統一教会問題を見ていて怖いことがある。
統一教会の一部の集金方法が酷かったことは
同意するし、許し難いとも思う。
統一教会を擁護するつもりもないし
批判的に見てもいる。
しかし、社会全体があまりにも短絡的すぎると思う。
憲法の「思想信条の自由」の問題。
違法行為への妥当な制裁の程度、対象。
的確な規制のあり方。
法は過去に遡及して適応されない原則。
政治と宗教の問題。
メディアと宗教の問題。
宗教の被害者救済の問題。
被害者の復讐目的の違法行為。
論点がありすぎてデリケートな問題だと思う。
しかし、社会からは何一つ議論がない。
たった一つ、統一教会が許せない悪だという感情だけ。
統一教会が関わっていたらその全てがゆるせない。
この世界から抹殺しろと言わんばかりに。
そして、政治もメディアもそれ一色。
別に彼らを残してあげたいとかそういう意味ではない。
ただ、その社会的批判に
合理性だったり秩序なんてものが
全く無いことに恐ろしさを覚えてしまう…
統一教会だけではない、
創価学会や幸福の科学、立正佼成会、仏教ほか
どんな宗教もきれいなものばかりではなかろう。
陰の1つ2つあるだろうよ。
会社も沢山あるでしょうよ。
犯罪なり倫理違反があっても法的な責任を取ったら
信頼回復の努力をしてもう一旗あげられる。
それが刑の消滅の考え方だろう。
なぜ統一教会だけはここまで徹底的に潰されるのか。
こんな簡単に潰せる組織がそこまで力があるのか。
いや、近年信者数も激減している。
安倍政権だけが2度にわたって法案を出して
規制が強まった。
だからこそ被害額も減ってきた事実は何も語られない。
そして事件が起こって、
二十年以上一般国民が見てこなかった姿が見えて
合理性を書いた感情的な批判を
社会は重ねているように見える。
相手が「自分たちと違い、少数派」だから。
合理的に考えようなんて気持ちはどこにもない。
腐敗した政治と悪徳商法をしたカルトを退治したという
自己満足だけで行動しているようにみえる。
なぜこの問題を書いているかって言うと…
近年の保守層と、
「ウーマン・リブ」を牽引してきた革新層が、
LGBTへの強烈なカウンターをしていること
同じ様な印象を覚えたからです。
たしかに、トランスジェンダーを名乗る人の中に
反道徳的行動をする人はいる。
LGBTの考え方が欠点だらけだということ。
医学の限界、倫理的問題、社会的問題、
課題をあげだしたらきりがないのが本当のところ。
だからこそこの社会とどのように共存していくのか
それが大きな課題なんだと私は思ってる。
けれど、社会はそんな面倒くさいことを考えたくない。
わかりやすい悪を見つけたらただただ叩いて成敗する。
そんなときにLGBTの人たちの一部の行為は
社会からどんな見え方をするのだろう。
特に、トランスジェンダーの人たちはどう映るのだろう。
LGBT当事者の多くはLGBだ。
その「当事者」の声を聞いてみて
問題の多いTはどうなるだろう。
今、統一教会の悪人も善人もひっくるめて
いろんな課題を飛び越えて
社会は抹殺しようとしている。
法の秩序もへったくれもない。
マジョリティが悪だと決めたら
過去も現在も未来も含めて
盛大に血祭りにあげる。
これを法治国家といえようか。
多数派の感情論による、人治国家。
何度もいう、統一教会は私も大嫌い。
だけど、法治国家の秩序を守ることは
統一教会を即滅ぼすことよりも重大だと思う。
早くトランスジェンダーの信頼を勝ち得なければ
自浄をしていかなければ
将来私達自身が「カルト」扱いをされるやも。