イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

◎4/30は好天の予報なので久しぶりにツーリング。往復200キロくらいの範囲で考えて、佐野でラーメンを食おう。そう考えた。

ネットでラーメン店を調べたが、近くで館林もうどんが名物らしい。これはラーメンとうどんのハシゴができるかもしれない。

◎出発は9:15。ちょうど昼頃到着の予定だ。松戸からはまず江戸川沿いの県道5号、流山街道を行く。そのまま行ってもいいのだが、ここはよく来る道なので野田市街に入って県道3号に右折。

芽吹大橋で利根川を渡る。辺田(なんと読むの、ヘンダ?ヘンタ?へんだよね)というところでR354に入って、これをとにかくまっすぐに行けば館林までつれてってくれる。ワシの場合は渡良瀬遊水地で佐野に向う。

道中は連休の車が多く出ていた。途中何度か渋滞があった。利根川べりのさかいという道の駅でトイレ休憩。

渡良瀬遊水地というのは昔からよく聞くのでどんなところか見たいとも思ったのだが、普通に車道を行ったのでは全然見えないようだ。利根川も一部で見えただけだ。

藤岡市内でR50?に入って西進するとそのまま県道9号として佐野市外に入った。

ネットではラーメン店はたくさん紹介されていたが、だいたいの候補の場所を見ただけだった。この県道9号を行くと「亀嘉(かめよし)」という店がその県道沿いにあって都合がよい。とりあえずそこをめざした。

写真で3枚目のは利根川を渡ってから対岸に見えた関宿城博物館だと思う。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

◎ここんところなぜかバイク問題が噴出。

3/22にまずオイル交換。前回から約4千キロ走って交換ドキだ。そして今月12日にはリアタイヤを交換。これは前回交換から1万2千キロ経過でスリップラインが出てしまっていた。

オイルは自分でやったがタイヤは専属のHバイク店に行ったが、このときテールランプ切れを指摘されて修理代も千円追加。そんなのはいつも自分でやってるんだが、仕方ない。これもつきあいだ、合計8400円。

で、そのときも実はエンジンも調子悪かったのだが全く不動でもなかったので説明のしようがなく言わなかったが、26日になってユニクロに行こうと走っていたら、ついに走行中のエンストが起こった。

始動はするのだが走り出すとエンストと言う状態。動かないバイクを引いて帰るには遠い場所だ、しかし行きつけのHバイク店は走れば1~2分ということに気づいてすぐに駆け込んだ。

社長がいてすぐに見てくれた。バッテリーかプラグか電気系統じゃないかなんてワシも意見表明。カバーを開けてプラグを見たが正常。・・・と思ったが、なんとそのプラグの電極部分におかしなものが。

どうもコネクター側(?)の部品がプラグにくっついて本体側からはずれてしまっていたのだ。つまり断線状態になっていたのだ。だから振動で「接触」すれば通電すると言う状態だ。

社長は何回かそのパーツをコネクターにねじ込もうとしたがダメだった。ねじがバカになっているのだ。

結局その部分は交換したようだ。その外れたパーツをもらって、よく見ると、そのネジ山の部分にはサビが浮いていて細かいゴミもついている。つまり「ねじ込まれて」いないのだ。

で、チョイチョイと直してくれて4200円なり。5千円以上行くかなと思っていたが、プラグは中古を交換したから、と正直なところを見せてくれた。プラグ自体は悪くなかったけど1万キロ以上は使ってたから交換してもいいかなと思ったからね。

作業を終って社長自ら町内を試運転。「大丈夫なようですね。」と。

それにしても去年の京都行きの山の中でエンストしなくてよかったと思った。

帰り道ではエンジン音が確かに最近聞かない力強さが出ていた。それに最近燃費が悪くなっていたのもそのせいだろう。

帰ってから、はずしたコネクターの内側のネジ部分を見ると溝がつぶれたようになっていた。プラスティックだから経年変化もあるかと思うが、2万キロくらいでこんな致命的な故障は困ると思うが。
(206・4197)

イメージ 1

◎先月の29日だったかな、足の金属板を取る手術をしてから1年になった。それで病院ともエンが切れた

●どうということもない。それにまつわる手続や申請も去年末の障害年金不支給通知で全部終った。調べておいたほうがいいかなと思うのは、再発というのか悪化というのか、その場合の扱いだ。

●まあ、それは急がない。でも結局ここまで2年半かかったわけだ。思えば良くも悪くも「自由」・・・つまり束縛もされないが保護もされない「ほったらかし」の状態になったのは去年末だから「自由の身」になってまだ3ヶ月なんだな。

●普通の人生を歩んでいるヒトには生涯訪れない時間だと思う。いや、定年退職したのと同じかもしれないが、幸せなんだか不幸なんだか。

●この2年半でいろいろな事があった。ワシはクセで、自分に何か起こるとこれは自分にとってどういう意味があるんだと考えてしまう。今度のこともずいぶん考えたが、当然ワカラン。

