「さて。サッチーは、ナニイロが魅力的よ。」
「ちょ、ちょっと待って。」


手ぶらでやってきたはずの丈が、まだ席について間もない段階。


個室内はこのお店の内装と同じく、
ウッドデッキ、と呼んでいいのだろう、
その木目が綺麗な装飾にも見える造りで、
少し視線を外している間に、

気がつけば目の前に、
5つのカード束を眼前に並べていた。


「んあ?」
「なんでそんな簡単にカードが出てくるの?」
「そりゃあ、年明けに帰ってくるんじゃねーの?って見越して、
 ばっちり待ち構えてたからさっ!!」

どうだこのやろう、と言わんばかりのドヤ顔で、
丈は鼻を鳴らした。

「・・まあ、正直、結構最初の頃から用意してるのよ。

 ちょうどサッチーがきたあたりで、
 やっぱり教えやすいデッキは用意しておくべきだなあ、って、
 青っちあたりが呟いて。」
「そうなんだ。」
「あ、でも待ってたのはマジだぜ。
 島国じゃあなかなかメンバー集まらないし、
 その中で、興味もってくれた人間だからなっ!」

裏表のないまっすぐな言葉に、
千明が少々顔をそらす。

「で。色だよイロ。
 パック開ける前に、なんとなくな感覚をつかまんとね!
 リミテッドならともかく、
 構築で苦手な色しか出なかったら交換しないと楽しくないし。」
「リミテッド?」
「業界用語、あとで教える。」
「はぁ・・。」
「自分のデッキは何色がいいかなあって、
 ざっとした色の話よ。
 白・青・黒・赤・緑!どーれーだー!!」
「そうだなあ・・んー。
 覚えている限り、青、はまだよくわからなさそうだった。」
「ふむ。良い心がけだ。
 それでよくあの構築済みデッキを購入したのかがわからんが。」
「はは・・。」


東京から島への異動前に、せっかくだからと、
もう一度カードショップに足を運んだ際、
店員に売れ行きのいい商品を聞いたら勧められて買ったのだが、
思いっきり失敗だったんだな、と言葉にならない千明。


「すぐにはやっぱり、感覚掴めないかな。
 というより、もう一回、ざっとでもいいから説明してくれないかな。」
「おっけー、色の話な。」
「んー・・というよりこのカードゲームについてかな。
 流石にもう、今月異動~なんてことはないし、
 これからはこのお店にも足運べそうだから、」
「ふむ、よかろう。」


突然、丈は携帯を取り出し、誰かに電話をかけ始める。
しかし、繋がらなかったのか、すぐに切り、
そして携帯を机の奥に放り投げた。


ドヤ顔再び。

丈は短い髭をちらちらと触りながら、
少しもったいぶった咳をひとつ。


「マジックザギャザリング。
 マジックは、魔法使いの決闘ゲームだ。

 君はこのゲームを行うにあたり、
 5つの色からなるカードの中からこれだ!と思うものをまとめ、
 まとめたカード・・デッキを用いて、
 次々と現れる対戦相手の魔法使いと決闘を行うこととなる。

 そして、このゲームを、
 このカードを持った瞬間、
 君はゲーム内で<<プレインズウォーカー>>と呼ばれることになる。」
「プレインズウォーカー?」
「ふむ、サッチー君。
 質問は挙手して『先生!ここがわかりません!』と質問するのだ。」
「うぇ・・二人なのに?」
「質問がなければ次の説明に移ろ」
「先生!プレインズウォーカーとはなんでしょうか!」
「よかろう、教えようではないか。」

気をよくした丈は、
シャツの胸ポケットから1枚のカードを取り出した。

「何故!?」










「プレインズウォーカーとは、魔法使いの一種だ。
 この物語は、前にも話したとおり、様々な闘争があり、
 ある者はその信念のもと剣を握り、
 ある者は熟達した知識で魔法を用い、
 またある者はその愚直な者たちをあざとく闇の世界へと引きずり、
 そうした中にいる、数少ない魔法使い。

 そしてこの物語では、沢山の世界が描かれている。
 その世界は、ひとつひとつの世界の人々が、
 他の世界のことを一切知らない、知ることができない。
 異なる次元に存在しているからだ。

