赦しのチャンスが現れる時(葛藤・恐れ・嫉妬・不満・欠乏感)は

必ず、主体と客体のトリックに完全にはまっている時。

必ず、相手が存在している。

「わたし」という自我に強烈にはまっている時。

自分が自我に強烈にはまっているので

相手も強烈な自我の存在としか見えない

鏡の法則・投影





I'm not Body

I'm free




「これは全く起きていない!わたしが間違って誤変換しているだけ!すべて聖霊に明け渡します!」


この感情がおさまるまで何度も心のなかで繰り返す




やがて。。


「わたし」がだんだん無くなっていく。。






I'm not Body

I'm free










聖霊が自我の根底を解放してくれる


わたしという自我が薄らいでくる


聖霊とつながる


相手も聖霊意識とつながる




嵐が去った



静けさのよう。。キラキラキラキラ



   Lara♪ヒヨコ






一つなる者をどう捉えるか。。


ACIMの中でいっている「一つなる者」をどう捉えるか。。



なんだかわかるようでわかりにくいですよね。

例えばこんな風に捉えてみてはどうでしょうか


あなたの一日のなかで、誰とも接触しない時間がありますよね

(もちろん、物質的なものはあるので、この物質的なものの存在はスルーしてくださいね)



あなたが、誰かと一緒に居る時の自分と、誰とも接触していないときの自分はどうでしょう

よ~く観察してみてください

誰かと居る時の方が、どちらかというと作られている自分ではないでしょうか?


誰かと居る時はテンションが上がったり、また、下がったりしてませんか?

誰かと居る時は嬉しかったり、また逆に嫌だったり。


良くも悪くも誰かと居る時は、結構ブレてしまいがちです。

それは、自分と相手という風に主体と客体の関係、すなわち二元性を固く信じているからですね

嬉しかったり、悲しかったり、寂しかったり、

心は色々でいいと思い込んでいますが、

この世界でのわたしたちは完璧な安定に欠けているんですね

わたしたちの本質は愛でしかないので

恒に愛と悦びに満ち溢れているはずなんです





真のわたしたちは、神がいて、そして神のひとり子しかしない
わたしたちは一つなる者




エゴ意識の無意識層の投影として、わたしたちはこの世界に70億ほどの人がいると信じ込んでいる。
絶対にこの世界では、わたしひとりしかいないなんて捉えられない。肉体を持っているわたしたちの宿命ですね。

ただ、ほんの一瞬の錯覚をしているだけんですが。




例えば、一つなる者を捉える時、感じる時

ひとりきりの時の自分に集中してみてください

隣の部屋に家族のSちゃんが居る

でも、あなたの肉眼には絶対隣に居る家族のSちゃんは感知できない

声も聞こえないし、姿もみることができない

これを当たり前と思うことを

真逆な視点に置き変えてみてください



隣の部屋に居るから見えない?

そうじゃないんですね。

あなたやその他大勢のひとたちが

家族のSちゃんが居ると無意識層で認識しているからなんです



実は、本当はあなたしかいない



でもそう思った瞬間に、何か感じましたか?

急に怖くなったり、不安になったりしましたか?



その瞬間の気持ちを感じきってみてください

すると、もっと不安になってきますか?



でも大丈夫です

その時がチャンスなんです



いままでのあなたは、誰かに依存してきているのです

なぜって?

