ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です
題名に「愛」という言葉を見つけて
「真崎が、愛?」
みたいな感じで
半笑いになった人は
そのうち話を聞きに行きます
先日2週間ほど横浜へ言って
マサさんが講師を務める
経営者向けのプログラム
「クラウドマネジメント」
(株)SHINRIの大学生向けプログラム
「FACE」
を受講して
(FACEは再受講)
やはり真崎の関心分野は
「人間関係」
「健全なコミュニケーション」
だと改めて思いました
この部分は
今回の記事で長く説明するつもりは
ないんですけど
上記のことを考えた時に
すごく当たり前だけど
すごく大切で
すごく見落とされがちなことが
『人は違う』
という大前提です
それぞれが
それぞれにしかない人生を生き
それぞれにしかない経験を重ね
それぞれにしかない価値観を形成していきます
その価値観が
「それぞれ違う」
ということを知ること
これが本当に大切だと
真崎は思っています
それぞれの価値観の中の「正しさ」
違う価値観を持った人間同士が
これをぶつけ始めた時に
人間関係は悪化すると思います
なので
「強み」や「資質」の記事など
『人は違う』
という事を強調するための記事を
今までも書いてきたり
これからも書いていこうと思っていて
今回書きたいのが
≪愛の感じ方の違い≫
についてです
(半笑いになった人はまた話を聞きに行きます)
横浜にいった時に
真崎の友人が開催した
「恋愛セミナー」的なやつに参加して
その時に聞いたのが
『愛の第一言語』
という話でした
ちゃんとした文章は忘れてしまったのですが
確か
「あなたは、恋人(もしくはそれ以外の人でも可)になにをしてもらった時に、一番愛を感じますか??」
みたいな質問がありました
せっかくなので
スクロールする手を止めて
少し考えてみてほしいです

(地獄のミサワより引用)
その場には7人の人がいたんですけど
びっくりするくらい
バラバラでした
思い出す限り挙げると
・重い荷物を持ってもらった時
・言葉で励まされた時
・宿の予約とか「あ、やっといたよー」みたいな時
・ふれあってる時
・何も言わんでもしてほしい事を察してしてくれた時
(思ったより思い出せなかった)
ちなみに真崎は
・こっちが悩んでる時とか誰かおってほしい気持ちに気付いてとりあえずおって話聴いてくれる
・真崎の良いところを褒めてくれる
・忙しい中で自分との時間をつくってくれる
(最後は女子から多くの共感を得た)
でした
真崎がブログを愛読していて
クラウドマネジメントでご一緒していた
yoshi@選択理論さん
が
これに関して
昨日ブログを書いておられました
「愛の言語(後編)【人間関係】」
そちらを読んでいただけると
すごく分かりやすい説明が
掲載されているので
是非先に
読んでいただけると幸いなのですが
要は
「人によって「愛を感じるポイント」が違う」
ってことです
yoshiさんも書かれているように
「愛の第一言語」
愛を感じるポイントを
分類してみると
〇フィジカルタッチ
〇クオリティタイム
〇肯定的な言葉
〇贈り物
〇サービス行為
の5つになります
(詳細はyoshiさんブログで)
正式なチェックをした事はないのですが
真崎の「愛の第一言語」は
おそらく
〇肯定的な言葉
(自分の事をちゃんと見てくれていて、上辺じゃない言葉で褒めてもらえるのが嬉しい真崎)
〇贈り物 or クオリティタイム
(一緒にいる時間をつくってくれて、とりあえず一緒におれるたり、必要な時にいてくれて話聞いてくれるのが嬉しい真崎)
だと言われました
女の子って
頭ぽんぽんとかされるん
弱いって言われてて
真崎も生物学上♀なので
その辺は共感する部分もあって
「真崎の「愛の第一言語」ってフィジカルタッチ(髪や肌などにふれること)なんですかね??」
と
