チリンチリン・・・


鳴り響く、扉についた鈴の音が、
とても懐かしい音色に聞こえる。

ここにはまだ、数回しか足を運んだことはなかったのに。


コーヒーを美味しく飲める喫茶ナッツ。

その入口で、
坂上千明は、感傷に浸りつつ、大きく空気を吸い込んだ。





「いらっしゃ・・おおっ!?」

以前はマスターが座って、コーヒーを飲んでいた場所、
そこに座っていたのは、マスターではなかった。


レンガのような濃い赤茶色のシャツに、紺色のネクタイ。

服装が以前より大人びて、というよりシックになっている。
ちらと髭を伸ばしているものの、顔つきは全く変わっていない。

千明を、mtgサークルに招待した、
ディンこと、丈がそこに座っていた。



「すーっごい懐かしい顔だと思ったら!!」
「いや、すみません。
 伝えた通り、仕事先一度変わっちゃって・・。」



離島での職場から、異動になって、
ほぼ2年の歳月が流れていた。

千明は突然の異動により東京へと移っていた。



「うんうん。
 積もる話もあるばってん、あろーばってん。
 とりあえず、コーヒー飲む時間くらいはあるっしょ。」
「うん。 今日は仕事帰りだよ。」


夕方5時前後、
千明が初めてこの喫茶店に訪れたのも、
このくらいの時間帯だった。


よしよし、なんていいつつ、
丈が強引に席を指定する。


カウンター席の端っこ。

丈が先程まで座っていた場所のまんまえだ。


「今日はマスターは?」
「ん、もーすぐ帰ってくるかな。
 『今日は釣り日和だ!』とかいって、
 俺に店任せるっていう書置き残していきやがった。」
「はは・・。」
「それよりーだ。」


丈はコーヒーカップに注いだコーヒーを出しながら、
ずずい、と千明に顔を近づけた。

「ちかいちかい。」
「戻ってきたん?
 それとも、出張でいるのん?」
「ん、戻って、きたよ。」














島での暮らしは・・・なんてちらほら文句もいっていた千明だったが、
所かわって東京に出ても、
結局は大差ない生活を送っていた。

もちろん、趣味とまではいえなかったが、
唯一行っていた散策は楽しかった。

いろんなお店に行って色々な食事をしたし、
ふらっと立ち寄ったお店で過ごす時間も楽しんだ。


それでも、地方出身の千明にとって、
東京は友人がいる場所ではなかった。

都会のど真ん中、というのも、あまり居心地がいいわけではなく、
苦い顔をしながら話す上司から、
以前の島での管理業務に戻れないかと話が来た時に、
すぐに首を縦に振ったという。


「ほうほう。
 と、いうことは、多少なりとも、カードゲームに興味をもったと。」


丈が、千明の目の前で少なくとも3杯目のコーヒーに手をつける。


「話がだいぶ飛んだ気がするけど、そうだね。
 人と会話をしながら楽しめる場所に憧れがあるよ。」
「でも東京ならいくらでもあったろーに。」
「んー・・。」



そう、東京でも、散策をしばらくしているうちに、
カードショップを見つけたことがあった。

そうして見つけたショップに数箇所、入ってみたのだ。



1件目は、沢山の種類のカードを取り扱っており、
初心者の千明には、何が何だか理解ができていなかった。

2件目は、残念ながら、mtgを取り扱っておらず。

3件目は、mtgをメインで取り扱うお店で、
入った瞬間にようやく見つけた、千明も心踊ったのだが、
お店のイベント時間にくるお客さんは玄人ぞろいで、
なかなか、話しかけてよさそうな雰囲気をつかめず、

結局、千明はイベントデビューすることなく、
東京暮らしが終了していた。



「勿体なー!!
 俺っち、大会とかイベントとかガンガン行きたいわ!
 ああ行きたいわ!
 よーっし、サッチー俺と変わろう。いや変わろう。
 俺が東京で遊んでくるから、サッチーはここでレジ打ちな!」
「いやいや、俺仕事してたし。」


サッチー、そう呼ばれるのも2年ぶりだった。

初めてあった時も合わせ、2回しか顔を合わせていない千明に対し、
丈は親しみを込めてその名前を呼んでいた。

千明も、
まるで昔ながらの友人に会ったような、
そんな錯覚を起こす。


「んじゃ、カード知識も技術も、まだまだなんもってとこか。」
「うん。
 あ、カードは色々・・買うだけ、買ったんだけどね。」



すすっていたコーヒーカップを置き、
鞄の中からごそごそと取り出す。


M13、ラヴニカへの回帰、ギルド門侵犯、ドラゴンの迷路、
M14、テーロス、神々の軍勢・・。


それぞれが1,2パックずつ。

それとデッキセットがひとつ。



丈がそれを取り上げ、
デッキセットと千明を何度も見比べる。











「・・ジェイスVSヴラスカて。
 モダンでもやる気なのかねサッチー・・。」
「モダン?」
「んっん、このデッキセットは手を出すのが早かった感がある。
 まあ、美味しいカードがあることは間違いないけど、
 それはさておいて、だ。」


千明のコーヒーカップの中身がないことを見て、
丈は2杯目のコーヒーをコーヒーを注いだ。

余談だが、
丈はカフェオレはあまり好きでないらしく、
コーヒーに砂糖だけをいれて飲むのが好きだという。

千明のオーダーも聞かずに、
自分好みの味付けでカップを差し出すあたり、
既に千明は客扱いされていなかった。


「サッチーは、つまりはあれだね?
 ここにコーヒーを飲みに来たのではなく、
 マジック、をしにきたのね?」


丈にとっては、大事な、大事な質問。

その質問に、
千明はついでもらったコーヒーを大事に飲みながら言葉を紡ぐ。

「正しくは、コーヒーを飲みながら、
 マジックザギャザリング、を楽しみにきたんだよ。」
「OK、OK、おっけー!!!」
「ちょ・・。」


興奮したように、高らかな声を上げながら、
丈は千明の背中をばんばんっと叩いた。

その行動により、コーヒーカップからいくらか茶色の水玉が飛び出したが、
お店の仮主はまったく気にした様子がない。


「ん、今日はあれだ。
 そのコーヒーは俺のおごりだな!
 そして場代も持ってけドロボーだ畜生ー!」
「ええ・・?!
 まあ、うんありがたいけど。」

思い切り上機嫌となった丈は、カップの残りをを口にいれると、
4杯目のコーヒーをついで、それもゴクリと一気に飲み干した。



「よし、今日こそは初心者講習だな。
 サッチーが《差し戻し》を有効利用出来るように、
 思いっきりしばいちゃる。」
「《差し戻し》?」
「いいから。」
「ちょ、店・・!!」


他の客がいないことをいいことに、
丈はカウンターを片腕ひとつでバランスをとって飛び越えた。

そうしてコーヒーカップを手に持つ千明を再び強引に捕まえ、
以前、カードを広がしていた個室へと誘う。


慌ててパックを回収し、その個室に入った千明は、
前と変わらないその場所に、
最初にみた光景が眼前に広がり、


懐かしさを感じていた。