正受庵の「白隠け落し坂」
正受庵への参道となっている坂道は、『白隠けし坂』と呼ばれています。
これは、正受老人が67歳の時、24歳の白隠が正受庵を訪れた時〜
白隠は、小いさな草ぶきの庵に住む正受老人を見下す心を持ちました。
この慢心を見抜いた正受老人は、白隠を蹴落としたことから名づけられたと言います。
住まいや、外見から人を判断する了見の狭さと慢心を戒めるための行いです。
横丁大家の母の実家は、この正受庵の入り口にあり、子供の頃は正受庵の庭で遊んだ記憶があります。
正受庵の参道は、奈良沢から南に向かう道路と交差し、小さな川沿いに正受庵に向かって続いていました。
その正受庵の参道は、横丁大家の母の実家の南側、西側に奈良沢から来る幹線道路があり、母の実家の上で交差しています。
その四つ角の西北の角に正受庵の門柱があり、参道は小川沿いに真っすぐな急坂を正受庵の本堂に向かって続いていた記憶があります。
その急坂だと、正受老人が白隠を「蹴落とす」ことが出来ただろうと思います。
白隠はこの後、正受老人の弟子となり、8ヶ月間苦しい修行の後悟りを開くことが出来たと言います。