私小説という小説を読みました。

著者である水村美苗さんの自伝のような小説なのですが、

主人公兼著者である彼女が物心ついて間も無く渡米し、20年間にわたるアメリカ暮らしの間体験し感じ考えたことが、そのまま綴られていました。

 

スウェーデンから日本のことを恋い焦がれて、何度も夢見た私にとって、”外国”から日本を見つめる視点に頷けるものばかりだったこと。

著者の巧みな日本語で描写される、アメリカの社会や人々の思いにハッとさせられる部分が多かったこと。

などなど!

 

忘れたくないな、と思わせられた部分について、忘備録としておきたいと思います。

 

 

それではいきます。

・アメリカという国の捉え方について、アメリカって自由の国。移民を受け入れて誰もがアメリカ国民になれる国。というイメージがありましたが、

 

“独立精神とは要は帰る場所がないのを引き受けて生きるということである”

 

と書いているのを見て、なるほどと思いました。

アメリカ国民になり、アメリカで生きていくということは、それぞれ民族や出自にまつわるアイデンティティはあるとして、多分それぞれの人が母国に帰ることは想定されてない。アメリカに帰属したい人たちは、何故そうなのか、というのを考えてみたことはありませんでした。

 

・”I wish I were twenty years older or younger”

というフレーズを読んで。

 

人生どうにでもなるように、20年若いか、それとももう諦めがついて慣れている状態であれるように20年歳を取っているかがいいな、ということだそうです。

 

ある程度歳取って、自分がここに落ち着くってわかった時人生を悟った気分になりそうだなあ、と思いました。

 

例えば子供ができてマイホームを買ったとして、その時、ここで将来子供の孫を迎えてここで死ぬのか、って一瞬悟る気がするんですね。笑

 

今はそういう、未来を悟る瞬間に出会うことってほぼなくって。でも増えてくのかななんて!

 

まだ若いから先が見えずに、自分に無限の可能性があるって思って、それが生きるモチベーションになっているみたいなところがあります。でも、年齢を重ねてもいろんな挑戦をし続けていたいなって思ったりもしました。(気が早い)

 

 

・そして何より、これが一番グッと来ました。

 

主人公は、日本のこと大層美しく理想として思い描いていて、アメリカに馴染めない自分、うまくいかないことの連続で、でも自分はアメリカ人じゃなくて、日本人だから、自分の心の中には日本があるし、いつか帰るのは日本だから、というふうに思っている女性でした。

 

だから理想郷としての日本が、彼女の心の拠り所であり、生きる糧だったのです。

 

そして、このフレーズ。

 

”生々しいせこせこした街並み。押し合いへし合いしながら駅の階段を昇る。なんというもの悲しさだろう、当たり前の現実とは。”

 

 

そう、日本って、外国にいて思い浮かべると本当に本当に美しくて恋しい。

 

でも、日本に帰ると、頭に思い浮かべていた恋しい日本の要素は確かにそこに全部あるんだけど、でも妙に一気にリアルになってしまうというか。

そこで生活をしなければならないからかもしれないけど、あんなにあたまのなかで描いていて焦がれた日本、というよりは、日々生活の中で出会う生々しさが目立ちます。

 

生きるって生々しい。

でも不思議と、この感情は外国と対比しながら日本に生活している時にしか生じなくて。

例えば日本から外国に行って、生活を始めるにしても、たとえ外国での生活に慣れたとしても、そうはならないんですね。

日本が日本であるからなのか、それとも日本が母国だからなのか。なんなんでしょう。

 

生々しい。幻滅とも、落胆とも違う、この感情を説明する時には、この言葉を使えばいいのか。

さすがだ、と思いました。

 

 

外国にいつつ日本を恋い焦がれている時が、生々しさとは無縁で一番幸せなのかもしれないな、と思いました。

手に入らないものは、手に入らないからこそ美しいのかもしれませんね。