細かな記録とか記憶がもうないんですが
ちょっとまとめてみます。
反転法です。
場所はプーケットです。
国内の手術がまだまだ少なかったのと
技術力の高さでタイを選びました。
手術代は40万バーツ(当時は130万円ほど)
某有名仲介サイトで病院を探しました。
しかしその仲介業者にはアポを取らず
病院に直接電話しました。
基本英語のやり取りになるかと思ったら、
受付の電話交換手の女性が
私のことを日本人だとわかるやいなや
すぐに病院に雇われている日本人通訳の方に代わってくれた。
それ以来日本語だけでやりとりでした。
あ、某仲介サービス無しでもいける?
そう思って準備しました。
ただの海外旅行気分。
まずは手術のスケジュール決め
春先に動き始めたところ
4ヶ月ほど先の夏の終りの雨季に決定。
前日の検査入院
手術
2週間入院
1週間通院
合計で最短23日程度で帰ることができた。
しかし、不安もあったのと、観光もしたいから
念の為1週間ほど遅らせようかなってことで
1ヶ月ほどの計画で渡航することに。
しかし、タイ王国は日本のパスポートだと
ビザ無しで一ヶ月までしかいられない。
となると念の為に一ヶ月以上滞在できるように
ビザを発行してもらうことに決めました。
タイ王国のビザ申請は日本国内で2箇所
今はまた調べてください、どうなってるかわかりません。
当時は申請する際に預金残高証明書が必要となりました。
現地でトラブルに対応できる財力を確かめたのか
百万円以上の残高を証明しなければなりませんでした。
というわけで手術の為のお金をしまった銀行で
残高証明を作っておいて大阪まで持参しました。
友達に会いにいくついでに大阪の総領事館に足を運び
ビザの発給申請をしました。
主治医のいる同じく遠方にある病院にアポを取り
手術のための診断書を書いていただいて
そのままの流れで大阪入り。
どのくらい待たされたか覚えてません。
一泊して翌日だったかな?
ごめんなさい、昔過ぎて覚えてません。
そして、のちのちその手術代を
家族のクレカの引落口座に入金しました。
当時の私のクレカの上限が130万円に
耐えられなかったのと
両替支払いがめんどくさかったので
家族のカードで支払ってもらいました。
旅行保険に強い交通系のクレカを
この際ついでに作りました。
交通機関、飛行機、ホテルなどを利用した場合に、
旅行保険が自動で付帯されるもの、
海外旅行するときには便利ですよね。
実はこの保険にのちのち助けられました。
タイの観光地のホテルは長期滞在プランも充実してました
私のサポートや旅行に行きたいという理由で
家族が1人ついてきてくれることになりました。
だからツインの部屋を借りたんだけど、
デラックスグレードで1日朝食と
ミネラルウォーターまで付いて二千円
一月の長期滞在でも二人で6万円
それに大きくてきれいでいい部屋でした。
飛行機は参考にならないけど。
金額は往復二人で12万ほどだったか
しめて150万円弱
当時200万ほどしたプランを
アテンダント無しで自分でアポ取って
50万ほど安くした。
その支払いのすべてをクレカ払い。
交通系クレカ払いしたことで良かったこと。
ついてきてくれた家族が最終日に食べたご飯で
食中毒を起こして救急搬送されました。
帰りの飛行機の発券手続きの最中のことでした。
空港に救急車がつけられ
また一ヶ月過ごしたムアンプーケットの街に逆戻り。
でも、クレジットカードのサービスデスクに電話したら
その家族の入院費、付き添うために残った私の滞在費、
そして、新しい飛行機の予約とその費用まで
全額クレジットカードの付帯保険で賄われました。
というわけで死にそうな顔してる家族を置いて
1人もう四日ほどの追加旅行してきました。
プーケット島のいろんなところの
細かな路地まで歩いてみました。
いい島でした。プーケット。
現地の方との交流でタイ語を結構覚えました。
週末市を中心部でやってます。
ナカ・マーケット
そこで日本人初じゃないかな?
仲良くなった病院のスタッフさんの
旦那さんが経営してるお店で
シェイクの販売員も小一時間やりました。
地元のタイ人からも
「日本人だなんてわからなかった…ありがとう
」
とびっくりされるくらいの自然なカタコトタイ語
店主のおじさんからみんなで遊びに連れてってもらって
往年の名曲イーグルスの曲を
みんなで歌いながらプーケットをドライブ。
仲良くなった看護師さんとその彼と
ニューハーフショーを見に行ったり。
今では結婚してカワイイ一人娘がいる。
うちの子どもたちのことも話している。
素敵な夫婦。
仲良くなったレストランのファミリーも
ずっと仲良くしててさ
当時チンチクリンだった小学生坊やが
今では韓流大好き生意気あんちゃんになって
婚約者のお嬢さんと来日したときに近所の街に来たから
会いに行ってあげたりして
他にも沢山素敵な出会いがあったの。
そういう面白い出会いや時間があったのも
アテンダント無しで自分の力で過ごしたから。
自分の言葉で地元の人と話して
自由な発想で街をめぐり
いろんな経験しながら友達を
こしらえてこれたからだと思う。
アテンダントに任せておいたら
それだけの旅行になっちゃうしね。
なかなか真似する人はいないかもだけど
英語できたり、コミュニケーション好きな人とか
タイの人たちと長期間生活できる環境は
超刺激的で楽しいと思うの。
みちょまるみたいな日本人珍しいと言われた
日本人は日本人としか話さないからつまんない
みんな日本人を温かく迎えてくれるのにさ、
安く済むし面白いからさ
やれる人はやってみてほしい。
責任はとれないけど
ちなみに、タイの人たちほとんどの人が
日本語を喋られるって返事してきたよ。
なんの言葉喋れるの?と聞くと
「のび太くん、ドラえもん、しんちゃん、ウルトラマン」
おい、最後のソレ、日本語か?www
そんな程度のコミュニケーションでも十分楽しい
ある程度高校英語程度でも十分だから
簡単な会話ができたら、難しい細々した話でも
出川哲朗英語を駆使しても伝えることってできる。
是非恐れずチャレンジしてみるも楽しい。
病院のトゥクトゥクや車の管理をしてくれる
スタッフは男の人が多いんだけど
仕事をしないでずっと野郎たちで群れて
えろ動画を見てました。
いつもお世話になってトゥクトゥク呼んでもらってたから
暇なときにタイ語を教えてもらってたんだけどね。
これを覚えておくといいよ!と言われ覚えた言葉
「なー、たまらいしゃん」
仲良しの友達に意味をのちのち聞いたのよ
「それ、エロビデオで女性が上げる声だから…
あいつらサイテーやな!
あー!やめて!的なやつ」
どこの国も野郎は野郎でした。
アホはアホでした。
これもアテンダントいたら味わえない経験。
タイのプーケットはとても素敵な街でした。
いつも手術のことを書き始めると
プーケットの観光や人の話にしかならない。
そのくらい大切な思い出です。
手術が、ではなくて
出会いが最高のプーケットでした。
帰国して落ち着いた頃に
ジェンダー関係の主治医のもとに行って
陰部の手術結果を診断書にまとめてもらうため
受信しました。
流石有名なサングアン先生だ!と眼を見張るほどの美しさ。
人の陰部をマジマジと見て感心するな、おじさんよwww
というわけで無事診断書もらって即住処の地域の
家庭裁判所に改名の時と同じく
申立書と診断書と諸々をだして改性申立をしました。
これは書類の不備を確認するだけの
機械的な手続きです。