「変えられないもの(プライド)を守るために変わる(謙虚さ)」という
きんもく星人さんからのコメントいただいて、思い出した言葉
変えられるべきことを変える勇気
変えられないことを受け入れる平和
そして、その区別をつける知恵
娘が学校に行けるようになる為には、私の考えや行動を全て変えなくちゃ
だめなんじゃないか。
娘がご飯食べられるようになる為には、私自身の人格そのものを変えなくては
だめなんじゃないか。
でも自分なくして、奴隷状態になって、なんでも従ってしまうのはいやだなって思った。
娘たちの為なのに、いやだなって思う自分が、また、いやになる。
変えなくちゃいけないことと、変えなくてもいいことの区別をつけることが出来なかった。
不登校で学校いけなくても、
摂食障害で食事できなくても、
私は私なりに、一生懸命娘たちを育ててきた←プライド
私のプライドだから、この私の思いは変えなくてもいいもの。
元気に学校行って欲しい、お腹いっぱい食べて欲しいの私の思いはあるけれど、
私の思いを分かってもらおうとする前に、娘たちの今思っていること理解するように
努力してみよう←謙虚さ
私がいい悪いと自分の狭い価値観で判断しないで、娘たちの心を聴いていこうなどして
今までの私の行動は変えていかなくちゃならないもの。
自分の行動を変えていくと、不思議とかける言葉も変わっていくし、自分の思いも
変わっていく。
不登校あり、摂食障害あり、リストカットありで私の人生はなんて「不幸」なんだろって
思っていたことが、「五体不満足」の乙武さんが「障害は不便だけど不幸じゃない」って
言ってたように、「不幸」じゃなくて「ちょっとした不運」って思えるようになった。
「ちょっとした不運な出来事」だけど、「不幸」じゃない。
「不幸」だって思っていたのは、私。
食べ物のこと、学校のこと、将来のこと、この3ヶで頭の中いっぱいになると、
「不幸」としか感じられない。
娘がいて、私がいて、今日があって、だから悩みもあって、話もできて、
恨み、愚痴いっぱい聴けて、それでいいじゃん。
私が思い描いて「幸せ」とは違うけれど、違うから面白い私の「幸せ」。
いつも考えのヒントもらえるきんもく星人さんから「ふつうのおとうさんだね」
とのメールをもらった~。
この普通or不通のおとうさんの話題はまたの機会に。。。。。