わたしたちは神から離れてしまったという錯覚のまま生きてきていますから

わたしが居て、あなたがいると信じ込んできました

「ひとりきりな自分はいやだ」と、これも相手に投影して存在をつくり孤独という恐れ、欠乏感を埋めてくれるものの代償として何人ものひとを存在させています。

無理もないんですね

エゴが相当の恐れを抱いていますから。


ただ、当然のことですが、

家族も友人も、知人も、世界中のひともいるおかげで

そこからいろいろ学ばせてもらっているということ、

大切な存在だということが大前提としてお伝えさせていただいています。




あなたがひとりきりのときに


目を閉じて。。


神を感じてみてください。。


思い出してみてください。。



わたしはひとりしかいないと心の中に入れていき。。


わたしは神の子であるということを思い出し。。


神があなたの存在を愛で包括していると感じ。。


神の愛に包まれている自分をひたすら感じてみてください。。



すると。。


わたしたちは


神しか頼るとこはないんだと理屈ではなく感覚でじわっとやってきます


もうここしかないと。。



ひとりきりの時間は

神とあなたをしっかりつなげてくれる時間でもあるかもしれません

もしよかったらちょっと試してみてください

神の深~い愛がじんわりと込み上げてきますよラブラブ




    Lara♪でしたぁヒヨコ


Forgiveness***彡・赦し



ACIMのなかの真髄であるForgiveness***彡・赦し




純粋非二元




神が存在し


神が創造した神の子が存在している


ただ、


これのみ





愛と


悦びと


永遠のエクスタシーのなかで


生きている





神の子(わたしたち)は元々罪など無い存在


このイリュージョンの世界では神から見放されたと勘違いしているだけ



だから、Forgiveness***彡・赦し


真実のところでは何も起きていない


だから、その誤知覚を見破り


その修正を聖霊に手放す




このイリュージョンの世界は


神を思い出すためのツール




心の中から、不安、恐れ、嫉妬、欠乏感、罪悪感が湧き上がって来たら


Forgiveness***彡・赦し





これがこの世界での


最強のヒーリング




今、このForgiveness***彡・赦しの体験もぞくぞくとあがってきている


こんな風に変わるなんて。。


わたしも日々Forgiveness***彡・赦しの繰り返し



そして、Forgiveness***彡・赦しを心のなかで唱えたら


この言葉も是非付け加えてほしい





「わたしは愛と悦びに満ち溢れている存在です」



と。。




  Lara♪でしたぁヒヨコ







ひさびさのブログです^^

雪がすごかったですね

みなさんは雪を味わいましたか?

えっ?!食べて味わった?!(笑)



わたしも雪を感じました。。

ハートはいつも感じるぅ~~しかないので

そこにフォーカスするとじゅわぁ~~~~っときます

わたしたちのハートは「愛」しか知覚できないので

どんなにわたしたちが汚いものと定義づけているものでも、

それはスピリットからみると「愛」「ハート」でしかない

分離した意識が意味をつけているだけ



雪も部屋から見ていれば、美しいし、とってもロマンチックですよね

でも一旦外に出てみると、寒いし、濡れるし、道は滑るし。。

この世界で受信するものには全て両極性があるので、こうだと言い切れないもどかしさがありますね

でも、わたしたちは、このもどかしさがいいと思っていたり、儚さに哀愁を感じたりさまざまですね



ハートは「愛」でしかないので、雪をハートで感じていると、美しいも、寒いも、滑るも無い

寒さもとことん感じていけばどこからか、感じなくなるでしょうね

美しいもずっと感じ続けていると、たぶん感じなくなるはずです

ちょっと実験してみると面白いですよ(^∇^)



方程式にすると

ハート+思考=知覚

愛+思考=感覚(感情・五感)





