家族に還る道 -4ページ目

家族に還る道

日々の氣づきなどをゆるゆると綴っていきます

この日は、9月後半ともあって結構寒かったのですが、

 

滝に打たれるのは初めてなので、わくわくしていました。

 

 

 

 

 

でもいざ滝に近づき、水しぶきがかかると、一氣に心が折れそうになってしまって。

 

それでも氣持ちを固めて飛びこむと、

 

全身が震えあがり、10秒ほどで滝からでてしまいました。

 

想像より寒くて、これ以上耐えるのが無理だったのです。

 

 

 

 

すぐに太陽の光の元へいって、温まっていると、

 

「もう一回挑戦してみる?」

 

と、お仲間が声をかけてくれたのです。

 

 何かに引っ張られる感覚を感じながら、滝に向かっていました。

 

 

 

 

お仲間の二人は、滝の中で手を合わせたり、体を動かしたり、全然震えてなくて、

 

わたしはというと、やはり水しぶきだけで、全身ガクガクに震えました。

 

そんなわたしを二人が見守ってくれている中、

 

意を決してもう一度滝にダイブしました。

 

 

 

 

 

すると、一回目以上に全身が激しく震えて、

 

寒すぎて体がおかしくなりそうな恐怖も出始めて、何度も滝から離れようとしました。

 

 

 

 

「丹田に意識する!」

 

「滝に抵抗するのではなく、一体になるように、手を合わせて!」

 

「大丈夫。必ず震えは止まるから!」

 

と声がして、そこに集中しました。

 

 

 

 

しかし、体はますます震えあがり、

 

これ以上は不可能、もう十分やった、そんなことが頭の中を駆け巡っていました。

 

2人は声をかけ続けてくれていたと思います。

 

「必ず、滝と一つになるときがくるから。」

 

わたしの背中を叩いてくれて、震えを必死に捉えながら、さらに続けました。

 

 

 

 

そんなときです。

 

「ふっ」と一瞬、時間が止まったのです。

 

まるで、事故が起きる瞬間に音も、動きも、自分も、世界も全てが止まり、点になるように。

 

 

 

 

そして、わたしは思いっきり叫んでいました。

 

 

 

 

自分との繋がりを感じるように、長く、強く。

 

震えは完全に止まっていて、むしろ心地よささえありました。

 

 

 

 

そして、全てを出し切った瞬間、

 

大きく吹き上げた風が全身を駆け巡り、

 

うねるように滝が動いたのです。

 

 

 

 

「いまのは何だったのだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、わたしはある感覚を思い出していました。

 

1ヶ月前、抑圧してきた恐れの噴出によって、全身が無抵抗に震え上がっていた感覚です。

 

その震える感覚が、今日の震え方と全く同じだったのです。

 

滝では恐い体験はしていませんし、水も恐くありません。

 

 

 

 

なぜ人は恐れるのか。

 

トラウマや、恐怖体験によって刻まれた痛み。

 

日常の小さなことですら、それに類似したものが無意識でそこに行きつき、わたしたちは感情的になる。

 

そして、体が反応する。

 

そこには、突き詰めると「死」の存在を感じるからなのでしょうか。

 

「死」にそうな感覚になるからなのでしょうか。

 

 

 

 

今回、ダイレクトに体の反応を極限まで感じました。

 

でも、死ななかったのです。

 

同時にわたしって、こんなに生きたかったのだと思いました。

 

 

 

 

「恐れ」

 

 

 

 

それは、わたしが生きているということであって、

 

わたしを守るとても自然なことなのだと感じました。

 

 

 

 

だからこそ、排除するのではなく、向き合い、統合することが、わたしと繋がることになるのでしょう。

 

 

 

 

こうして、貴重な体験とともに、大分2日間が終わりました。

 

 

大分二日目は、朝から滝にいきました。

 

前日のツインフィボナッチヒーリングでは、本当のわたしと繋がるための扉を開いて頂いたのだと思います。

 

