欲望と、人生の崩壊と、殺人と、墜落の負のスパイラル。
仰々しい帯がついているわりに
乾くるみの「イニシエーション・ラブ」ほどの衝撃もどんでん返しもなかった。
結局母も子もこの連鎖に巻き込まれていて…というのはわかっても
戦慄させるような衝撃や、驚きはなかった。
ごちゃごちゃ終わっていった感じ。
フジコの衝動とあるが、衝動を起こさせるほどの迫力も感じない。
うーん、消化不良。
展開見えすぎるのも、ちょっと。
読書についての日記をmixiで書いたので
せっかくなので、こちらにそのまま転用します。
わたし、こう見えてアメトーークのDVDを全巻買って、毎晩見ながら寝るほど好きで、
先日放送された「読書芸人」を見て、
改めてピース又吉大好き、読書大好き、読書あるある…わかる、わかる!と思いながら何度も繰り返して見て、
改めて、自分の趣味を誇りに、嬉しく思いつつ、
懐古…ではなく、同じカイコならば、回顧ですかね。
自分にとっての読書を振り返って思ったのですが。
みなさんは活字はどのくらいお読みになりますか?
わたしは小学校の時からイケてない芸人なもので
友達がいない分本ばっかり読んでた典型的キモい女子パターヌなのですが。笑
よく思い返してみてください、中学や高校時代、
地味で、勉強もさして抜きん出てすごいわけでもないのに
読書感想文書かせたらやたら大胆な文章書く女子、クラスに3人ぐらいいませんでした?
やたら哲学的なことや、人間の心理の深いところ突くような文章書く女子。
で、それ読んでイケてる男女がちょっと半笑いするっていうね。
わたしはあれ系統の女子でした。笑
文章を書き出すと、内容や文章の稚拙さはどうあれとにかく止まらない。
文章が書けない人の初歩は、まず活字に慣れていなくて、
文章というものをどう構成していっていいか、体にまったく覚えがないひと。
その次に書けない人というのは、ある程度活字には触れたことがあるんだけれど、
自分の語彙…いわゆるボキャブラリーというやつね、の乏しさに気づいて、同じ表現ばかりになることを厭ってそれ以上筆が進まない人。
私は、自分の語彙が豊富だとは思いませんが、頭の中に溜め込んだ思いを、ひとつ、はじめの書き出しさえ成功すればいくらでも文章が出てくる人間です。
けれど、勢いで書きすぎるために、推敲が嫌いだというね。
高校の時、忘れもしない、
真夏の30度越える部室で、校内で表彰されれば図書カードがもらえる、ということで、
図書カードほしさに1時間半で汗だくで一気に書いた遠藤周作の「沈黙」の読書感想文が
なぜか後日国語の先生に呼び出され、本当に自分で書いたのかどうかを確認され、なぜかそのままコンクールに出され、賞状をいただく、というね。
あの時先生は、最後さえもっと書き込められれば、一位をとれていたのにと仰っていました。
これ、取り柄のない私の数少ない自慢で、そして失敗作です。
一気に勢いだけで書いた文章自体が、評価されたけど、
最後の最後でまとめきってない、推敲できていないということがネックで順位を落としたという。
だけど、それが、わたしの、本当の、文章との出会いだったかもしれません。
経緯はしょりますが、その時その文章を書いていなかったら、
今、私は全く別の人生を歩んでいたはずなのです。
自分の文章の話題に触れていたくせに、いきなり中心をずらしますが、
あの時出会っていたのが遠藤周作の「沈黙」という本でなかったら、
今こうして出会っているマイミクさんの9割以上とは出会っていないはずなのです。
でもわたしのマイミクさんに、遠藤周作コミュで出会った人はひとりもいません。
けれど確実に、どこにでも売っている、新潮文庫の、300頁程度の文章に、
言の葉のあつまりに、人生を揺さぶられているんです。
大学時代、それを忘れて、結局教職という道も選ばずにきましたが、
このまま大学生活を終えるのはあまりにもったいないという気持ちから、
今までの、部活と授業とバイト以外は引きこもりに似た生活を一変し、
文学や映画、音楽、ドラマ、神社仏閣や遺跡というものに兎に角没頭するようになりました。