その、聖霊が導けるのはあなたの

この「知覚」だけです


わたしたちの心は分離していると錯覚していて

思考することも知覚することもできます



ただ、知覚は心の基本的な法則を免れることができない

完璧な秩序があるわけですね



わたしたちは自分の心の中から知覚し、

自分の知覚を外側へと投影しています

どんな種類の知覚も実在しないといっても(この世界は無いということ)、

わたしたちがこの世界でそれをつくり出しているので、

聖霊はそれを上手に利用して知覚に霊(スピリット)を吹き込んで

それを神へと導いてくれます



聖霊がわたしたちの量子レベルではたらいてくれるということは

そういうことなんですね



聖霊にすべてをゆだねていいんです

自分のアイデンティティが無くなるのではと心配しなくていいんです

聖霊は全体であり、一つなるものなので

調和を乱すことはけしてあり得ません

すべてをみて動いていくので

もう、渡してしまえばいいんです



そこが大きなポイントですね

ここがガッチリとはいってくると

聖霊と一緒に居る感覚が身についてきます

もし、なんだか依存になってしまうのでは?と

心配になられるかたは

大丈夫です


聖霊は

あなたの

意識の

最高峰にいる意識なので

あなたそのものなのです

だから、

どんだけでも

依存していいのですラブラブ


それでは今日は、

どうしても心が安らかにならない。。

どうしても憤りがおさまらない。。

どうしても罪悪感から抜け出せない。。

そんな時に唱える「赦し」のアファーメーションをシェアしますね


クローバー   クローバー    クローバー

わたしは心安らかではないので、誤って決断したに違いない。

わたしは自分でこの決断をしたが、別な決断をすることもできる。

わたしは心安らかでいたいので、別な決断をしたい。

わたしは罪悪感を感じない。

聖霊に任せれば、わたしの間違った決断の結果はすべて取り消してもらえるからである。

わたしは、聖霊に代わって神を選ぶ決断をしてもらい、わたしの間違った決断の結果を取り消してもらうことを決断する。
   
  ~奇跡講座P138より~

クローバー   クローバー    クローバー

*誤った決断とは、エゴを採用してしまっている、エゴのトリックにはまっていること。
*別な決断とは、神を選ぶために聖霊を採用すること、何も起きていないと見破ること。
*取り消しとは「赦し」のこと。





  We Love Holly Spirt天使

     Lara♪でしたぁ~ヒヨコ
2月3日に配信したブログで配信したのなかで

「たとえぼくが二百億光年かなたの星を見ると、
その瞬間に分子レベルで対象に変化を引き起こすことを物理学者は知っている。」


わたしもこれに近いことを経験していたことを配信した後に
思い出しました。

今日はそのことについて配信しますね。

前回のブログを配信してあの日のできごとが納得いきました。



それは、2,3年まえのことでしたでしょうか。。

近くに住むスピリチュアルなお話が大好きな友人と出かけた時のことでした。

「すごく不思議な場所が近くにあるから連れて行ってあげるね」と。

車で7,8、分くらいのところだったと思います。

住宅街ではありましたが、田んぼも少しあったりとのどかな場所でした。

見晴らしはすごくよく、遠くまで見渡せてとても気持ちのいいところでした。



彼女はそこでUFOもみたと言ってました。

わたしはそのころは、このACIMに出逢っていなくて、天使の存在をすごく身近に感じていました。

聖霊というよりも天使が強力にサポートしてくれていると。

まぁ~結局は同じようなものだと今はわかりましたが。



そのころのわたしは太陽をよく写真に撮っていました。

その日も太陽を撮っていたのです。

気持ちはなんだかすごく満たされていて、感謝の気持ちに溢れていました。

なんか大天使ミカエルがいるような感じがするぅ~~みたいな(笑)

何枚か撮って、お友達のお家に行ってペチャクチャおしゃべりをして帰りました。

帰ってから、今日撮った写真を見ていたら





なんだこりゃ????

太陽の右上に何か人のような形が撮れている?!?!

わぁ~~なになにぃ~~~?!?!

びっくりしてすぐにエネルギーとかに詳しいヒーラーさんに見てもらったら、

「何かのメッセージとかではないねぇ・・」と言われました。

もうひとりのヒーラーさんはLara♪さんの念写で撮れたんじゃないかしら。。




>たとえぼくが二百億光年かなたの星を見ると、
その瞬間に分子レベルで対象に変化を引き起こすことを物理学者は知っている。
どうしてそんなことが可能か?
じつは星は二百億光年かなたにあるのではないからだ。



そうじゃなくてぼくの心のなかにある。


もっと正確にいうならぼくの心の投影だ。ぼくが作り出している。たいていの人は星があってそれを自分が見ると思うけれど、そうじゃなくて星は自分のなかから投影されている。
しかも、ぼくが見たり触れたりするまでは、それは物質(matter)ですらない。
だから意味さえもない(not even matter)。それはエネルギーであり、考え出されたもので、
だからエネルギーは破壊され得ない。
物質は違うかたちをとったエネルギーで、エネルギーに戻り、また、リサイクルする。<
  

