先日、8日の成人式の日に『METAL OPERAミレニアム桃太郎』の全日程の幕を無事に引くことが出来ました。

月並みな言葉ではありますが、ひとえにこの公演に携わってくださった皆様の温かな御協力、御支援によります賜物と思い、今ふと思い返すだけでもこの作品に様々な形で集ってくださった皆様のお顔が浮かび、その都度胸の中に温かなものが感じられ、あらためて心より感謝申し上げております。

そしてまた、今回の公演の特徴のひとつかもしれないのですが、各公演の客席で初めてお見かけしたお顔でもその前のSNSなどでお知り合いになれた方々のお顔が『あぁ…あそこに座っていらした方があの方だったか…』と、自分でも驚いたことに浮かびます。これは自分のような出来る限り狭い範囲の世界で過ごしたい人間にとっては初めての経験でしたので、本当に不思議な経験だなぁと思いながら、そして、それ(この歳になって新しい友を得ること)が楽しく感じられるようになったことをうれしく思っています。逆に考えるとこの歳になるまで新しい友を得ることに不安を覚え、そのような環境に出向く機会を極力避けて生きて来たことが勿体なく思えるようになりました。

これは前作『ミレニアム桃太郎』の初演の少し前から強く意識していたことなのですが…もともと自分の個人的な課題でありました、『自分自身で作り上げている他者との壁を越える』ような作業の連続によってしか今回の舞台は達成出来ないものにしたい、しなければならぬ、という思いが強かったので音楽監督の長谷川さんと最初に打ち合わせした時から「一体化、一体化」と繰り返し考え続けて来ました。

こんなこと勝手に言うと怒られるかもしれないのですが、たぶん長谷川さんも深い部分では他者との濃密な交流は決して得意なタイプではないようにずっと感じていました。ただ僕は長谷川さんのように日夜この世界の調和について考えて、考え過ぎて寝られなくなってしまうような繊細で優しい方に厚かましく依存することが得意なので、雑談の中から始まったアイディアを次々と『METAL OPERAミレニアム桃太郎』の為に作曲、編曲してくださり、他作品との同時進行の中から正に身を削るようにして行なってくださっていたことが、(芸能の大先輩に対して失礼なのですが)「同志」の絆を深めることが出来た気持ちがしてとてもうれしかったし、「こんなにたくさんの楽曲をこの短期間で作って頂いてしまった。これはもう後には引けない…」と緊張しつつも心が高鳴りました。

しかしその後、具体的な台本を書き進めて行く中でどうしても「前回の『ミレニアム桃太郎』を超えて…」と勝手に考え始めてしまった時から自分の中での挫折が明らかになっていったように思います。『前作の呪縛』と言うと大袈裟なのですが「比較」の中から新作を創ろうとしてしまっていました。(世の中の優れた作家・演出家の方はそのようなこともなんなくクリアすることなのだと思うのですが…)

新たにお迎えした松本君、タツキ君、空花ちゃん、晴絵、チビちゃん2人…。初めて創造を共にする素敵な表現者たちを迎える喜びは勿論あったのですが、台本を書くにつけ演出を考えるにつけ、前作の役柄の設定のことが頭に浮かんだり、『前作よりもイイものって何だろう…』という迷路に入っていた時期がありました。

「新しい友を得る」「他者との間合を越えて一体化を目指す」という作品コンセプトを持っていたにも関わらず、始めの一歩でつまづくようなことを自分の内面で行なっていました。

そんな時に宗家からあるアドバイスというか非常に興味深いエピソードを大きな驚きと共に聞くことが出来て、ようやく何か自分の中の殻というか、固くなっていたものが砕ける気持ちがしました。自分の中で「覚悟」と思っていたものをいったん割って、修正して、もうひと段階強く覚悟することが出来ました。(ような気がしました)

そうした気持ちになった瞬間に(本当に「瞬間」でした)長く親しくさせて頂いている堀越彰さんから御返信を頂き『僕よりも叩けるドラマーを紹介するよ』と。そして数日後にはひとりの天才を連れてスタジオにいらしてくださいました。あの日のことはこの先も決して忘れないと思います。その響きがスタジオを満たすとベースの倉多聡さんも驚いたように笑い、長谷川さんと宗家と僕はもはや泣き笑いでした。お父様の堀越さんだけは終始厳しい目線でアドバイスを送っておられました。

