入院から約3週間。
2月11日母は父のところへいってしまった。
面会できなくても、手紙を書いて持って行った。携帯電話を使っていなかったから声を聞くこともできなかったので、せめて手紙だけでも渡してもらって励ましてあげたかった。
先生から、容態が急激に悪化していてあと1日か2日くらいだろうと電話があった。
面会をさせてほしいと頼んだが聞き入れてはもらえなかった。
だが、義理の姉が病院に猛烈にかけあい子供3人だけ短時間の面会の許可を取り付けてくれた。
義理の姉に感謝しつつ、兄、姉、私の3人で面会に行った。
意識はあるけど、酸素マスクをしていて思うように言葉がでない。それでも笑顔を作っていた母。大丈夫だからとやっと聞き取れる声で母は言った。
元気になって家に帰ろう、みんな待ってるよって話しかけた時、にっこり笑顔でうなずいた。
泣くまいと思って行ったから、とにかく笑顔で……頑張って笑顔でいた3人。
その夜、母は1人で父のところへ旅立ってしまった。
翌朝、病院に母を迎えに行った。
その顔から苦しい最期だった事がわかり、そばにいてあげられなかったことが悔しかった。
葬儀の打ち合わせの時、私はひとつだけどうしてもお願したい事があった。
ドレスを着たことがないから、父のところへはドレスで行きたい。
生前、母が言っていた事を叶えたかった。
斎場の方が探してくれて願いを叶えてくれた。
今は色々技術がすすんでいるようで、苦しい表情を柔らかい表情に変えてもらえた。少しこけていた頬もふっくらしていた。メイクも希望通りにしてくれた。
棺の中の母は、とても綺麗でほんのり微笑んだような表情になりドレスを着ていた。
ベール、ネックレス、ブレスレットもしていた。ほんとに2度目の嫁入りだ。
それを見た時に、なんだかほっとしてしまって……
処置のおかげか手が柔らかくて、なんども握った。
なんだかあっと言う間に天国に行ってしまった。
葬儀もしたし骨も拾った。
でも実感がわかない。
サ高住に住んでいたから今月中に部屋をあけなければならず、先週末兄弟で片付けに行った。
次の火曜日に、処分しなければならない物を業者さんが取りに来て、部屋を空にして鍵を返して終わり……
本当なら49日まではそのままにしたいけど、そうもいかないので仕方ない。
家には母の使っていた物を持ってきた。
それでもまだ実感わかない。
火曜日、空になった部屋を見たら少しは実感が湧いてくるのだろうか……
親戚や周りの人達が、私の事を心配して連絡をくれる。ありがたいことです。
メールをくれたミケちゃん、ありがとうございます。
大丈夫でもないけど、日常には戻らないとならないので仕事も早々に復帰しています。
どうにも身体が重い、やる気と元気がでない毎日ですが、それでも進むしかありません。
無理にでも笑顔作って接客もしています。
父が亡くなってから、母のことを最優先でやってきた8年だったので正直これから何をしていけばいいのかわからない。
本当にどう生きればいいのかわからない。
それでも、時間は流れる。
まずは火曜日。
母の荷物を送り出します。