恋人とべったりするのもいいと思う。
仕事に没頭するのもいいと思う。
携帯ゲームに夢中になるのもいいと思う。
毎日飲みにでかけるのもいいと思う。
でもこの世の中には、
どれだけ時間を割いても、見切ることのできないほどの、
先人たちが作った、素晴らしい言の葉や、映像や、絵や、場所や、音があって。
「知る」「見る」「触れる」という快楽を知ってしまったからには
それをしないことがもったいないとしか思えない。
これが今の私の行動力の原点です。
観光とか、難しい文学とか、
そういうのは年取ってからでいいと思う人もいると思うのだけど。
今の年で、今の頭の、こころの状態で、今そこにある芸術に触れるということは
どんなに年をとってお金があってもできない贅沢で。
だから、この好奇心を大切に大切に生きているつもりです。
なぜこれほどもったいないと思うのか。
言霊という言葉がありますが、
映画にも、音楽にも、絵にも、それぞれ、言霊にあたる、魂が込められているのだなと思います。
何も込められていなければ、それはただの物質であったり、現象にすぎないのです。
ひらがな五十音表の最初の文字と二番目の文字のふたつだけで
この世の中で一番大切な感情が表せていることを、日本語を知る人が解するのはなぜ?
それは、先人たちが、日本というアイデンティティーのために、魂を込めたから。
受け手に、そのメッセージを受け取る意志があるから。
言霊というのはそれだけで威力を発揮すると思いますが、
やっぱり、これは、受け手がいるからこそなのだと思います。
作り物のドラマで感動できるのはなぜか。
話や演出だけでなくて、
役者がその役に魂を吹き込むから。
だからこそ、わたしも、
文章や語彙は稚拙なれど、
たとえば、「心」と「こころ」、
「ひと」と「人」、
「嫌う」と「厭う」を使い分けたり、同じ文章に登場させたりします。
皆さんが、「ああまた松倉変なレビュー書いてるわ」と思われているレビューも
私の感じた空気をなんとか数行の中に込めようとするわけです。
そう考えると、やはり、人間の感情を緻密な言葉の構成で表現するミシマ、
描写や、空気感でなんとなく読者を全く同じ心境に持って来させる吉本ばなな、
すごいと思います。
少しでも近づけたらいいのに。
活字読まない人、本当にもったいないと思う。
簡単な本から始めて、徐々に慣れれば、難しく感じる本だって必ず読めるようになる。
面白さがわかってどきどきするよ。
みんな、モバゲーとか、グリーとか、色々やってると思うけど
それもいいけど、そればっかりじゃなくて、
ただ素晴らしい作品を摂取するだけの趣味にもはしってみてもいいんじゃない?
わたし、ムーンウォークでカクテル飲みながら普通に島崎藤村読むからね。笑
マスカラばちばちでつけまつげして髪の毛くりくりに巻いてスカートにヒールで
電車でミシマ広げて、向かいのおばちゃん驚かすからね。笑
それでいいのよ。
で、結局何が言いたいのかと言うと、
まさかの箇条書き。
・おすすめ作家さん教えてください。(わたし結構読む人偏ってました!)
・人生を揺さぶられた本がある人、よかったら教えてください。
・読書芸人普及活動にご協力ください。(なんのことはない、あまり地味でない格好をして、本屋に足しげく通い、電車で周りの目を気にせず純文学でもなんでも本を広げればいいのです)
・言の葉、言霊という存在を大切に。
はい、自己満足なうえに超長くなってすみませんでした。
明日は、今度こそ「ポケットに名言を」をどこかの本屋で見つけるべく奔走します。
おやすみなさい。
せっかくなので、こちらにそのまま転用します。
わたし、こう見えてアメトーークのDVDを全巻買って、毎晩見ながら寝るほど好きで、
先日放送された「読書芸人」を見て、
改めてピース又吉大好き、読書大好き、読書あるある…わかる、わかる!と思いながら何度も繰り返して見て、
改めて、自分の趣味を誇りに、嬉しく思いつつ、
懐古…ではなく、同じカイコならば、回顧ですかね。
自分にとっての読書を振り返って思ったのですが。
みなさんは活字はどのくらいお読みになりますか?
