その1からの続きです。
その姿にされた「私」自分のいた隣の六号室に連れていかれます。ここで新たな登場人物が現れます。そこにはスヤスヤと眠る自分の目を疑うほどの美少女が眠っていたのです。その容貌は艶々としたおびただしい髪毛を黒い大きな花弁のような奇妙な格好に結んだのを枕の上に蓬蓬と乱し、細長い三日月眉、長い濃い睫毛、品のいい高い鼻、ほんのり紅をさした頬、クローバー型に締まった唇、可愛い格好に透き通った二重顎とあります。「私」はこうして作り付けの人形ではあるまいかとすら思ってしまいます。ちなみに新たな登場人物と前述致しましたが若干の語弊があります。というのも「私」が七号室で目覚めた際に壁越しにこの少女は「私」をお兄様と呼び更には許嫁といい悲痛な声で叫び壁を叩いていたのです。しかしながらこの地点での互いの面識はありませんし、この地点での「私」は初めて叫び声の主を目の前にし狂った人間とは思えないと感じたのです。それはその少女の容貌から来るものでは少なからずあるでしょう。
しかし急に少女に神秘的とも言える変化が起きます。少女らしさが無邪気な頬の色が淋しげな薔薇色に移り変わり二十三、四の令夫人かと思われる気品の高さに変わり悲しみが伝わってきました。「私」は尚も見とれていると寝言のように涙を流しながらたどたどしい口調で姉に対する懺悔ともとれる謝罪を始めました。するとまた少女性のある状態に戻りました。正しく神秘的と言えますね。そこであくまでこれは実験の一貫ですからね、若林教授がこの少女名前を知っているか顔に見覚えはあるかと問いますが当の「私」の返答はノーです。
そして驚くべきことを知らされます。この少女は「私」のたった一人の従妹であり許嫁である、と。暗示的な緩やかな口調で言います。ここで考案になりますがこれは若林教授の独特の話し方というよりも実験的な行為に感じられます。
無論「私」は驚き事実として飲み込めませんが、若林教授曰は、大正十五年四月二十六日、…ちょうど六ヶ月以前(大正十五年五月~六月?)に式を挙げるばかりだっと。しかしその前の晩に起きた不可思議な出来事のため今日までこのような生活をしていること。まぁでも六ヶ月以前ってちっと言葉の言い回しとしてややこしく感じますね。時系列が汲み取りづらいといいますか…。しかも六ヶ月以前にとアバウトっぽくありながらそれの前にはちょうどとつくので何処と無く意味深に感じてしまいます。
更に更に若林教授が言うには「私」とこの少女が無事退院後楽しい結婚生活に取り計らうのが故正木教授からの委託であり若林教授の重大な責任だと。しかしそんなことを言われた「私」は気味悪さや疑わしさ何とも知れないばからしさといった複雑な感情になってしまいます。若林教授のこの時の口調も「私」を威圧するかのように緩やかかつ荘重。何だか若林教授の口調、物言いは一種のキーポイントなのかもしれません。実験の一貫にしてはオーバーに感じるんですよね。
そういえばと「私」からすれば先程の少女の口から出た姉のことが気になりました。少女はたった一人の従妹ということは一人っ子であることは想像にたやすいですからね。それについて若林教授が説明するには一千年前の祖先に当たる婦人には姉がいて目を醒ましている間にもそのような発言をしたり奇妙な髪の結い方にしたり精神状態が一千年前の先祖に当たる既婚夫人に立ち返っている証拠だということとその当時の姉の旦那であった「私」の祖先である少女の義兄と同棲している情景を夢に見ているのだと。その話を聞いてつい反感の声を大きくあげてしまった「私」に若林教授は静止をかけましたが時すでに遅し。少女は目を醒ましてしまいました。「私」を目に捉え感動ながらにお兄さまと呼びながら素足で裾もあらわに寝台から飛び下りて「私」にすがりつこうとしますが「私」は仰天し無意識にその手を払い除けてしまいました。しかも面食らいながらも二、三歩飛び退いて睨み付けました。少女は両手をさし伸べたまま電気に打たれたように固くなり顔色も唇の色までも悪くなりよろよろと後退り寝台に手をつきながら「私」を唇をワナワナとさせながら見る。それから少女は部屋の様子などを恐る恐る見まわしていたがグッタリとうなだれて寝台の上に声を上げて泣き伏してしまいました。勿論「私」は焦ります。そして若林教授と少女を見比べていると、若林教授は顔の筋ひとつ動かさず「私」の顔を冷ややかに見返した後少女に近付いて耳に口を当てるようにして問います。
「思い出されましたか。この方のお名前を…そうしてあなたのお名前も…」と。
同じような問い掛けを既に何度もされている「私」は驚き、自身にかけられている同内容の実験をこの少女にも試みているのかと思いますが、結局少女は顔を左右に振るだけでした。少女にとっては自分の許嫁だったお兄さまということしか覚えていないのです。
先程よりも更に高い声で激しく泣き出す少女。それは何も知らずに聞いていても真に悲痛を極めた腸を絞るような声でした。男女の精神の違いこそあれど「私」も同じ苦しみを体験させられているためかその泣き声に惹き付けられてしまいました。しかし今の自分にはどうしてやれないほどの心苦しさにさいなまれて倒れそうなくらいでした。
しかし若林教授は少女を宥め「私」の手を引いて未練気もなくサッサと部屋を去り、廊下の向こうにいる付き添いの婆さんを呼んでから未だ戸惑う「私」を七号室に誘い込みました。
となりの六号室からは少女の泣き声が静まり出しているらしく付き添いの婆さんが何か言い聞かせている気配がする。
「私」は先程までに六号室で聞いた話、見た少女、そしてその少女の荒れ狂うように泣く様などの世にも不可思議なヤヤコシイ事実に対しての説明を待つのです。
その3につづく。