことにチャレンジしてきました



学生教師もその1つです






$せめて、真崎らしく。





(担当生徒が書いた植野画)









大学入学まで

「自分はすごい」と高ぶっていて




反転入学後は

いろんな「すごい人」との出会いで







「自分はまだまだの人間」


「ひとりじゃなんもできん」







という想いが強くなったそうで








教育格差解決の仕組みづくりや
それに関するビジネスなどを



『自分ができる』



という感覚は

正直今はあまりないそうですが






「でも、想いは強くなったし、覚悟ついた。」





と語っていました








「人をモチベートするものって、『やりたいというきっかけ』『ネガティブなコンプレックス』があると思ってて。『ネガティブなコンプレックス』っていうのは、「俺はまだまだやし」っていう気持ち。自分自身がまだまだ成長せなあかんっていうのも、俺の原動力になってる。」










じゃあ

『やりたいというきっかけ』は?






と聞くと













「いや、それ聞くん野暮やろ笑。」















「寺子屋で出会った生徒の姿。Aが見せたガッツポーズとか、Bの涙とか。それ以上のモチベーションは、ない。」











$せめて、真崎らしく。

















そこまで聞いて



真崎の中でお腹いっぱいになったので
インタビューを終了しようとしたところ









「俺、死ぬ時言いたい言葉あんねん。」








と言い出しました(唐突)













「これって大阪の言葉やん。」





「俺、やっぱり自分が育った地元の柏原市を、柏原市民が胸張れるような町にしたい。子ども時代、終始楽しかったし。親が「ここで働けて良かった」と思ってほしいし、仕事リタイアした後も、ここで価値生めたり、老後過ごしたいって思えるような場所にしたい。」








「あと、この言葉は俺にとって「講評」なんやけど、これ言っていいのって、ほんまに最後の時だけやと思う。」



「生きてる間に、自分の人生に対してこんな無駄な講評して思考停止してる暇ないし、成果出しながら、それでも自分まだまだやって、常に目標持ってやっていきたい。」










「で、最後の最後に言いたいねん。」
























"ぼちぼちやったなあ"














$せめて、真崎らしく。












(多少どや顔)





真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です











人の容姿で悪口言う人が

すごく嫌いでした







過去に自分が属していたコミュニティが

すごく


「容姿に対する悪口」


が盛んな場所で








顔のパーツ

化粧

服装

体型







所属してる女子

ひとりひとりの名前を挙げては



「こいつはここが駄目でこいつは足太過ぎでこいつは~」



みたいな事を

平気でしちゃうような場所で










かくなる真崎は


「なんの意味もない巨乳」


と言われていました





(ちょっと否定はできないです)







真崎自身


すごくその雰囲気が嫌で
その感じがすごく不快で
人の容姿の悪口言う人が苦手で



且つ



小さいときは
兄ふたりに
家で散々いじめられていて


名前の最後が「美」で終わるから



「おい、ぶさ美」



と呼ばれていたりしていて







「「美しい」と「ぶさいく」という一見相反する概念を混合する矛盾にこの愚者たちは気付かないのか」



みたいなことを

5歳の真崎が思えたわけもなく







『ぶさいく』


という表現に素直に傷つき





『ぶさいく』


という言葉は

真崎の中で
絶対に人に対して
使っちゃいけない言葉になっていました












容姿って


すごいコンプレックスになり得ます








「元ぶさ美」こと真崎も

決して容姿端麗な方ではなく





目や肌や体型に

すごくコンプレックスもあったし





自分でも気にしていることを

人に悪口みたいに言われるって




すごく傷つくって思います










だから



容姿的なツッコミは
お互い冗談だと
暗黙の合意を取れない仲ではタブーで



「ぶさいく」

に準ずる言葉も
真崎の中ではNGワードでした
















先週の水曜から横浜にいます






水曜はひとりで
ビジネスホテルに泊まっていました





新しく始まった
桜井翔くん主演の


「家族ゲーム」


というドラマが面白くて
ホテルでも観ていました







終わってから
ふと鏡を見ると





化粧がもうとれかけで


アイラインが滲んで
目の下がクマみたいになっていて






なんだかちょっと




自分ショボーン




ってなりました











友達とLINEでチャットしながら



「家族ゲーム」の延長で
フジテレビにチャンネルを合わせて
テレビをつけっぱなしにしていて





いつの間にか



「TOKIOカケル」



という

TOKIOのバラエティ番組が始まっていました







その中のひとつのコーナーで

お寿司屋さんの設定で


「難しい漢字の食べ物の名前を当てる」


みたいな趣旨のものがありました









ふとテレビを見ると

その時問題に出たのが





「虎魚」





でした









漢字大好きだったので

考えてみることにしました






「虎魚ってなんか強そうやなー強そうな魚ってなんやろーウツボとかめっちゃ強そうやんなーてかイワシって鰯よなー見るからに弱いよなー」








TOKIOとゲストの方々と一緒に
真崎も考えていたところ





問題を出す担当の山口くんが



ヒントとして







正解の魚の実物を持ってきました












$せめて、真崎らしく。












ぶさ!!!








あまりの衝撃で




生まれて初めて

心の底からの声で




思わず




「ぶさ!!!」




とひとりで叫ぶ自分がいました












「虎魚」





正解は「オコゼ」でした










その時はもうただただ衝撃すぎて
当時のTwitterのつぶやきを見ると





「オコゼぶっさいくすぎてびっくりした」







あまり記憶はないけれど
確かに投稿してる真崎がいました










今考えると病的なんですけど





その衝撃冷めやらぬまま



「オコゼ 画像」



で、ググり出す真崎がいました









$せめて、真崎らしく。







$せめて、真崎らしく。







$せめて、真崎らしく。







$せめて、真崎らしく。











オコゼ


神がかってました











LINEをしていた友達にも



「テレビでオコゼ出てきてばりぶっさいくやってんオコゼ」



興奮気味に送って








ふたりでひたすら


「オコゼ 画像」


ググり続けて
写真を送り続け合いました








そして

真崎のTwitterの投稿履歴には






「オコゼに比べたらまだ真崎の方が女子力高い」






というものがありました








もはや反論の余地は



誰にもないと思います













前半の内容から考えても



オコゼと真崎の女子力比較も







今回の記事は

自分のスタンスと相反していて






品性疑われる可能性大だと

この記事を書くことを反対する自分が

どこか心の中にいる事が分かっていても










$せめて、真崎らしく。










ただただ








オコゼの存在を



たくさんの人に広めなければならないと思って書きました





















それだけです 照





真崎