せめて、真崎らしく。 -20ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。






拝啓、メロス殿


寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
裸足に上半身半裸にはこたえる季節かと思われますが、体調など崩されてはいないでしょうか。

最近、生徒と共に貴殿のご活躍を教科書で読むことが増えました。その学習を通して是非貴殿にお伝えしたいことやお聞きしたいことがありまして、こうして一筆したためております。


貴殿のご活躍は、主に中学2年生の子どもたちを中心に、今なお語り継がれております。

先日も生徒と読解問題を解きながら
「メロスやばいよねー」などと話しておりました。


「◯◯だったらどう?走る?」

「セリヌンティウスじゃなくて(関ジャニの)大倉くんだったら走ります」

「えー」

「まさきさんは走るんですか?」

「藤原竜也なら」

「えー」


自分の命よりも
友情と信実のために走り抜く貴殿の姿
王様だけではなく現代の子ども達をも魅了しております



さて
以下は私のただの興味になりますが

王様とはその後、どのような関係を築かれているのでしょうか??



確か、貴殿とセリヌンティウス様の友情と信頼関係に心打たれて「私も仲間に入れてはくれまいか?」というシーンで話は終焉を迎えたと思いますが

あれだけひどい仕打ちをしてきた王様をすぐに受け入れたなら、おふたりの器の大きさに心底感服いたします

もしおふたり含め王国が陰湿な中2女子の集まりだとしたら、それこそ次の日から王様が食事で使う金の器に消しゴムのカスが入れられたり、王様以外の国民全員でLINEグループつくったりみたいな事が起きてもおかしくない状況



赦す、ということは、とても難しい


一度誰かと憎み合う関係性が出来上がると
その人を赦すも葛藤赦さぬも苦しく


あの場ですぐに王様を赦せたなら
友のために走り抜く行動と同等なくらい
本当にすごいことだなあと思います




その、後王様とはどのような友情を築かれているのでしょうか??


金曜の夜に土間土間の一角で
3人集って「今週もお疲れ!」みたいな


メ「あん時の王っちマジで暴君だったからwwwww」

王「ちょ、それ毎回言い過ぎ!///」

セ「生きて酒が飲めるっていいね!生追加で!」


みたいな



これは私ごとですが

王様の心情を読み取る読解問題で
生徒と見解が分かれて少し議論になったのです


「王様はなぜ暴君になったのか」
 


信念は「人間は私欲の塊」
私欲は争いを生み国を滅ぼす
だから平和のために人を処刑する



「私だって平和を望んでいるのだが」


その言葉を貴殿は嘲笑し
生徒は隣で「これ絶対嘘ですよ」と言うのだけれど


私にはそれが
王の心の声そのものだと感じました


そもそも私が性善説支持派なのもありますが
「ああこの人絶対悪いひとじゃない」
そんな感覚です

というかそもそも
生まれた瞬間人間不信みたいな人っていないと思ってんですけど



読者がどう感じるのかはさておき

ものすごく曲がった信念であれ
「それが国のためである」という思いを持っている人だとは思います


王様の行動を1ミリだって肯定したくはなく
それこそもうこの人絶対王様とか総理大臣とか学級委員とかやっちゃいけない系男子だと思ってるんですけど




"孤独×人間不信"


そんな人は、たくさんいる気がします

誤解を恐れず私の感じる事を言えば
王様の言葉に共感する人は多くいるのではないかと思います



そこに ×(権)力 となると
暴力と恐怖による人の心の支配が始まり
共感はまったく得られなくなりますが


たぶん貴殿が買い物カゴ下げたまま短剣持ってお城乗り込まなくても近々クーデターとか余裕で起きてたと想いますが



そんな彼の奥にあるモノを

他人事のように嘲笑できない人も
そして嘲笑できない子も

たくさんいるような気がしてしまいます




その心を懐柔した貴殿のセリヌンティウス様の信実は、本当にすごいと思います




「走れメロス」は
いろいろ露骨すぎて
実はあんまり好きな作品ではないですが


貴殿の崇高で美しい心を前に
そして王様の孤独と暴挙を前に
中高生たちはなにを感じるのか

もしかしたら王様のように
どこか救われた気持ちになる子もいたりするのか


今後も楽しみにしながら
また読ませていただきたく思います


敬具







追伸

しかし服は着てほしい



真崎




教育とか子どもとか家庭とか
2年と少し前からそういうところに関わるようになって

そしたらまるで流行語かの如く
頻繁に聞くようになったのが
"自己肯定感"という言葉


勉強を通して
受験を通して
励ましを通して
小さな成功体験を通して

「(子どもに)自己肯定感を持ってほしい」




ちょうど2年前の今頃
福岡にいた

母子家庭や生活保護受給世帯が多い地域で
たった5日間の学習支援活動
2人の中学生の"先生"になる


ふたりには夢があって
初日にそれを語ってくれた

そしてその後
女の子は「でも私はバカだから無理」と笑い
男の子は「勉強はボクの敵じゃ」と顔を暗くする


『5日間の指導を通して、できること増えたり、小さい成功体験積んだり、それを認められたり、目標立てて頑張ったり、少しでも点数が上がったりすることで、ふたりに"自己肯定感"を持ってもらいたい