   ~ゲイリー・R・レナード「不死というあなたの現実」 P35より ~

まさに、わたしの心のなかにあるイメージが投影されて、

写真という媒体にデバイスされて画像に写しだされたんですね。

その時は、そんな意味も知らなかったので、

わたしは特殊な能力を持っているのかも。。(笑)

なんてちょっぴり思っていましたが、トリックがわかると

何ていうことないことなんだと気づかされました。



いかにわたしたちが瞬間瞬間に使っている判断、感情などが

この世界をつくっているのかも理解できてきますね。

あなたも、あなたの周りに起きていることもあなたの想念や潜在意識で

作られていることに気づかれると見方が180度変わってきます。

わたしもそうでしたから(^-^)/

いま、ACIMでいう「赦し」の輪もひろがっていきつつあります。

そして、「赦し」をやることによって、かなりそれによる変化を色んな方々が体験しています。

まだ、「赦し」ってなに?と思うかたがいらっしゃいましたら

ゲイリー・R・レナードの「神の使者」をお読みください。

かなりヒントになると思います。



それでは、その時の写真をUPしますね(笑)

一応大天使ミカエルってこんな感じです。URLコピペしてみてくださいね。

http://japonese.despertando.me/wp-content/uploads/2013/12/Screen-shot-2013-12-05-at-10.57.07-PM.png

では、Lara♪が撮った写真です 





かなりいい感じに念写してますよね?!(*゚.゚)ゞ

それでは今日も読んでくださりありがとうございます♪ラブラブ

   
    Lara♪でしたぁヒヨコ



今日はめちゃ文字だらけ(笑)です。
2回に分けて配信しようと思ったんですが、
やはり、分割してしまうと伝えたいことが伝わらないことが全部入力してわかったので、分けないで配信します。
興味ある方はじっ~~くり読んでくださいね。

ACIMの核心となる部分が書かれています。

ゲイリー・R・レナード 2部作目


*「不死というあなたの現実」P34~抜粋しています





神の使者のなかに出てくる J とは、イエスのことですが、
歴史上で伝えられてきたキリスト教に関わったイエス(Jesus)というのではなく、
真実を伝えてきた元々ユダヤ教のラビで、新しい宗教を起こすなんか考えていなかった肉体を持って生まれてきた一人の男性、イェシュア(Jeshua)を指しています。

>J はとても優れたユーモアのセンスがあった。彼ったらほんとうにおもしろかったのよ。笑うのが大好きで、人を楽しませてくれたわ。<(神の使者P77より)
*詳しくは神の使者の「地下のJ」P39~を読んでみてくださいね。



クローバー クローバー クローバー

J は中東の生まれだったことを思い出さなくてはいけない。
彼には西洋よりも東洋的な傾向があっただろう。だから仏教の教えも良く知っていたに違いない。
仏教における我(エゴ)という考え方を知っていたはずだ。
そしてヒンズー教でいう多元世界、仏教における我(エゴ)がたくさんの現れ方をしても、
じつはたった一つの我(エゴ)があるだけということを理解して、体験していただろう。
つまり、ここに自分がいる。これが自分だと考えているけど、じつは存在するのは唯一者だけだ。
他には誰もいない。ここにも、ここではないどこかでも誰もいはしない。そう見えるだけなんだ。
そう見えるのはトリック、仕掛けだ。心のなかの意識の部分は外部を見て、
違う身体、違うかたちというぐあいにあらゆるところに分離を見るが、しかし、それは幻想だ。
そして心のなかの無意識の部分は氷山の大部分が水面下にあるようにほとんどが隠されているけれど、
ほんとうはぼくたちというのはたったひとつしかないことを知っている。

時間も空間も相違も、すべてはそう見えるだけで真実ではない。
すべてがつながっている理由は、神が唯一であるのと同じように幻想がたった一つあるだけだからだ。
ただし、神はその幻想とは何の関係もない。あると思うのは人間の側の間違った想定だ。
人々は自分たちがこうだと信じるイメージを象って神を作り上げたんだ。
完璧で、無辜で唯一の存在としてしてね。幻想のなかに存在する一体性は、エゴが神を真似しようとして作ったまがいものだ。