一希くん、『ミレニアム桃太郎』に来てくれて本当にありがとう。

その後、次々と高橋誠さん、遂には親友の拓馬くんの尽力によって末原康志さんという個性の異なるギタリストのお二人を本当に奇跡的にお迎えすることが出来て、『METAL OPERAミレニアム桃太郎』の輪郭の70%が浮かび上がりました。

高橋さんをお迎えした新宿のスタジオでは宗家は泣いていましたし、末原さんをお迎えした豊洲のスタジオで僕は、その魂から響くような音が流れ始めた瞬間に涙腺崩壊しそうでした。立場上、普通にしてました。

その後はもうとにかく『ロックライヴ』『ダンス』『殺陣』『演劇』『フリートーク』が自然な形で融合した上で、それらの「熱い情感」が会場の皆さんに自然に伝わり、皆さんが自然に手を振り、鼻歌を歌い、足を踏み鳴らし、声を上げ、立ち上がり、全身を動かしてくださった時に残りの30%…50%…70%…いや、わからない…結果、100%を超えて会場が一体化することを祈るばかりのような日々でした。

きっとロックのコンサートではごくごく当たり前の風景だと思うのですが、僕は殺陣と演劇によって人生を180度変えてもらった人間なので、ロックコンサートとは趣きの異なる『演劇の舞台』(もしくはロックライヴと演劇が融合されたようなユニークな舞台)で会場との一体化を目指してみたかったのです。

若干の無秩序を持ち、荒唐無稽で、自然で、エモーショナルで、でも、皆がそれぞれに協力し合って、『人間っていいな』と思えるような舞台空間が繰り広げられる様子を観てみたかったのです。

その場面ではもうお客さまはほぼ『登場人物』だし、『殺陣で言うと絡み(斬られ役。斬り役よりも重要。だと思う)』だし、何かの瞬間には演出さえ可能な存在でした。(実際、千秋楽ではお客さまのリクエストによって美澪奈ちゃんは歌い、僕は華麗に(?)踊りました。もはや演出の領域です。しかし、きっとあのような瞬間を海外で行なうのは難しいように感じました。それが今回の千秋楽にご参加くださった皆さんの素晴らしい感性だと僭越ながら感じております。歌舞伎の「大向こう」のように「奥ゆかしさを重重知りつつ大胆に間合を見切った発露」でしか得られない「阿吽の呼吸」の素敵さを改めて深く感じさせて頂きました)

今回の舞台が正しいものだったか、良いものだったか、やっぱりわかりません…そして、芸能はそういう尺度は持ち合わせていないと思うので結果の成否はやっぱり計り知れないのですが、個人的な思いを述べさせて頂けますと、千秋楽を始め、各々の公演のアンコールで座長・美澪奈ちゃんが客席を見上げて『…キレイ…』とつぶやいただけで自分の演劇経験史上最大の試練が報われる心持ちが致しました。

あの軍配ライトが皆さんの優しい気持ちを映し出すように揺れている様子はとてもキレイでした。

もちろん小さな劇場で限られた客席数の中での小さな出来事ではありましたが、あの光景はきっとそのLEDの光が物理的に美しかったばかりではなくて、それを振ることで客席・舞台の垣根を超えて交流してくださろうという皆様の優しい気持ちが『キレイ』だったのだと感じました。

的確に書きたかったのに結局とても長い御礼文になって申し訳ありません…いつもこんなポンコツではありますが、美澪奈ちゃんという『演技することが大好き』で『会場を一体化させる天才』そして『夢に向かって努力することの天才』が「ミレニアム桃太郎」という「アーマー(鎧)」を身にまとい、未だ見ぬ旅を続けて行く後ろ姿を皆さんと一緒に見届けたい、という執念だけは誰にも負けないつもりなのです。だからこれからも想いを馳せ続けたいです、『ミレニアム桃太郎』というひとりのプリンセスの旅路を。そのためになら様々な試練を乗り越えたいです、座長・美澪奈ちゃんを支える縁の下の石のひとつになります。スミマセン、いい歳してこんな感傷的なこと書いて。『ミレニアム桃太郎』の旅はまだまだ続くことを祈って。

