部屋を出て、五分としないうちに、
丈は個室へと戻ってきた。


「あれ、ディンさん早い。
 マスター帰ってきたんですか?」
「逆だ逆。
 客がべらぼうに入ってきやがった。」

克治の言葉に、
すぐさま否定の声をあげる丈。

ポリポリと頭をかきつつ、舌打ちしつつ、
克治の目の前でいろんなカードをポケットから取り出す。


「えっ?あっ・・。」
「克治。あとは任せた。30分くらい戻れね。
 お前が臨時教員だ。
 この新人に色の基礎を叩き込んどいて。」


そういうと、
丈は、んじゃ、と軽い挨拶を残し、
再びカウンターへと駆けていった。




「いつもながらに慌ただしい人だ。」
「いつもなんだ?」
「ええ。
 僕やシュウさん、
 覚えてますかね、一緒にここで遊んでた、
 港近くの工場で働いてる人と遊んでても、
 人手が足りないって、マスターに呼ばれていくことがあるんです。」
「シュウさん、うん。
 ここに初めて来た時に喋った人だね。」
「あ、でしたね。
 まあ、ディンさんはそもそもこの喫茶店の従業員でもあるので、
 遊び呆けてる方がダメなんでしょうけど。」


会話をしながら、
克治は丈の置いていったカードを整理していた。

色事に仕分けをして、
その中で、いくつかのカードを選んでいるようだった。


「臨時教員ってことは、
 きっとディンさんがさっきまでなにか教えてたんですよね。」
「うん、教わってた。」
「何をどこまで聞いたんですか?」
「えーっと。

 マジックザギャザリングは魔法使いのゲーム。
 自分はプレインズウォーカーって魔法使いで、
 デッキって知識の源を駆使して対決をする。
 色は5種類ある。
 遊ぶルールもたくさん種類があって、
 ここではスタンダード、カジュアル、リミテッドが多い。

 くらいかな。」
「なるほど。」
「2年前に、丈さんに色のことも教わったんだけど、
 さっきも言った通り東京いるときは全然触ってなくて。
 もう一度基礎からおしえてってお願いしてたんだ。」
「分かりました。
 ディンさんもそれで気合が入って私を呼んだんでしょうね。
 丁度、<<ニクスへの旅>>発売直後だし。」
「?」
「あ、まあ今は気にしなくていいです。」
「・・さっきも丈さんになんか言われたなあ。
 《差し戻し》がどうとか。」
「《差し戻し》!?」


千明がカバンにしまっていた構築済みデッキを取り出す。











「・・・ああ、適当に買った構築済みってそれですか・・。
 また、難儀なものを・・。」
「弱いの?」
「いえ。欲しい人にはとても重宝されるカードが入っています。
 《差し戻し》というカードがその中で一番人気でしょう。
 ここでいう問題はふたつですね。

 ディンさん周りの人が手を出さないモダンでよく使われるので、
 この狭い空間ではちょっと価値が低く捉えられることと、
 《差し戻し》というカード、
 ある程度ゲームに熟達していないと、うまく扱えません。」
「そんな玄人のためのカードなの?」
「試しにカードを読んでみるといいですよ。」


克治に勧められ、
千明は未開封だった構築済みの箱を開けることにした。


「・・すっごい糊付け。」
「構築済みデッキって、開きにくいですよねー。」


多少の文句もいいつつ、
千明は強引に手先で糊付けを剥がし、
中身を取り出して、広げてみた。












「へえ、こうなってるんだ。」
「あれ、シュウさん持ってるんじゃないんだ。」
「持ってないですよ。
 僕は確かに青いデッキは好んで使っていますが、
 カジュアルにしてもモダンにしても、
 《差し戻し》を揃えようと思ったら結構な額になりますし。
 ライト・ユーザで十分です。」
「・・ヘビィ・ユーザ用ってこと?」
「そうですね、それが一番正しいかも。」
「なるほど・・。」


話に上がっているカードの前に、
デッキの説明シートをのぞく千明。











このデッキには対戦相手の呪文を打ち消す呪文がたくさ
ん入っていますが、ほとんどは一時的なものです。《記憶
の欠落》や《差し戻し》などの呪文は重要な局面で優位
に立てるよう戦略的に使うのが良いでしょう。戦闘中に呪
文を打ち消したり、陰鬱をもつ呪文がその条件を満たさ
なくなるまで遅らせたりなどです。






