に登る必要なんてありません。登山なしでも幸福な人生を生きることはできます。それでも私は山に登ることを選びました。なぜなら山に登るという行為は、必要でないからこそ尊いと思うからです。

 

がまだ若く苦しい人生を生きていた頃(今でも苦しいことは変わりませんが)、仏教思想にずいぶんと救われた時期がありました。その時に読んだ南直哉という禅僧の本にこのようなことを書いていました。

 

は生き続けないといけない理由なんてないし、自殺することだってできる。それでも生きることを選ぶ。そこに尊さが生まれると思うのです。

 

 

確な言葉は忘れてしまいましたが、大体このような意の文章でした。死んでも良いけれど、あえて苦しみながらも生きることを選ぶ。だからこそ人生は尊い。この人生論を登山に当てはめるのは無理矢理でしょうか。

 

理矢理かもしれません。でも私が山に登る理由としてしっくりとくる説明なのです。つまり「登る必要がないから登る」、「必要が行為をあえてするからこそ価値が生まれる」ということです。

 

 

だまだ幼稚な私の登山に関する考え方をこのような形で公開するのは恥ずかしいのですが、こうすることにより少しでも深まれば良いなと思っています。