 プレインズウォーカーは、魔法使いの中でも特殊な能力を持っていて、
 通常では知りうることのできない次元を飛び越え、
 別の世界へと巡ることのできる能力をもつ者を指す。

 プレイヤーのことだけではなく、
 物語の中でも、プレインズウォーカーはいる。
 まあ、例としてあげればこのカードのように、だな。」


丈が千明の目の前に出したカードには、
そのカードに映った人物の固有名詞が書かれていた。


《紅蓮の達人チャンドラ》 


周りどころか、本人も燃え盛っており、
まるで体が火が出来ているような印象を受ける。


「チャンドラは人間だよ。
 たしか、禁呪の練習に手を出している最中に、
 プレインズウォーカーの灯が点ったんだっけか。」
「火・・?
 あ、先生、プレインズウォーカーの火とは一体なんですか!」
「プレインズウォーカーは先天的というよりは、
 後天的に得る能力みたいなもののようだね。
 すごいピンチの時に、
 <<俺に力があれば!!>>って考えてたらなんか生まれました的な。」
「そんな適当な能力なの!?」
「いやゴメン、よく知らない。」


―そこは謝るんだ・・


相変わらず、掴めないなあ、と
千明は少し苦笑を浮かべる。



「この物語の中に出てくるほとんどのプレインズウォーカーは、
 何かしらの事件に巻き込まれた真っ只中に能力を得てるんだ。
 ま、選ばれた人間が突然、第六感が身につくみたいな。
 物語の中心になってる人たちのほとんどがそれだから、
 主人公能力だと思っていいよ。

 だからこそ、自分たちプレイヤーもその一人として扱われる。」
「・・なるほど。」
「このチャンドラも、さっきいったようにプレインズウォーカー。
 火を操る魔法に長けていて、
 このカードを使うときには彼女が手助けをしてくれる。

 ただ、君にもこのチャンドラのように、
 能力を保持していることを自覚するのだ。」
「おお。先生!私はどんな能力を持っていますか!」
「知らん。」
「ちょっと!!」


うんうん、ノリがいいねえ、なんていいながら、
楽しそうに笑う丈。


再び、丈が胸ポケットから1枚のカードを取り出す。












《記憶の熟達者、ジェイス》


チャンドラと同様に、
このカードにも<<プレインズウォーカー>>という文字が入っている。



「カード化しているプレインズウォーカーは、
 俺たちプレイヤーに自身の能力を貸してくれる。
 この2種類のカードも然り。

 例え勇者のような正義感あふれるキャラクターでも、
 心根がどす黒い悪党であっても、
 まあ、利害が一致したんだろう、とでも思って使うといいよ。

 使用した以上は、君を裏切らない。」

こそっと、
状況にもよるけどね、と付け足す丈だが、
千明には聞こえていなかった。




「話は戻って。
 君は、プレインズウォーカーだ。
 プレインズウォーカーは色々な次元を旅し、
 自分の目的に沿って行動している。

 俺たちで言うと、カードという名の知識収集だな。

 ・・そして同じプレインズウォーカーと出会ったなら、」


意味深なひと呼吸を置き、
丈が千明に熱い好戦的な視線を送る。

「君はそのプレイヤーに決闘を申し込むことになるだろう。

 それはたわいもない遊び、お遊戯であることもあるし、
 何かを賭けた決戦の舞台のときもある。
 その時に― 」


少し横によけていた、
一つのカード束、デッキを表にし、
ぱらぱらと並べる。














「君は自身の知識の塊ともいえる、
 このカードの束、デッキを駆使して戦うことになる。

 それは使役したクリーチャーだったり、
 複雑な呪文の塊だったり、
 あるいは先ほどの相棒と呼べるプレインズウォーカーかもしれない。

 1万を超えるカードの中から、
 自分と相性のいいカードを選び、
 そして眼前の相手に決闘を申し込むのだっ!」
「おおー。」


ガチャ!!



