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相続おじさんのブログ

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<エンディングノート>



 最近「エンディングノート」をテーマとする講演の依頼が多くなってきました。

「エンディングノート」は、“将来、自分に万一のことがあった時に備えて、家族や周りの人に伝えておきたいことをあらかじめ記入しておくノート”です。最近では「エンディングノート」や「終活」という言葉が認知されてきているようで、書店にもたくさんの関連書籍が並んでいます。

自分の“過去”を振り返り、自分の“現在”を見つめ、自分の“将来”をよりよく生きることを考えるツールとして利用するには格好のものだと思います。

ただ、注意しないといけないのは、この「エンディングノート」でトラブルになることもあります。家族の意に反した本人の希望が記入してあり、残された家族が迷惑することがあります。家族と相談しておくことをお勧めします。 

また、「エンディングノート」を遺言書と勘違いをして市販の「エンディングノート」を遺言書代わりに書いてしまっていたことから相続争いになったりします。特に財産の分割内容について記載する場合は、やはり遺言を作成しておくことが大事です。

人はいつかは亡くなります。そのために準備しておくことは大切なことです。家族とコミュニケーションをとって、心にゆとりを持った生活ができればそれに越したことはないと思います。

<相続こぼれ話>「遺言 寄附編」



あるお客様を訪問した時のことです。そのお客様は足が不自由なので、お伺いした時はいつも玄関でお話しすることが多かったのですが、その日は「相談したいことがあるから中に入ってください。」と家の中に招き入れてくれました。

そのお客さんは、ずっと一人で生活をしてこられた方であったからか、非常に用心深く、それまでは彼女との会話の中で、彼女自身について話題にされることはありませんでした。

初めて家の中に入りましたが、中はきちんと整理されており、彼女の性格である几帳面さが感じられました。

さらに、動きやすいようにと身の回りに電話や筆記用具・本などが置いてあり、生活するうえで工夫がされていました。

ただ、猫を一匹飼っていると聞いていましたが、私を警戒してか姿を見せませんでした。

早速彼女から相談をお聞きすることにしました。

そうしますと彼女の身の上話から始まりました。

自分は、両親が病弱であったことから、幼いころはたいへん貧しい生活をしていた。学校の成績は良かったので上の学校に行きたかったけど学費のことを考えると親に学校に行きたいと言えなかった。

だから中学校を卒業したらすぐ働くことになった。勤めたのは、小さな商社であった。はじめはわからないことばかりでたいへんだったけれど、一生懸命仕事について勉強をした。海外との取引もあったことから英語も勉強して、30代のころからはタイプで英語の契約書も作成した。

会社の上司からも評価され、それに伴って給料もたくさん貰えるようになった。独身だったので、お金を使うこともなかったので自然とお金は貯まっていった。ただ、趣味は海外の食器を集めることで、仕事上いろいろな食器を目にすることもあり自然と好きになっていった。

結婚は、話がなかったわけではなかったけど病弱な母親がいたのでなかなか結婚までに踏み切れなかった。そして今に至っている。その母も3年ほど前に95歳で天寿を全うした。

自分も歳を取ってきたので、そろそろこれからのことを考えないといけないと思っている。

足が不自由なので、将来施設に入ろうと思っている。母親を自宅で介護したけれどたいへんだった。だから、時々買い物などで世話になっている姪に迷惑を掛けたくないと思っている。

財産と言えば、この自宅と預金だけなので、そんなに心配していない。しかし、自分はどうしてもひとつだけはやりたいことがある。それは、学校に行きたくても経済的に行けない子供が、学校に行ける手助けをしたい。そのため預金の一部を寄付したいというものでした。

なぜそのような気持ちになられたかを伺うと、

自分は、子供のころ貧しくて学校に行けなかった。それが今から思ってもたいへん残念だったし、もし高校や大学へ行っていたらまた別の人生を歩めたのではないかと思うと少し悔しい。

だから経済的に恵まれない子供が、能力があるのに経済的な理由でその能力を伸ばせないというのはかわいそうなので、少しでもお役にたてればと思って寄付を考えた。特に親がいない子供のためになるような使い方を希望すると。

そこで早速寄付先を探すことにしました。

市役所に確認しましたが、たいへんありがたいお話であるが、寄付の目的が特定されると受け入れるのは難しい。奨学基金制度などがあればいいのだけれども、その市にはなく、新たに奨学基金を設けることには消極的でした。さらに、金銭での寄付は受け入れるが、自宅不動産の受け入れについては、売却したうえでその売却資金を寄付してもらえるなら受け入れることができるが、不動産のままでは受け入れできないと断られました。

次に、公立の養護施設を訪問しました。その旨を伝えますと喜んでくれましたが、やはり不動産の受け入れはできない。しかし、金銭であれば是非お願いしたいとお願いされました。その施設に収容されている子供たちについてお聞きすると、現在は半数近くは両親のいない子供ではなく、両親から虐待を受けて保護されている子供たちだとのこと。昔はそのような子供はすくなかったが、近年増えているとのこと。

そのことを彼女に伝えますと、両親から虐待を受けている子もかわいそうだと思うけれど、自分としては両親のいない子供たちを助けたいので、できたらそのようなところに寄付をしたいと。

そこで今度は社会福祉協議会を訪ねました。そうしますと彼女が考えている基金がその社会福祉協議会にありました。社協の職員の方に聞きますと、寄付された方には毎年社協から事業報告書で報告しているとのこと。事業内容をお聞きし、彼女に資料を基に説明しましたら、彼女は納得しここに決めることにしました。しかし、ここも不動産の受け入れは断られました。やはり管理の問題と税金の問題が大きいようでした。

寄付先は決まりましたが、いつ寄付するかです。生前に社会福祉協議会に寄付することを検討しましたが、これからのことを考えると、施設の入所費用や生活資金などいろいろお金がかかることも考えられ、やはり将来のことを考えると少し不安になり、そこで彼女が亡くなってから寄付することにしました。

あとは、不動産をどうするかです。生前に売却して現金にしておくか、それともこのまま不動産で持っているかなどいろいろ検討しました。しかしやはりいつも気にかけてくれている姪に遺していくことがいいということになりました。また、預金もすべてを社会福祉協議会に寄付(遺贈)するのではなく、亡くなった後の始末やお墓の管理などを姪にお願いしないといけないので姪にも預金を遺すことにしました。

これらを公正証書遺言に残すことにしました。これによって自分の遺志を遺していくことができましたし、相続人である甥や姪が遺産分割で争うこともなくなります。

彼女はたいへん満足した顔で、公証役場を後にしました。