冬季積雪ツーリングシリーズ
天狗
リベンジマッチが始まった。
2020年度のツーリングはコロナの猛威によって断念せざるを得なかった。
2021年、年末にタイミングを合わせたかのように感染者数は減り、その間隙を縫うように、俺たちは再び北の地に降り立った。
12月30日。
隊員は津、TTA、ドラゴンスネーク、つる、天狗、武士、こぼちゃんの7名。敬称略。
直前まで参加予定だったライオンとみきぷるーんは、都合が合わず無念の辞退。彼方より祈祷を捧げている。
行程は12月30日女満別空港集合、1月3日釧路解散。
美幌からオンネトー、屈斜路湖などのカルデラ地帯を超え、釧路へと南下するルートとなる。
俺は今回のツーリングに合わせて、新車のマウンテンバイクを購入した。
ディスクブレーキに極太スパイクタイヤ、その他クラファンで5万円で購入した寒冷地仕様のアウターやインナーなど、過去最高の装備を揃えていた。
1円ザック、1000円テント、小5から使っているボロボロのクロスバイクで真冬の酸ヶ湯に挑んだ俺はもういない。
ただ、新品の輪行袋はおよそ2年ぶりの荒々しい輪行に堪えかね、女満別到着時点で自刃した。

当日INは俺だけで、ほかのメンバーは前日かそれ以前に北海道入りしている。
前日IN組の津、TTA、ドラゴンスネークと、知床を回っていた武士は空港近辺にテントを張っていたが、守衛の度重なる親切なお見舞いに屈し、すでに美幌に移動している。
俺を空港から美幌まで運ぶために待っていてくれたのは、2021年から札幌住まいとなったこぼちゃん。今回はサポートカーという形で参加している。
彼にはこの旅で大きく助けられることとなる。
美幌のスーパーで全行程分の夕食と各自の補給を購入し、班走開始。
初日はオンネトーを目指す。
美幌の街中は路面が雪に覆われていたが、240号を南下して町を出るとすぐに路面から雪は消えた。幸い晴天にも恵まれている。
こういった普通の路面では、スパイクタイヤは過剰な装備となるが、今回の俺のタイヤは中でも際立っている。ほとんどのメンバーのタイヤは、ノーマルタイヤに溝とスパイクが付いたものだが、俺のタイヤはブロックタイヤでその先端にスパイクが付いている。
想定の環境とは異なる路面に不満を上げるかのように唸り、キュラキュラとキャタピラのように進む。
前を走るドラゴンスネークが車が来たかと度々振り返り、俺の走行音だと気づいて戻る。
不思議はない。乗っている俺ですらそうしている。
だが、それも今だけだ。じきに全てが雪と氷に覆われる。
津別町を超えると山間部に入る。
気温は美幌の時点で-5度で、山に日を遮られたこの道では更に下がっているだろうが、まったく寒くない。むしろ汗ばむほどに暑い。
ダラダラとゆるい上りが続く、この峠道のせいだ。途中休憩で路肩に止まった時には、津は滴るほどに汗を流していた。

景色はひたすらに単調だが、そこにも娯楽を見出していたのが、つるだ。
縦列に並んで走る班走内を縦横無尽に動き回るが、ある時突然先頭に躍り出て急加速し始めた。みるみるうちに姿が見えなくなる。
さては単調な上りに飽き、適当な休憩場所まで一気に走って行ってしまったのではないか。
そう思い始めたころ、何度目かわからないコーナーを曲がると姿が見えた。
路肩スペースに自転車を置き、こちらにカメラを構えているではないか。
なんと班走の様子を前方から撮影しようというのだ。
およそらしくない行動だ。皆がそう思った。本人もそう思われていると察したのだろう。
カメラをしまって後ろから追いつくと、聞かれるともなく言った。『いや違うんだよ。』
曰く前日泊まっていたホテルで、グレートトラバースの特集を見たらしい。
その撮影スタッフの様子に感銘を受け、驚くほどスムーズにその影響を受けた結果、今回の行動に至ったようだ。なんという行動力。