現在では量子物理学者も時空が幻想であること、過去と現在と未来はすべて同時に起こっていることを確認している。
ぼくたちはじつは非局所的な存在で、それが局所的な経験をしている。
あんたがたがそっちにいて、ぼくがこっちにいるように見えるかもしれないけど、それは偽りだ。
空間も分離というただの考え方で、時間も空間を分割し、
違う時間帯があって違う場所があるように見せかけているが、
たとえ見かけは違っているようでじつはすべてが作り上げられたもので、何もかも同一だ。
だって分離という考えのうえに築かれた幻想なんだから。
物理学ではまだそこまではわかっていないけれどね。
物理学者が知っているのは、物事のほんとうのありかたをよくよく見ようとすると、
真のあり方と比べてぼくたちの経験は幻想だということがわかる。ってことだ!


彼にはまだ全体像ではなくて一部しか見えてない。科学と(霊性)スピリチュアリティはまだまだ完全に出会ってはいないんだ。ただし、近づきつつあるけれど。


たとえぼくが二百億光年かなたの星を見ると、
その瞬間に分子レベルで対象に変化を引き起こすことを物理学者は知っている。
どうしてそんなことが可能か?
じつは星は二百億光年かなたにあるのではないからだ。


そうじゃなくてぼくの心のなかにある。


もっと正確にいうならぼくの心の投影だ。ぼくが作り出している。たいていの人は星があってそれを自分が見ると思うけれど、そうじゃなくて星は自分のなかから投影されている。
しかも、ぼくが見たり触れたりするまでは、それは物質(matter)ですらない。
だから意味さえもない(not even matter)。それはエネルギーであり、考え出されたもので、
だからエネルギーは破壊され得ない。
物質は違うかたちをとったエネルギーで、エネルギーに戻り、また、リサイクルする。

心理学を含め、これほど進んだ知識が得られている今でさえ人々がまだ理解していないことが彼にはわかったんだな。それはこういうことだ。

ここにいるわれわれがほんとうは一つなら、そして心の意識の部分はそれを知っているのなら、
人を批判したり非難しているぼくらはいったい何をしているのか?
自分の無意識の心に自分たちは批判され非難されるべき存在だという
メッセージを送っているようなものだ。


だからJは、ここにいると思っているぼくらがほんとうは一つであるなら、
そして無意識の心がそれを知っているなら、
自分は一生涯すべてのひとにその真実の姿を見よう、
つまり分離というインチキな考え方から生じたに過ぎない
個々の別々の身体ではなくて完璧な精霊を見よう、と決めたんだ。
彼はすべての人々を無辜の純なキリストとして見ようとした。人々をほんとうの姿で考えた。
傷つき得ない不死の存在、それどころかこの世界には触れることもできない存在として。



このように悟りの鍵はごく少数の人しか知らない秘密にあったが、
その秘密をJはよく知っていた。
自分が自分についてどう感じるか、どういう自分を経験するかは、
自分が「他者を」どう見てるかで決まる。
つまるところ、それが自分のアイデンティティを決定する。
自分を身体と同一視(アイデンティファィ)するか
完璧な精霊と同一視(アイデンティファイ)するか、
分断されていると見るか全体と見るかを決めるのは、
自分が他者をどう見るかだ。これが理解できたら、
他者についての考えにはものすごく注意をしないとまずいと思うだろうな!




クローバー クローバー クローバー

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
いかがでしたでしょう。何か、ぐっとくるものはありましたでしょうか?
わたしは、これを入力しながら、すごくまた、このACIMのことがズシ~ンとはいってきました。気づきもありました。共に学んでいきたいと思われる方は、また、このような本の一部を抜粋して手入力していきますので、Lara♪ブログへ遊びにきてくださいねラブラブ
誤字脱字ありましたら赦してね^^