◎しかし、当初の入院期間、2年目、3年目で状況はそれぞれ違っているし、今年はまた違っている。違っているが、上記したようにいろいろな申請は全て終了したから現状がこれから続くことになる。

●そういう意味で今年は良くも悪くもいろいろ「決心」しなくてはならんだろう。

●何でもやるぞ。カネももうける。旅行をする。好きな事をやるぞ。

★以前の記事を見ればわかると思うけど、一応ここで「事故」以来の経過を記しておきましょう。

○2004年
☆06/11・バイクの転倒事故で入院。憧れの救急車で搬送される。不思議に痛みは全然無いのに左足に力が入らず立てない。通りがかったトラックの運転手が肩を貸してくれて救急車も呼んでくれた。即刻入院、寝たきりとなる。症状は左足の左頚骨高原骨折。
☆06/15・手術。「高原部」の粉砕骨折部を除去して人工骨に置換。金属板を埋め込みボルト締めした。手術は全身麻酔だが、術後に目が覚めてから七転八倒の痛みに襲われた。生涯で最悪の痛さだった。その後1週間程でリハビリ開始。スケジュールは毎日午前と午後の2回。
☆11/13・関節鏡手術。屈曲95度が120度になる。これは当初の手術後ギプスで患部を固定したことで切開部の筋肉が周辺組織と固着したため。この手術は一種の内視鏡による手術で、スコープが入るくらいの穴を膝に開け(2箇所)全て遠隔操作で施術する。固着した部分をはがす。施術が終ればすぐにその段階で膝は曲がる。このとき先生は体重をかけて思い切り曲げる。しかし半身麻酔で痛くもなんともない。ただ、こっちの体がぐいぐい押されるのがわかった。このときの曲がり具合をデジカメで撮って、あとで見せてくれて「これくらい曲がったから大丈夫」と言われた。

○2005年
☆01/09・退院。以後週2回リハビリ通院。
☆この年は役所と病院の間で天国と地獄を味わう。

○2006年
☆03/13・金属板除去の手術で入院。
☆03/29・退院。リハビリも終了。
☆8月・労災の障害認定8級。
☆12月・傷害年金申請するも不支給決定。

●この約3年間で、それぞれ「厳しい」思いをした。一番参ったのは良くも悪くも誰に何を訊いたらいいかわからないってことだった。

●入院中は携帯があったので労基署に直接労災の事を問い合わせることができて助かった。労基署の署員は意外に丁寧に教えてくれて、「理論武装」ができた。

●退院後はもっぱらネットで関係のサイトを探して知識を得た。

○ただ、仕事のことは匿名でもここでは公表しにくい。書いて困るようなことは無いのだが、気持ちが割り切れないものがある。

○それに2005年の退院後のいろいろな「事件」も第三者には話しにくい。いつか話せる機会があるかもしれないが、今のところはヒトに話すこと自体うわついた感じがするしそんなはしゃぐことのできない話題だと思うのだ。

●今わかったと言うと変だが2005年が運命的なものを感じる。やはり因縁だろう。この前も書いたし今回の事故自体もそうなのだがワシは「5」のつく年齢や年度に事件がおきるジンクスがある。今こうして振り返るとやはりそうだった。

イメージ 1

◎・・・ロールアウトが延期だっけ?当初は3月6日に予定されてたと思うけど。

●上の写真はPXに装備される国産のXF7―10(量産時にはXはないだろうが)だ。このエンジンの写真を見たとき、なぜかハニワを思い出した。そして、やはりこれは日本のデザインだなあとも思った。

●このエンジンをヒトメで好きになってしまった。これが四つ翼に連なってるところを早く見たい。

●もちろん機体ならまだしもエンジンにデザインの良否はない。しかし、このスンズマリで卵を思わせる形がなんともいいのだ。

●あえて言えばゼロ戦52型のエンジンカウリングを思わせる形でもある。かわいらしいのだ。ゼロ戦をかわいらしいと言った文章は見たことがないが、自分は昔からそう思っている。

●これはハニワのかわいらしさではないかとも思うのだ。ハニワは千年以上も前の造形だが、いわゆる古代の遺跡から出土されるような重々しいものではないのが特徴だと思う。

●ハニワは「フィギュア」の原型だと言っているのを聞いたことがあるが、そうだと思うし「漫画」の始祖だとも思う。

●日本人はそのDNAにもともと西欧的な写実、リアリズムはないのだ。これは朝鮮人中国人にもない特性だ。だから漫画が今、世界で好評のようだが、それは「作り出した」というより「仕方なくできてしまった」もので逆にダメと言われても直しようのないものなのだし日本のDNAだから変えようもないものなのだ。

◎で、PX・CXなのだが、これについては以前にアメリカに邪魔されなくてよかったと言ったが、Wikipediaを見るとやはり開発の当初にアメリカの干渉を避けるために意識的に大宣伝しなかったとある。

◎アメリカはP3Cの後継はボーイング737を基礎にした型に決定したが、日本のPXに対しては今回は「日本独自のプログラムがあるから(wikipedia)」と言って干渉しないようだ。

