毎日のように花火大会があるみたいで、花火の姿は
見えないけれど、「ど~ん」って音だけは、すごい!!!
花火の姿見えないから、音で花火を想像する。
これも、なかなかオツナもの・・・。
江戸っ子って感じ・・・。
でも、ここ千葉・・・。
まっ!いいよね。
人ってどうしても、見えるものに意識がいってしまう。
人が存在すること(being)
人が行動すること(doing)
人がなにかを得ること(having)
子どもが学校に行く=doing
成績や出席日数を得る=having
子どもが食事をする=doing
体が成長する、エネルギーを得る=having
doing havingに囚われてしまうと、一番大切なbeingが置き去りに
されてしまう。
一番大切なbeing=存在が、透明なものになってしまう。
あかたも存在していないような感じになってしまう。
もし、自分がそんな存在として扱われたら・・・。
透明で存在していないかもしれないみたいな扱いを受けたら・・・。
being=存在していること、
子どもがそこにいること。
目に見えるものなのに、なぜか意識しない、重要視しない・・・being
もっともっと子どもの存在(being)を認めていけば、
学校に行かない(doing)からどんな事を得る事ができるのか。
食べられない、たくさん食べて嘔吐する(doing)からなにを得る事が
できるのか。
havingを待つことができるかな・・・って思った。
膀胱炎の薬のみながら、こんなことを考えていました。
そしたら、今日完治。
ご心配くださったみなさん、ありがとう!