なかなか思い通りに相手が動いてくれなくて、
イライラする。
こんにやってあげているのに、やってもらってることが、
当たり前の態度をされる。
だから頭にくる。
たくさん、たくさん話を聴いてきたのに、私の話は途中で
遮って、最後まで聴かない。
なんで、なんで?????
私が相手を大切に思い、相手の話しに耳を傾ければ、
相手もいつかは、私に優しさをくれたり、私の話を聴いて
くれるようになるんじゃないかって思ってた。
でも、相手は変わらない。
変わっているんだけど、私が思ってるスピードではない、
っていうのが正確なところかな・・・。
それで、もう私がイヤになってきちゃったって感じ。
やっても、やっても、スタートの戻る。
自分の努力の成果がでない、その、ジレンマ。
そんな状態でここ最近いろんな方をお話させていただく機会が
あって、スットンって何かが私の中でおりた言葉。
「自己責任だもの、しょうがないよね。
今なら、そういう人生を選ばないと思う、でも、その時はそれで
いいって思って自分で選択したんだから、責任は取らないとなぁ~って
思っているの。」
って、お話してくださった方がいてね。
そ~だなぁ~私が忘れていたことは、これだなぁ~って思った。
今だったら、選択しないであろう人との関わり、でも、かつての私はそれで
いいって思ったんだよなぁ~。
そしたら、なんか捨てられる気がする、相手への期待感。
「ありがとう」って言ってって思ってきたけれど、「もう、いいや」って
思えそうな私。
そのかわり、嫌なものはイヤだって言わせてもらっちゃおう。
私は
「ワガママで自分勝手」のレッテルを
相手は
「優しくて心配りの人」のレッテルを
見直す時期なのかもしれないね。