 いつもみなさんと共にあるということをしみじみ感じています
   わたしたちは一つなる者ですね。。

       Lara♪でしたぁ~ヒヨコ








愛とは


考えるものではなく


感じるものである。。






         ヒヨコラブラブ
みなさんおはようございます~♪

今日はわたしのハート仲間のTさんから「神の使者」 4章 存在の秘密というところを学んでいるとのことを風の便りに聞きましたので ^^ わたしがここを読んだとき、アンダーラインを引いたところを全部ピックアップしてみますね。

まだ読んでらっしゃらない方にも、すでに読んだ方にも、
何かヒントになるかもしれません(これも直観^^)

そしてわたしも再度、噛みしめながら(笑)学んでいきたいと思いますヒヨコ

  クローバー  クローバー  クローバー


4.「存在の秘密」P164から

「神の声」がはっきりと聞こえない障害を聖霊に取り除いてもらいたいと願ったのだ。P164

だが「コース」の教師はほんとうは一人しかいないーそれに学習者もたった一人なんだよ。P166

時間を超越している心の壮大さは、言葉ではとても言い表せないの。P168

「始まりの前には、始まりも終わりもなかった。あったのはただ永遠の「恒常」だけで、それはいまもーそして永遠にあるはずだ。また、あったのは欠けることのない一体(ONENESS)という意識だけ、この一体はとびきり完全で、とびきり驚異的で、その喜びの広がりは無限であり、だから何ものであれ「それ自身」以外の何にかを意識することなどまったく不可能だった。過去も現在もこの現実にはただ神があるーこの現実をわれわれは天国と呼ぶ。神がキリスト(神の子)を創造した、P168

この瞬間、実行するのが容易だという意味じゃないよ。だが、それは可能だってことだー少々の助けがあればね。P171

自分の経験の責任者は神ではなく自分だと気づかない限り、神を信頼することはできない。P171

幻想のなかで責任ある行動をしなくていいということじゃないよ。聖霊の最大の援助を可能にする真の赦しを実践するには、理解しなくてはならないことがあるだけだ。P172

神はまったく関与していない。P172

物質はかたちの異なるエネルギーP172

そのためにはエゴではなく聖霊の思考が行き渡るように心を訓練しなくてはいけない。P172

あなたの時間を節約するための言葉でP173

無意識の抵抗があまりにも大きいから。P173

赦しこそつねに道なんですからね。P174

「コース」が自学自習の P174

それは心の法則と、赦しの本当の機能に P174

あなたのエゴはあなたを馬鹿にしておきたがるでしょうけどね。エゴの世界全体が愚かな思考なの。P175

こころ(mind)P176

個別化にして関して言えば、これもきみたちが間違ってとても高く評価しているものの一つだった。P176

霊(スピリット)にはレベルはなく、すべての葛藤はレベルという意識から生じる。P177

ところで無意識というのは場所じゃないんだよー心の装置、デバイスだ。P179

エゴはあなた自身についてのあなたの一部に過ぎない。P180

きみたちが分離を信じ続けるなら、エゴはきみたちに個としてのアイデンティティを差し出してくれるー P181

心のなかの壁で隔てられるんだ。P182

心というものがどれほど力強いか、P183

だが、きみは自分が愚かだという夢を見ているーP184

あなたがさらに代用品を作らざるを得ないように仕向けたのだから。P184

いま世界は光を求めようとして、逆立ちしている。そんなところに光はないんだよ。P186

聖母マリアの出現も天使についての説明がつくわ。P187

心には力があるから、あなたは自分の信念の力をちゃんとわかっている必要がある。P189

「…すべてを包み込む者には対極はない」のよ。P191

みんな同時につくられたんだ。P191

その動機とは恐怖であり、P191

恐怖に麻痺した状態でいる。P191

この宇宙だP192

スケープゴートになる。P194

きみたちの分離したかに見える心を(きみたちはいまこれを魂だと思っている)P194

壮大な計画の目玉のパフォーマンスとして、エゴはーなんとー身体をつくり出す。P194

この思考システムがこの世界のレベルでどう行動化されているかを説明してあげるが、P194

すると、ぼくはこころのなかにある無意識の罪悪感と恐怖のせいで、輪廻し続けているんだね。その罪悪感が癒され、隠された恐怖が消えたら、もう身体も世界も、この宇宙さえ必要なくなる! P195