◎アメリカがなぜ今回物分りが良くなったのか。FXの時とはマギャクだ。FXのときはこのときとばかり当時のブッシュが中曽根にF16を押し売りし、日本のFXプロジェクトは混乱し、装備計画は大きく遅延した。

◎それだけが原因ではないだろうが結果、装備機数も削減されることになったのだ。(ワシは全面的に中止が良いと思っていたが)その挙句米国議会は日本がアメリカの技術を盗もうとしているとイチャモンを付ける有り様だった。

◎押し売りした挙句、ドロボー呼ばわりするってどういうことなの。アメリカってそういう国だ。

◎ワシは単純に何でも国産がいいと思っているわけではない。アメリカは兵器に関してはやはり「一日の長」がある。日本はまだ学ぶ点は多い。

◎しかし、FXのころ、アメリカはなにを勘違いしたか、日本が勝手に兵器を作るのはけしからん、アメリカの中古でいいんだ。といった感情論が基本にあったのだ。おおげさじゃなく。だからブッシュのプッシュも強かった(なんじゃそれ)

◎ワシは上記したようにアメリカの先進の技術もたいしたものだと思うのだが、いつまでもアメリカの技術をあてにしているわけにはいかないだろう。冷静に考えればそれはアメリカにとってもいいことではない。

◎単にFXだけを見ても、これを日米で機体の戦術的な性格から技術的な問題から全てを「意思疎通」させるなんて、それだけで気が遠くなるような作業だ。しかもF16は当時すでに実用化されていて、アメリカはもう次期戦闘機の計画を始めていたのだ。(実用化とは旧式化しているということだ)

◎こういうときに「共同開発」なんてアメリカだって混乱するだろう。FXつまりF2はアメリカには1機あたり47億円が入るらしいが約100機として4700億。小さい額ではないがこれを稼ぐためにアメリカでも大統領の拒否権だとか議会決議だとか大混乱をきたして、はたしてそれに見合う金額だったのか、余計なお世話だが、それはアメリカでも見込み違いであったに相違ない。

◎単純にアメリカは中古の自動車を売った買ったとやるような安易さがあったと思う。いざってときになってよく考えたら「ああそうかこれはタイヘン」とばかりあわてたというのがアメリカのホンネではないだろうか。

◎で、今回のPX・CXだが、ワシはそんな「わがままなアメリカ」を思って心配していたのだがアメリカが「放って」おいてくれて有難いと思う。それはFXでこりたのだろう。

PS・・・とにかく相手が日本となるとあのアメリカが傲慢と言うか高慢と言うか、それにしても頭に血が上っちゃうってのが面白いね。ある意味日本を怖がっているとも言えるんじゃないの。「なにをされるかわからない」そう思っているんだ。考えりゃかわいそうだ。

◎しかしそんなことをしているうちにヨーロッパはエアバスでアメリカの旅客機独占を崩してしまった。ロシアも旧社会主義国に対して「市場性」を見出している。中国も「封じられた日本」をいいことにアジアに無視できない進出をしている。もうアメリカが「日本だけを封じ込める」のは無意味になったことが自覚されたのだろう。

イメージ 1

◎年金支払いの全額免除の通知が来た。そもそもは去年の7月の申請だからずいぶん時間がかかった。

●この前までは一応「申立書」は出したけど第三者の機関の証明でも必要かと心配したけど、これで決着はついた。今度からは規則?が変わって自動更新と思うけどね。

●もっとも、「都合」のついたときに減額された額でも払ったほうがもらうときにその分増額してもらえるらしいが、あまりにも「不確定」だから特別に大金でも入らない限り現実的でもないと思う。

●ただ、計算もヨクワカランのでなんともはっきりとは言えないが。

イメージ 1

◎年金支払い免除の申立書を発送した。

●言われるままに出したが、当初、こんなものを出すような文面を見た記憶がない。いくらシロートでも免除というような申請をするからには何らかの根拠がいるのではないかと思った。

●それで免除申請の書類をずいぶん見直したのだが、特に具体的には指示はなかった。それに前回の催促でも単に書類上の行き違いのような言い方であった。ホント、よくわからん。

●ただ、今回のやり取りで確定申告のことを聞かれて(申告を)してないといったせいか、税務署からは今年の申告用紙一式を送ってきた。税務署にもヨコのつながりがあるってことだろう。

○申立書は単に氏名住所を書いてその他「自己申告」でいいようなのですぐに書けた。どこか役所に行って何か証明でももらえということだとやっかいだと思ったが、そういうことはなかった。

○どうも、税務署から社保庁に税務関係の情報が流れて「根拠」にするのだろう、ヨコの連絡があるのだ。自分の場合はその情報がはじめからないから審査が成り立たなかったというのであろう。ワカランガ。

○それにしても最初からそんなことありそうな状況であろー。なんでシロートみたいな手際の悪さなのだか、これもさっぱりわからん。やっぱり社保庁って頭悪いんだとしか思えん。