わたしは小学校の時からイケてない芸人なもので
友達がいない分本ばっかり読んでた典型的キモい女子パターヌなのですが。笑
よく思い返してみてください、中学や高校時代、
地味で、勉強もさして抜きん出てすごいわけでもないのに
読書感想文書かせたらやたら大胆な文章書く女子、クラスに3人ぐらいいませんでした?
やたら哲学的なことや、人間の心理の深いところ突くような文章書く女子。
で、それ読んでイケてる男女がちょっと半笑いするっていうね。
わたしはあれ系統の女子でした。笑
文章を書き出すと、内容や文章の稚拙さはどうあれとにかく止まらない。
文章が書けない人の初歩は、まず活字に慣れていなくて、
文章というものをどう構成していっていいか、体にまったく覚えがないひと。
その次に書けない人というのは、ある程度活字には触れたことがあるんだけれど、
自分の語彙…いわゆるボキャブラリーというやつね、の乏しさに気づいて、同じ表現ばかりになることを厭ってそれ以上筆が進まない人。
私は、自分の語彙が豊富だとは思いませんが、頭の中に溜め込んだ思いを、ひとつ、はじめの書き出しさえ成功すればいくらでも文章が出てくる人間です。
けれど、勢いで書きすぎるために、推敲が嫌いだというね。
高校の時、忘れもしない、
真夏の30度越える部室で、校内で表彰されれば図書カードがもらえる、ということで、
図書カードほしさに1時間半で汗だくで一気に書いた遠藤周作の「沈黙」の読書感想文が
なぜか後日国語の先生に呼び出され、本当に自分で書いたのかどうかを確認され、なぜかそのままコンクールに出され、賞状をいただく、というね。
あの時先生は、最後さえもっと書き込められれば、一位をとれていたのにと仰っていました。
これ、取り柄のない私の数少ない自慢で、そして失敗作です。
一気に勢いだけで書いた文章自体が、評価されたけど、
最後の最後でまとめきってない、推敲できていないということがネックで順位を落としたという。
だけど、それが、わたしの、本当の、文章との出会いだったかもしれません。
経緯はしょりますが、その時その文章を書いていなかったら、
今、私は全く別の人生を歩んでいたはずなのです。
自分の文章の話題に触れていたくせに、いきなり中心をずらしますが、
あの時出会っていたのが遠藤周作の「沈黙」という本でなかったら、
今こうして出会っているマイミクさんの9割以上とは出会っていないはずなのです。
でもわたしのマイミクさんに、遠藤周作コミュで出会った人はひとりもいません。
けれど確実に、どこにでも売っている、新潮文庫の、300頁程度の文章に、
言の葉のあつまりに、人生を揺さぶられているんです。
大学時代、それを忘れて、結局教職という道も選ばずにきましたが、
このまま大学生活を終えるのはあまりにもったいないという気持ちから、
今までの、部活と授業とバイト以外は引きこもりに似た生活を一変し、
文学や映画、音楽、ドラマ、神社仏閣や遺跡というものに兎に角没頭するようになりました。
恋人とべったりするのもいいと思う。
仕事に没頭するのもいいと思う。
携帯ゲームに夢中になるのもいいと思う。
毎日飲みにでかけるのもいいと思う。
でもこの世の中には、
どれだけ時間を割いても、見切ることのできないほどの、
先人たちが作った、素晴らしい言の葉や、映像や、絵や、場所や、音があって。
「知る」「見る」「触れる」という快楽を知ってしまったからには
それをしないことがもったいないとしか思えない。
これが今の私の行動力の原点です。
観光とか、難しい文学とか、
そういうのは年取ってからでいいと思う人もいると思うのだけど。
今の年で、今の頭の、こころの状態で、今そこにある芸術に触れるということは
どんなに年をとってお金があってもできない贅沢で。
だから、この好奇心を大切に大切に生きているつもりです。
なぜこれほどもったいないと思うのか。
言霊という言葉がありますが、
映画にも、音楽にも、絵にも、それぞれ、言霊にあたる、魂が込められているのだなと思います。
何も込められていなければ、それはただの物質であったり、現象にすぎないのです。
ひらがな五十音表の最初の文字と二番目の文字のふたつだけで
この世の中で一番大切な感情が表せていることを、日本語を知る人が解するのはなぜ?
