8/12
A病院に入院までまだしばらくあるが、父の腹痛(腫瘍がある場所ではなく、腫瘍によって起きている腸重積)が日に日に悪化し、ついに動けなくなり救急外来へ。(救急車呼びなよ!とのちに怒ってしまいました
)
最初に検査入院&PET/CTを受けた市立病院の救急外来。
なんと2時間待ち…父は話せるものの痛みで腹を抱え込んでしまっている状態。
なんとかすぐに診察してもらえるように母が看護師に掛け合って横にならせてもらうことに。
土日なので主治医はおらず。
結果、穿孔もしてなければ腸閉塞も起こしてはいないけど、家に帰っても痛みは治らないとの判断で緊急入院することになりました。
この時点から父の絶食生活が始まりました。
通常の痛み止めの点滴ではもはや抑えることもできず、モルヒネの1歩手前のかなり強い鎮痛剤を点滴しても抑えることのできない痛み。
8/12〜8/15までの間なんとか点滴で凌いでいました。主治医から「このままでは8月後半のA病院での手術までもたないので、なんとか掛け合って準緊急で手術してもらえないか交渉してみます」と言っていただけた。
8/16
市立病院からA病院まで救急車でお医者さま同乗のもと、転院させていただきました。
8/17
14:00から準緊急で手術をする旨の連絡が母からきた。母も仕事を切りやめ、すぐにA病院に向かったそう。
術前にA病院のお医者さまから「前まで可動だった腫瘍が腸のひだに入り込んでしまっている状態。切ってみないと中はわからないのですが、腸が腐ってたり(これは父の表現)状態が悪かったら最悪繋ぎ合わせることができない」旨を伝えられたそう。
(そうなる前にもっと早い判断で転院させて早く切ってくれてればよかったのに
と私は思ってしまいました)
手術は4〜5時間ほどかかります。と母は説明を受けた。私もすぐにA病院に行こうと思うも運悪く新幹線が前日から不安定で動いてない。
とにかく父の無事を祈るばかりでした。
すると、母から「もう手術終わった」と2時間ほどで連絡がきました。
小腸の状態は思った以上によく、腸重積を解除し、腸重積の悪さをしていた腫瘍(4センチの方と腸管外?にもう一つあったそう)を含めた10センチほど小腸を切除して繋ぎ合わせたそう。
母曰くリンパ節郭清はしていないとのこと。(?)
父は術後すぐに目を覚まして母と会話もできたよう。しばらくHCUにて様子を見るとのことでした。
父の容態は安定しているので、この日は母は帰宅することに。
母は1人で心細かっただろうからずっと通話したりLINEをしていた。(本当は実家にいる妹についてて欲しかったけど)
でも途中から母の姉(伯母)が駆けつけてくれてずっと一緒にいてくれた。本当に感謝。
そしてもしB病院にしていたら、この時点でまだ血液内科&消化器外科の診察も受けられていなかったし、手術もできなかったと思うとゾッとした。
準緊急とはいえ、PET画像の結果や事前の心肺機能の検査、CT、血液検査、小腸のどこをどう切るかなどある程度の情報は8/9の時点でわかっていたわけで。
とにかく無事に手術が終わってくれたことに感謝。緊急との判断をしてくれたお医者さまにも感謝しかない。
すぐにいけなくてごめんね。
こうして父の緊急手術は無事終わったのだった。