皆さんも是非そうあって頂きたいのですが僕もその船に乗りたいです。

思いつくまま長文、スミマセン、筆を置きます…!またお会い出来ます時を心待ちにしています。

いつも励ましてくださる多くの新しい友達、本当にありがとう。深謝。

(最後に。今回のミレニアム桃太郎も様々な方々に支えて頂き、もちろんここに書き切れるものではないのですが…至らぬ演出をいつも励ましアドバイスしてくださった木下さん、真の優しさで座長を支えておられる姿を見せてくださる稲石さん、楽屋にいらして笑ってくださるだけでホッとする青木さん、桜月流の影の指揮者とも思える飯塚さん、いつも魂の美しさを教えてくださる倉本さん、チケット・受付などで奔走してくださった島田さん、どんな時も冷静で優しい大島さん、音楽の無理難題を解決し続けてくださった共立の井関さん・阿部さん、心が燃える灯りをくださった英哉さん、舞台の基礎からバンド幕まで現してくださったタシブトフクシマさん、孤高の天才イワノフ、カッコいいダンスの振付をしてくださったMIO先生、情熱的な歌唱指導をくださったYAKO先生、流派門下たち、もちろん他にもたくさんのお力添えしてくださった皆様、そしてTwitter始め様々なSNS等で支えてくださっている皆様に、この場からでは無礼かとも存じましたが…心よりの感謝を申し上げさせてください。当たり前すぎることなのですが、皆さんなくしては何も達成されませんでした。特に客席と舞台という境界を超えて「新しい友達」の楽しさに気付かせてくださった皆さん、ありがとう☆)
毎週木曜日の夜に道場で正座して黙想するだけで楽しくなってしまう。

もっと言うと正座する前に道着・袴に着替え始めただけで楽しくなってくる。

道着・袴に身を包んで稽古を行なうような技芸を始めてからかなりの月日が経ったものだと改めてしみじみ思うけど、初めたての頃はまだ10代だったし、正座して黙想することがずいぶん時代遅れな慣習のように思えて仕方なかった。

それが今となっては正座して黙想するだけでも楽しい。

正座して黙想すると日頃の自分の様々なものを洗い流してくれるような気になる。

稽古が終わるとまた日常に戻って、また様々な時を過ごすけれど、また道場に戻って来て、正座して、黙想して、稽古する。

何かの信仰を持つ方々が週に一度集まって何らかの行事を行なうようなことに似ているかもしれない。

僕にとって道場は信仰に似ている。

これからも週に一度は道着袴に着替えて、正座して黙想して剱を振る。

信仰というよりも依存症なのか。

どちらか良くわからないけれど、これからもその習慣は続いて行くだろう。
続けて行きたい。













おしなべて稽古の中で大切なことは「中心」を求めて行く意識だと思います。全ての稽古は「中心」を知るための過程、方法と言っても過言ではないと思います。

この「中心」を知る、もしくは知りたいという意識、そしてその過程での試行錯誤は様々な恩恵を含んでいるように思います。

身体の健康は勿論のこと、意識の柔軟さを確認できたり、身体と精神における「方向」という重要な事柄を見い出す感覚を養えたりするようです。

この「中心」が剱を舞わせて身体を運ばせるのだから、最も重要な事柄のひとつであることは当然かもしれません。

しばらくお休みしていたのですが…
やはり、自分の考える桜月流の剱のことを出来る限り書いて、みんなに知ってもらいたいと思ったので、またこのブログに書きます。

よろしくお願いします。



『舞う剱。運ばれる身体』 


所属している僕が言うのも何なのですが、桜月流の剱舞(殺陣)は独創的だと思います。僕の知る限りの他の殺陣を行っている団体とは明らかに異なった技術と理論をもって身体を使い、剱を振っているために、結果として剱舞(殺陣)の演技全体が独創的な動きとなっているのだと思います。

