過去日記から
今年はたけのこが豊作?なのかなぁ。
我が家では五ヶいろんな方から頂いて、毎日たけのこざんまいの
贅沢な暮らしをしております。
たけのこさん、ありがとう、美味しかったです。
私はここのところ「不幸な自分が好きな人たち」ってタイトルの本を
読んでいます。
不幸な自分が好きだなんて自覚している人は多分いないんじゃない
かなぁ~って思うけど、自分を知らず知らず不幸にしていってるって
ことはあるのかなぁ~って思う。
実際、私は自分が幸せになってはいけないって長い間
思っていた。
幼い頃、幸せだなぁ~って私が感じると必ず母に叱られた。
勿論、私がなにか母の気にさわることすれば叱られたけ、身に覚え
のない事でもよく叱られた。
すっごくよく覚えているのは、子どもが無事生まれて私が 幸せを感じて
いるとき、母はどうでもいいようなことで私を責めたなぁってこと。
それが面白い事に、三人生んだ後、三回ともそんなだった。
なんらかの苦情を母が言ってくるので、とにかく私が謝罪する。
今だったら母に猛反撃して戦いを挑んでいくかもしれないけど当時の私は、
「至らない娘で本当に申し訳ない、ごめんね」って謝ってた。
私は幸せになっちゃいけないんだ、幸せになると母になんか言われるから、
不幸な自分ならなんか言われないすむ・・・・・。
考え方本当に偏ってたと、つくづく思うわ。
母は母なりに私を大切に思っていてくれてたんだと思う。
ただ、私にとって母の存在が一番でない状態は母を不安にしたんだろうな。
子どもが生まれると、私にとって子どもが一番の存在になってしまう。
それが母にとっては不安。
自分の存在が忘れられてしまうんじゃないか・・・。
一ヶ月の間に母が顔面マヒになり、長女が拒食症になり、にっちもさっちも
いかなくなってしまった私は、専門家のアドヴァイスもあり母と接触をたち、
長女の命助けることをしていこうと決めました。
あれからもう8~9年、母に会っていないし、母からも
一切連絡はない状態。
自分に自信のない自分が生んだ子だからこそ、信じられないで
いろいろ文句をいってしまう、自分が不安で子どもを責めてしまう・・・。
「そんなんで、ちゃんとひとりでやっていけるの?」
私が子どもたちに思ってた事、母も同じように思って私を育てたの
かもしれないなって思う。
今は、私が生んだ子どもたちだからこそ、しっかり大地踏みしめて生きて
いってくれるって思っています。
この年齢になってもまだ親からの影響を受けている自分は幼稚だなって
思うけれど、母と分かり合えるとは思えないし、
母と分かり合う時間と労力を母に使うなら、私はその時間と労力を
子どもたちに使いたいと思っています。
自分勝手な考えだとはおもうけれど、これが私が一生で一回する
最大の親不孝行にして親孝行。
子どもが摂食障害や不登校になって、親との関係が上手くいかなくなる
ことって、ウチだけではないんじゃないかな。
誰がいい悪いではなく、誰のせいでもなく、ひとりひとりが自分の
幸せと相手の幸せを願っていけばいいのかなって思う。
私もこころから母の幸せを祈っています。
おかあさん、私は娘として全精力使ってあなたに寄り添おうとして
生きてきました。
あなたにとっては不満でも、もうこれ以上、私が出来ることはありません。
おかあさん、おかあさんはおかあさんの幸せ追求してください。
私は私の幸せ貪欲に追求します。
それでいいよね。