月並みな言葉ではありますが、ひとえにこの公演に携わってくださった皆様の温かな御協力、御支援によります賜物と思い、今ふと思い返すだけでもこの作品に様々な形で集ってくださった皆様のお顔が浮かび、その都度胸の中に温かなものが感じられ、あらためて心より感謝申し上げております。
そしてまた、今回の公演の特徴のひとつかもしれないのですが、各公演の客席で初めてお見かけしたお顔でもその前のSNSなどでお知り合いになれた方々のお顔が『あぁ…あそこに座っていらした方があの方だったか…』と、自分でも驚いたことに浮かびます。これは自分のような出来る限り狭い範囲の世界で過ごしたい人間にとっては初めての経験でしたので、本当に不思議な経験だなぁと思いながら、そして、それ(この歳になって新しい友を得ること)が楽しく感じられるようになったことをうれしく思っています。逆に考えるとこの歳になるまで新しい友を得ることに不安を覚え、そのような環境に出向く機会を極力避けて生きて来たことが勿体なく思えるようになりました。
これは前作『ミレニアム桃太郎』の初演の少し前から強く意識していたことなのですが…もともと自分の個人的な課題でありました、『自分自身で作り上げている他者との壁を越える』ような作業の連続によってしか今回の舞台は達成出来ないものにしたい、しなければならぬ、という思いが強かったので音楽監督の長谷川さんと最初に打ち合わせした時から「一体化、一体化」と繰り返し考え続けて来ました。
こんなこと勝手に言うと怒られるかもしれないのですが、たぶん長谷川さんも深い部分では他者との濃密な交流は決して得意なタイプではないようにずっと感じていました。ただ僕は長谷川さんのように日夜この世界の調和について考えて、考え過ぎて寝られなくなってしまうような繊細で優しい方に厚かましく依存することが得意なので、雑談の中から始まったアイディアを次々と『METAL OPERAミレニアム桃太郎』の為に作曲、編曲してくださり、他作品との同時進行の中から正に身を削るようにして行なってくださっていたことが、(芸能の大先輩に対して失礼なのですが)「同志」の絆を深めることが出来た気持ちがしてとてもうれしかったし、「こんなにたくさんの楽曲をこの短期間で作って頂いてしまった。これはもう後には引けない…」と緊張しつつも心が高鳴りました。
しかしその後、具体的な台本を書き進めて行く中でどうしても「前回の『ミレニアム桃太郎』を超えて…」と勝手に考え始めてしまった時から自分の中での挫折が明らかになっていったように思います。『前作の呪縛』と言うと大袈裟なのですが「比較」の中から新作を創ろうとしてしまっていました。(世の中の優れた作家・演出家の方はそのようなこともなんなくクリアすることなのだと思うのですが…)
新たにお迎えした松本君、タツキ君、空花ちゃん、晴絵、チビちゃん2人…。初めて創造を共にする素敵な表現者たちを迎える喜びは勿論あったのですが、台本を書くにつけ演出を考えるにつけ、前作の役柄の設定のことが頭に浮かんだり、『前作よりもイイものって何だろう…』という迷路に入っていた時期がありました。
「新しい友を得る」「他者との間合を越えて一体化を目指す」という作品コンセプトを持っていたにも関わらず、始めの一歩でつまづくようなことを自分の内面で行なっていました。
そんな時に宗家からあるアドバイスというか非常に興味深いエピソードを大きな驚きと共に聞くことが出来て、ようやく何か自分の中の殻というか、固くなっていたものが砕ける気持ちがしました。自分の中で「覚悟」と思っていたものをいったん割って、修正して、もうひと段階強く覚悟することが出来ました。(ような気がしました)
そうした気持ちになった瞬間に(本当に「瞬間」でした)長く親しくさせて頂いている堀越彰さんから御返信を頂き『僕よりも叩けるドラマーを紹介するよ』と。そして数日後にはひとりの天才を連れてスタジオにいらしてくださいました。あの日のことはこの先も決して忘れないと思います。その響きがスタジオを満たすとベースの倉多聡さんも驚いたように笑い、長谷川さんと宗家と僕はもはや泣き笑いでした。お父様の堀越さんだけは終始厳しい目線でアドバイスを送っておられました。
一希くん、『ミレニアム桃太郎』に来てくれて本当にありがとう。
その後、次々と高橋誠さん、遂には親友の拓馬くんの尽力によって末原康志さんという個性の異なるギタリストのお二人を本当に奇跡的にお迎えすることが出来て、『METAL OPERAミレニアム桃太郎』の輪郭の70%が浮かび上がりました。
高橋さんをお迎えした新宿のスタジオでは宗家は泣いていましたし、末原さんをお迎えした豊洲のスタジオで僕は、その魂から響くような音が流れ始めた瞬間に涙腺崩壊しそうでした。立場上、普通にしてました。
