「早く幸せになりたい」と焦っていた私が、鈴虫寺の説法を聞いて考えたこと | marie's life

marie's life

OLのりあるらいふ

弾丸でだいすきな京都へ!

復職してすぐにまた有給もらったので

ちょっと複雑な気持ちだったけど

行った目的のひとつは、鈴虫寺。

「お願いをひとつだけ叶えてくれるお地蔵さん」

で知られているお寺です。

私は、お願いしたいことがありました。
たぶん、今の私にとってかなり大切なこと。

だから、少しだけ期待していました。

鈴虫寺に行って、お願いをして、

何かが変わればいいな、と。

そんな気持ちで頑張って辿り着きました。

鈴虫寺ではお菓子をいただきながらお坊さんの説法を聞いてからお参りするという今の時代には変わったお参り方法です。この説法が聞きたくて来る方も。


正直、私は「願いを叶えるための話」を聞くんだと思っていました。

でも、実際に聞いてみると、

私が持ち帰ったものは、願い事そのものよりも、

「自分の生き方」についての話でした。



①  『人と比べる、というつまらないことをしない』

一番最初に心に残ったのが、

人と比べないこと。

人はどうしても、人と比べたくなる。

あの人は結婚している。

あの人は仕事が順調。

あの人は楽しそう。

あの人は綺麗。

あの人は幸せそう。

SNSを開けば、いくらでも比較できる。

そして比較を始めると、

自分が持っていないものばかりが目につく。

でも、そこで比べても仕方がない。

人はすぐに優劣をつけたがる。

誰が上で、誰が下なのか。

誰が成功していて、誰が遅れているのか。

でも、本当に一番見てあげるべきなのは、

他人ではなく自分自身なんだと思った。

もっと自分に興味を持って。

もっと自分を見て。

もっと自分を大事にして。

人と比べて落ち込んでいる時間があるなら、

「私は本当はどうしたいんだろう」

って、自分に聞いてあげたほうがいい。


② 人の悪いところを探すのが上手になっていないか

もうひとつ、すごく今っぽいなと思った話。


最近のひとたちは、

人の悪いところを見つけるのが

上手になっている人が多い。


頭の回転が速い。

頭が切れる。

だからこそ、人のちょっとした矛盾や失敗、

嫌なところを見つけるのも早い。

そして、それを面白がってしまう。

SNSに悪口を書き込んだり、

誰かの失敗をみんなで笑ったり。

「自分は正しい」という場所から、人を批判する。

でも、それをしている間って、

結局ずっと他人を見ている。

自分の人生ではなく、他人の人生を観察している。

それって、もったいない。

もっと自分を見ていい。

他人の粗探しをするより、

「私は今日、何を楽しいと思った?」

「私はどうしたら機嫌よく過ごせる?」

そんなことを考えていたほうが、

ずっと自分の人生を生きられる気がした。



③   「自分のご機嫌は、自分で取る」

最近は「不機嫌ハラスメント」という言葉もある。

不機嫌な態度を出して、周りに気を遣わせる。

たしかに、不機嫌な人が一人いるだけで、

その場の空気は変わる。

でも考えてみれば、

自分の機嫌を取ることは、自分の仕事なんだと思う。

誰かに機嫌を直してもらうのを待つのではなく、

自分で自分を整える。

好きなものを食べる。

少し寝る。

お風呂に入る。

好きな服を着る。

散歩する。

人に優しくする。

そして、笑う。

朗らかに笑っている人のところには、

自然と人が集まる。

福もやってくる。
これこそ笑う門には福来る。


これは、すごくシンプルだけど、

忘れたくないことだと思った。


④ 「今を生きる」ということ

生きていれば、

辛いこともある。

悲しいこともある。

悔しいこともある。

それを「ポジティブに考えよう」と

無理に消す必要はない。

辛かったら、辛かったと受け止める。

悲しかったら、悲しかったと受け止める。

悔しかったら、悔しかったと認める。

でも、

振り返り続けない。

後ろを見続けない。

そのときだけはちゃんと受け止めて
また前を見る。

今を生きる。

この話は、今の私には特に響いた。

過去に起きたことを何度も思い出して、

「あのときこうすればよかった」

「なんであんなことを言われたんだろう」

「あの人はどう思っていたんだろう」

と考えてしまうことがある。

でも、過去を何度考えても、そこには戻れない。

だったら、今の自分を見る。

今日の私はどうしたい?

それでいいのかもしれない。

このお話を聞きながら私は自然と泣いていました。


ダルマの話

そして、ダルマの話。

すごく噛み砕いて私が受け取ったのは、

「やることをやっていれば、結果はついてくる」

ということだった。

結果ばかり気にして、

「いつ叶うんだろう」

「いつうまくいくんだろう」

と焦る。

でも、自分にできることをちゃんとやる。

その先の結果は、

自分では完全にはコントロールできない。

だったら、

今日できることをやる。

明日できることをやる。

そして、あとは待つ。

これって、仕事でも恋愛でも人生でも

色々なことに共通して同じなのかもしれない。


そして、一日に一回、鏡の前で「ニヤリ」としてみる

最後に印象に残ったのが、表情の話。

最近、無表情の人が多い。

自分の感情を表情に出さなくなっている。

たしかに、私自身もスマホを見ているときなんて、

たぶんものすごい無表情だと思う。

だから、

一日のどこかで鏡の前に立って、ニヤリとしてみる。

それだけでもいい。

笑顔を作る。

口角を上げる。

すると、ほんの少し心が晴れる。

「気持ちが先に笑顔になる」のではなく、

笑顔を作ったら、気持ちもあとからついてくることがある。

そんなことを思った。



鈴虫寺でお願いしたこと

そして私は、最後にお願いをした。

お願いは、ひとつ。

何をお願いしたのかは、ここには書かない。

ただ、今回鈴虫寺に行って思ったのは、

「お願いを叶えてください」と神様に預けて終わりではないんだな

ということだった。

自分でもできることをやる。

自分を大切にする。

人と比べない。

自分の機嫌は自分で取る。

過去ばかり見ない。

今を生きる。

そして、やることをやったら、あとは焦らず待つ。

それが、今回私が鈴虫寺から持ち帰ったものだった。

おわりに

「早く幸せになりたい」

私は、たぶんずっとそう思っている。

結婚したい。

仕事もうまくいってほしい。

人生もいい方向に進んでほしい。

できれば、全部早く叶ってほしい。

でも、焦って誰かと比べていると、

今の自分が見えなくなる。

だからまずは、

今日の自分をちゃんと見る。

今日を少し機嫌よく過ごす。

やるべきことをやる。

そして、前を見る。

鈴虫寺にお願いをしに行ったはずなのに、

帰る頃には、

「願いが叶うか」より「私は今日をどう生きるか」

のほうが大切なのかもしれない、と思っていた。

京都を出るとき、少しだけ心が軽くなっていた。

明日から、また日常が始まる。

今度は、ちゃんと今を生きようと思う。