映画「イチケイのカラス」。2023年、田中亮監督、浅見理都原作。

 

      

 

 岡山へ移動した判事(竹野内豊)は、女性が夫の死亡にからんで防衛大臣に詰め寄って刃物で切りつけた事件を担当。

 ただの傷害事件のはずだったが、夫が死亡した貨物船とイージス艦の衝突事故の海難審判に不審な点があるとして職権による調査を開始しようとしたところ、防衛大臣からの圧力で担当を外されてしまう。

 一方、その判事と腐れ縁の女性判事補(黒木華)は、研修で弁護士体験のために同じく岡山に赴任、交通事故の弁護活動を通じて、地元企業の隠蔽疑惑と貨物船の衝突事故が深く関わっているらしいことを知る……。

 

 人気コミックや人気ドラマが映画化された場合、往々にして一見客にとっては登場人物が多すぎて人物相関図がよく判らないままストーリーが進み、置いてけぼりを食らってしまうことがままあるのだが、本作は全くそのようなことがなく、ちゃんと物語を楽しむことができた。

 また、安手のドラマでは判りやすい悪人が登場するものだが、本作ではどの登場人物もそれぞれの事情を抱えていて、一概に善人だ悪人だと言い切れないところなどもミステリーとしてだげてなく、ヒューマンドラマとしての質を高めていると思った。

 上手くいったのは、原作がもともと一話完結タイプで、登場人物の縛りがあまりなかったこともあるんだろうけどね。

 

 ところで、一見さんを大切にすることは、コミックのドラマ化やドラマの映画化だけに限らず、広く商売にかかわる重大なポイントだということを知るべし。

 トレーニングジムの経営にしても飲食店の経営にしても、経営者が常連客と仲良くしてばかりで、初心者や一見客をないがしろにしていたら、たいがい客層が広がらずに最後は経営難に陥って潰れてしまうのである。

 私自身、若いときにスポーツクラブのインストラクターをしていたのだが、常連の利用者は放っておいても勝手にトレーニングするのだから、そういう客層よりも初心者こそ手厚く対応するべしと指導を受けた。そしてその考えは全く正しいと今も思っている。

 その意味で、映画やドラマで一見客も楽しめる作品に出会うと、「判ってるじゃないか」と、ちょっとうれしくなるのであります。

 

 それにしても、「シャーロック・ホームズ」シリーズや「刑事コロンボ」シリーズの偉大さを本作を通じて再認識した。男性判事と女性判事補はホームズとワトソンの関係性をアレンジしたものだと言えるし、深刻な事件に対して判事が飄々とした態度で臨み、いつの間にか真相にたどりつくというスタイルは「刑事コロンボ」と重なっている。いい作品を作るためには過去の名作からヒントを得るべし。