その後はもうとにかく『ロックライヴ』『ダンス』『殺陣』『演劇』『フリートーク』が自然な形で融合した上で、それらの「熱い情感」が会場の皆さんに自然に伝わり、皆さんが自然に手を振り、鼻歌を歌い、足を踏み鳴らし、声を上げ、立ち上がり、全身を動かしてくださった時に残りの30%…50%…70%…いや、わからない…結果、100%を超えて会場が一体化することを祈るばかりのような日々でした。
きっとロックのコンサートではごくごく当たり前の風景だと思うのですが、僕は殺陣と演劇によって人生を180度変えてもらった人間なので、ロックコンサートとは趣きの異なる『演劇の舞台』(もしくはロックライヴと演劇が融合されたようなユニークな舞台)で会場との一体化を目指してみたかったのです。
若干の無秩序を持ち、荒唐無稽で、自然で、エモーショナルで、でも、皆がそれぞれに協力し合って、『人間っていいな』と思えるような舞台空間が繰り広げられる様子を観てみたかったのです。
その場面ではもうお客さまはほぼ『登場人物』だし、『殺陣で言うと絡み(斬られ役。斬り役よりも重要。だと思う)』だし、何かの瞬間には演出さえ可能な存在でした。(実際、千秋楽ではお客さまのリクエストによって美澪奈ちゃんは歌い、僕は華麗に(?)踊りました。もはや演出の領域です。しかし、きっとあのような瞬間を海外で行なうのは難しいように感じました。それが今回の千秋楽にご参加くださった皆さんの素晴らしい感性だと僭越ながら感じております。歌舞伎の「大向こう」のように「奥ゆかしさを重重知りつつ大胆に間合を見切った発露」でしか得られない「阿吽の呼吸」の素敵さを改めて深く感じさせて頂きました)
今回の舞台が正しいものだったか、良いものだったか、やっぱりわかりません…そして、芸能はそういう尺度は持ち合わせていないと思うので結果の成否はやっぱり計り知れないのですが、個人的な思いを述べさせて頂けますと、千秋楽を始め、各々の公演のアンコールで座長・美澪奈ちゃんが客席を見上げて『…キレイ…』とつぶやいただけで自分の演劇経験史上最大の試練が報われる心持ちが致しました。
あの軍配ライトが皆さんの優しい気持ちを映し出すように揺れている様子はとてもキレイでした。
もちろん小さな劇場で限られた客席数の中での小さな出来事ではありましたが、あの光景はきっとそのLEDの光が物理的に美しかったばかりではなくて、それを振ることで客席・舞台の垣根を超えて交流してくださろうという皆様の優しい気持ちが『キレイ』だったのだと感じました。
的確に書きたかったのに結局とても長い御礼文になって申し訳ありません…いつもこんなポンコツではありますが、美澪奈ちゃんという『演技することが大好き』で『会場を一体化させる天才』そして『夢に向かって努力することの天才』が「ミレニアム桃太郎」という「アーマー(鎧)」を身にまとい、未だ見ぬ旅を続けて行く後ろ姿を皆さんと一緒に見届けたい、という執念だけは誰にも負けないつもりなのです。だからこれからも想いを馳せ続けたいです、『ミレニアム桃太郎』というひとりのプリンセスの旅路を。そのためになら様々な試練を乗り越えたいです、座長・美澪奈ちゃんを支える縁の下の石のひとつになります。スミマセン、いい歳してこんな感傷的なこと書いて。『ミレニアム桃太郎』の旅はまだまだ続くことを祈って。
皆さんも是非そうあって頂きたいのですが僕もその船に乗りたいです。
思いつくまま長文、スミマセン、筆を置きます…!またお会い出来ます時を心待ちにしています。
いつも励ましてくださる多くの新しい友達、本当にありがとう。深謝。
(最後に。今回のミレニアム桃太郎も様々な方々に支えて頂き、もちろんここに書き切れるものではないのですが…至らぬ演出をいつも励ましアドバイスしてくださった木下さん、真の優しさで座長を支えておられる姿を見せてくださる稲石さん、楽屋にいらして笑ってくださるだけでホッとする青木さん、桜月流の影の指揮者とも思える飯塚さん、いつも魂の美しさを教えてくださる倉本さん、チケット・受付などで奔走してくださった島田さん、どんな時も冷静で優しい大島さん、音楽の無理難題を解決し続けてくださった共立の井関さん・阿部さん、心が燃える灯りをくださった英哉さん、舞台の基礎からバンド幕まで現してくださったタシブトフクシマさん、孤高の天才イワノフ、カッコいいダンスの振付をしてくださったMIO先生、情熱的な歌唱指導をくださったYAKO先生、流派門下たち、もちろん他にもたくさんのお力添えしてくださった皆様、そしてTwitter始め様々なSNS等で支えてくださっている皆様に、この場からでは無礼かとも存じましたが…心よりの感謝を申し上げさせてください。当たり前すぎることなのですが、皆さんなくしては何も達成されませんでした。特に客席と舞台という境界を超えて「新しい友達」の楽しさに気付かせてくださった皆さん、ありがとう☆)