オンネトーまでの道中で最後の休憩所らしい場所は、道の駅あいおいだ。
一見簡素な道の駅だが、大きく目を引くのが『元祖 クマヤキ』の看板だ。
鯛が陸に上がり、捕食者へと変貌している。
あんこやカスタードに加え、バニラアイスやタピオカ入りもある。味は推して知るべし。
温かいクマヤキでエネルギー補給できたが、止まると途端に体温が奪われていく。
少し休んだらすぐ出発する。


道の駅を出たのは午後2時頃だが、すでに夕方の空模様だ。
今回のツーリングは、これまでのツーリングの中で最も東側で行われている。
日没時間は午後4時前。あっという間に辺りは暗くなった。
そしてオンネトーが標識に現れ始めると同時に、雪が降り始めた。
依然として道は上り続けている。
始まった。
冬季ツーリングが始まったのだ。

弟子屈方面へ向かう240号を足寄方面の241方面へ折れ、足寄峠に入る。
一日中上りっぱなしなので個々の楽なペースで走る。
特につるは足が攣りやすくなっていたらしく、苦しい上りになった。
足寄峠の上ではこぼちゃんカーが待っていた。
ここから下りに転じる。オンネトーへは下りの途中で横道に折れなければならない。
標識を見落とすとまずいので、こぼちゃんカーが先回りしてくれるようだ。非常に助かる。
下りの寒さに備えて防寒具を着込み、車間を大きく開けて下り始める。汗をかくような暑さなどとうに無くなっている。
無事にこぼちゃんカーを見つけてオンネトーの方へ折れると、最後の上りが待っていた。
ここで完全に日が落ちる。自分たちのライトだけが道を照らしている。
初日にして限界に達しそうになるが、救いなのは上り切れば今日のゴールだということ。
そして、そこに温泉があることだ。

真っ暗でどこが目的地かわからない道を、フラフラとどれだけ進んだだろう。
かすかな光が見える。わずかな水音がする。あの特有の匂いがする。
到着した。野中温泉、秘境の湯だ。
達成感に浸る間もなく屋内へ駆け込む。
野中温泉は旅館で、日帰り温泉は午後6時までしか入れないのだ。
現在時刻は午後5時半。30分しかない。
急いで体を洗い、迷わず露天風呂へ入る。
適温だ。しっかり体を温める温度であり、それでいて体を慣らす必要があるほどには熱くない。かけ流しでこの水温なのだとしたら、神の采配である。
野中温泉のご厚意で、駐車場の隅にテントを張る許可をもらえた。
元々近くの雌阿寒岳の登山客も停める駐車場のようだ。
すでに2,3台それと思しき車がある。とは言え冬場にテン泊をする人など他にはいない。
こぼちゃんが車で運んでくれた食材やテントを引っ張り出し、大急ぎで設営する。
設営が終わったら、流れるように夕食の準備に取り掛かる。地面を踏みならし、鍋をこしらえる。水やビールなどの液体は、車で運んでもらったことで凍結を免れている。
美幌で購入した補給用のポカリは自分で運んでいたが、数口つけただけで凍り付き、1㎏を超えるダンベルと化している。

今回はTTA,つるが大きなコッヘルを持ってきてくれたおかげで、定期的に温めながら回し食いすることができている。鍋をすすりながら今日を振り返る。
1日中上りで辛かったが、終わってみれば特別大変な峠ではなかった。やはり特筆すべきは寒さだ。こぼちゃんのツェルトのおかげで風は遮られているが、体を止めていると冷気が浸み込んでくる。
西側へ山を越えれば陸別町、日本最寒の地。ここだってまともな気温のはずがない。氷点下で2桁には達している。
夕食で蓄えた熱を逃さないようにテントに潜り込む。
明日、俺と武士、つる以外のメンバーは朝早くに雌阿寒岳に上る予定だ。
過去最寒の夜を無事に越せるように祈りながら目をつぶる。
(天狗)