 

当流の宗家が申しているように『剱を手にして動く時、その動きひとつひとつがサヲシカな風(清々しい風)を起こすような力を持ちたい』という思いは、自分ども共通の憧れです。

 

『風を起こす』ためには『空気を押す』身体が必要で、空気を押す身体というのは全身がその運動のために一丸となって動いている必要があるのではないかと思っています。

 

人間が集まって出来た団体、会社なども同じような原理で動いているのではないかと思うのですが、何かひとつの目標に向かって全体が一丸となって動く際は、きっと部署ごとに、課ごとに、担当ごとに、全体が同時に様々な方向に向かって全く異なった活動をして行き、その動きは一見バラバラのように見えて、実はその様々な方向への各々の分担が互いの動きを支え合い、一番効果的に全体を動かして行くのではないかと思うのです。

 

それは、ひとりで剱を振る際の全身の動きも同じ原理だと思うのです。

 

剱を一振りする際、その一振りという目標に向かって、全身が様々な方向に向かって、それぞれの部分の役割に応じて、様々な動きを同時に行い、一見反対の方向に動く身体の部分などもあるのですが、実は全身のそれぞれが互いを支え合い、剱を一振りするために一番効果的な動きを行うことが理想だと思うのです。

 

それは、複数の人間で剱舞(殺陣)の振付を演じる場合も同じ原理だと思うのです。参加した全員が各々の役割に応じて、様々な動きを同時に行い、互いの動きを支え合い、ひとつの目標に向かって機能し合う、という一体感が大切だと思うのです。

 

そして、その全体の一体感はひとりずつが自分自身の一体感を獲得した上で全体の一体化へ参加することによって更に高められると思います。

 

まずは自分の一体感を獲得すること。自分の全身の一体化は『風を起こす』ために必要な身体性をもたらしてくれるのではないかと思います。

 

そして、一体化された個人が集った複数の剱舞(殺陣)は、全員が一丸となった一体化をもたらすと思います。

 

一見、様々な方向に動くそれぞれの部分、しかし、互いにそれぞれの役割を認識して、互いがその多様性に支えられている事を把握しつつ、共通の、ひとつの目標に向かって機能する。

 

そんな剱舞(殺陣)を桜月流は目指しています。

 

私事になりますが、ブログなるものを初めて利用してから、早7年ほどが過ぎていました。

初めてブログを書いた時は何とも新鮮な思いで、毎日のようにnA4サイズで何ページも書いていたと思います。

しかし、もともと根気のない僕はたぶん2年ともたずに更新頻度が下がり始め…その後はほとんど「季刊」のようなブログになってしまっていました…

アメーバブログに引っ越しして来てから、ブログのタイトルを心機一転、変えてみたのですが一向に更新の頻度は上がることなく今日に至ってしまっています…(^^;)

…ので、いちおう期限を決めまして、ブログをやめることにしようと思い立ちました。

期限といたしましては、まったくゆるいのですが、一ヶ月ほど継続して来月の17日前後に中止しようと思っております。

で、ブログをやめて、違った形で自分なりの稽古日誌を発信させて頂きたいなぁと思っております。

たぶん、桜月流のホームページ上に何らかの形でスペースを頂いて、僕が考える『舞う剱。運ばれる身体』を文章として表して行くことになると思います。


もし、万が一、僕の考える剱のことに少しでも関心を持ってくださる方がいらっしゃいましたら、今後はそのような場所でお会いできましたら有り難く存じます。


様々な先達の方々(古の武人たちはもちろんのこと、現代に生きておられながら超絶的な技術を持っておられる方々)の足跡に学びを得た時はとてもうれしいですし、自分なりに乱暴な理屈を思いつきそれがなかなか良いような感覚を持てた時もうれしいです。

そんなことたち、「舞う剱。運ばれる身体」を心を込めて、真摯に書き留めて行きたいと切に思っています。


ほとんどひとりごとなのですがそのような御報告でした。


剱の稽古は楽しいものです(^^)



『舞う剱。運ばれる身体』