何十億年も採用してきた P195

誰も幻想を直視しない限り、それから逃れることはできない。幻想は見られないことで守られている。幻想は危険でないから、それを前にしてすくむ必要はない。わたしたちはエゴの思考システムをもっと間近にしっかりと見つめる用意ができている。わたしたちが一緒なら幻想を振り払うランプがあるからであり、自分はそれを欲していないことに気づいた時から、あなたの用意はできているはずだ。一緒に穏やかに実行しよう。わたしたちはただ誠実に真実を求めているだけなのだから。P195

「償い」を取り替えればいいのよ。 P196

進化も幻想で煙幕みたいなもの P196

すべての身体は非現実だ P197

あなたの宇宙のすべては、あなたの身体が独特な現実だと思わせ、エゴのシステム全体がまっとうなものだと思わせるようにできている。P197

ある場所やモノをとくに霊的と思わせたがることなの P197

身体はほんとうは一つになれない。P198

ただし一人でやらないほうがいいわねー 一緒に赦しを実践するようになれば、 P199

あなたの目の前のものごとを赦すことによってね P199

「コース」が役にたったなと感じるたくさんの嬉しいひとときがあるはず。 P199

わが家に戻れる台本を! P199

心から自分に正直になろうと努めてごらん P200

その本を書くとき、あなたは完全に罪悪感から解放されているべきです。その本はあなたの責任じゃない。聖霊の責任だから。P201

ー独りであり、選ばれた者は幸いである。あなたは神の王国を見出すだろうから、あなたはそこから来たのだから、再びそこへ戻っていくだろう。P202

世界の背後にある動機とは何なのかを思い巡らした。P203

 クローバー  クローバー  クローバー

いかがでしたか?みんなピンとくるところは違うと思いますが

Laraのアンダーラインを引いたところはこんな感じでした

もう一度、読み直してみています^^

 いつも長くて。。あはは…

   Lara♪でしたぁヒヨコ




ゲイリー・R・レナード , 吉田 利子
今日は、今朝ピカ~ンと来たインスピレーションをお伝えしますねヒヨコ


  クローバー  クローバー  クローバー


わたしたちは神のコピー(愛で創造された存在)