それは、先人たちが、日本というアイデンティティーのために、魂を込めたから。
受け手に、そのメッセージを受け取る意志があるから。
言霊というのはそれだけで威力を発揮すると思いますが、
やっぱり、これは、受け手がいるからこそなのだと思います。
作り物のドラマで感動できるのはなぜか。
話や演出だけでなくて、
役者がその役に魂を吹き込むから。
だからこそ、わたしも、
文章や語彙は稚拙なれど、
たとえば、「心」と「こころ」、
「ひと」と「人」、
「嫌う」と「厭う」を使い分けたり、同じ文章に登場させたりします。
皆さんが、「ああまた松倉変なレビュー書いてるわ」と思われているレビューも
私の感じた空気をなんとか数行の中に込めようとするわけです。
そう考えると、やはり、人間の感情を緻密な言葉の構成で表現するミシマ、
描写や、空気感でなんとなく読者を全く同じ心境に持って来させる吉本ばなな、
すごいと思います。
少しでも近づけたらいいのに。
活字読まない人、本当にもったいないと思う。
簡単な本から始めて、徐々に慣れれば、難しく感じる本だって必ず読めるようになる。
面白さがわかってどきどきするよ。
みんな、モバゲーとか、グリーとか、色々やってると思うけど
それもいいけど、そればっかりじゃなくて、
ただ素晴らしい作品を摂取するだけの趣味にもはしってみてもいいんじゃない?
わたし、ムーンウォークでカクテル飲みながら普通に島崎藤村読むからね。笑
マスカラばちばちでつけまつげして髪の毛くりくりに巻いてスカートにヒールで
電車でミシマ広げて、向かいのおばちゃん驚かすからね。笑
それでいいのよ。
で、結局何が言いたいのかと言うと、
まさかの箇条書き。
・おすすめ作家さん教えてください。(わたし結構読む人偏ってました!)
・人生を揺さぶられた本がある人、よかったら教えてください。
・読書芸人普及活動にご協力ください。(なんのことはない、あまり地味でない格好をして、本屋に足しげく通い、電車で周りの目を気にせず純文学でもなんでも本を広げればいいのです)
・言の葉、言霊という存在を大切に。
はい、自己満足なうえに超長くなってすみませんでした。
明日は、今度こそ「ポケットに名言を」をどこかの本屋で見つけるべく奔走します。
おやすみなさい。
このひとたちは、
どうしてこんなに美しく、うっとりと、陶酔しながら、
ひとを殺せるのだろう。
ひとを傷つけられるのだろう。
でも、惹かれる。引き込まれる。
どうして、こんなにも、
「わたしはわたしであって、何もおかしいところはない」という自信をもたせて
この人たちの、罪を犯す歓びを描けるのだろうか。
そうよ、あの人を殺したのはこの私。
静かに語るあなたを見て、動揺しない自分自身に、戦慄する。
どうしてこんなに美しく、うっとりと、陶酔しながら、
ひとを殺せるのだろう。
ひとを傷つけられるのだろう。
でも、惹かれる。引き込まれる。
どうして、こんなにも、
「わたしはわたしであって、何もおかしいところはない」という自信をもたせて
この人たちの、罪を犯す歓びを描けるのだろうか。
そうよ、あの人を殺したのはこの私。
静かに語るあなたを見て、動揺しない自分自身に、戦慄する。
とても優しい話、だと、思う。
確かに殺意があった男と、
生きる意志をなくし、海底でひっそりと生きるように暮らす全盲の女と。
「けはい」というものは、
言葉を持たねば持たないほど、輪郭をまし、鋭くなり、その空気を人に伝えるものだと思う。
