2.
いつもの朝、いつもの満員電車。何一つ変わらない一日が始まる。変わったのは、賢児と別れて“彼氏”という存在が無くなった事だけだ。
会社に向かう満員電車の中で、あの老婆に思いを馳せる。
会いに行くと決めたものの、よくよく考えれば私の頭の中で勝手に再生される映像であって、実在するとは到底思えない。
しかし…あの場所に私は確かに行った事がある。行かなければならない、そう思った。
今まで幾つかの恋愛をしてきた。歳の割には、経験は豊富な方だと思う。賢児と付き合っていた3年の間に数人と肌を重ねた事もある。賢児に告げた別れの理由は強ち嘘ではないということになる。ただ、どんな男と寝ても自分の中に空いた穴は埋まらなかった。
私は、本当に人を愛したことがないのかもしれない。
老婆に対する想いも、何なのかよく分からない。
老婆の顔が頭に浮かぶ。
やはり会いたいと思った。
この気持ちが何なのか、直接確かめなければ自分は前に進めないと感じていた。
~間もなく、電車が発車します。
はっとして後ろを振り返ると、降りなければならない駅だった。
人混みをかき分けて、ホームに飛び出した。すぅっと大きく息を吸い込み、身体の中にある空気を全て出すように、はぁ~っと吐き出した。
「よっしゃ!!」
まだ通勤途中の客がホームに並んでいるのに、響き渡るような声で気合いを入れた。客や駅員が訝しげな視線を送ってきた。
ぺこり、と左右に頭を下げて急いで階段を降りてゆく。
少し恥ずかしかったが、気分を入れ変えなければ、そのまま住所の分からないあの場所を、探しに行ってしまいそうだったのだ。
駅を出ると、見慣れた大きな交差点が目に入る。5月だというのに、もう日差しが暑い。向こう側の信号待ちの人は疎らで、ホストらしき男と客らしき女がやけに目立つ。こちら側の信号待ちは駅から会社に向かう人で溢れかえっている。
交差点には車が行き交い、交差点の上にかかる歩道橋は早足の大人達が止まることなく歩いていた。
毎日、毎日。
代わり映えのない日々。
何の為に働くのか、誰の為に生きるのか、何を求めているのか、そういう事を皆あやふやにごまかしながら生きてゆく。そうする事で大人になってゆく。何となく、自分もそうなるのだと感じ始めていた。
しかし、“彼氏”と別れてから、より一層自分の頭を捉えて離さないもの。これだけは譲れない、確かめなければと思った。
会社に向かう道中で、一匹のカラスが自分の上空を飛んでいった。
少し息を吸って、空気の匂いを確かめた。
有給休暇を貰って、少し旅に出る。
そう決めた。
カラスがカァと弱い声で鳴いた。
都会の空気は淀んでいるよな、カラス君。
そう心の中でカラスに話しかけた。
カァァ!と大きく鳴くと、カラスは次の獲物を探す旅に飛び立った。
iPhoneからの投稿
いつもの朝、いつもの満員電車。何一つ変わらない一日が始まる。変わったのは、賢児と別れて“彼氏”という存在が無くなった事だけだ。
会社に向かう満員電車の中で、あの老婆に思いを馳せる。
会いに行くと決めたものの、よくよく考えれば私の頭の中で勝手に再生される映像であって、実在するとは到底思えない。
しかし…あの場所に私は確かに行った事がある。行かなければならない、そう思った。
今まで幾つかの恋愛をしてきた。歳の割には、経験は豊富な方だと思う。賢児と付き合っていた3年の間に数人と肌を重ねた事もある。賢児に告げた別れの理由は強ち嘘ではないということになる。ただ、どんな男と寝ても自分の中に空いた穴は埋まらなかった。
私は、本当に人を愛したことがないのかもしれない。
老婆に対する想いも、何なのかよく分からない。
老婆の顔が頭に浮かぶ。
やはり会いたいと思った。
この気持ちが何なのか、直接確かめなければ自分は前に進めないと感じていた。
~間もなく、電車が発車します。
はっとして後ろを振り返ると、降りなければならない駅だった。
人混みをかき分けて、ホームに飛び出した。すぅっと大きく息を吸い込み、身体の中にある空気を全て出すように、はぁ~っと吐き出した。
「よっしゃ!!」
まだ通勤途中の客がホームに並んでいるのに、響き渡るような声で気合いを入れた。客や駅員が訝しげな視線を送ってきた。
ぺこり、と左右に頭を下げて急いで階段を降りてゆく。
少し恥ずかしかったが、気分を入れ変えなければ、そのまま住所の分からないあの場所を、探しに行ってしまいそうだったのだ。
駅を出ると、見慣れた大きな交差点が目に入る。5月だというのに、もう日差しが暑い。向こう側の信号待ちの人は疎らで、ホストらしき男と客らしき女がやけに目立つ。こちら側の信号待ちは駅から会社に向かう人で溢れかえっている。
交差点には車が行き交い、交差点の上にかかる歩道橋は早足の大人達が止まることなく歩いていた。
毎日、毎日。
代わり映えのない日々。
何の為に働くのか、誰の為に生きるのか、何を求めているのか、そういう事を皆あやふやにごまかしながら生きてゆく。そうする事で大人になってゆく。何となく、自分もそうなるのだと感じ始めていた。
しかし、“彼氏”と別れてから、より一層自分の頭を捉えて離さないもの。これだけは譲れない、確かめなければと思った。
会社に向かう道中で、一匹のカラスが自分の上空を飛んでいった。
少し息を吸って、空気の匂いを確かめた。
有給休暇を貰って、少し旅に出る。
そう決めた。
カラスがカァと弱い声で鳴いた。
都会の空気は淀んでいるよな、カラス君。
そう心の中でカラスに話しかけた。
カァァ!と大きく鳴くと、カラスは次の獲物を探す旅に飛び立った。
iPhoneからの投稿