荒々しい音と息切れの音とともに、
一人のスーツ姿の男が個室の扉をあけた。

千明の知っている人物だった。


「さあ、青っち、俺の勝負を受けるのだ!」
「ちょ・・ディンさん・・なに・・」
「あ、セイくんお久しぶり。」
「ええっ・・?!」


スーツ姿の男、赤折克治は、
最後の言葉の主を探した。

ネクタイこそしていないものの、
同じくスーツ姿の千明を見つけ、
その疲れていた顔に喜びと驚きの表情が伺える。

「うわ・・ぁあ、そういう、ことか・・。
 お久し・・ぶり・・です・・。」
「ちょっと青っち。
 俺、俺。
 俺の勝負、勝負の話はどこにいったんだよ。」
「ディンさん・・。」

克治はおもむろに床に腰を下ろし、
手に持った鞄を丈に放り投げた。



「ちょ・・青っちどういうことかね!」
「非常事態でもない限り、
 仕事時間のワンコール呼び出しはやめてくださいって、
 前にもいいましたよね・・。」
「さっきのセイ君宛だったんだ・・。」
「いやいや公務員さん、就業時間過ぎとるでしょう。」
「残業とか考えないんですか・・。」
「あとほら、非常事態じゃん?」
「どこが!・・って・・まあ、
 気持ちはわからなくもないですが。」


克治は大きく深呼吸をした後、
コーヒーをいただく時間をくださいと、
いったん部屋を出て行った。


「丈さん・・相変わらずですね・・。」
「人間、成人後は性格なぞかわらないものなのだよ。」


明後日の方向を見つめながら決めているようだが、
今までの言動も含め、
彼の言葉はいまいち決まっていない。


―というより、そう演じているのかな。


丈のその性格は、
自分の好きなことへの愛情からも成り立っているのだろう。


現に、千明は先程からの丈の講義を、
楽しく、そして明らかに心を躍らせながら聞いている。




「さて思わぬ乱入者がきたけれど、」
「意図的でしたよね。」
「流石にもう20年の歴史があるからね、
 沢山カードがありすぎる。」
「無視した。」
「あまりの量なので、これでは選ぶに選べない。
 ということで、公式側で使用カードの制限を設けて、
 カードゲームを遊びやすくしている。

 これがマジックザギャザリングの特徴、
 良いところでもあり!
 ・・・悪いところでもある。」
「ん?先生!何が悪いんですか?」
「お、サッチー君良いところに気がついたじゃないか。」


今度は無視せずに、
というより、先ほどの講師スタイルを貫いているのだろう、
意味深に言葉に含みをもたせて話す丈は、
自ら興味を持つように話したことは置いといて、
千明を機嫌よく褒めた。


「マジックにはいくつかのカード制限を決めるルールがある。

 スタンダード。
 エクステンデッド。
 モダン。
 レガシー。

 ・・あれ?えーっと・・

 あ、ヴィンテージ。

 ってうわ、エクテン公式が廃止してんじゃん!」


話の途中で一人携帯を見ながら声を荒げる丈。

うあーうあー、去年で終了してんじゃん、
なんて声を上げながら、
丈が頭をかきつつ錯乱している。


「・・ん?あ、コホン。
 ま、色々なルールがあるのだよ。

 よく遊ばれているのがスタンダード。
 スタン、って略して呼ぶこともおおい。」


咳払いでとりあえずの慌てぶりを収め、
再度講師顔にもどる丈。

「スタンダードは簡単に言うと、
 基本セットと呼ばれるセット1つと、
 数種のエキスパンションからできるブロック、と呼ばれるセット2つ、
 この中だけでデッキを作って遊ぼうってルールだ。

 具体的に2014年5月現在でいうと、

 ・基本セット2014
 ・ラヴニカへの回帰
  ―ギルド門侵犯
  ―ドラゴンの迷路
 ・テーロス
  ―神々の軍勢
  ―ニクスへの旅

 カードの種類としては、それでも1000枚以上ある。
 これが、一定の期間ごとに新しいセットが発売されるたび、
 どんどん使用するカードが変更されるルール。

 これによって、
 スタンダードで使うカードは入手しやすいから、
 どれだけ長く遊んでいるプレイヤーも、
 『昔のカード持ってる、俺強い!』が通じなくなる。
 といっても、再販っていって、
 以前も出たカードが使えるようになることも多いけどね。

 それでも、実際手に入らないわけじゃないから、
 実質的なアドバンテージは得られないわけだ。」
「ふむ。」
「1年周期で半分以上がルール上使用できなくなるから、
 あれ、去年はこのカードが強かったのに!?っていうのがいきなりかわる。