姿かたちより、表情より、言葉より、声よりも、その人となりと、気持ちを、伝えるものであると思う。
そうでなければ、彼女にあれだけの優しさと、勇気を与えるわけがない。
右のこころで、だれかのことを、殺してやりたい、と思っても、
左のこころで、このひとを助けたい、と思える。
人間。
暗いところで待ち合わせ
ここでけはいとけはいが待ち合わせたからこそ生まれた、ふたりの空気。
好きです。
確かに殺意があった男と、
生きる意志をなくし、海底でひっそりと生きるように暮らす全盲の女と。
「けはい」というものは、
言葉を持たねば持たないほど、輪郭をまし、鋭くなり、その空気を人に伝えるものだと思う。
姿かたちより、表情より、言葉より、声よりも、その人となりと、気持ちを、伝えるものであると思う。
そうでなければ、彼女にあれだけの優しさと、勇気を与えるわけがない。
右のこころで、だれかのことを、殺してやりたい、と思っても、
左のこころで、このひとを助けたい、と思える。
人間。
暗いところで待ち合わせ
ここでけはいとけはいが待ち合わせたからこそ生まれた、ふたりの空気。
好きです。
この人の生み出す物語は、
ひとつひとつ、ストーリーが全く違うはずなのに
迫りくる胎動、襲いかかるマグマ、すっと寒くなる冷気、
他にもまだつかみきれていない、なにか。
こういったものが言葉という実体をともなって人を呑みこもうとする。
自分が信じていた、自分の原点であるひとが、心をあやまった殺人鬼だと、突然知る事があったら。
そして同じように自分が信じるひとが、あやまったその人のその心を、罪を知りながら、ずっと見つめ続けていると知ったら。
ユリゴコロという存在によりどころを求めて、
自分の殺人をユリゴコロという衝動のせいにし、次々と人を壊し、
因果律により、自分が罪をかぶせ、一生を奪ったひとと、
添い遂げる事を選ぶという世界があった。
でも、あなたの存在は、この世界の秩序を壊す。
あなたはいてはならない存在かもしれない。
でも、
愛しているから。
だからあなたがいて、わたしがいて、
わたしが愛するあなたは、あなたで、そして、思いがけないあなたであった。
これだけ、読者を落として、落として、落としつくして
なぜ最後にこの愛が描けるの?
悔しいけれど、とうぶん、彼女は私を飽きさせてはくれない。
ひとつひとつ、ストーリーが全く違うはずなのに
迫りくる胎動、襲いかかるマグマ、すっと寒くなる冷気、
他にもまだつかみきれていない、なにか。
こういったものが言葉という実体をともなって人を呑みこもうとする。
自分が信じていた、自分の原点であるひとが、心をあやまった殺人鬼だと、突然知る事があったら。
そして同じように自分が信じるひとが、あやまったその人のその心を、罪を知りながら、ずっと見つめ続けていると知ったら。
ユリゴコロという存在によりどころを求めて、
自分の殺人をユリゴコロという衝動のせいにし、次々と人を壊し、
因果律により、自分が罪をかぶせ、一生を奪ったひとと、
添い遂げる事を選ぶという世界があった。
でも、あなたの存在は、この世界の秩序を壊す。
あなたはいてはならない存在かもしれない。
でも、
愛しているから。
だからあなたがいて、わたしがいて、
わたしが愛するあなたは、あなたで、そして、思いがけないあなたであった。
これだけ、読者を落として、落として、落としつくして
なぜ最後にこの愛が描けるの?