わたしたちは全体であり一つなるもの

幻想の中で肉体をもって生きているようにみえている

神の情報をわたしたちに丸ごとコピーされている

その分離したという錯覚のなかでのわたしたちも実は神の情報に近いものが肉体に入っている

だから、いつまでも、神を求めてさすらっているのです

迷い子なのです



わたしたちは一つなる存在

わかりやすく肉体で例えるならば

ある人は足のお役目として生きている

ある人は手のお役目として生きている

ある人は髪の毛のお役として生きている

この世界での肉体もどれ一つ欠けても成り立たない

すべてが合わさってひとつの肉体

ただ、その人その人の人生(赦しの内容)が違うだけ

個性として見えているだけ

この今世に自分は足のお役目で生きているんだという

自覚が持てたなら、他人と比較なんてあり得ない

幻想の世界の肉体もどこが欠けても成り立たないようにできている

このイリュージョンのなかでも精巧にできている



神の世界はすべての心が合わさってたった一つあるだけ

ほんとうは、わたしたちはたった一人しかいない



神の壮大な無限の大いなる愛のなかで生き生きと命を育んでいる




エゴのトリック

よ~~く観察してみると実に巧妙にできている

がしかし、その裏には矛盾もいっぱい含まれている

じっくり観察すると神のコピーのわたしたちの意識が作ったのだと見破ることができる

わたしたちは全体であり一つなるもの

わたしはあなたであり、あなたはわたしである

わたしたちは、誤って知覚してるだけ

このイリュージョンの世界に180度真逆にコピペしてしまった

この肉体もこの自然も、そして宇宙さえも実はわたしたちの意識の投影

だからと言って、肉体をもっているわたしたちが自らこのすべてを作れるはずがない

わたしたちが神の丸ごとコピー(スピリット)だから

ここまで完璧に近いほどの世界を作れる

しかし、ひっくり返せば矛盾だらけ。。

もし、この世界が真実の世界なら、

愛がすべての世界なら

完璧に成り立っているはず

精巧に見えても完璧にできないのがエゴの弱点


神の思いに勝てるわけが無い

わたしたちは

愛の中心に存在しているスピリットです

だから、「愛」が大好きなんですドキドキ


クローバー  クローバー  クローバー


 今朝来た、伝えたいインスピレーションのままに書き綴ってみました

 いつも読んでくださり本当にありがとうございますラブラブ

  Lara♪でしたぁヒヨコ
  クローバー  クローバー  クローバー

ACIM(奇跡のコース)に出逢ってからのわたしの日常は

はた目からでは、何にも変わっている雰囲気はないと思います(^∇^)

朝起きて、朝食を食べて、歯磨きをして、

お洗濯・掃除をして、デスクに座り仕事をスタートする。

打ち合わせや、ワークがある日はバスや電車をつかって出かける。

時には愛車で出かける時もある。

出先では、縁あった方々と会いお話をしたり、ミーティングをしたり。

時にはお友達や気の置けない仲間と語り合い笑い。

そして食事の支度をしたり、ひと仕事が終わると

また、デスクの前に座り、メールやSNSをチェックしたり、

絵のお仕事をする。

一見、な~~んにも変わっていません(笑)



がしかし、

わたしの見方、捉え方、感じ方がまるっきり変わってきています。

今わたしが書いたのは行動ですが、

誰でもその行動の一瞬一瞬に判断(思考)がくっついているんですね。



たとえば、朝起きて、目覚めた時に、

う~~んなんか目覚めた瞬間から昨日のことがまだ残っていて

それについて葛藤しているなと。いやな気分がいきなりやってきたなと。



ACIMに出会う前だったら、その気持ちのまんま朝の一連の行動に

ず~~っと、そのいやな気持ちがくっついているわけです。

または、わたしの思考のなかで

「まぁまぁそんなの気にしても仕方ないじゃない」と気を反らそうと努力したり、

あるいは、好きな音楽を聴いて気を紛らわしたりしていました。



それが、ACIMを知ってからは、そんな時には、即、「赦し」をします。

「この気持ちは全く起きていない。だから赦します。

そして全てこれを聖霊に明け渡しします」と

心のなかで念じるだけ。

それでもすぐに気持ちが治まらないときには何度も繰り返す。



すると、いつも間にか、「わたし何を赦したんだっけ??」となるくらいになってしまうんです。

その葛藤を自分でどうにかしようとすればするほど、

それを強化してしていくことになってしまうんですね。



だから、一見、問題逃避するように感じられるかもしれませんが、

「赦し」の真髄を知っていれば、

わたしたちは元々、

物質世界の存在ではないということからの視点。



元々、神がいて、罪など無い「愛」の存在であるという「純粋非二元」からの視点なので

表面的な軽い問題逃避とは訳が違います。



これがしっかり根底に築き上げられてくると、

真の癒しが行われるので自分が何かを意図していなくても

勝手に変わっていきます。ほんとに言い過ぎではありません。

わたしも昨日、また、赦しの醍醐味を体験したばかりです。

これにはびっくりなんです。

ありえないんです。











わたしはみなさんに

伝えていきたいのです。











自分だけが癒されるだけでなくて

わたしたちはみんな一つに繋がっている(個々で繋がっているのではなく元々一つである)ので

周りも同時に癒されていくんです。

それが素晴らしいんです。



毎日の暮らしのなかに、一瞬一瞬、必ずくっついているこの判断(思考)がくせものなんですね。



最初は少し窮屈かもしれませんが、自分のやりやすいスタンスでいいんです。

すると、だんだん、自分の判断(思考)の癖のようなものも解ってきます。

そして、だんだん、赦しが自然に行えるようになってきます。

ここまでくると占めたものです(笑)



Let's Share~Let's Forgiveness~

 今日も読んでくださりありがとうございますラブラブ

   Lara♪でしたぁヒヨコ