下の子の話。


 ADHD、ASDで発達障害ではないグレーゾーンの中でも体の半分くらい発達障害にツッコんでる、正直いろいろ難しい状況の子です。


 普通学級は人間関係や勉強面でも難しい一方で、特支だと能力が高すぎて逆に苦しいだろうという、よくあるグレーゾーンの難しさを地で行ってます。


 日常生活も上手くこなせないから、本人も家族も難儀してるんですが、例えば宿題の範囲が覚えられない、メモできない、メモしても捨てちゃう、何処においたかも分からなくなり失くしてしまう。完全に決まったことを繰り返すルーティンならできるんだけど、日々わずかでも変わる内容を指示されても対応することが難しく学校もかなりストレスな様子。


 お陰様でお家ではストレス発散傾向。本人も「学校は頑張るところ、お家は好きにするところ」と公言するくらい、お家ではリラックスしていたいらしい。


 にしても、水道を止め忘れたり、テレビ電気エアコンつけっぱ、ドア閉め忘れ、忘れもの、いろいろ紛失、破壊、ルール無視のご近所トラブルなど。子どもにはあるある話だけど、その程度もミスのレベルの低さも半端ない。まぁ、ADHDなので当たり前ですが。


 あたしもわかってるから注意もほどほど、繰り返し一緒に確認したりはしても怒ることはしないように気をつけてる。けれど、学校で疲れてるからかそれでも考えるのがストレスなんだろうね。一時期はすぐに癇癪になって幼稚園児のような幼い怒り方して理性のかけらもなくなってしまう。そうなってしまうと破壊活動をしたり、普通の中学生のキレ方とは違って「眼がイッてる」状態になり、正直身の危険すら覚えてしまうこともしょっちゅう。もっとボキャブラリーがあればいいけど、私の貧困な語彙で表すと「眼がイッてる」という言葉でしか言い表せない状況。

 お父さんが居るときは、お父さんもその態度に血がのぼってお互いにヒートアップしちゃうし、あたしもフォローしきれないで大変なときに癇癪されると泣きたくなるくらいにつらいときもある。でも、この子の方が辛いんだってわかってるから、頑張ろうって思うんだけど、なんて思いながらも些細な言葉で地雷を踏んでしまうのが日常でした。






 しかし、最近お母さんがめまいで倒れてて、いろんなことを子どもたちが自分でやらなきゃいけない状況になったんです。不安だったけど子どもたちを病床から眺めながら見守ってたんです。


 そしたら、心配してたのが嘘みたいに意外といい仕事してくれてるんですよね。下の子も「お母さんが大変だもん、頑張んなきゃ」って言ってくれてホッコリ。できないことだらけだから見くびってたけど、お母さんの背中をちゃんと見てくれてたんだね、しっかり真似してくれてた。褒めることいっぱい。


 「普段やらなきゃいけないことやるのと、お母さんのお手伝いどっちが好き?」と尋ねると「お母さんの手伝いのほうが簡単!」と答える。


 そっか、お母さんが子どもたちのためにやってることって、少しでもやれるようになって欲しいことに余裕を持って取り組めるようにと考えて、全部やってあげてた。けど、やってほしいことよりも難しいと思ってた事が、この子には簡単だったんだ?!意外な発見がありました。


 結果、お母さんも楽になったし、下の子も褒められたり感謝されることが増えました。結果としていい関係が作りやすくなったように感じてました。


 そんな最中、外遊びで友達が関わってご近所にご迷惑をかけるの必至なことをしようとしてることに気付いたんです。お母さんがそれはやっちゃいけないことだと指摘したら、本人は友達も絡んでるから不満たらたら。その態度にお父さんも火がついて、下の子もヒートアップ。そして、いつもどおりの癇癪。眼がイッて、奇行をくりかえす状態に。


 あぁ…始まった…




あんぐり … 不安 … 悲しい


「癇癪しちゃうとまたお父さんに怒られちゃうよ!

お母さんもお父さんも、怒りたいんじゃないんだよ。

みんなに迷惑掛けて嫌われないように

共感してほしいなって言ってるんだよ。


下の子ちゃん、本当に最近お母さんの手伝いしてくれて

偉いね、優しいね、助かるね、成長したねって

みんな褒めてるし、感謝してるよ。


せっかくこんな頑張ってるんだもん、

   怒られて嫌な思いしたくないよね?  」




 それだけ伝えたらしばらくして眼に魂が戻ってきて、さらに待ったら「お母さん、ごめんなさい」って。これだけのことなのにビックリ。昔なら絶対に届かなかったはず。成長したからなのか、お母さんが病気だから気を使ってるのか、それとも役に立ってるという肯定感がそうさせたのか。何が原因なのかはまだわかんないけど、何かこの子の中で変わるきっかけが見つかったのかも。そんな気がしました。




 本人が通いたいと言って始めた塾からは、成績が上がらないことを謝られ、今のままじゃ高校受験がどうしようもなく難しい状況になりかねないことを今更聞かされ、合わせて追加授業の営業されたり、いろいろ難しい時期ですが、とりあえず一歩前に進んでいる、そう実感できる体験もあったので、焦らずのんびり構えていよう、そう感じてます。




 下の子に「お母さんの病気治ったあとも、お母さんのお手伝いを今と同じようにやってくれると嬉しいな!」と投げかけたら「絶対にヤダ…面倒くさい。」だとよ。でも、その後に「たまにならしてもいいけど。」だって。たまにでもいい。褒めるポイント沢山おくれ!人から見たら些細なことでもやれること増やしていこう。その「たまにならいい」があなたの優しさの全力の表現なんだよね。嬉しいよお母さんは。



「ありがとう」チュー