 今度はこのカードが強い。
 でもそのカードはこれに弱い?
 あ、まてよこれも対策に・・

 と、毎年違った感覚で遊べるのがこのルールの醍醐味。

 新しいプレイヤーも、今出ているセットを購入すれば、
 すぐに同じ土俵に立てるのもとてもいいルールといえる。」
「・・なるほど、だから悪いところもあるのか。」


千明が言葉を漏らす。


「わかってるじゃないかサッチー君。
 そう。1年周期でかわる、目まぐるしい変更は、
 我が軍勢の統率のためにと奮闘するプレインズウォーカーにとって、
 資金という非常に実生活にも大切なものを大量に費やすことになる。

 また新しくかったらすごい高いよ、とか、
 ええ、このカードようやく手に入ったのにもう使えないの!?とか、
 不満の種になっているのも事実だ。

 そのために、ルールがいくつも存在して、
 今で言うとモダンがスタンダードの次によく遊ばれてる構築ルールだね。
 2003年あたりで発売されたカードからすべてが使えるルールで、
 これからもそのセット変更はされないってものらしい。

 公式大会とかだとそのふたつだけど、
 別に友達が集まって、なんでもいいじゃん、って言ってしまえばそれまで。
 そういう遊び方をカジュアルって呼んで、
 自分たちで「このカードはダメな!」ってルールを作って遊ぶのも、
 全く問題はない。

 ちなみに、この遊び方のことをフォーマットと呼んで、
 大会とかに出るときは、
 このフォーマットを確認して、デッキを構築することになる。」
「先生、このサークルでのフォーマットはなんですか?」
「ふむ、何でも遊んでいるけれど、いくつか代表をあげれば。

 ・スタンダード
 ・カジュアル
 ・ブロック構築

 それから、

 ・リミテッド  」



意味深に丈が言葉をゆっくりと紡いだ。

もちろん、意図的にだが、
その言葉に、小さく繰り返すだけの千明の反応に、
気をよくした丈が講師の立場を忘れて声を荒らげた。



「そう!
 マジックの面白さは色々あって、
 俺っちこのリミテッドが大好きなのさっ!!

 人数いないとなかなか楽しめないからね!
 サッチーも参加してね参加だよ絶対参加だよ仕事とかほっぽり出して」
「いや仕事はダメだよやらなきゃ・・」
「じゃあ仕事じゃない時に予定組むから参加してね参加だよ!!」

目を輝かせながら勧誘する丈に押され、
意味もわからず千明は頷いた。



「っしゃああああああ!!!」
「ちょっとディンさん、お客さん来たよ。」
「えええ?!」


 
歓喜の声を上げたのも束の間、
扉を開けて入ってきた克治の言葉に、

「すぐ戻るから青っちとゆっくり喋ってて。」

と言葉を残して颯爽と姿を消す丈。




「・・元気だなあ。」
「ですね。
 あ、改めまして、お久しぶりです千明さん。」


克治が、少し笑顔を浮かべたまま、
礼儀正しい会釈とともに千明に言葉を発した。

「あ、いやそんな改められても。」
「いやあ、驚きましたよ。
 凄く気に入って2日くらい来てくれてたのに、
 気がついたら一週間後に島を出て東京にいったとか教えてもらって。

 ディンさんが暴走して苛めたのかと本気で心配しました。」
「いやいや、カードはうん、楽しそうだったから、
 別に丈さんはいじめたりしてないよ。」
「それならよかった。」


克治はティーセットを持ってきており、
千明にも暖かいコーヒーの入ったカップを差し出す。


「あ、ありがとう。」
「いえいえ。ブラックですけど」
「うん、大丈夫。」


部屋の外から少しだけ喧騒が聞こえる。



「4,5人一気に入ってきましたからね。
 常連の、ディンさんのお父さんのお友達。」
「あらら。」
「おそらく絡まれて戻ってくるのはしばらくかかりますね。
 その間に、東京の話、聞かせてくださいよ。」
「えー、何かあるかなー・・。」



2年前、少しだけしかいなかったこの喫茶店で出会い、
これだけフレンドリーに話してくれる克治に、
気後れしつつも、
千明は出会えた友人と言葉を交わし、
その時間を楽しんだ。