ちょっと暗くて深い話

言語化しないと忘れてしまいそうだったから。

 

電車が大好きな高校同期と話した

最近、駅員バイト中に、ホームから飛び降り自殺した人がいたんだって。

後日、そのご両親が菓子折りを持って駅にやってきて、「本当にご迷惑をおかけしました」って言っている姿を目にしたらしい。

真面目そうなお母さんとお父さんで、今の心情とかどう思って駅にきたのかとか、これから待っているであろう二人の未来を想像すると、こみ上げてくるものがあって、もう20歳の大人なのに裏で泣いてしまった、って言ってた。

実際に遺体処理をした駅員さんたちも、「あんなに辛い光景はないし、亡くなった方も、ご両親も、自分たちも、乗客の皆さんも、誰も幸せにならない。自分たちはこの処理をすることで何の幸せも作っていない、って思いながらやるべきことをやるのは辛いよ」って言ってたんだって。

調べたら、電車に飛び込んで自殺する人は年間600人以上。一日に1人以上、こうして駅で自ら命を絶っている人がいるんだって、びっくりした。

友達は、それをこう分析してた。「電車に飛び込んで死ぬのは、学生とか通勤している人にとっては日常の一ページで、例えば首を吊って死ぬのと違ってまったく準備がいらない。だから心理的ハードルがそこまでないんだろうね。考えずに一瞬勇気を出せばいい。あとは、高いところから飛び降りたりするのと違って、ホームって視界から少し外れたところにあるから、遺体が誰にでも見られる場所にさらされることもない」

 

これを聞いたら、こういう人身事故の時にTwitterとかで、電車に飛び込んで死ぬとかありえない、みたいな発言があることについて悲しくなった。もちろんそれを発信しないまでも、たとえば急いでる時に人身事故があったら、私だってイライラしか抱かなかったと思う。

だけどその背景にあるもの、人の苦悩、悲しみに目を向けることなしに、自分の利害関係で完結してしまっている社会がここにあること、嫌だなあって思った。

 

せめて、私の身の回りからは、私が一歩踏み出せばとどまってくれるかもしれない範囲にいる人たちからは、自ら自分の命を絶つ人が出ないようにしたいって、心から思った。

 

日々生じる悩みとか嫌なことを長期的な目で見て、他人とか他者とかいろんなものの本質を愛せたらいいなっておもった