私がこんなブログを始めた理由のきっかけ。
今トランスジェンダーへの風当たりは強い。
世間では守ってあげなきゃという声が広まってきた。
うちの子どもたちを見ていても次の世代には
確実に当事者に寛容で温かく豊かな価値観が広がっている。
その風潮に正直安心しきっていた。
活動家の勝手なやり方には嫌悪感を懐き続けてきたし、
だからこそ距離をずっと置き続けてきたけど、
そんな雰囲気とは逆に現実はおそらく深刻だと考える。
大阪で自称トランスジェンダー女性の男性が
女子トイレ侵入の容疑で逮捕された。
この問題の前からネット上では闊達な議論が進んでいた。
私もその議論にいても立ってもいられず
わずかながら参加していた口だ。その経験。
議論の争点は
・トランスジェンダーの社会的な扱いと法制化
・トランスジェンダーの人の定義と性質
・トランスジェンダーが女性にとって害悪
・トランスジェンダーを対等に扱えない理由
主にネトウヨと呼ばれるおじさんおばさん層が、
最初は人権運動の矛盾を指摘する動きだった。
私は彼らが言っていることに一定の理解を示していた。
何故なら正しいと思えることが多かった。
私自身、当事者として完全に対等な扱いが
できないことをよく知っている。
しかし、昨今、ネトウヨの暴走で陰謀論がまかり通り、
左翼リベラルの言説を否定して、その界隈を徹底的に
いたぶることを生業にする輩が現れたと感じる。
その原因がリベラル活動家の横暴だと私は思っている。
だからこそ十年あまりリベラル活動家とは縁を絶ち
彼らのやり方を陰で批判し続けてきた。
社会の均衡など壊して当然!理想こそ正義だと。
結果としてアメリカではアンチリベラルが
トランプ劇場を生んだ。
私は、当然の結果だと思っていた。
いつかこうなることは見えていたから。
その流れは日本でも生まれた。ネトウヨ。
そしてそのころはまだ穏健だった。
しかし、安倍政権が終わった頃から
ネトウヨの一部が先鋭化し始めた。
リベラル思想を徹底的に倒すという
攻撃的姿勢を取り始めた。
その中の一つにアンチトランスジェンダーの思想があった。
あくまでもその一つに過ぎなかった。
外国人労働者問題、防衛施設付近の土地購入問題、
米軍基地反対問題など陰謀論も多いのではないかと
疑われるようなものも多くて中々熱い動きにはならず。
しかし、アンチトランスジェンダリズムだけは
当事者のわたしがみても否定しにくいモノが多かった。
当事者としてすごく悲しかった。
でも、事実でもあった。
そしてその訴えは何故か真逆のリベラル政党の中からも
湧いて聞こえるようになってきた。
社民党福島県連系の人権団体から
トランスジェンダーへの意見が出された。
それを支持する人たちがまた女性の人権活動家だった。
実は最近はトランスジェンダーは政治的に
右翼左翼の双方から敵視されている。
彼らが言っていることの中には至極尤もなものもあったのだ。
問題になる前から私が危惧していた内容そのものだった。
それがトランスジェンダー女性が社会に
女性として入ることは軋轢を生む。
トランスジェンダー女性のコミュニティは
残念ながら精神疾患の掃き溜めになっているということ。
下手な同化は悲劇しか産まない。
今自民以外の政党は、心の性で社会的な性を定義する。
本人に確認することもなく、
その性が妥当であるかを判断もしない
本人がそうだといえばそうなんだと。
疑った人が犯罪者になるという危険すらある
LGBT差別禁止法。
結果として有象無象が女子トイレに、女風呂に流れ込む。
当事者としたらそんなことはしないというだろう。
しかし、私が見てきた当事者の中には目を疑うような
人たちが多いこと多いこと。
女性の安全のためには私も野党案には賛成できなかった。
そんなLGBTの要求にサヨク界隈からも女性人権活動家を
中心に批判が集まる。
強姦事件や性的暴行をうけた被害者たちやその支援者に
徹底的に批判される私達。
ホルモン入れても、手術しても遺伝子が男なんだ。
お前ら男はまたそうやって女の安全を奪うのか。
男がこうしたいといえば私達女は従わなければならないのか。
骨格も男。性格も男。やることも男。
あなたたち本当の当事者と精神疾患者を区別なんてさせてくれない法律を作ったのはお前らだろ。悔しかったらそれをお前らが止めろ。
お前らは、全員男のところにいけ。女の性を奪ってやる。
お前らが死んでも知らん。女が死ぬよりマシだ。
何とかなるすべを考えてほしいって泣きつくところが腐った男のままだな。だから男なんだよお前らは。女だって自分の権利を自分たちで勝ち取ってきた。おまえらも戦え!
男にもなれない腐った男はタヒね。
そんな言葉が当たり前に飛び交う。それが現状だ。
私も悲しくて苦しくてTwitterを辞めた。
どんな法律ができてもこの憎悪感情は消えない。
カミングアウトしても受け入れてくれないだろう。
今は優しい人たちも、その現実を目にしたとき
どこまで当事者に優しくしてくれるかわからない。
若い世代に新しい価値観が広がっても、
高齢者が多い日本で、その人たちがどこまで
私達を理解してくれるだろう。
この現実を知った高齢者の多い日本で。
口には出さずとも心で警戒する人が多い社会で。
だから居ても立っても居られない思いで発信を始めた。
普通に生きる当事者がいること。
普通に生きられない当事者の何が悪いのか。
いつまでも甘えている生き方をしていては
社会の変化についていけなくなるのではないか。
テレビでは全くこういう裏で揉めてること言わない。
綺麗事ばかり。
そしてまた優しい人たちをかき集める。
そろそろ本質と向かい合うべきとき。
日本人の中のマイノリティであるLGBTの中でも
ずば抜けてマイノリティのトランスジェンダー
その中でも、さらにマイノリティの性同一性障害の
当事者がしっかり思いを伝えなきゃ。
私の考えは当事者の中でも茨の道を進んで
幸せに生きて完全埋没してる私だからこそ
いえる意見だとはおもっている。
当事者のなかでも反論はもちろんおおいだろう。
批判は甘んじて受けます。
でも、対立しても勝ち目ない。
やさしさからの自立に向けた覚悟を
そろそろしていかなきゃ。
ここからは私の予想。
今甘えている当事者よ、早く這い上がらなきゃ、
氷河期に備えて強く生きる準備をしなきゃ。
十年前からこの事態に近いことは想像してた。
おそらくこのあと辛い時代に入る。
社会は平等、共存の時代を終わらせる。
個人、国家、人種、志向で生きる時代になる。
煩わしいものは排除していく。
リベラリズムやグローバリズムから
ナショナリズム、個人主義、ネオリベラリズムに
変わっていく。
汚いもの、煩わしいものはSNSのように
簡単にミュートされブロックされ存在が消される。
そして幸せな人は自分の幸せを守る。
優しさというストレスはなくなる。
ストレスで健康を害するようなら
ストレス源からみんないなくなる。