政治系の話書くのホントはやなんだけど…
あたしら一般国民には安倍さんや菅さん、自民党の
やろうとしていることの本懐はわからない。
安倍政権の評価は私レベルじゃ一時の個人的な狭い視野、
少ない価値記事でしか判断できない。
何が正しいのかなんてわからない。
しかし、安倍さんに救われた人たち、
安倍さんを慕っていた人たちが
確かにいることもわからないのか。
どれだけ個人的に憎んでいても、
間違えたことをしていたとしても、
国葬儀に異議があるにせよ、
御霊前で死者のことをひたすら蔑む言動は
私は受け付け得ない。
嫌いな方だろうと生前恨んでいようと
死者の尊厳を守ることは人の心ではないか。
手続き上は問題があるというなら
違憲裁判なり賠償請求裁判なり行えば良い。
方法論の是非を問う方々が取った方法は本当に適当なのか。
国葬儀開催が乱暴に決定されたとして
手続き上は違法ではなかった。
節操がなかったと言えばそこまでだろうが、
では、デモはどうだったのだろう。
確かに表現の自由、団結権など違法ではない。
私も決して反対する理由はない。
ただ、方法論としてどうだったのだろう。
安倍元総理は公人として批判の対象となることも
やむを得ないところもあろう。
しかし、遺族、友人、故人を慕っていた人々の
心を踏みにじって良いという感覚には嫌悪感しか覚えない。
私も左翼、リベラルを嫌いな理由。
市民弱者を名乗ればどれだけワガママを言っても
それは正義だと言い捨ててしまえる歪んだ感性。
弱者に寄り添うということは駄々をこねることではない。
自分と立場が違っても、考えが異なっていても
心を寄せ慈しみ合う気持ちこそ大切じゃないのか。
彼らは立場が同じでも考えが違うと排除する。
右翼もまた然り。
右も左も排他的、攻撃的、威圧的。
私は穏やかに昨日と言う日を迎えたかった。
これから国葬儀開催の是非、方法論が議論されるだろう。
私は特に自分の意見はない。
ただ、一国民として国民の代表として選ばれ
人生を国のために捧げた方の魂に
祈りを捧げる場が作られたことにありがたく思う。
その上で安倍さんのことを嫌う人たちの気持ちも理解するが
そのやり方に一抹の疑問も覚えない人たちの感性には
決して同意することはできない。
菅さん、昭恵夫人の言葉に涙できないどころか
政治利用だの演出だのそんなことばしか出ない人に
人の心があるとは思えない。
今回も、この先も。
さもしい。さもし過ぎる。
国民が憲法に則り選んだ総理を
意見が違っても意見は違えても尊重することが
憲法を守ることではないか。
国民の意思を尊重することではないか。
安倍さんの政治成果はまだ見えない。
軍事国家として侵略するのか、平和国家として尊敬されるか
経済停滞没落の一途なのか、経済復興するのか
そのとき国民が過去の政治を省み気付く。
太平洋戦争が正義なのか悪なのか、
そんな国家を作り上げた世論は正しかったのかどうか。
これから歴史が証明していくだろう。
ただ、国民は安倍さんを選んだ。
それが、彼らが声高に守ると叫ぶ憲法の答えだった。
国葬儀の是非の以前に
なぜそんな故人の尊厳が冒涜される?
彼らが守りたいのは憲法じゃない、己の欲望。
そうにしか見えない…
学生時代に議論し合った友人たちもいるけど、
だからこそ言わせてもらう。
あんたたち、さもしいよ。