あとは、その扉を通るか通らないかも、わたし次第というところ。

 

なにをもって、そこを通ったことになるのか、どうやったら通れるのか、

 

まだわかりませんでした。

 

 

 

 

前回の講座によって、真実の蓋が開かれたとき、これまで抑圧してきた恐れが噴出してきました。

 

人が恐い、傷つくのが恐い。

 

それを感じないようにするために、体をガッチガチに固めて、

 

いつも氣を遣い、疲弊しながら、他者の正解を探し続けていたのですが、

 

それすらもできなくなってしまって、ただ真正面から恐れが次々とやってくる、そんな感じでした。

 

 

 

 

心のことや、スピリチュアル的なこと、親子関係のこと、自分のことなど、

 

結構これまで取り組んできて、わかっているつもりではいたのですが、

 

身体は正直ですね、そんなの吹っ飛ぶぐらい、体感覚として、リアルを見せてくれました。

 

 

 

 

過去のわたしの癖、生き方、何が恐くて、なぜ恐いのか、そんな仕組みも同時並行で理解が深まる。

 

だからこそ、過去の生き方、これからの生き方、どちらの道を進むかも選ぶことができると感じました。

 

本当のわたしと繋がっていく道は、恐れと向き合い、統合する道だと思います。

 

全てのことが自分に責任があり、自分が創っているという事実を受け入れることにもなります。

 

他人のせいにできない。

 

他人が発する言葉に恐れが反応したとき、それはやはり自分が生み出していることと知ります。

 

 

 

 

さあ、どうする。

 

 

 

 

わたしは、やっぱり本当のわたしを知りたい。

 

真実を知りたい。

 

だからこそ、前回の講座の時に体がその道に入ることを決めてくれたのだと思います。

 

 

 

 

その意識の元、一ヶ月を過ごし、大分二日目の滝に繋がります。

 

 

 

秋分の日、大分の塚原高原まで、ツインフィボナッチヒーリングを受けに行ってきました。

 

 

 

 

まず、着くやいなや、この美しくも壮大で力強い景色に感動し、全身が震えました。

 

外で深呼吸したり、芝生に寝転んだりして、それだけでも、体が喜んでいるのがわかります。

 

 

 

 

先月の音叉の講座で、自分の中の真実の蓋が完全に開き、

 

意識の変化がかなりの速さで起き始めていたので、

 

このタイミングでのツインフィボナッチにとてもわくわくしていました。

 

 

 

 

今回のヒーリングは、

 

実際は70分ぐらいだったと思うのですが、

 

自分では15分ほどに感じるぐらいあっという間で、時間が跳躍したような体験をしました。

 

様々な種類の音叉、アロマ、サウンドツールが使用されていて、その全てと体が共鳴し、

 

氣づいたら体が震え、自然と涙していたのです。

 

 

 

 

とても心地よく、わたしが振動している。

 

恐かった、悲しかった、寂しかった、

 

そういった負の感情と呼ばれるものたちが、やわらかく流れている。

 

嫌な感じがなくて、ただただ川が流れるように、全てが委ねられていました。

 

 

 

 

そんなことを感じながら、施術が終わると、

 

とても穏やかに、深い呼吸をしていて、

 

なんとも言えない心地よさと、開放感が全身を包んでいました。

 

 

 

 

その後、大地で瞑想をしたり、屋内でゆっくりしていると、

 

前回の講座のときと同様に、恐れがわき始めたのです。

 

と同時に、孤独や、寂しさが渦巻き、この場にいるのが恐くなり、

 

とても動揺したのですが、じっくりと対峙しました。

 

 

 

 

すると、これまでとは違う明らかな速さで中庸へと戻り始めたのです。

 

自分でも不思議だったのですが、何か変化が起きていることを感じました。

 

 

 

 

その夜は、さっきまでの不安が嘘みたいに、友人との夕食やお話しが楽しくて、とても充実しました。

 

 

 

 

そして次の日に、滝に行くのですが、そのときの記事はまた別に書かせてもらいますね。