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viviの徒然読書感想文。

※勧誘とか怪しげな人のコメントはごめんなさい、削除します。

今までに読んだ本を、レビューのように感想を書いていきます。
気が向いたらコメント頂戴な。

あらすじというものはあえて書きません。

わたしの感じたままの、温度感を、伝えられたらいいかと。

死体遺棄の現場から、物語は強烈にスタートする。

命をかけても許されない罪を犯し、
その罪の所在すら自覚できない人間が、
生のエネルギーの塊によって
自分が人間であるということに気付く。

その道程は険しく難く、
償うとともに、新たな罪を少しずつ積み上げていく。
そこから逃げず、受け入れ、けれど立ち止まらず

友と師の人生を背負い、一分一秒すべてをすべて捧げてきても、
自分が奪った命と同じように、
簡単に掬い取られてしまうもので。

根底が悪でしかなく、一身を尽くしても救い上げられないひともいる。
体の芯から腐ってしまっていて、どうにもならない心もある。
全てのひととわかりあうことはできないし
理解することもできないし
全員がひととして大切な心を持っているわけではない。

だけどそういう人間をこそ救えることが
その罪を償う人間に課された宿命。

矛盾。

けれど、ほっとした。
食べることは生きることだ、と誰かがいったけど
人が人のために心をこめて作ったものは
必ずそのひとの心をあたためてくれる。

美しいことばで綴られる、みずみずしい野菜や果実や、ごちそうの数々は
よくよく見てみると、
自分も口にしたことがあるものばかり。

ひとのこころをあたためるたべものは、
まごころをこめることが
気の持ちようでなくて、小さくても奇跡を起こすのだ、と思う。
つむぎ、からみ、おりなす
雪月花の儚く、強い美しさの結晶。

白居易のひとりごとであって
そういう名の花は存在しないけれど、
きっと、大切なものがあるひと、
その大切なものを全力で愛し、守りたいひとに
きっと、それぞれの花がある。

美雪、紗月、梨花。
決して綺麗な感情だけではなくて、
暮らしていくための技術があり、
打算も、諦めもあるけど
自分のいのちと同じくらい大切な存在を
未来に継いでいく美しさが、そこにある。
女性が、女性らしく、
細やかで、
たまに思いやりのあまり
いきすぎて、いとおしい。

だけど、
プロフェッショナルとしての仕事が、
しびれるほど清々しい。

どんな仕事にも、
枝葉の多さは違っても、
奥の深さは深く掘り込んで
究極にたどり着くことはない。

ひとりひとりの人間が
生まれも、育ちも、親も、
環境も、空気も、感情も
同じ人間がひとりとしていないように
相手のあるかぎり、
時代が変わるかぎり、
仕事にも正解はない。

「ひとの話は
   片方からだけではなく」
当たり前のことが、
本当に難しいことが
あらためてわかる。
いわゆるパラレルワールドの話。

きっと、ひとつであったはずの二人が
大きな流れに引き裂かれて
それぞれ、お互いを忘れずに育ち。

大きな引力に惹かれて、
1Q84の世界に迷い込む。

もともとひとつのものが
裂かれてねじれて歪んだという運命の流れが、
セカイを奇妙に変化させていく。

引き裂かれた力の作ったセカイで
その力のせいで、ふたたび引かれ会い
だけど、相反する矛盾することわりのために
どちらかのいのちが引き換えになる。

わたしたちも迷い込んでいるんだろうか。


けど、ちょっと
伏線を拾わなすぎて、
それが村上春樹と言えば
そうなのかもしれないけど…
生きるために必要で大切な水を
本当にありがたくあおぎながら
がぶがぶ、ごくごく飲んで
自分が作り出した正常な空気を
当たり前のように、ひとの空気を清浄化する。

そういう風に、
名前のつけられない感情で
ひとを愛すると、

人がひとを大切に思うことが
生きることそのものになって。

目に見えないもの、
空気とことだまと
ことのはでしか
伝えられないものを
当たり前のように、暮らしに使うのは…

合理性とか、曖昧さとか、
そういうくくりを飛び越えて。
いいな、惚れるな。
かっこいい。

中学の時、高校の時、
こんな風にかっこよく、人気があって、少し抜けた感じに、憧れてた、みんな。

でも、それでも彼は高校生で、子供で、未熟で。
どう頑張っても手に入らないものがあって、
それは年の差がある限り永遠に埋まらないもので。

高校の時には、彼みたいにはなれなかったけど、
もうすこしおとなになった時に、彼の母親みたいになれたらいい、な。

まさに今みたいな季節の
北陸が舞台であることにほっこりする。

と、思えば、みじめで等身大で全然夢がない現実の
二者択一のパラレルワールドが、北陸の地味な寒さと相まって身に染みる。

あの時、ここで、こうしていたら。
こう言っていたら。何かが違っていたかもしれない。

運命というのは結局同じところにたどり着くのかもしれない。
でも、たどり着くまでの気持ちの通い合いはほんの少し変えられるかもしれない。

家族は、誰がどう思おうと、家族で、切れない。
自分はついに発狂してしまったのだろうか?
それともこれは、覚めない夢?
夢なら覚めて、覚めないなら殺してくれ。

戦争時や恐慌時に不治の病にかかり
隔離されたり差別されていた人間と
どちらが高尚だろうか。

恐怖し、嫌悪し、理解し、
憐れみながら
自分にかかわりのないことでよかったと、
あるいは自分ではなくてよかったと
安堵する。

苦しむことさえ諦めて死にゆく者を見て、
涙さえ流せずに安心する人間が、
その他大勢、ほとんど。
あるひとにとっては真実であることも
ちがう人にとっての真実はそれと違っていて
またある人にとっても、ほかの人と
よく似ているけど微妙にちがっていて

どこかで なにかが 違っていたら
こんな悲しいことは
起きなかったのかもしれない。

でも、事実はひとつだけ。
どんなに頑張っても、
時間の流れとともに、一通りしかない。

あの人にとっては
あなたはその他大勢に見えても、
わたしにとっては
あなたはたった一人しかいないあなたで。