また人を集めてしまいました。
子どもたちを預かる身故に、普段はあまり話題にはなりたくないのて、地味めにしてますが…どうしても見過ごすことができず書いてしまいました。
まさか繁内さんにTwitterから見つかるとはおもわず…
でも、反応を見てる限りでは沢山引用いただいて、結果として考えてくださった方もいらしたようで、個人的には書いてよかったなってのが正直な思いです。
中には私の意見に否定的な声もありましたが、私個人を誹謗するようなものは見受けられなかった。その点でも救われました。
Twitterの過激な言論は正直いって怖い、辛い、悲しい、切ない、時には死にたくなるくらいに追い詰められるものも多いので…
だからこそTwitterは辞めました。
反対派からも、理解増進法派からも、差別禁止法派からも総叩きでしたし…ね。
まぁ、差別禁止法派はTwitterで殆どお見かけしなかったので総叩きは別のところでしたが…
その点、アメブロは平和ですね![]()
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今回の件でわかったこと。
アメブロは平和だってこと。
どれだけ過疎ってるかバレちゃいますが…
あまり見られたくないので丁度いい数だったのに…
過去二番目のバズり具合。
そうか、この程度なんだなぁ…あれだけ有名ツイッター民たちに晒されてても。まぁ、興味を持たれなかっただけと言えばそこまでだけど。
ただ、普通にアメブロ公式さんから優良記事?みたいなのに選ばれる方が影響力強い。そんなものなのかもしれない。
今回の記事の殆どがアメブロさんや検索さんではありませんでした。そして、ほとんどの来訪者はソーシャルメディア由来でした。
そして、その殆どがTwitter民でした。
ということは、Twitterで騒いでる人たちって意外と少ない…
ネット世論の代表格のように言われるTwitterですら、意外と そうでもないぞ?!ユーザ数はそれなりでも、騒いでる人たちって絶対的に少ない。意外と恐るるに足らない?
さらに、この界隈の人たちはアメブロやってない。
そっか、だから基本的には平和なんだ。
コメントも一件だけ。アメブロユーザーの閲覧なんていつもと同じ程度で、ご新規さんはほとんどなし。
アメブロでのどかに記事書いてるの正解だわ。
私の社会での肌感覚では、加熱するネット保守の意見も、メディアを通した革新の意見も、そんなにいるような実感がない。やっぱり大部分は穏やかな普通の人なんだよね。
だからこそ、右にも左にも振れ過ぎちゃいけない。
右のように反左翼と主張しすぎても変な人。
左のように差別と戦う!と主張しすぎても変な人。
そういう固定観念を捨てて、自然と生きていくことが1番なんだと思う。
差別は被差別意識が作り出す。
陰謀論は社会不安が作り出す。
私達当事者は、そんな役割を捨てて自由に人と社会と交わるのがいい。そういう役割を私達に与えてしまう“マイノリティ”から脱した方がいい。
何度もこのブログで書いてきたけど、社会はあたしたちを受け入れてくれている。いや、差別も確かにある。けど、多くの人はそれでも受け入れてくれている。でも、あたしたちが非差別意識を持って世界を見てしまうと、少しでも上手くことが運ばなければ、それが普通の人と明らかに違えば、「差別だ…」と感じてしまう。いやいや、そんなことはない。気持ちは寄り添ってくれてる。便宜上全てに配慮することができないだけ。
そんなときに、窓口で怒鳴るのが差別を感じる被差別当事者。どうしたら上手くできるのか相談しながら協力してくれた窓口担当者に感謝するのが市民。私は後者の市民でありたいし、きっと多くの被当事者の人たちもまた私達のことを普通の市民だと思っている。
まずは私達の心の中の“差別”が本当に存在するのか、本物なのかしっかり見直してみよう。私達が普通の市民だと、当たり前の事実を当たり前に感じてもらおう。そこからしか理解は進むわけがない。
理解増進法、国から反対派の心を“再教育”するようなものでもないし、そんなものはあってはならない。社会の同調圧力であってもいけない。
私達当事者が善良なる市民であること、ちゃんとした国民であることを実践して、誰も疑いの余地がないくらいに信頼してもらう。それこそが理解増進のあるべき形だと思うの。
だからこそ、バランス感覚なんだよ。
当事者さん、甘えからの卒業だよ。
自力で人と、社会と上手くやろう。
LGBT、大変さはそれぞれ違うだろうけど、
上手くやれてる人達がそれぞれの分野でいる。
そういう人達の声を聞いてみよ。
差別だと逃げずに社会と向かい合ってる人達のさ。
LGBTの理解にむけた第一歩を踏み出す年に。