そういうのに詳しそうな人に
聞いてみたところ
「真崎、女の子同士で手つないだり手組んだりして歩くん絶対好きじゃなかったやろ??」
と言われ
確かに
小中学生時代
やたら手組もうとしてくる
べたべた系な女友達がいたのですが
「なぜこの人は執拗に密着してくるのだろうか」
至極可愛げのない思考と共に
その子が手を組んでこれないよう
両脇をぴっちり閉めていたのが
10年程前の真崎でした
真崎の身近に
筋金入りの
「フィジカルタッチ系女子」
がいるのですが
とりあえず
人肌にふれているのが幸せで
全然不純な意味ではなく
恋人と身体を絡ませて眠っている時が
いちばん満たされて安心感があるそうで
真崎の第一言語は
絶対
フィジカルタッチじゃないと思いました
※一応誰でも5つすべての要素は持っていて、傾向として強く現れるものはどれかって話です
Twitterでフォローし合っていて
一度もお逢いした事はないけど
たまに返信のやり取りをする方がいます
真崎の抽象的でとりとめもない思考に
共感を示して下さるので
すごく嬉しいなあと思っています
真崎がある日
何気なくつぶやいた
『「分からない」と言ってあきらめちゃいけないこと。「分かる」と言って理解した気になっちゃいけないこと。人間の感情が対象になったときはわりと後者。』
『「分かる」なんて傲慢。』
『違う。「分かる(ドヤァ」が傲慢。』
という
改めて読み返したら
自分でも顔から白煙出そうなつぶやきに
その方が反応して下さって
「分かる」
という事について
いろいろとお話をしました
そこでその方が言っていた事に
ものすごく共感したものがありました
『僕としては、「わかりあってる関係」よりも「わかりあいたいと思い続ける関係」の方がすてきだなっておもてます。「わかっている」という状態より、「わかりたい」という意思の方が、って意味ですが。』
これ
ものすごくいいなあと思いました
これは完全に真崎の持論ですが
「分かり合ってる」
なんて
完璧にはありえなくて
今まで見てきた経験則のみで言うなら
勘違い甚だしい状態です
人間って変わりうる生物で
例えば
長い時間を共に過ごしているからって
「そこで見た相手が全て」
「自分は相手の事をちゃんと分かってる」
ではないと思います
その時の
環境
体調
人間関係
その他諸々
「自分は分かってるから」
と
思い込んでる
思い上がってる
そんな間に
もしかしたら
置き去りにされている
相手の心があるかもしれないです
違う人間だから
完璧に分かり合うのって
すごく難しいと思います
その中で
「でも、大切な存在だから、相手のことをちゃんと理解していたい。」
という気持ちは
すごく尊いなと思います
愛を感じるポイントは
人によって違います
人は
しばしば
「自分が愛を感じるポイント」
=
「相手が愛を感じるポイント」
と
無意識の間に思ってしまう気がします
自分が人に愛情を示す時
自分の「愛の第一言語」の特性が
現れるかららしいです
真崎にとっては
「いる」こと
言葉で伝えること
をしてほしいと思っているから
相手にもそうしている気がします
けど
相手がどのような言語を持っているのか
そこを見ずして
ひとりよがりな愛情表現をしていると
相手も満たされないし
自分もフラストレーションが溜まる気がします
相手との関係性
付き合い長いから~
ずっと一緒にいるから~
たくさん話してるから~
みたいな状態に
驕らず溺れず
「愛の第一言語」を例に
相手との違いや
今の相手の状態や声を
改めて確かめることで
お互いが
気持ち良く満たし合えるような
そんな関係性が築けたら
すごくいいなあと思いました
(恋人でも友人でも親子でも会社でも有効な考え方だと思います)
知ろうとする
と言っても
こすいやり方は思い浮かばないので
「あなたって、どういう時に、愛を感じるの?照」
直で聞くのが
真崎の勧めです(真顔)
真崎