「重要な局面で優位に・・。」




必殺技を妨害できます。

そう、千明はとらえた。
しかし、一時的とはどういうことなのか。



「あ、《差し戻し》はこのカードですね。」


克治は千明に断りを入れてナイロンをはがし、
話にあがったカードを取り出した。

一緒に、
シートに書かれていた《記憶の欠落》も取り出してくれる。










「<打ち消す>って、呪文をなかったことにするんだよね?」
「そうですね。」
「でも手札に戻しちゃうと。」
「そうです。このカードは、一時しのぎをするカードです。」
「それじゃあもう一回使われちゃうじゃん!」
「ですね。」
「ええ・・? なのにこのカードが強力なの?」
「とっても強力ですよ。」




千明には意味がよくわからなかった。




「なんて言ったらいいでしょうね。
 たとえば、打ち消すカードは、こんなカードがあります。」











克治が千明の目の前に差し出したカードは《取り消し》。

青青①で、
対象の呪文を打ち消す、と書かれている。



「このカードはどうですか?」
「凄いね。
 だって、どんな呪文もなかったことにするんでしょ?」
「その通りです。
 でも、プロプレイヤーはこのカードはあまり使いません。」
「どうして?」
「マナコストの問題でしょうね。
 ・・僕も素人なので100%正しいとは言えませんけど。

 青青①マナは、3ターン目でようやく用意できます。
 このカードで、相手の2ターン目のカードは止められますか?」
「・・土地は1ターンに1つしか置けないんだよね。」
「基本そうです。」
「じゃあ無理だ。」
「その通り。さっきのカードはどうですか?」


再度、先ほどの《差し戻し》を見る。











「青①マナ。2マナだね。」
「先手で始めていれば、
 2ターン目のカードを止めることができます。」
「でも3ターン目に使われるよ?」
「そうです。
 でも、相手の頭の中を考えてみてください。

 たとえば僕がビートダウンと呼ばれるデッキを使っていたなら、

 1ターン目は1マナのクリーチャーを、
 2ターン目には2マナのクリーチャーを、
 3ターン目には、ブロックされたら魔法で強化、
 ブロックされなければ3マナのクリーチャーを。
 4,5,6ターンと、
 もし何も妨害がなければ次々に召喚して攻撃で20点ダメージ。
 勝利!
 
 こんなプランが頭の中にあります。」
「うんうん。」
「千明さんがそのカードを2ターン目に使ったとします。
 どうなるでしょう。」
「2ターン目のクリーチャーは、3ターン目にずれる。」
「そうです。
 妨害が入ることで、僕のプランが崩れました。
 2ターン目を3ターン目のプランに変更しなければなりません。 

 ところが、3ターン目には相手もそれだけ土地が余っています。
 もしかしたら先に大きなクリーチャーを置かれて、
 僕のクリーチャーでは勝てないかもしれない。
 また妨害をして、
 僕のプランが4ターン目にずれるかもしれない。
 相手には2ターン目のカードを見られています。
 次に何をするかバレてるかもしれない。

 相手のカードから次の手を予想して、
 邪魔をして時間稼ぎをしているその間に、
 余ったマナで千明さんは自分のプランを進めていくんです。

 相手の理想通りの動きをさせないことで、
 自分の描く方向へ向かせる。

 青いコントロールと呼ばれるデッキだと、
 結構使われるカードだと思います。」
「3ターン目でも《取り消し》で邪魔が出来るよね。」
「・・では、もし、僕のプランが、
 2ターン目までクリーチャーを置いて、
 3ターン目からは出したクリーチャーを頑張ってプランだとどうします?」
「・・《取り消し》じゃダメだ。」
「ですよね。
 もちろん、千明さんの言うように、
 3ターン目でもう一度出したカードを、
 《取り消し》で打ち消すことは非常に有効です。
 でも、その3ターン目を迎えることができたのは、
 《差し戻し》があったからなんです。

