<白い壁:第二章・・・9>
「はい・・・はい・・・」
受話器を持つ手がだんだんと汗ばんでくる。
相手は姑の芳子だ。
「ちょっと、まゆこさん、ちゃんと聞いているの?
病院だって、違うところに行ってみれば、
結果も変わるかもしれないでしょ?
雄二はあまり言うなって言うけど、
自分の息子の子どもが見たいという親の気持ち、
まゆこさんにもわかるでしょ?」
マシンガンが耳元でがなりたてる。
最近、少し調子が良かったせいか、
勢い余って、普段は出ない電話に出てしまったのだ。
しかも相手は芳子。
これはもうまゆこにとっては地獄である。
「あの、お義母さん、その件はもう雄二さんとは話して・・・」
言い終わらないうちに、次のマシンガンが打たれる。
そうなるともう、芳子の気が済むまで、
いや、済むことは一生ないだろうが、
とにかく、まゆこは貝になって、受話器を持っていなければならない。
だんだんと息苦しくなる。
胸をもやもやとした黒い霧が覆う。
頭は冷たく冷えて、芳子の声が遠くに聞える。
「・・・なのよ。わかった?もうほんといい加減にしてよね!
雄二にもよく言っておいてちょうだい」
「はい・・・」
やっと、マシンガンが止まった。
受話器を電話に戻したまゆこは、急いでピルケースを取り出した。
ここにいざというときの頓服薬が入っている。
冷蔵庫に走り、コップに水を入れると一気に薬を飲み込んだ。
そして、ソファに倒れこむと、
丸くなって、「15分・・・15分・・・」とつぶやいた。
15分でだいたい薬が効いてくるのだ。
その15分を待てば、とりあえず心の平静は保てる。
耳に残る芳子の声。
内容はうわの空で聞いているから、細かいことまでは覚えていない。
ただただ、まゆこを責める言葉を吐いていたことだけは覚えている。
涙が頬を伝った。
何度も何度も雄二と交わしてきた約束、
「子どものことは気にしない。2人でいれば幸せなんだから」
そう、幸せだ。
雄二と2人での生活。
病気にはなってしまったが、まゆこは幸せなのだ。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・」
小さくつぶやく。
雄二が何かあると良くそう言って、まゆこをなぐさめてくれる。
「大丈夫、大丈夫・・・」
だんだんと落ち着いてきた。
涙も止まった。
今日の電話の件を雄二に話すのがつらい。
また思い出してしまうから。
そして、雄二はきっと芳子に電話を掛けて、
「いい加減にしてほしいのはこっちの方だ!」と、
芳子に言うのだろう。
味方である雄二は心強い。
急に雄二に会いたくなった・・・
でも帰ってくるまで、まだまだ時間がある。
「大丈夫」
もう一度だけつぶやいて、まゆこは目を閉じた。
(つづく)