悔しいけれど、とうぶん、彼女は私を飽きさせてはくれない。
はつにお目にかかります、島田荘司先生、御手洗教授。
あなたがたがシリーズものだと知らずに手をとってしまいました、失敬失敬。
知的障害がありつつも、生まれ落ちた故郷の記憶が全くないながらも
故郷の一部だけ、おそろしく細部までを狂ったように衝動で描く「記憶の画家」。
そして、その彼が、本当は知的障害など抱えてないという告白と、その母を辱めた女たちに復讐せんとする手記。
次々に起こる殺人。
しかし、その全てが、巧妙に作られた物語の一部にすぎなかった、と。
うーむ。。。
この物語は、もう少し、御手洗教授と仲良くなってから、出会いたかったかも。
私は今まで御手洗教授を存じ上げなかったので、
結末に少し無理があるように感じてしまいました。
膨大な量の手記、旧約聖書の抜き出しもやや多く感じられて、なかなか読み進まなかったかも。
面白いのは面白かったんだけどね。
こんなに長編にしなくてもよかったのでは?
素人考えですが。
あなたがたがシリーズものだと知らずに手をとってしまいました、失敬失敬。
知的障害がありつつも、生まれ落ちた故郷の記憶が全くないながらも
故郷の一部だけ、おそろしく細部までを狂ったように衝動で描く「記憶の画家」。
そして、その彼が、本当は知的障害など抱えてないという告白と、その母を辱めた女たちに復讐せんとする手記。
次々に起こる殺人。
しかし、その全てが、巧妙に作られた物語の一部にすぎなかった、と。
うーむ。。。
この物語は、もう少し、御手洗教授と仲良くなってから、出会いたかったかも。
私は今まで御手洗教授を存じ上げなかったので、
結末に少し無理があるように感じてしまいました。
膨大な量の手記、旧約聖書の抜き出しもやや多く感じられて、なかなか読み進まなかったかも。
面白いのは面白かったんだけどね。
こんなに長編にしなくてもよかったのでは?
素人考えですが。
このおばあちゃん、どこかで会ったことある。
そうだ、「阪急電車」に出てくるおばあちゃんだ!
悲しくて苦しくてどうしても晴れることのない過去を抱えながら、
自分の足で立ち、新しいことに挑戦できる還暦のおばあちゃん。
徘徊と間違えられても、ちょっと雪掻きしたぐらいで筋肉痛になっても、64にもなって片想いのままでも、いいじゃない。
泥棒さんと手をくんだって、
好きな人のどら息子に巻き込まれたって、
50年前の同級生に未だに嫉妬されたって、
ひとを幸せにすることはできるもの。
おばあちゃんであるからこそかっこいいよ、お草さん。
しゃんと生きてればこんな素敵な女性になれるかしら。
そうだ、「阪急電車」に出てくるおばあちゃんだ!
悲しくて苦しくてどうしても晴れることのない過去を抱えながら、
自分の足で立ち、新しいことに挑戦できる還暦のおばあちゃん。
徘徊と間違えられても、ちょっと雪掻きしたぐらいで筋肉痛になっても、64にもなって片想いのままでも、いいじゃない。
泥棒さんと手をくんだって、
好きな人のどら息子に巻き込まれたって、
50年前の同級生に未だに嫉妬されたって、
ひとを幸せにすることはできるもの。
おばあちゃんであるからこそかっこいいよ、お草さん。
しゃんと生きてればこんな素敵な女性になれるかしら。
恩田陸さんが女性であることを昨日初めて知りました。
納得。
そりゃあね。女じゃないと、あんな風に女のわがままは書けない。
サヨコという理想。
サヨコという憧れ。偶像。
川の流れを少しだけ邪魔しても、
また元の流れに戻って行くように、
学舎をずっと見つめ続けて、
少しだけ、その時の流れに、赤い花を置きたい。
奇妙で、ホラーで、純粋で、歪んだ、きらきらした青春の1ページ。
25になって読む本ではないかもしれませんが、やはり楽しい。
思い出す。自分の、未熟な、自分が一番という感情を。
