寒いです。
朝になると部屋のガラスが結露するようになりました。
もうすっかり冬です。
そんな季節のせいなのか、電気毛布に包まってみたものの全然寝付けずこの時間です。
こういう時に、なぜか今年の春に亡くなった祖父の事を思い出してしまい、さらに眠れなくなってしまいました。。。
思わず生前、祖父が残しておいてくれた留守電メッセージを聞いてしまいました。
私にとってこの祖父の死が、人生最初の身内との別れです。
正直、祖父が本当はどんな人間だったのかは分かりませんが、私にとっては優しくて好奇心旺盛で社交性のある人でした。
小さい頃からよく遊んでもらったし、二十歳になっても、社会人になっても一緒に旅行に行ったりお食事にいったり・・・。
祖父はちょうど去年の今頃に肺炎で入院し、容態が左肩下がりで悪くなっていきました。
初めてお見舞いに行ったとき、変わり果てた祖父の姿が本当にショックで涙が止まりませんでした。
それでも祖父は、順調に回復していき今年の始めには歩けるようになりました。
「早くうちに帰りたい」とか「元気になったらまた一緒に美術館にいこう」といってくれました。
病気倒れても、90歳手前になっても、「がんばるからな、じいちゃんがんばるから」っていって元気にリハビリに励む祖父が、本当に本当にすごいと思いました。
祖父は春に退院し、念願の帰宅をしました。
祖母と二人きりで住んでいたので、ホームヘルパーをしていた母ですが、仕事をやめて本格的に祖父の自宅介護体制に入ろうと準備をしてました。
しかし、祖父の容態はすぐに悪化し、また入院になりました。
故郷を離れて、東京にいる私は母親の電話でそれを聞いてびっくりしました。
「おじいちゃん、退院はもう無理かもしれない。この状況がいつまで続くかもわからない。」
母親にそういわれました。
すぐに帰省して、祖父に会いにいきました。
両親からは「じいちゃんに沈んだ顔みせないであげてね。泣いちゃダメだよ。」と釘を刺されました。なるべく泣かないように努力しました。
でも、祖父の口から「じいちゃんはもうだめだ」と聞いたと途端に我慢できなくなりました。
老いて死ぬのは当たり前のことなんだけど、でもやっぱり心ってついていかないものなんですね。
いい年したアラサーのくせに、じいちゃんそんなこと言わないでって大泣きしていました。
そのときに、じいちゃんの骨ばった手を握っていたのですが、じいちゃんは私の手を握って「かわいい手だなぁ・・・」って笑ってくれたのを覚えてます。
祖父とはそれで最後でした。
ある日、母親から朝電話があり、「容態が悪化した。じいちゃんもうだめかも」と伝えられました。その日はずっと携帯から離れられず仕事をしていました。
でも結局、私が仕事を終えて東京からとんできたときには間に合いませんでした。
葬式はあっという間でした。初盆も終わり、ある日母がボソッと、「お葬式も初盆も終わって、なんだかおじいちゃん、本当にあっちの人になったんだなぁって最近実感してる。」と言ってました。
母にとっての祖父は、夫の父なので義父に当たるのですが、本当に丁寧に根気強く祖父を介護し、私たち孫は祖父母に「あんたのお母さんは本当にいい嫁さんだよ。」とよく聞かされていたくらい、一生懸命でした。(もちろん今もバリバリがんばってますが・・・)
今思えば、母なりに自分の両親の、近い未来の、「それ」をなんとなく考えていたのかな・・・とも思います。
今回、また冬が少しずつ近づいてきていて。
少し気持ちがそわそわしてるような気がします。
さっき、ずっと残ってた留守電を聞いて、今まで、まだどこかにいるような気がしてた祖父は、なんだかもうどこにもいないような気がしてなりませんでした。
考えもまとまらず無心でこんな記事をうってしまいました。
もうこんな時間だ・・・あと4時間後に起きるか不安です。。。。