その目標を立てて、指導にあたった




違和感は、学習支援終了後


目標を見返して思った


できること増えたり
小さい成功体験積んだり
それを認められたり
目標立てて頑張ったり
少しでも点数が上がったり


することで得るのが

果たして"自己肯定感"なのか



その論理の中に
なにかものすごく
ものすごく大切ななにかが抜け落ちてる感じがする

でもそれがなにか分からない





自己肯定感って、なんやろう?/かもがわ出版

¥1,680
Amazon.co.jp



前職に就いているとき
丸善の「不登校コーナー」の本棚に言ったら目についた本

10分くらいで読んだ
んで納得した



デキルコト増エタリ

小サイ成功体験積ンダリ

ソレヲ認メラレタリ

目標立テテ頑張ッタリ

少シデモ点数ガ上ガッタリ



これ

"自己肯定"するための必要条件



"自己肯定感"を育むものとは

また全然別ものみたいだった





本にどんなことが書かれていたか
詳しくは思い出せないけど

「私が福岡でやろうとしたのは、『"自己肯定"できるようになるための事実づくり』だったんだ」と思った記憶がある

違和感の正体はこれだったんだって
情けないぐらいに納得させられた



本には確か「借金」が例に挙げられていて


「"自己肯定"できる」
というのは
借金を返済した状態の自分を認められるみたいなこころの状態
借金を返すことがソレを得る条件


「"自己肯定感"を持っている」
というのは
借金あって大変やなーまあええかーみたいなこころの状態
借金があろうがなかろうが「まあええか」


みたいな感じだったと思う

なんとなく、分かる




事実は揺るがない
積み重ねれば自信になる

一方で

その自信を凌駕する事実に直面した時
立っていられるかどうかは「いかに"自己肯定"し続けられるか」ではないと思う


これは、なんとなくだけど

でもそう思う





"自己肯定感"


自分自身未だによく分かってない


すげーあると思ってた去年度
全然ねーわと思ってる今年度


その都度目の前の事実に揺れる


「私は私のままで素晴らしくて価値がある」

それが"自己肯定感"なら
自他ともにあんま見たことない
世知辛いでんなあ




そんな感じで真面目に書いてみた

自己肯定感も欲しいけど
とりあえず直近で冷蔵庫ほしい


真崎





自転車もらった


元不登校男子
春から島根でフリースクールやるそうで
あと10日で引っ越すとか言うもんだから

1人暮らしの彼から
慌ててもらえるもん全部もらってる状況



んで、自転車もらった



その彼からもらった自転車で
ぷらぷら横浜走ってたら


「江利子と絶対」

っつー

先週読んだ引きこもりの女の子の小説

ふと内容が頭にふってきて
思考がグルグル止まんなかったから書く








BOOK OFFの105円コーナーが好きで
よくうろうろしてる


そこで「やあ」って顔して本棚から存在アピってきたのが

「江利子と絶対」って本



手に取って
背表紙のあらすじ簡単に読んで

「引きこもりの少女・江利子は、拾った犬に「絶対」と名付けた。「絶対に自分の味方」となることを求め、その犬の世話をする江利子。

て書いてて購入即決



もいっこ買おうとしてたのが
「ふつうがえらい」っていうエッセイ


「絶対」とか「ふつう」とか
無意識に大嫌いな言葉の入った本選んでて

なんかせっかくだからって
「正しさ」とか「正解」とか
題名に入った本でも探して買おうかと思って
しばらくうろうろして
「食堂かたつむり」買って帰った





「江利子と絶対」は3つの短編集

正直結構不快で面白くなかった
買わなきゃ良かったって思った


けど


読み終わってから1週間ほど

じわじわ余韻が来てる





本谷有希子の本


今までに

「腑抜けども、悲しみの愛をみせろ」
「乱暴と待機」

を読んで、結構好きになってる



彼女が描く登場人物は

行動は狂人じみてて
正直全然共感できない


自分に対して「この世で最も残酷な復讐をする」と言ってる人と一緒に暮らし続ける感覚とか
(乱暴と待機)