納得。
そりゃあね。女じゃないと、あんな風に女のわがままは書けない。
サヨコという理想。
サヨコという憧れ。偶像。
川の流れを少しだけ邪魔しても、
また元の流れに戻って行くように、
学舎をずっと見つめ続けて、
少しだけ、その時の流れに、赤い花を置きたい。
奇妙で、ホラーで、純粋で、歪んだ、きらきらした青春の1ページ。
25になって読む本ではないかもしれませんが、やはり楽しい。
思い出す。自分の、未熟な、自分が一番という感情を。
究極愛。
言葉を紡いでも、逆にこの愛の力を殺してしまいそうな気がする。
自分を欲望の道具に使い、貶め、辱しめ、裏切り、ぼろきれのように捨てた、洗練された男。
自分の言うこ とはなんでも聞く、下品で、頭が悪く、献身的な、薄汚い男。
自分を自分の言葉で語ることのできない、優しくて、嘘っぱちで、自分勝手な男。
自己中心で、我が儘で、見栄っ張りで、自意識過剰で、おめでたい、欲望に正直な女。
ページを手繰れども、手繰れども、
彼らに対する共感は薄く、嫌悪感が目立ってゆく。
どろどろと人生を汚してゆく人間たちに、さらにヘドロを上塗りするような疑惑が持ち上がる。
けれど最後に、愛にしかできない嘘があり、愛にしかできない守り方があり、
こうするしかできない愛し方があった。
彼は、
この世のなかでもいっとう醜い、みっともない存在であるのに、
地獄の炎のように赤く美しい愛を行った。
ラストで泣いた。
もう1度読んで、彼の愛を感じたい
言葉を紡いでも、逆にこの愛の力を殺してしまいそうな気がする。
自分を欲望の道具に使い、貶め、辱しめ、裏切り、ぼろきれのように捨てた、洗練された男。
自分の言うこ とはなんでも聞く、下品で、頭が悪く、献身的な、薄汚い男。
自分を自分の言葉で語ることのできない、優しくて、嘘っぱちで、自分勝手な男。
自己中心で、我が儘で、見栄っ張りで、自意識過剰で、おめでたい、欲望に正直な女。
ページを手繰れども、手繰れども、
彼らに対する共感は薄く、嫌悪感が目立ってゆく。
どろどろと人生を汚してゆく人間たちに、さらにヘドロを上塗りするような疑惑が持ち上がる。
けれど最後に、愛にしかできない嘘があり、愛にしかできない守り方があり、
こうするしかできない愛し方があった。
彼は、
この世のなかでもいっとう醜い、みっともない存在であるのに、
地獄の炎のように赤く美しい愛を行った。
ラストで泣いた。
もう1度読んで、彼の愛を感じたい
読んでいて、すっと、手指が冷たくなるような、感覚。
ちょっと不思議な体験、を通じて
ほっこりすることもあれば、
世にも奇妙な 物語のように、背筋が冷たくなることもある。
実は宮部みゆきさんには、この本で初めてお目にかかりました。
まだ初対面なのでわかりませんが、
あまり文体に癖のようなものを感じない。だから、怖く感じるのかも、字面からの個性の主張が少なくて。
けど、
読むものの先入観を巧みに利用する感じであったり、
救いのないラストであったり、
きっと、底冷えのするような冷たさを書ける方なんだなと、
そして、雪どけのような冷たい温かさを書ける方なんだなと、思いました。
そんな短編集です。
ちょっと不思議な体験、を通じて
ほっこりすることもあれば、
世にも奇妙な 物語のように、背筋が冷たくなることもある。
実は宮部みゆきさんには、この本で初めてお目にかかりました。
まだ初対面なのでわかりませんが、
あまり文体に癖のようなものを感じない。だから、怖く感じるのかも、字面からの個性の主張が少なくて。
けど、
読むものの先入観を巧みに利用する感じであったり、
救いのないラストであったり、
きっと、底冷えのするような冷たさを書ける方なんだなと、
そして、雪どけのような冷たい温かさを書ける方なんだなと、思いました。
そんな短編集です。