 僕のデッキだと、・・例えばこんなカードがあります。」


克治が自分の鞄からひとつのデッキを取り出し、
その中から一枚のカードを探す。










「《群れネズミ》。」
「自分がコントロールするネズミの数だけ、
 パワー・タフネスがある特殊なクリーチャーです。
 能力がありますよね?」
「うん。黒②マナ、手札を1枚捨てると、
 群れネズミのコピーであるトークンを1体戦場に出す。」
「そうです。
 それは"能力"です。
 《取り消し》は何を打ち消すでしょう。」
「"呪文"。」
「その通り。
場に出てしまうと、打ち消しカードは途端に対応できなくなります。
 もちろん、デッキには対抗できるカードはあるでしょうが、
 対抗するまでにどんどんネズミが増えたり、
 ダメージをいっぱい受けることになります。」
「確かに、それは辛い。」
「ですよね。
 《差し戻し》の効果は小さな妨害ですが、
 その小さな妨害はいろんな場面で活躍します。
 今の例え以外にも沢山の場所で役にたつ時があります。
 それにこのカードは最後にもう一つ書いてる能力が素晴らしいです。」
「ん・・? カードを1枚・・引く?」
「そう。
 1回の妨害能力と、1枚ドローできる能力。
 2種類の能力があります。
 千明さんが使ったなら、
 相手のカードを1枚見た上で、新しいカードが手に入ってる。
 どうですか?1枚で二度おいしい。これだけでもすごいと思いませんか?」
「それはなんか凄く聞こえる。」
「でしょう?」


ひと呼吸をおいて、
克治は思いついたように再度千明に言葉を発す。




「せっかくこのカードの話をしているので、
 もう一つ例えばのお話をしましょう。

 今、まさに千明さんのライフは3。
 とてつもなくピンチです。
 僕の場には2/2のクリーチャーがいます。能力はありません。
 そして、僕のライフは4です。僕もピンチですね。
 千明さんの場には、4/1のクリーチャーがいます。
 こちらも能力はありません。

 僕はアタックフェイズで勝負をかけます。
 2/2のクリーチャーでアタックします!」
「うあ・・じゃあブロック!」
「ブロックしたら一緒に死亡しますよ?」
「ああそっか・・そのまま通すと・・あ、ライフ1のこるね。
 じゃあ、ブロックしないで通します!」
「そこで僕はマナを使って、1枚のカードを使います。
 例えば緑マナは1マナしか出せない状態だったとしましょう。
 僕は《巨大化》、対象のクリーチャーは+3/+3の修正、を使います。」
「あ、死んじゃう。」
「そこで《差し戻し》です。」
「出たその場しのぎ。」
「どうなりますか?」
「えっと・・。
 《巨大化》はなかったことになって、
 セイくんの手札にもどる。
 自分は・・1枚のカードを引く。」
「僕は先ほど、緑マナは1マナしか出せないといいました。
 よって、手札に戻った《巨大化》を使うことができません。」
「お、ホントだ。
 《取り消し》じゃなくても効果的だ。」
「もし、その時、《取り消し》が千明さんの手札にあって、
 でも、マナは青マナ2マナしか出せなかったらどうでしょう。」
「・・負けちゃう。」
「そうですね。
 きっとその時は4/1でブロックするでしょう。
 でも僕のクリーチャーは《巨大化》を使って生き残る。
 1マナの差が、中盤でも影響があることも多いです。」
「なるほど。それは凄くわかった。
 そこが『重要な局面』で『優位に立てるよう』使うことなんだね。」
「そうです。
 そのカードには、他にも様々な使い方があるんです。
 が、今のように複雑な話ばかりになってしまうので、
 今日はこのカードからは離れて基本的なお話をしましょう。」
「うん。
 でもありがとう。なんか凄いことはわかった。」
「ちなみにですが、
 《差し戻し》は今ではその構築済みデッキ1つ分に近い値段がします。」
「・・は?」
「熟練者はカードをシングル買いっていう、個別にカードを購入したりします。
 そのカードは価値が高いのです。」
「え・・でもほら、このセット、こっちにもデッキがあるよ!」
「オマケですね。」
「オマケ・・。」
「まあ言い過ぎなところもあります。
 スタンでも使えるカードが混ざってるし、
 カジュアルで使うなら、今手持ちがない千明さんには素敵なセットです。
 玄人好みの《差し戻し》の方がオマケと思ってもいいかもしれません。」


もう一度、千明は《差し戻し》へ視線を移した。


「いつかは、このカードで勝ってみたいな。」
「頑張ってください。
 チャンスは沢山ありますよ。」


克治の言葉に、小さく頷きつつ、
二つの構築済みデッキをカバンの中へと戻した。