久々に時間もできたので
運動不足解消にお散歩してきました。

近所の小川ではコサギとマガモが川面で
いつも楽しそうに遊んでます。
気持ちよさそうに泳いでいるマガモと、
時々大きな翼を広げて飛んでいくコサギを見てると
昔鳥のように空飛んだり一緒に踊ったりする夢見た
懐かしい記憶が蘇ります。

上を見上げると少しずつ桜の蕾も目立ってきてる。
もう春の足音が聞こえてきてる。
まだまだ硬い蕾だけど、あと一月半もしたら
今年も川原沿いの桜並木がきれいに咲き誇るんだろうな。
特別名所とかなんとかではないけど、
個人的にはこの川原の春のお散歩が大好き。

その桜の木の上にはなんだろ。
結構大きかったけど…
ほんと野鳥が多くてこのまち長閑で大好き。


でも、辛いのってみんな一緒なんだよね。
となりの芝が青いようにみえるだけ。

道行く人たちを見ていて思う、
この人たちってみんな幸せなのだろうか
特に輝いて見える人たちを見て、
みんな幸せなのに、私は…なんて思ってないか。
結構平凡な人たちもいっぱいいるし、
「可哀想な私達」目線でももっと可愛そうな人っている
いや、輝いて見える芸能人でも自殺をする人たちもいる
可哀想な人生と見えてしまう人たちにも
幸せな瞬間て実はたくさんあったり。
幸せって結局何なんだろうね。

多分ね、幸せって実は今その変に転がってんだよ。
女の子としての幼少期の思い出があたしにはない。
JSやJCやJKとしての時期を求めても来ない。
私にはこれがない、あれがない、それができない
いろんな「無い無い」があるけどさ
それにとらわれて今の大切な「ある」に目を向けないと
幸せにはなれないんだと思う。
30歳には30歳の幸せがある。
40歳には40歳の幸せがある。
トランスジェンダーにも私達だからこそ
味わえる幸せもある。
30から移行進めてもだからこその幸せがある。
理解してくれない家族でも、
その家族だからこその幸せがある。
病気になってもきっと幸せな時間はある。
私だから、この家族・仲間だからこそ
転がってる幸せが必ずあるはず。
その幸せに気付いてあげられるひとは
どんな人生だろうときっと幸せになれるんだと思う。

ご近所ママたちが幼稚園帰りに遊んでたのを盗撮。
こんな小さい時期に子どもたちと出会いたかった…
こういう時期に迎え入れてあげられたら…
隣の芝は確かに青い
大きくなった子どもたちしか私は知らない
出会ったときからクソガキ全開!
可愛かった頃の話は伝聞だけ
でもさ、
それがないから幸せじゃないなんて思わない
今この子達と一緒に笑い、一緒に泣いて
この子達の今この瞬間と未来の夢を
一緒に歩んでいけるだけでどれだけ幸せなのか
自分にない何かを求めることは原動力になる
だからこそ青い芝を夢見ることは大切だろう
しかし、それが手に入らないから
幸せではないというのは違うと思う
近くにある幸せに気付くこと
その幸せに感謝すること
可哀想な自分だと思いこんでいるうちは
沢山の幸せを捨てることになるし
大切な存在を傷つけることにつながる
誰かに伝えたいというわけではないけど、
歳を取ると面倒くさいおばさんになるね。
今日のBGMは
あやめちゃんはインディーズのデュオ組んでた
ストリート時代から応援してます。
最近出会ったお気に入り。
20年前の大阪梅田の歩道橋で
ストリートにはまって以来
インディーズ応援してます。
若い頃は日本中のライブハウス行ってました。
若かった。
たまに行きたくなるライブハウス。
てか、若い頃にバンド組みたかった。
今からでもやれるならやりたい。
ママバンド!
近所のおばあちゃんからコーラスしないかって
毎日のように熱烈に誘われてたけど、
コロナで解散したらしいし。
まぁ、そういうのできる人たちいたら考えよう。