美貌も才能もある(と思い込んでる)のに女優として大成できないのは全部周りや家族や妹のせいだっつって妹いじめる姉とか
(腑抜けども~)



その行動には共感できないけど


その人たちの奥底にある気持ちは


キタナイもんも含めて

「すげー分かるわー」って思ったりする



よく分かんないけど

彼女の本を読んでると

人間って多かれ少なかれ
どのような形であれ
それぞれちょっとずつどっか狂ってたりするんじゃないかって


そう思って
なんか安心したりする

狂いに救いを求めるなんて
自分もちょっと危ういけど





あってるか分からない

真崎の解釈だらけの「江利子と絶対」



江利子は高校から引きこもり
部屋でゲームばっかりしてる

お母さんが「どうもできない」と
東京に住む姉の家に江利子を住まわせる
そして変わらず引きこもる江利子


ある日、電車の横転事故が起きる

通勤時間の事故で
たくさんの人が亡くなった


そのニュースを見た江利子は姉に
「私は前向きに生きる」ということを突如宣言する


外に出ることか?と姉は思ったけど
そうではないらしく



***************


「分かんないけど今すぐなんとかしなきゃって思ったんだよ」

「……それで?」

「それで、頑張って前向きになろうって……」

「バイトでも始めるの?」

それは無理、と江利子は早押しクイズの解答者のように言い切った。(中略)

「バイトは始めないの?」

「始めないよ?」

「家から出ないの?」

「出ないよ?」

「だからそれって今までとどう違うの?」(中略)

「引きこもりというハンデを背負いながらポジティブに生きていく。引きこもっているのにポジティブ。…いじけてないところが人生を大事にしてる感じでしょ? ご飯も残さず食べるよ。充実した生活を送るよ。ねえ、どうかな。事故で死んだ人達もちょっと嬉しいよね。なんか喜ぶよね」


 喜ぶかなあと思ったが、この子の目がここ一ヵ月で見たこともないくらい輝いていたので、あたしはとりあえず頑張れと無責任にはげました。バカな江利子はありがとうと頭を下げて握手を求めてきた。


 「ああー、正しい。お姉ちゃん、なんか今、エリすごく正しい感じだよ」


**************




江利子が犬を拾ってくる

そして「絶対」と名付ける


「絶対にエリの味方って意味の『絶対』だよ」


その犬は
人間の手のよって傷つけられてたから

邪悪なる世界に対して憎しみを抱く
自分と同志になれる存在になれると

その犬にとっての「絶対者」になろうとする感じ





これ以上書くと馬鹿みたいに長くなる
良かったら読んでみて下さい

ここから思ったこと



江利子の行動は
時々ものすごく歪んでいるんだけど

彼女のこころは
この世で生きていくには残酷なくらいのレベルで、すげーピュア


世の中の矛盾が受け入れられない
他者の悪意から目を逸らせない

頑張って働いたり勉強してる人が
ある日突然電車の事故で死んでる一方で

電車でいちゃつくイタイカップル
彼らのような人達が生きてるのが許せない



彼女の中には

ものすごくキレイで善意に満ちて悪意や比較のない「絶対の世の中」があるのだと思う



そして

それにそぐわぬ現実を
上手く受け止められない

とてつもなく生きづらいタイプ




江利子ほど(良くも悪くも)キレイな気持ちじゃないけど


それはすごく
なんだかよく分かる



誰が良いも悪いも
そういうのはないけど

自分のことは棚にあげて
周りを眺めてはいつのまにか勝手に絶望してしまうみたいな





人間が人間で
世の中が世の中で


それでしかない状況

そこに「絶対」なんてありえない



生きて死んでく存在に

自分がいちばん可愛い一方で
誰かの役に立つことに喜びを感じる
矛盾した存在に


変わることない「絶対」を求めるなんて

そんな怖い話ってないって思う





でも、求めちゃう



世の中にも
他人にも
身近で大切な人にも


批判
恨み
憎しみ
正しさの押しつけ


その想いの底には

どうしようもないくらい
その対象への期待と願望

「お願い!」
「こうであってほしい!」っていう
こころの叫びがあるんじゃないかって思う




「相対」を「絶対化」しようとする
その思考や行為はすごく愚かかもしれないけど


それでもなお

"キレイなもの"を信じる江利子が


個人的には、好き




生きづらいだろうけど

その感性は大切にしていてほしいって思う






っていう


30~40ページほどの短い話ですが
そんなことをぼんやり考えていた次第です


「ふつうがえらい」が
すでにあまり面白くないので

今日から「食堂かたつむり」



真崎